Primate Labsは2026年7月23日、クロスプラットフォームCPUベンチマーク「Geekbench 7」をWindows、Linux、macOS向けに公開した。3年前のGeekbench 6から数えると、メジャーバージョンアップは初めてになる。
変更の核心はベースラインの入れ替えだ。Geekbench 7は同社のLenovo Legion(Ryzen 7 7700搭載)を2,500点の基準として使う。Geekbench 6が2,500点の基準に据えていたのはDell Precision 3460のCore i7-12700だったので、基準機はIntel製からAMD製に移った。3年は短くない。2023年2月にGeekbench 6が出た当時、Raptor LakeとZen 4が鍔迫り合いを演じていたデスクトップ市場は、その間にAMDが主流の基準点に選ばれるほど均衡が動いた。
ベースラインはあくまで較正の錨であり、測定の目標値ではない。2,500点の基準機に対して5,000点が出れば、そのシステムは基準機の2倍の処理性能を持つという意味だ。ただしGeekbench 6とGeekbench 7のスコアは直接比較できない。ワークロードの構成が変わった上にベースラインも変わったため、過去のスコアは別のものさしで測ったデータになる。3年分の比較資産がゼロになるのは、ベンチマークを軸に製品評価を行ってきたメディア、メーカー、ユーザー全員にとって等しく起きる変化だ。
追加されたワークロードとその意図
Geekbench 7は「Photo Editor」「Game Physics」「Video Encoder」「Audio Encoder」「Video Decoder」の5つのワークロードを新設した。一方でGeekbench 6にあったObject Remover、Horizon Detection、Photo FilterはPhoto Editorにまとめられ、単体だったObject DetectionとBackground Blurは廃止された。整理の方向性はシンプルで、似た目的を持つテストを束ねて数を減らし、その分を実用性の高い新領域に割り振った形だ。
Game PhysicsテストはJolt Physicsエンジンを使う。このオープンソースの剛体物理ライブラリは、Guerrilla GamesがDecima engineに組み込んでおり、Horizon Forbidden WestやDeath Stranding 2: On the Beachに実際に使われている。実際に出荷されたゲームが使う処理でCPUを叩くのは、かつてのGeekbenchにはなかった発想だ。Jolt Physicsはマルチスレッド処理を積極的に活用する設計で、スレッド数の多いチップと少ないチップの差が出やすい。
メディアワークロードも現代的なコーデックで固めた。VideoはAV1(ロイヤリティフリーの次世代動画コーデック)、Audioはopus(低遅延音声圧縮の標準)、そして字幕自動生成を模したパスにはWhisperの音声認識モデルを使う。Photo LibraryはJPEG、JPEG-XL、DNGのインポートとサムネイル生成に加え、MobileNetV1 SDDによる物体タグ付けを行うよう拡張された。テキスト処理の基盤となるPythonは3.9から3.13に上がった。
Asset CompressionはASTCとBC7テクスチャに加えてDraco形式のジオメトリ圧縮も処理する。File CompressionはLZ4、zlib、Zstandard(zstd)の3形式を対象とする。どちらも現時点のゲームや3Dコンテンツ制作で実際に使われている形式であり、「ベンチマークのための仮想的な負荷」から「実際の処理を模した負荷」への移行という姿勢が一貫している。
マルチコアスコアに入るのは8テストだけ
一点、スコアの解釈で注意が必要な仕様がある。現時点でマルチコアスコアに算入されるのは8ワークロードだけだ。File Compression、Photo Library、Clang、Text Processing、Asset Compression、HDR、Photo Editor、Ray Tracerの8本が対象で、Game PhysicsとVideo Encoder、Audio Encoder、Video Decoderを含む残りのワークロードはシングルコアスコアにしか反映されない。
総合的な処理性能の比較でよく使われるマルチコアスコアは、ゲーム物理やメディア処理の性能を含んでいない。Game Physicsはスレッドの並列性と密接に関係するワークロードであり、シングルコアスコアにのみ算入する根拠は同社が公開しているワークロード文書でも明示されていない。メディアエンコーダーやAI推論に強いチップを比較する際は、マルチコアスコアだけでなくシングルコアスコアも合わせて確認する必要がある。
この設計が特に影響するのはApple Mシリーズだ。Mシリーズは動画や音声のエンコードを専用のメディアエンジンで処理するため、汎用コアで走るマルチコアスコアに強みが出にくい。一方、Whisperを使う音声認識パスのようなAI寄りのワークロードでは、Neural Engineが貢献する。Geekbench 7の結果を読むとき、どのスコアを見るかで対象チップの印象が大きく変わりうる点を頭に置いておく必要がある。
「自己アンエンバーゴ」という奇妙な幕開け
Geekbench 7のローンチ経緯は、ベンチマーク本体と同じくらい話題を集めた。
Primate Labsは報道機関にエンバーゴ付きで情報提供を申し出たが、約束した資料を最終的に配布しなかった。にもかかわらず、インストーラーと文書と公開結果を自社サーバーにそのまま置いたため、VideoCardzが発見して最初に報道した。Primate Labsは自らが解禁前に情報をさらしてしまった形になる。
Geekbench Browserはもともとリーク情報の主要な供給源として知られており、未発売CPUのスコアがたびたびそこから流出してきた。同社がエンバーゴを設定してもデータをサーバーに置いてしまったのだから、封じ込め自体が成立していなかった。記事公開時点でPrimate Labsは公式のプレスリリースを出しておらず、熱心なユーザーはすでにGeekbench 7をダウンロードして自分のシステムで走らせ、公開データベースにApple Mシリーズ、AMD、Intelの結果が積み上がっている。
Geekbench Browserの設計上の問題も絡んでいる。ベンチマーク実行後に結果が自動でアップロードされる仕組みになっているため、エンジニアリングサンプルのスコアが意図せず公開された事例が業界にはいくつもある。今回の一件は未発売ハードウェアではなくソフトウェア自体が対象だった点で、過去のハードウェアリークとは性質が異なる。Geekbench Browserの構造的な問題が、今度は自社製品のリリース管理に適用された格好だ。
今後の観測点
スコアがリセットされる影響は今後数週間で具体的に出てくる。最も判断を迫られるのはCPUレビューメディアだ。Geekbench 7への切り替えには、過去記事のスコアとの断絶という問題が伴う。既存のレビュー記事はGeekbench 6の数値を載せたまま残り、読者が新旧を混同するリスクがある。かといって全記事を取り直すコストも大きい。Anandtech系の廃刊後に読者が分散した現在のCPUメディア環境では、どの媒体が先にGeekbench 7の数値を揃えるかが競合上の問題になる。しばらくは両バージョン併記という対応が現実的な選択になるだろうが、それ自体がページ上の情報量を増やして読者の混乱を招く側面もある。
Intelの立場も変わった。Geekbench 6ではDell Precision 3460(Core i7-12700)が基準機そのものだったため、Intelチップは2,500点という「基準」を自動的に名乗れる構造にあった。Geekbench 7ではその地位がRyzen 7 7700に移り、Intelは他のベンダーと並んで評価される側になる。同社が次の製品発表でGeekbench 7のスコアをどう扱うか、あるいはGeekbench 7への言及を避けるかは、マーケティング上の判断として注目点だ。
Primate Labs自身の動きも未確定のままだ。記事執筆時点で公式プレスリリースは出ておらず、ローンチの経緯と新ワークロードの設計意図についての正式な説明がない。2026年8月にはHot Chips 38が開催されるが、同社がそこで発表の場を設けるかどうかは現時点で不明だ。公式アナウンスなしに技術コミュニティへの浸透が先行する形は、Geekbench 7の評価が口コミとサードパーティのレポート経由で形成されることを意味する。それがベンチマークの標準としての受容を早めるか、不信を生むかは、Primate Labsが正式なコミュニケーションをいつ取るかにかかっている。
