スイス連邦官房は2026年9月2日、Microsoft 365と並行して動く主権的な職場環境を構築するプログラムを始めると発表した。連邦行政が約5万4000席への新しいOffice導入を終えたのは2025年12月中旬で、そこから約8か月半しか経っていない。第1段階の対象は約3000人、見積もりは900万スイスフラン、利用開始は2027年末からを予定する。全面的にオープンソースへ切り替えるかどうかは後で決めるという。決まったのは移行計画ではなく、Microsoft 365が使えなくなったときに動く第二の作業環境を、限られた人数分だけ先に用意することだ。

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5万4000席を埋め終えた8か月半後に動き出した第二の計画

連邦官房が掲げた目的は2つある。デジタル主権の強化と、危機時にも行政が動き続ける能力の確保である。第1段階の見積もりは900万スイスフランで、対象は約3000人の職員である。

時期の読み方には注意がいる。発表の原文は「Ab Ende 2027」であり、2027年末は完了期限を意味しない。利用開始の時点を指す。全面導入と通常運用にいくらかかるかは、第1段階の経験を踏まえて後から算定するとしている。

連邦行政がMicrosoft 365の段階的な展開を始めたのは2024年10月、Microsoftと3年分のライセンス契約を結んだのが2024年末、約5万4000席への新Office導入が完了したのが2025年12月中旬である。その間に機微ラベルの付いた文書はクラウドへ保存せず連邦のデータセンターに残す運用も固めていた。つまりスイス連邦行政はMicrosoft 365の全庁展開を終えた約8か月半後に、その出口を探すプログラムを立ち上げている。

スイス連邦行政が2027年末から主権的な職場環境を使い始めるのは約3000人で、2025年12月にMicrosoft 365を導入し終えた約5万4000席に対して5%台の規模にとどまる。ただし分子の約3000は職員の人数、分母の約5万4000は職場・端末(Arbeitsplätze)の数であり、一対一で対応することを示す一次資料はない。英語圏のIt's FOSSは同じ約3000を「連邦職員の7%」と書いたが、これは連邦職員数およそ4万3500を分母に取った値で、席数を分母にすれば5%台になる。割合そのものより、分母が何かを確かめてから読むべき数字である。

この計画の前段には、完了したばかりのフィージビリティスタディがある。「PoC BOSS」、正式名称はBüroautomation mit Open-Source-Softwareで、最終報告書の日付は同じ2026年9月2日だ。目的にはデジタル主権の強化に加えて、Microsoft 365からのExit戦略が実際に成り立つかの検証が明記されていた。

複数省庁から172人が参加したこのスタディでは、文書編集とファイル保管、共同作業、メールとカレンダーは良好と評価された一方、大規模なビデオ会議では制約が残った。検証にはNextcloudやCollabora Onlineといった個別のツールに加え、それらをまとめた全体ソリューションとしてopenDeskが並んだ。ただし連邦官房の発表は移行先を「主権的なスイスのオープンソース基盤」と記すだけで、製品名を挙げていない。この結果が第1段階の規模を決めている。

900万スイスフランが買っているのは移行ではない

連邦行政は2024年末、Microsoft 365へのアクセスを3年間確保するためMicrosoftへ約1億4000万スイスフランを支払った。入札は行われていない。落札の決定は、当該役務の調達が引き続き不可欠であると説明していた。公共放送SRFはこの契約を「金の鳥かご」と呼んで報じている。

主権的な職場環境を作る第1段階の見積もり900万スイスフランは、同じ連邦行政が2024年末にMicrosoftと結んだ3年分で約1億4000万スイスフランのライセンス契約に対して一桁小さい。1スイスフラン193円(2026年9月8日時点、XE.com等の実勢レート)で換算すれば、前者が約17億円、後者が約270億円になる。

もっとも、この2つは同じ性質の金額ではない。900万スイスフランはあくまで第1段階の見積額で、Microsoft 365からの脱却に要する総費用ではない。契約の始点も違えば、対象規模も約5万4000席と約3000人で異なる。

だからこそ比率で厳密に比べるより、桁の違いとして見るのが妥当だ。桁が違うことから見て、これは置き換えの予算ではない。約17億円で5万4000席分のオフィス環境を作り替えられると考える調達担当者はいない。

連邦官房自身、依存の現状を否定していない。同官房はSRFの取材に対し、事実として連邦行政は今日Officeプロダクトに依存していると述べている。新しい環境はMicrosoft 365を置き換えず、並行して運用される。全面的にオープンソースへ移るかどうかは後で決定される。

並行運用と後日決定という2つの条件を額面どおり受け取るなら、900万スイスフランが買っているのは移行そのものではない。Microsoft 365が止まったときに職員が仕事を続けられる状態、つまり退避先の常備である。

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軍が先に降り、チューリヒ市は待つと決めた

連邦行政の外では、同じ判断がすでに実行に移されている。スイス軍のサイバー司令部(Kommando Cyber)は2026年10月までに全職員をopenDeskへ移す。責任者のSimon Müllerは「米CLOUD Actのような法律に企業が服する限り、特定の軍事的文脈ではもはや使えない」と述べた。除外の理由に挙がったのは技術の優劣ではない。その企業がどの国の法に服しているかである。

CLOUD Actは2018年3月23日に成立した米国の法律で、米国の管轄に服する電子通信サービスとリモートコンピューティングサービスの事業者を対象とする。事業者の占有・保管・管理下にあるデータについて、所在地が国外であっても適法な手続によって提出を求めうると定めている。あらゆる米国企業のあらゆるデータに一律で及ぶ制度ではない。ただし米司法省が公表している執行協定は英国(2019年10月3日)と豪州(2021年12月15日)の2件だけで、カナダとは2022年3月22日に交渉開始、EUとは2023年3月3日に交渉再開が公表されている。日本との締結も交渉開始も確認できない。

一方で、逆向きの結論を出した自治体もある。チューリヒ市のOrganisation und Informatik(OIZ)はBerner Fachhochschuleと共同でopenDeskを評価し、2026年5月21日、openDeskまたは同種の主権的解決策によるMicrosoft 365の置き換えは同市にとってまだ可能ではないと結論した。足りないのは、ブラウザ版だけでモバイルアプリがないこと、端末管理の基盤、テレフォニー、そして包括的なサイバーセキュリティサービスである。OIZは同年中にopenDeskの実地試験を行いつつ、代替が見つかるまでMicrosoft 365を使い続けるとしている。連邦官房が3000人という小さな単位から始めた理由は、この評価を横に置くと理解しやすい。

制度の側にも下地はある。連邦法EMBAG第9条は、連邦当局が開発・発注したソフトウェアのソースコードを誰でも無償で利用・改変・再配布できるよう公開することを義務づけている(第三者の権利や安全保障上の理由による例外はある)。行政デジタル化を研究するMatthias Stürmerは、スイスの企業と行政の80%がMicrosoftを使っていると推定する。Microsoft側もこの流れに資本で応じており、2025年6月2日にスイスのクラウドとAI基盤へ4億ドル、2026年4月3日には日本へ4年間で100億ドルを投じると発表した。依存を減らそうとする側と、依存先を国内に見せようとする側が、同じ時期に動いている。

日本には切り替える先があるか

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日本の行政が抱える構造は、スイスのそれとよく似ている。デジタル庁は2026年3月27日、令和8年度のガバメントクラウドとしてAmazon Web Services、Google Cloud、Microsoft Azure、Oracle Cloud Infrastructure、さくらのクラウドの5サービスを選定した。5事業者のうち4事業者が米国系である。

職員が日々使う環境の側も同じ形をしている。政府共通のオフィス環境であるガバメントソリューションサービス(GSS)はMicrosoft 365とTeams、Copilot、SharePoint、OneDriveを使う構成で整備されている。その規模は、Microsoftの顧客事例ページによれば2025年11月末時点で導入完了機関が約4万6400ユーザー、導入準備中と導入中の機関が約15万600ユーザーだ。これはベンダー側の公表資料であり、政府側の一次資料で同じ数字を確認したわけではない。

では、国外の法令が問題になったときの備えはどう書かれているか。デジタル庁の標準ガイドラインDS-310は、政府情報システムが利用するクラウドのデータセンター設置場所を国内であることを基本と定めている。国外に保管する場合の暗号鍵管理、すなわち利用者自身の鍵によってクラウド事業者や監督権限を持った政府等がデータを判読不能とする措置は、利用者データの機密性によっては求められる条件付きの規定であり、国外保管のすべてに一律で課される必須要件ではない。さらに外国法令による域内保存義務等で可用性リスクが予見される場合には、当該法令の効力が及ばない国へバックアップを保持することなどでリスクを回避・低減するよう求めている。

規定の有無を区分ごとに見ていくと、一箇所だけ抜けている場所がある。

区分 スイス連邦行政 日本の公表文書
データの所在地 機微ラベル付き文書はクラウドに保存せず連邦のデータセンターに残す DS-310がデータセンターの国内設置を基本と定める
暗号鍵 今回確認した資料には記載がない 利用者データの機密性に応じ、利用者自身の鍵で判読不能にする条件付き規定
外国法令による可用性リスク 今回確認した資料には記載がない 当該法令の効力が及ばない国へのバックアップ保持等を求める
オフィス環境そのものの代替 900万スイスフランで並行運用の第二環境を整備する 確認した文書には規定が見当たらない

つまり、日本の政府調達文書はデータの所在地と暗号鍵については国外法令リスクを想定した規定を置くが、確認した範囲ではオフィス環境そのものを危機時に切り替える先の規定が見当たらない。守られているのはデータであって、そのデータを使って文書を作り、会議を開き、承認を回す環境ではない。ただしこれは各府省が個別の業務継続計画で代替手段を持っていないという意味ではない。確認したのはDS-310と公表資料の範囲であり、個別のBCPまでは追えていない。

動きがないわけでもない。2026年7月21日に閣議決定された日本成長戦略は、機密性の高い情報を扱うための「高機密ソブリンクラウド(仮)」の導入を進めるとし、調達・契約・運用方法について2026年中に一定の結論を得るとしている。ただし対象範囲も時期もまだ確定しておらず、ここで議論されているのは基盤としてのクラウドであって、職員が日々触る文書作成やビデオ会議の環境が同じ枠に入るかは、公表資料からは読み取れない。

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2027年末までに日本側が確かめられること

スイスの設計から日本が採れるのは、脱Microsoftの是非という論点よりも、段階の切り方だ。連邦官房は全面移行の可否を先に決めなかった。第二の環境を約3000人分だけ動かし、その経験を踏まえて全面導入と通常運用の費用を後から算定するという順序を選んだ。ここで先に確定するのは技術の勝敗ではない。いくらで、どの規模の退避先を、いつまでに持てるかという事実である。

行政のIT担当者と、Microsoft 365に業務を載せている企業の担当者が今すぐ確認できることは3つある。第一に、業務継続計画にオフィス環境の代替が書かれているかどうか。データセンターの障害やネットワーク断は想定していても、事業者側の法的・政策的な理由でサービスが使えなくなる場合を書き分けている計画は多くない。第二に、契約が終わったときに文書とメールをどの形式でどれだけの期間で取り出せるか。第三に、大規模なビデオ会議のように代替の難しい機能が業務のどこに食い込んでいるかである。

スイスのPoCが唯一つまずいたのがこの3つ目で、172人という小さな規模でも制約が残った。3000人、さらに5万4000席へ広げたときにどこで問題になるかの閾値は、まだ誰も示していない。

検証のタイミングも近い。スイス軍のサイバー司令部は2026年10月までにopenDeskへの移行を終えると表明しており、大規模ビデオ会議を含む実運用の結果が最初に出る。日本側は2026年中に高機密ソブリンクラウドの調達と運用方法について一定の結論が出る予定で、その結論がクラウド基盤だけを対象とするのか、職員が使うオフィス環境まで含むのかを読めば、日本が退避先を制度として持とうとしているかが分かる。そして2027年末、スイスの約3000人が第二の環境を使い始める。

Microsoft 365を捨てるかどうかは、当面どの政府にとっても現実的な問いではない。チューリヒ市の評価がそれを示している。現実的な問いは、Microsoft 365が使えなくなった日に何時間で業務を戻せるかであり、その答えを持つには900万スイスフランに相当する規模の投資と、3000人分の実地経験が要る。日本の行政と企業がその見積もりを出せる状態にあるかどうかは、今の公表資料からは分からない。