BQPとドローンメーカーのModovoloは、量子着想型の進化アルゴリズムを3Dプリント製プロペラの形状探索に採用した。両社のCEOらが2026年7月24日に明らかにした。ここで動くのは量子コンピューターではなく、既存の高性能計算基盤(HPC)上で候補を絞り込む古典アルゴリズムである。量子コンピューターを使った実用例ではなく、計算量の大きい空力設計で「次にどの形を解析するか」を変える試みだ。
Modovoloは特許出願中の工程でプロペラを3Dプリントしているが、同社CTOのArion Mangioによれば、これまで性能を伸ばすのに苦戦していた。幅や厚さ、曲率が変わると、推力や消費電力に加えて構造強度や製造しやすさも動く。候補を増やすほど流体解析の回数が膨らむため、設計空間をどう巡るかが開発速度を左右する。BQPの役割は、この探索順序を量子着想型の確率モデルで組み替えることにある。
量子機なしで形状探索へ
BQPが商用提供しているBQPhyのOptimization Solverは、量子プロセッサを必要としない。CPUやGPUを備えた既存HPCで動き、数値流体力学(CFD)や有限要素解析(FEA)の外側に最適化層として入る。BQPhyが候補形状を選び、既存ソルバーが空力や構造を計算し、その結果を受けて次の候補を作る。企業が蓄積したメッシュや物理モデルを捨てずに探索器を差し替えられる構成だ。
この切り分けは「量子でプロペラをシミュレーションした」という説明との違いをはっきりさせる。BQPの製品ページによると、現在商用提供されているのは量子着想型進化最適化(QIEO)を使うOptimization Solverである。流体や構造を直接解くPhysics-Based Solverと、AIを組み合わせるData-Driven Solverは研究開発中だ。今回の協業で実用段階に入ったのは、物理計算そのものより、膨大な候補から計算に回す形を選ぶ部分である。
3Dプリントとの組み合わせにも意味がある。従来の加工法では作りにくい厚みや曲率を候補に含めても、積層造形なら試作へ移しやすい。一方で、造形できることと飛行に耐えることは同義ではない。解析で選んだ形状は、推力台での測定や耐久試験を経て初めて機体性能へ結びつく。
2のm乗は同時CFDの本数ではない
QIEOは、量子ビットや重ね合わせ、回転ゲートから数学的な表現を借りた集団型メタヒューリスティックである。査読誌「APL Quantum」に2026年4月9日付で掲載されたBQPhyの研究では、各量子ビット風変数を0と1がそれぞれ50%となるように初期化する。そこから候補をサンプリングして適応度を計算し、良い候補の方向へ確率を回転則で更新する。この操作を停止条件まで繰り返す。
m個の量子ビット風変数は、2のm乗個の状態空間を確率的に表現できる。ただし、2のm乗件の候補すべてについてCFDを同時に走らせるわけではない。実際の手順には候補の抽出と個別の適応度評価がある。利点は全数計算ではなく、離れた領域を含む候補分布を保ちながら、有望な場所へ計算予算を寄せられることだ。
遺伝的アルゴリズムも複数の候補を世代ごとに更新するが、選択、交叉、突然変異を使う。QIEOは確率振幅に相当する値を回転させ、次世代をサンプリングする点が異なる。どちらも確率的な探索法であり、大域最適解を自動的に保証するものではない。初期値や変数の符号化、停止条件を含む比較設計が、速度差と解の品質を左右する。
査読論文が裏づける範囲
公開済みの比較値は、プロペラではなく磁気格子の最適化から得られている。10×10格子ではQIEOが75.29秒、遺伝的アルゴリズム(GA)が164.05秒、焼きなまし法(SA)が376.05秒だった。50×50格子では順に25,600.182秒、46,576.803秒、585,946.318秒で、QIEOはGAと近い目的関数値をより短時間で得た。
この結果は、BQPhyの探索器が通常のHPCで動き、少なくとも一つの離散最適化問題でGAより速かったことを裏づける。ただし、QIEOの集団サイズは20で最大100反復、GAは集団サイズ200で最大100世代、SAは最大10,000反復という設定だった。論文は文献で一般的な設定を採用したと説明するが、各手法が同じ数の候補を評価した比較ではない。また、論文はVirginia TechとBQPの共著で、BQP所属者が手法の分析と執筆に参加している。
磁気格子とプロペラでは、目的関数を1回計算する負荷も、変数間の関係も違う。磁気格子で約半分になった計算時間を、空力設計へそのまま当てはめることはできない。プロペラ案件で必要なのは、同じCFDモデル、同じ計算機、同じ停止基準を使い、GAなどの比較対象に対して何回の高忠実度解析でどの性能へ到達したかという値である。
実機で埋めるべき数字
両社はBQPの手法がModovoloのプロペラ設計を支えていると説明した。一方、探索した候補数や従来法との計算時間、得られた形状の推力、効率、騒音は公表していない。飛行時間と積載量の改善も方向性として語られているが、改善率や試験条件は示されていない。今回の進展は設計工程への導入であり、機体性能の定量的な実証ではない。
Modovoloの公式商品ページは、Lift Quadcopter-Xを商用投入に近づいた「near-launch model」と説明している。量子着想型の探索を採り入れたプロペラが量産仕様に入るのか、現時点では明記されていない。3Dプリント品では、同じ形状でも材料、積層方向、表面粗さによって強度や空力が変わるため、設計アルゴリズムの評価と製造工程の評価を分ける必要がある。
実用性を決めるのは、同じモーターとバッテリー、同じ積載条件で測った推力当たりの消費電力と飛行時間だ。さらに造形時間、単価、疲労寿命まで公開されれば、探索速度が製品コストへ届いたかを判断できる。量子ハードウェアを待たずに設計探索を変えた点は確かだが、BQPとModovoloの協業がドローンの性能競争を動かしたと言えるのは、その比較値が実機試験で再現されたときである。



