PCコンポーネントとコンシューマー向け製品の巨人として知られるASUSが、その企業アイデンティティを根底から覆すような劇的な転換点を迎えている。2026年1月16日に行われた同社の年末恒例行事において、ジョニー・シー(施崇棠)会長は「All in AI」を高らかに宣言した。
単なるスローガンではない。その裏付けとなるのは、業界の予想を遙かに上回るスピードで達成された「サーバー事業売上1000億台湾ドル(約5,000億円)」という驚異的な実績である。メモリ不足によるコンシューマーPC市場の不透明感が漂う中、なぜASUSはこれほどまでに迅速にAIインフラストラクチャへのピボット(方向転換)を成功させることができたのか。そして、長年親しまれてきたスマートフォン事業を縮小してまで目指す「フィジカルAI」の未来とは何か。
予測不能な市場への「巨大なヘッジ」:コンシューマーからインフラへの重心移動
PC市場を覆うメモリ不足の影と不確実性
現在、世界のPC産業は重大な岐路に立たされている。DRAMを中心としたメモリ供給の逼迫は、コンシューマー向けPCの出荷予測に暗い影を落としており、ゲーマーや一般ユーザーの間ではアップグレードに対する不安が広がっている。ASUS、Dellといった主要メーカーにとって、従来の高収益源であったコンシューマー市場の先行き不透明感は、経営上の深刻なリスク要因となり得る。
しかし、ASUSはこの危機を見越していたかのような動きを見せている。同社は、コンシューマービジネスの減速を補って余りある「ヘッジ(保険)」として、AIインフラストラクチャ事業へ経営資源を大胆に集中させていたのだ。
サーバー事業売上1,000億台湾ドルの衝撃
その成果は数字として明確に表れている。2025年、ASUSのサーバー事業部門の売上高は、当初の目標を前倒しで達成し、1,000億台湾ドル(約5,000億円規模)の大台を突破した。これはASUSの連結総売上(約7,389億台湾ドル)の約20%を占める規模にまで成長しており、もはや「PCメーカーの副業」と呼べるレベルではない。
特に2025年第3四半期におけるサーバー収益は前年同期比で100%以上の成長を記録しており、その牽引役がAIサーバーであることは疑いようがない。ジョニー・シー会長が「ブーム(活況)」と表現するこの状況は、ASUSがNVIDIAのエコシステム内で極めて重要な地位を確立したことを意味している。
「All in AI」の真意:ユビキタスAIと人工頭脳の時代
シー会長が提唱する「All in AI」戦略は、単にサーバーを売るということだけに留まらない。彼は現在の状況を「AIが主導する第4次産業革命」と定義し、世界が「Artificial Brains(人工頭脳)」によって満たされる未来を描いている。
「Artificial Brains」によるパラダイムシフト
シー会長の言葉を借りれば、これからの世界には大小様々な「人工頭脳」が偏在することになる。これらは自己学習を行い、環境の変化に適応し、人類の知恵とリンクする。これは従来のコンピューティングとは根本的に異なる、史類を見ないパラダイムシフトである。
ASUSの究極の目標は、「AIの民主化(Ubiquitous AI)」だ。巨大なデータセンターにあるクラウドAIから、我々の手元にあるエッジデバイス(PCやスマートフォン、IoT機器)に至るまで、あらゆる階層にAIを浸透させ、生活と仕事のすべてにAIを融合させることを目指している。
NVIDIAとの蜜月:技術的優位性の確立
この戦略の中核を担うのが、AIチップの覇者NVIDIAとの強固なパートナーシップである。台湾メーカーとしての地の利と、長年培ってきた技術力を背景に、ASUSは「Tier 1」のサプライヤーとしての地位を確立している。
Blackwell UltraとB300:最先端へのアクセス権
ASUSは、NVIDIAの最新アーキテクチャである「Blackwell Ultra」をベースとしたAI PODや、HGXシステム(B300、GB300など)をいち早く市場に投入する「第一波」の企業群に含まれている。
特筆すべきは、同社の「インフラストラクチャ・ソリューション・グループ(ISG)」の存在だ。彼らは単なるハードウェアの組み立てに留まらず、ラック全体を統合したソリューション(Rack-scale solutions)をエンドカスタマーに提供する能力を有しており、これがCSP(クラウドサービスプロバイダ)などの巨大顧客からの受注獲得に繋がっている。
また、メモリ不足が叫ばれる中、ASUSはSamsungとの良好な関係を背景に、2026年に向けてメモリの優先供給枠を確保していると報じられている。これは、AIサーバーという「メモリを大量に消費するモンスターマシン」を安定供給する上で、決定的な競争優位性となる。
選択と集中:スマートフォン事業の縮小と「フィジカルAI」への転換
「All in AI」の影で、ASUSは痛みを伴う決断も下している。それは、かつて「ZenFone」や「ROG Phone」で一時代を築いたスマートフォン事業の縮小である。
スマートフォン開発の凍結とリソースの再配置
メディアの質問に対し、ジョニー・シー会長は「ASUSは今後、携帯電話の新モデルを追加しない」と明言した。「引き続き同ブランドの携帯電話ユーザーへの配慮は続ける」と関連対策を模索中であることは明らかにしたが、これは「実質的な撤退」と見られる。
しかし、これは単なる撤退ではない。ここで培われた高度なエンジニアリング資源(RF技術、カメラ、無線通信、省電力化技術など)は、「フィジカルAI」、すなわちロボティクスや自律動作マシンといった分野へ転用される。
共同CEOである許先越氏と胡書賓氏の主導の下、スマホ部門の人材は、AIが物理的な身体を持って現実世界と相互作用するプロジェクトへとシフトしている。これは、「画面の中のAI」から「現実世界のAI」への進化を見据えた、極めて戦略的なリソースの再配置と言えるだろう。
2026年の展望:さらなる高みへ
50%成長への挑戦
2025年に歴史的な最高益を記録したASUSだが、2026年の目標はさらに野心的だ。サーバー事業に関しては、低いベースラインからの成長余地がまだ残されているとして、前年比50%以上の成長を内部目標に掲げている。
エッジAIの具現化:CES 2026とGoPro連携
クラウド側のサーバーだけでなく、エッジ側の展開も加速している。CES 2026においては、地上のAIモデル開発・トレーニング需要に応えるデスクサイド型スーパーコンピュータ「ASCENT GX10」を披露。数万台規模の販売を見込むこの製品は、AI開発をデータセンターから研究室やオフィスへと解放するものである。
また、アクションカメラのGoProとの提携により、クリエイター向けノートPCにAIによる自動編集機能を統合するなど、具体的な「使えるAI」の提供にも余念がない。
PCメーカーからAIソリューション・カンパニーへ
ASUSの「All in AI」宣言は、PC市場の成熟と不安定化に対する、最も合理的かつ攻撃的な回答である。1,000億台湾ドルというサーバー収益は、彼らの変革がもはや計画段階ではなく、既に実利を生むフェーズにあることを証明している。
スマートフォンというかつての花形事業を犠牲にしてまで得ようとしている未来。それは、クラウド上の巨大な「人工頭脳」から、物理世界を動き回るロボットまで、ASUSの技術がAIエコシステムのあらゆる層を支える世界である。メモリ不足や地政学的リスクという荒波の中で、ASUSはAIという名の新しいエンジンを搭載し、次なる産業革命の荒野へと全速力で舵を切った。
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