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鮮やかに光り、電気も通す。常識を覆す「半導体シリコーン」が拓く未来とは?

Y Kobayashi

2025年5月24日

シリコーン(英: silicone)といえば、絶縁体。水や熱に強く、私たちの生活の様々な場面で活用されているこの身近な素材が、実は電気を通し、さらには色鮮やかに発光する特性を秘めているとしたら――?そんな常識を覆す画期的な発見が、ミシガン大学の研究チームによって成し遂げられた。この「半導体シリコーン」は、SF映画で見たような未来のテクノロジーを一気に現実へと引き寄せる可能性を秘めている。

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シリコーンは絶縁体、その常識が覆った日

半導体用途に利用される、ケイ素(英: Silicon)とは異なり、シリコーン(英: silicone)はその優れた絶縁性から、電気を通さない素材、熱を伝えにくい素材として長年認識されてきた。シリコーンは、その分子構造が、ケイ素(Si)と酸素(O)が交互に繋がったSi-O-Si結合を主骨格とし、そこに有機(炭素系)基が結合したポリマーである。この構造が、シリコーンオイルやゴム(ポリシロキサンやシルセスキオキサンを指す)に代表されるように、電気的・熱的な絶縁性や耐水性を与え、医療用デバイス、シーラント材、電子部品のコーティング材など、幅広い分野で活用される理由となっていた。

しかし、ミシガン大学のRichard Laine教授(材料科学・工学、高分子科学・工学)と、同大学博士課程のZijing (Jackie) Zhang氏を中心とする研究チームは、この「常識」に一石を投じる発見をした。彼らが開発した新しいシリコーンの変種は、なんと半導体の特性を示したのである。

「この素材は、新しいタイプのフラットパネルディスプレイ、フレキシブルな太陽電池、ウェアラブルセンサー、さらには様々な模様や画像を表示できる衣服といったものの可能性を切り拓くものです」とRichard Laine教授は語る。従来の半導体が一般的に硬い素材であるのに対し、この半導体シリコーンは柔軟性を持ち、さらには多様な色を発することも可能である。これは、これまでのエレクトロニクス製品のあり方を根本から変える可能性を秘めていると言えるだろう。

電気が流れる秘密は「結合角の変化」にあり

では、なぜこの新しいシリコーンは電気を通すのであろうか?その鍵は、シリコーンの分子構造におけるSi-O-Si結合の「角度」に隠されていた。

研究チームは、シリコーンの様々な架橋構造(ポリマー鎖同士が結合し、3次元的な網目構造を形成することで、強度や溶解性などの物理的特性が変化する現象)を研究する過程で、ある種の共重合体(2種類以上の異なる繰り返し単位から構成されるポリマー)に電気伝導性の可能性を見出した。この共重合体は、ケージ(かご)構造を持つシリコーンと線状のシリコーンを組み合わせたものであった。

電気伝導性は、電子がSi-O-Si結合を越えて移動できるかどうかで決まる。半導体には、電気が流れない「基底状態」と、電気が流れる「励起状態(伝導状態とも呼ばれる)」の二つの主要な状態がある。励起状態では、一部の電子がより高いエネルギー準位の軌道(伝導帯)にジャンプし、その軌道が物質全体に繋がっていれば、金属のように電気を通すことができる。

従来のシリコーンでは、Si-O-Si結合の角度は約110°であり、これは電子が結合を越えて効率的に移動するには不十分な角度であった。しかし、研究チームが発見した共重合体では、この結合角が基底状態で約140°、そして電子が光などのエネルギーを吸収して励起状態になると、さらに約150°にまで広がることが明らかになったのである。このわずかな角度の変化が、電子の軌道の重なりを可能にし、電荷が流れるための「ハイウェイ」を形成したのであった。

Richard Laine教授は、「これにより、これらの共重合体中のSi-O-Si結合を含む複数の結合間で、予期せぬ電子間の相互作用が可能になります。鎖長が長くなるほど、電子はより長い距離を移動しやすくなり、光を吸収してより低いエネルギーで放出するために必要なエネルギーが減少するのです」と説明している。この現象は、専門的には「σ-σ*(シグマ-シグマスター)共役」と呼ばれるメカニズムが関与していると考えられる。これは、従来π(パイ)電子系で主に議論されてきた共役の概念を、σ(シグマ)結合にまで拡張するもので、材料科学における新たな視点を提供するものだ。

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発色のメカニズム:鎖の長さが色を決める

この半導体シリコーンのもう一つの驚くべき特徴は、多彩な色を発することができる点である。そして、その発色メカニズムもまた、半導体としての特性と深く結びついている。

電子が基底状態と励起状態の間をジャンプする際、光の粒子である光子を吸収したり放出したりする。放出される光の色(波長)は、この共重合体の「鎖の長さ」によって決まることを研究チームは突き止めた。

  • 鎖長が長い場合: 電子のエネルギー準位間のジャンプが小さくなり、放出される光子のエネルギーも低くなる。その結果、シリコーンは赤みがかった色を発する。
  • 鎖長が短い場合: 電子のジャンプはより大きなエネルギーを必要とし、放出される光子のエネルギーも高くなる。これにより、シリコーンはスペクトルの青色に近い色を発する。

研究チームは、この鎖長と光の吸収・放出の関係を実証するために、異なる鎖長の共重合体を分離し、試験管に長いものから短いものへと並べた。そして、これらの試験管に紫外(UV)光を照射すると、各試験管が異なるエネルギーの光を吸収・放出し、見事な虹色のスペクトルが現れたのである。

これまでシリコーンといえば、その絶縁性のために光をほとんど吸収できず、透明か乳白色であるのが常識であった。このカラフルな発色は、シリコーン材料の新たな可能性を視覚的に示す、まさに画期的な成果と言えるだろう。

未来を彩る応用分野:フレキシブルからウェアラブルまで

この「電気を通し、色鮮やかに光るシリコーン」は、私たちの未来にどのような変化をもたらすのであろうか?研究チームが指摘するように、その応用範囲は非常に広大である。

  • フレキシブルエレクトロニクス: 曲げられるディスプレイ、巻き取れる太陽電池パネル、体にフィットするセンサーなど、従来の硬い半導体では実現困難だった製品開発に道が開かれる。
  • ウェアラブル技術: 服やアクセサリーに直接組み込まれ、情報を表示したり、生体データを収集したりする「スマートテキスタイル」や、皮膚のように薄く柔軟なセンサーなどが期待される。Richard Laine教授の言葉を借りれば、「様々な模様や画像を表示できる衣服」も夢ではないかもしれない。
  • ディスプレイ技術: 発色の自由度が高いため、より豊かで鮮やかな色彩表現が可能な新しいタイプのフラットパネルディスプレイが生まれる可能性がある。
  • バイオメディカルデバイス: シリコーンの生体適合性と、新たに見出された半導体特性・発光特性を組み合わせることで、体内で機能する新しい診断・治療デバイスの開発も期待される。

論文の筆頭著者であるZijing (Jackie) Zhang氏は、「誰もが電気的に不活性だと考えていた素材に、私たちは新たな命を吹き込んでいます。それは、次世代のソフトでフレキシブルなエレクトロニクスを動かす可能性を秘めているのです」と、その期待を語る。

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エレクトロニクスの未来に向けて

従来の常識を打ち破る科学的発見は、しばしば予期せぬところから生まれる。今回の半導体シリコーンの発見も、架橋構造の研究という基礎的な探求の中から生まれた「セレンディピティ(偶然の幸運な発見)」の側面があったのかもしれない。しかし、その偶然の発見を確かな科学的知見へと昇華させ、導電メカニズムや発色メカニズムを詳細に解明した研究チームの努力は賞賛に値する。

今後の課題としては、この新しい半導体シリコーンの量産技術の確立、耐久性やコストの最適化、そして特定の応用分野で求められる詳細な性能(例えば、導電率の精密な制御や応答速度など)の達成などが挙げられるだろう。しかし、これらの課題を乗り越えた先には、シリコーンというありふれた素材が、エレクトロニクスの未来を鮮やかに彩る、全く新しい役割を担う世界が待っているのかもしれない。


論文

参考文献

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