世界最大の自動車部品メーカーであるRobert Bosch GmbHが、本格的なロボティクス戦略へ踏み込んだ。2026年6月10日にベルリンで開催されたBosch Connected World(BCW)カンファレンスにおいて、CEO Stefan Hartungは「ヒューマノイドロボットの登場に伴い、Boschのコンポーネントとソリューションへの需要が高まっている」と明言した。2025年度の売上高は91億ユーロにのぼるBoschだが、欧州カーメーカーの販売不振と中国・韓国勢との競争激化によって自動車部品セグメントは構造的な圧力にさらされてきた。

ロボティクスはその突破口になりうる。同社はすでにMEMSセンサーの世界シェアトップを維持しており、工場自動化向けのHardware/Softwareプラットフォームでも深い実績を持つ。BCWでHartungが打ち出した戦略は「Boschはヒューマノイドロボットを製造するのではなく、ロボットの頭脳と神経系を供給するコンポーネントリーダーになる」という方向性だ。この再定義は、既存の製造能力をそのまま新市場へ向けるという意味で合理的な判断といえる。

同社取締役会メンバーのTanja Rueckertは「Boschは車輪とアームで未来を動かしている」と表現した。自動車(安全センサー、ステアリング)、工場(Rexrothシリーズ)、スマートホーム(家電制御)という3つの自動化領域で積み上げた知見が、ロボティクス市場においても競合にはない技術的な厚みをもたらすと Bosch は位置づけている。

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MEMSセンサーという「数の壁」が示す市場規模

Boschがロボティクスへのコミットメントを語る際、くりかえし登場するのがMEMSセンサー(マイクロエレクトロメカニカルシステム)だ。指先の感圧から傾き、加速度まで検知できるこの微小部品は、ロボットが物理的な世界と繊細にインタラクションするための基盤技術となる。

Hartungが引用した試算は示唆的だ。「人間には400万もの触覚センサーがある。同数を搭載したロボットを製造するには、世界全体の4年分のセンサー生産量でも1万2,500台分にしかならない」。この数字は脅威ではなく需要見通しとして提示された。現在、Boschはドイツのロイトリンゲン半導体拠点を中核として、このMEMSセンサーの世界シェアトップを維持している。

市場調査会社Yole Groupの予測によれば、MEMSセンサー市場は2030年までに192億ドル超に成長し、年平均成長率は4%で推移する見込みだ。Boschがこの市場でトップシェアを維持し続けることができれば、ロボティクスの普及曲線に沿って自動的に恩恵を受ける構造になる。重要なのは、Boschがセンサーの供給能力とロイトリンゲンの生産能力をどのペースで拡張できるかである。

ワイングラスをつかむ際の力加減の調整、あるいは生卵を割らずに保持するといったタスクは、MEMSセンサーなしには実現できない。これが工場の組立ラインに展開されるとき、MEMSセンサーの需要は指数的に拡大することになる。

ctrlX AUTOMATIONプラットフォームとBosch Rexrothの役割

Boschのロボティクス戦略でもう一つ重要な軸となるのが、Bosch Rexroth部門のオープンプラットフォーム「ctrlX AUTOMATION」だ。従来の産業用コントローラーと異なり、APIを公開したモジュラー設計を採り、無人搬送システム(AGV)と高精度ロボットアームの連携といった複合的な自動化タスクに柔軟に対応できる。

Rueckertは「ctrlX AUTOMATIONにより、ロボティクスはモジュラー化され、迅速な統合が可能になる」と述べた。現時点でBosch Rexrothはすでに複数の顧客プロジェクトを進行中で、AGVとロボットアームを組み合わせた現場への実装が行われている。同部門は高精度電動モーターやサーボドライブといった主要コンポーネントを一手に揃え、さまざまな自動化タスクの技術的な基盤を担う。

新設されたRobert Bosch Robotics GmbHは、こうしたソリューションの開発と商業化に特化した専門組織だ。グループ内のロボティクスカンパニーとして、社外スタートアップとのエコシステム連携と社内技術の産業スケールへの引き上げを一手に担う。現在、同社は英国のHumanoid社、米国・中国の主要ロボティクス系スタートアップのプロトタイプを量産スケールへ移行させる中心的な役割を担っている。

中国における活動は、2026年初頭に設立したBosch Robotics Center China(BROC)に集約し、「Physical AI」の開発と商業化を推進している。欧米のパートナーとは異なるスピード感でロボティクス産業が拡大する中国市場において、BROCの存在がBoschの足がかりとなる。

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Neura Roboticsへの投資と「データスーツ」実証

Boschのロボティクス戦略において、ドイツのスタートアップNeura Roboticsとのパートナーシップは特別な意味を持つ。同社は2026年6月11日、最大14億ドルのシリーズC調達を発表した。投資家にはBoschに加え、Tether、Qualcomm Technologies、Amazon、NVIDIA、imec.xpand、Schaeffler、European Investment Bankが名を連ねる。フルスタックのロボティクス企業として過去最大級の調達額であり、EU・米国・アジアにまたがる製造・AIインフラへの期待の高さが数字に表れている。

Boschが2026年1月にNeuraと締結した協業の具体的な内容が注目に値する。Boschの世界350拠点のうち複数の工場で、数千人の作業員が特殊なデータスーツを着用する。このスーツは人間の動作シーケンスを高精度に記録し、Neuraのロボット学習用データとして提供される。ヒューマノイドロボットが「熟練工の動き」を学習するための原材料を、Boschの製造現場そのものが生成する仕組みだ。

Neura Robotics CEO David Regerは「AIの未来はスクリーンの上に生きるだけではない。それは動き、インタラクションし、学習し、現実世界で人間のかたわらで働く」と語った。同社が構築を進める「Neuraverse」は、複数のロボットが実環境での学習結果を共有できるオープンエコシステムだ。「NEURA Gym」と呼ばれる大規模な実世界トレーニング施設も全世界で展開されており、ここでのデータ収集能力がロボット知能の高度化を左右する。

Neuraの現状受注残は10億ドルを超える。今回の調達資金は、認知ロボットのグローバル展開(欧州・米国・中国・日本)、Neuraverseプラットフォームの拡張、NEURA Gymのロールアウト、そして2030年までに数百万台規模の量産体制の確立に充てられる。Boschはその製造スケールアップを支援するキーパートナーの一つである。

世界230工場のデータがAI競争力の源泉

Boschのロボティクス戦略を語る上で、AIとデータの活用は欠かせない視点だ。Rueckertは「競争優位性は機械設備だけにあるのではなく、グローバルな製造ネットワークから得られるデータにある」と明確に述べた。

Boschはすでに世界230を超える自社工場でAIを本番運用している。生産プロセスの最適化、設備の予知保全、光学的な不良検出がその代表的な用途だ。この規模感は競合が容易に模倣できるものではない。工場AIの学習には大量の実データが必要であり、230超の工場からリアルタイムで収集されるデータセットは、業界内でも類を見ない規模の「学習資産」だ。

さらに、クラウド上のAIモデルを製品に直接組み込む手法も採用している。センサーデバイスやコントローラーにAI推論を内蔵することで、クラウド通信レイテンシに依存しない自律的な制御を可能にする。エッジAIと工場AIの両輪を持つ点が、Boschの競合差別化要因となっている。

BCWでBoschが発表したTech Compassサーベイ(世界7カ国、1万1,000人以上対象)でも、AIへの関心の高さが確認された。回答者の70%がAIを将来の重要技術と位置づけており、企業・消費者双方でAIの社会実装への期待が高まっている。このマクロ環境はBoschにとって追い風となる。

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人材不足と欧州の産業競争力という構造課題

Boschのロボティクス参入には、成長機会とは別の構造的な動機もある。ドイツ製造業が直面する熟練労働者不足は年々深刻化しており、Boschのドイツ国内のworkforce自体も例外ではない。自社工場にロボットと自動化技術を導入することは、グローバルな生産拠点との競争力格差を縮める現実的な手段だ。

Hartungは「この方針により欧州の技術拠点としての強化にもつながることを期待している」と述べた。欧州全体で見れば、AIとロボティクスの主導権をシリコンバレーと中国に握られるリスクを意識しており、BoschとNeura Roboticsの連合はその対抗軸の一角を担う。Neuraの調達発表でも「グローバルに通用するAIインフラ企業はシリコンバレーからしか生まれないという思い込みを覆す」というRegerのメッセージが繰り返し強調された。

Schaeffler CEOのKlaus Rosenfeldは「ヒューマノイドロボットの分野でNeuraを技術パートナーおよび投資家として支援できることを誇りに思う。今日の産業における開発と展開を根本から変革していく」とコメントした。

Neuraの投資家陣は、欧州の産業界(Bosch、Schaeffler)、米国のAIインフラ(Amazon、NVIDIA、Qualcomm)、暗号・分散インフラ(Tether)にまたがる異種連合だ。従来の産業資本とテック資本、さらにブロックチェーン系資本が一つのロボット企業に集結した構図は、Physical AIへの期待がセクターの境界を越えていることを映している。