AI向けメモリ需要の高騰でDDR5サーバーメモリの価格が上がり続ける中、調達担当者の多くは「中国メーカーに切り替えれば安く済む」という前提を持っていたはずだ。ところがReutersが2026年7月24日に報じたところによれば、その前提はすでに崩れている。中国DRAM大手CXMT(長鑫存儲技術)は、Samsungの64GB DDR5サーバーメモリ(1個約1,240ドル)を上回る価格を最近数週間で設定し、値下げを求めたHuaweiにさえ応じなかった。かつて「格安の代替」と見なされていたメーカーが、なぜ供給側の値付けを主導する立場に変わったのか。背景にあるのは、AI向けHBM(広帯域メモリ)への生産シフトが汎用DRAMの供給を締め上げるという、業界構造そのものの変化だ。
Samsungを上回る価格でHuaweiにも譲らなかったCXMT
Reutersが2026年7月24日に報じたところによると、CXMTは比較可能なDDR5サーバーメモリモジュールについて、Samsungの64GB品(1個約1,240ドル)を上回る価格を最近数週間で設定した。事情に詳しい複数の関係者の話として伝えられており、CXMT自身の正確な価格水準はReutersの記事でも明らかにされていない。かつて価格の安さを売りにしていたメーカーの具体的な値付けが、外部から見えなくなりつつある。
Huaweiは米国の制裁下でも独自チップの開発を進めてきた中国を代表する技術系企業で、国内サプライヤーに対しては強い交渉力を持つ相手と見なされてきた。そのHuaweiが、今回は値下げを要求してもCXMTから応じてもらえなかった。
それでも両社の取引関係自体は継続しているという。同じ中国企業同士でありながら、CXMTは特別扱いを拒む姿勢を崩さなかった。需要が供給を上回る局面では、企業規模やブランド力に基づく力学すら通用しなくなることを、この一件は示している。
かつてのCXMTであれば、供給不足を理由に値上げはしても、有力な国内顧客からの値下げ要求を突っぱねる余地は乏しかったはずだ。それでも両社の取引関係は途切れておらず、これは代替できる調達先が限られていることの裏返しでもある。国内最大手同士の力関係は、この一件を境にすでに逆転している。
さらに2026年6月には、CXMTが合肥のR&D拠点のクリーンルームで作業していたHuawei関連の設備ベンダーのエンジニアらに、道具をまとめて即座に退去するよう命じたと報じられている。取引先への価格据え置きと、関連要員の強制退去がほぼ同じ時期に重なった。CXMTが交渉力の変化を行動で示した出来事として位置づけられる。
HBMが汎用DRAMを飲み込む仕組み
CXMTがここまで強気になれる背景には、Samsung、SK hynix、Micronという大手3社の生産戦略の転換がある。3社はAI向けGPUに直結するHBMの需要急増を受け、生産能力の配分をHBMへ優先させている。HBMとDDR5のような汎用DRAMは、同じ前工程のシリコンウェハー生産能力を奪い合う関係にある。あるメーカーがHBM向けにウェハー投入量を増やせば、汎用DRAM向けに回せる生産枠はその分減る。
加えてHBMはTSV(貫通電極)や積層・シリコンインターポーザーといった専用の後工程を経てから完成品になるため、同じ枚数のウェハーから得られる完成品の個数は汎用DRAMより少なくなりやすい。大手3社がHBMへ舵を切るほど、サーバーやPC向けの汎用DRAMの供給余力は目減りしていく。
既存の汎用DRAM向け設備をHBM対応に切り替えるには、工程の再設計と歩留まり改善に時間がかかる。そのため大手3社は一度HBMへ振り向けた生産枠を、短期間で汎用DRAM向けに戻すことができない。この非対称性が、汎用DRAMの供給不足を一過性ではなく長引く構造として定着させている。
この構造変化は価格にも表れている。TrendForceの集計では、2026年第1四半期のDRAM業界売上高は前四半期比81%増の970億ドルに達し、従来型DRAMの契約価格自体は同時期に93〜98%上昇した。サーバー向け製品を優先する動きが全製品カテゴリーの値上がりにつながったという。
市場調査会社Omdiaのデータでは、CXMTの世界DRAM市場シェアは2025年の約3%から約8%まで拡大し、世界4位・中国国内1位に浮上した。同時期の他社シェアはSamsungが約38%、SK hynixが約29%、Micronが約22〜25%とされ、CXMTはなお下位につけるものの、供給不足の恩恵を最も急速に取り込んだ企業だといえる。1年足らずでシェアを2倍以上に押し上げた企業は、大手3社の中には見当たらない。
IPOと生産倍増計画が示す攻勢の規模
CXMTは2026年7月27日、上海証券取引所のSTAR市場(科創板)に上場する。1株8.66元で発行総額は約579億元(約85億ドル)に確定し、当初の目論見書が掲げていた295億元という目標のほぼ2倍に達した。Bloombergは価格決定を報じた7月14日の時点で調達規模を最大98億ドルと伝えていたが、これはオーバーアロットメントを全て行使した場合の上限額であり、基本募集分の発行総額は579億元(約85億ドル)で確定している。上場後の時価総額は約852億ドルに達する見通しだと報じられている。
579億元という調達額は、2020年に上場した中芯国際(SMIC)の上海上場時の532.3億元を上回る。差は約46.7億元で、比率にすると1割弱の上乗せにあたる。中国半導体企業によるA株上場としては過去最大の調達額になる。SMICはその後も米国の輸出規制下で完全な内製化には至っていないが、中国国内でのシェアを着実に広げてきた実績がある。CXMTが同じ軌跡をたどるなら、今回のIPOは規制圧力の中でも資金力を武器に拡大を続ける中国半導体企業の新たな一例になる。
調達した資金の使い道は主に生産能力の拡張だ。上海と合肥で新工場を2拠点建設中で、3拠点目の建設も協議している。全て完成すれば月産能力は60万枚超に達し、現在の2倍を上回る水準になる見込みだという。中国国内首位のDRAMメーカーとはいえ、現在の生産規模は世界大手3社になお及ばないとされ、CXMTは規模の差を残したまま供給網の主導権を握りに行こうとしている構図が見えてくる。
2026年第1四半期の売上高は75億ドルで、前年同期比719%増という急拡大を記録した。生産能力がまだ大手3社に及ばない段階でこれだけの増収を実現したという事実は、価格上昇と出荷量拡大の両方が同時に効いていることを裏づける。資金と需要の両方が生産拡張を後押ししている。
勝者と敗者を分ける価格転嫁、日本の調達コストにも波及
最大の勝者はCXMT自身だ。Samsung超えの価格設定を維持したまま、IPOで得た資金力と2倍超の生産能力拡張計画を手にした。国内のAI・テック企業にとっても、供給が逼迫する市場で優先的にDRAMを確保できる相手が国内に存在する意味は大きい。価格決定力の移動は、この一連の事実が示す通り勝者と敗者をはっきり分けている。
一方で割を食うのがHuaweiだ。値下げ要求を拒まれても取引自体は打ち切れておらず、これは合肥拠点でHuawei関連エンジニアが退去を命じられた一件と合わせて、代替できる調達先を確保できていないことを裏づける。CXMTとの価格交渉で譲歩を引き出せない以上、DRAM価格の上昇分はHuawei自身の製品原価にそのまま跳ね返らざるを得ない。同じ中国企業同士であっても、供給の優先順位で特別扱いされる時代はすでに終わっている。
CXMTは米国防総省がセクション1260Hリストに指定する「中国軍関連企業」だが、商務省の輸出規制対象リスト(Entity List)には含まれておらず、Appleは現時点でCXMT製DRAMを法的に調達できる。それでもAppleは自社製品向けのテスト・認証を進めながら、CXMTを将来Entity Listに追加しないという政治的な保証を米政権に求めているとされる。Fortuneの報道によれば、Appleは2026年6月時点で自社製品の価格に一部のメモリコスト上昇分を反映させたという。制裁対象になりかねない供給元への依存を深めながら価格高騰にも直面する点で、Appleの立場はさらに複雑になっている。
この価格転嫁は日本の読者にも波及する。Samsungの64GB DDR5サーバーメモリの単価1,240ドルは、2026年7月下旬のドル円レート(1ドル=162〜163円前後、参考値)で換算すると約20万1000〜20万2000円に相当する。1台のサーバーには複数のDRAMモジュールが搭載されるため、調達コストへの影響は個々の部品単価以上に積み上がりやすい。日本のPCメーカーやサーバーベンダーが調達するDRAMの単価も、同じ需給構造の影響を受けて上昇圧力にさらされている。
米政権内では、CXMTを含む中国メモリメーカーへの輸出規制強化をめぐり意見が割れているとReutersが報じている。規制を強化すればAppleのような米企業の調達はさらに難しくなり、見送れば制裁対象になりかねない供給元への依存だけが膨らむというジレンマが横たわる。この綱引きの帰趨は、CXMTを将来Entity Listに追加するかどうかという米政権の判断に集約される。
追加が見送られればCXMTは国内顧客に加えてAppleのような海外の大口顧客まで確保し、価格決定力を国境の外側にも及ぼす立場を得る。追加されれば、CXMTの攻勢は当面、Huaweiのように選択肢を持たない国内企業を相手にする範囲にとどまる。月産60万枚超という生産能力目標とIPOで得た資金力は、どちらの結果になっても手放されない基盤としてすでに固まっている。



