海外の開発者にとって、この数カ月の中国製AIモデルは「使わない理由がない」選択肢になっていた。性能は米フロンティアモデルに迫りながら、価格は一桁安い。ところがその安さを支えてきた震源地の中国自身が、DeepSeekやQwenといった自国トップモデルの海外提供に制限をかけようとしていることが、Reutersの独自取材で明らかになった。米国がAnthropicの最上位モデルを海外向けに閉じてからわずか数週間後、今度は供給する側の中国が同じ方向に動き始めている。

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商務省が主導した非公開協議、対象はDeepSeekとQwenとGLM-5.2

Reutersが2026年7月7日付で報じたところによれば、中国商務省はこの1カ月ほど、Alibaba・ByteDance・新興企業Z.ai(Zhipu AI)と非公開の協議を重ねてきた。同省は対外貿易や輸出規制を所管する部署であり、協議には国家発展改革委員会(NDRC)の担当者も同席したという。情報源は匿名の関係者3人で、Alibaba・ByteDance・Z.aiのいずれも取材にコメントを避けている。

協議の対象には、DeepSeek・Qwen・GLM-5.2という公開済みモデルに加えて、クローズドソース・オープンソースを問わずまだ発表されていない最先端モデルの海外アクセスも含まれているとReutersは伝えている。対象範囲や発効時期は固まっていない。Reutersによれば、規制の対象がDeepSeek・Qwen・GLM-5.2など既に海外展開済みのモデルにまで及ぶのか、それとも今後発表される将来モデルに限定されるのかも未確定だという。既存の海外ユーザー基盤を持つモデルまで対象になれば、影響はOpenRouter上の中国製モデル利用者全体に広がる。当事者であるはずのAlibaba・ByteDance・Z.aiがそろって沈黙を守っている点も、話がまだ内部検討の域を出ていないことをうかがわせる。

DeepSeekは米国連邦政府機関やオーストラリア、台湾、イタリアなど複数の国・地域で、政府機関からの利用が禁止されてきた。今回の動きは、その裏側にあたる送り出す側の中国自身が、自国の看板モデルを海外に出さない選択肢を検討し始めたことを意味する。受け入れ側で先行していた警戒が、送り出す側でも形になり始めている。

中国が自国AIを法で縛れる理由、三層規制という発想

2026年5月、中国の法律専門家が集まった会合の議論要旨が最高人民法院系の機関誌に掲載され、AIモデルを3段階に分けて管理する案が示されたとReutersは伝えている。基礎的なオープンソースモデルは届出制、より高度な技術は安全審査の対象とし、最も機微な最先端モデルは非公開か国内限定にとどめる、という枠組みだ。この案は原典を直接確認できていないものの、今回の商務省・NDRCの協議と方向性が一致しており、中国が自国のトップモデルを法的に止められる土台になり得る。

商務省とNDRCの協議では、AI技術の漏洩や窃取を国家安全法上の違法行為として扱う案や、国内AIスタートアップへの出資者を制限する案も議題に上ったとされる。同じ2026年6月初旬には、中国人投資家や技術・データが関わる海外取引そのものを対象にした新たな規制も導入されており、AIに加えて資本と技術の両面から国外流出を絞る動きが並行して進んでいる。この執行力を裏付けるのが、2026年4月にNDRCがMetaに命じた措置だ。中国発スタートアップManusの20億ドル(2026年7月時点の為替レート1ドル=161円換算で約3220億円)規模の買収を、期限を切って解消させている。

この囲い込みの起点はさらに早い。2026年5月26日には、Alibabaなど民間企業に所属するAI技術者の海外渡航が当局の許可制に切り替わったとBloombergが報じている。人材の移動を5月に絞り、資本・データの越境取引を6月初旬に規制し、モデルそのものの海外提供を6月から検討する。中国はここ3カ月足らずの間に、AI関連の対外流出経路を「人」「資本」「技術」の順に一つずつ塞いできたことになる。

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1タスク544ドルという安さが規制で消える計算

性能でフロンティアモデルに迫りながら価格を大きく下げてきたのが、Z.aiのGLM-5.2だ。業界関係者の推計としてCNBCが伝えたところによれば、同じ処理を実行した実例で、AnthropicのClaudeが4811ドル、OpenAIのChatGPTが3357ドルかかったのに対し、Zhipu AIのGLMはわずか544ドルで済んだという。Claudeとの差額は4267ドルで、コストはおよそ9分の1に圧縮されている計算になる。

OpenRouter経由の中国製モデルの週間トラフィックシェアは、the-decoderの集計によれば前年平均11%から急伸し、直近では30%を継続的に超え、記録的な週には46%に達した。仮にこの30%相当の呼び出しがすべてClaudeへ切り替わったとすると、コストは1件あたり544ドルから4811ドルへおよそ8.8倍に膨らむ。月間1000回のタスクをGLMで処理し54万4000ドルを支払っていた開発チームなら、Claude移行後の支払いは481万1000ドルとなり、差額はおよそ427万ドルに達する。この試算が示すのは、規制が発動した場合に開発チームが直面しうるコスト増の規模感であり、GLM依存度が高い企業ほど影響は大きくなる。

Anthropic制限からわずか数週間、米中が同時に自国AIを囲い込む

2026年6月、米政権はAnthropicの最上位モデルFableとMythosについて、外国籍ユーザーのアクセスを禁止する措置を取った。国籍を即座に確認する手段がなかったため、一時は世界中で提供が停止される事態に発展している。Fableはその後、安全対策を強化したうえで復旧したが、Mythosは今も一部の「信頼された」米国組織向けに限定されたままだ。

Mythosはサイバーセキュリティ向けのAIツールとしての性格が強く、対中攻撃への転用を警戒する声が中国国内で強まっているという。セキュリティ企業360の創業者Zhou Hongyi氏は、対抗する「中国版Mythos」の必要性を公の場で訴えたと報じられている。米国が自国AIを囲い込んだ数週間後に中国も同種の検討へ動いたのは、偶然の一致というより、互いへの警戒が同じタイミングで臨界点に達した結果と見るほうが自然だ。

ただし両者の狙いは向きが逆だ。米国の措置は、外国籍ユーザーが自国の最先端モデルを使うこと自体を止める「利用制限」だった。一方、中国が検討しているのは自国企業が海外にモデルを提供すること自体を止める「輸出管理」であり、規制の矛先は出す側に向く。守りたい対象が逆向きだからこそ、両国はほぼ同じタイミングで同じ結論(自国のトップモデルを国境の内側にとどめる)にたどり着いたとも言える。

欧州で数少ない自前のフロンティアモデルを持つMistral、そして値下げ圧力が和らぐOpenAIやAnthropicといった米国大手は、中国製の安価な選択肢が退場すれば相対的に有利になる。中国国内では、Mythos対抗需要を取り込む360のようなセキュリティ企業にも追い風だ。一方、DeepSeekなど中国製モデルへ全面移行してコストを削減してきた海外のスタートアップや、海外展開の機会を失うAlibaba・ByteDance・Z.ai自身、そして自前のAI基盤を持たない欧州は、この対立の板挟みで選択肢を狭められる側に回る。この対称的な囲い込みは、得をする陣営と割を食う陣営を分けつつある。

欧州投資銀行(EIB)の報告書によれば、EU域内の大型資金調達ラウンドの5件に4件超で海外投資家がリード投資家を務めており、地元・サンフランシスコの投資家がリードする比率が14%にとどまる米国とは対照的だ。自前の資本もモデルも薄い欧州にとって、安価な中国製AIという選択肢が消えれば、代わりを探す余地はほとんど残らない。GLMのコスト優位を前提にAPI連携を組んできた開発チームであれば、日本の開発現場も同じ規制発動時の427万ドル規模のコスト増を無縁とは言えない。

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規制の中身が固まる前に、選べる側から締め出される側へ

Alibaba・ByteDance・Z.aiはもちろん、商務省・NDRCのいずれも取材にコメントしておらず、確定情報として扱えるのはReutersが3人の匿名の関係者から得た「協議が行われている」という事実にとどまる。次の判断材料になるのは、商務省が正式な規制文書を公表するタイミングと、対象3社が決算説明会や当局への回答でこの件に触れるかどうかだ。

米国は6月に自国のフロンティアモデルを海外から締め出し、数週間後には中国も同じ方向へ動き出した。互いが互いへの警戒から自国のAI資産を囲い込む結果、割を食うのは対立の当事者ではなく、安くて優秀なAIを選ぶ側に回っていた欧州や第三国の開発者たちだ。人・資本・技術の順に流出経路を塞いできた中国の動きは、AIを巡る主導権争いが貿易摩擦や技術覇権争いの一部として扱われる局面に入ったことを示している。

次の答え合わせは、中国が三層規制のどこまでを実際に法制化するか、そして対象を既存モデルにまで広げるかどうかで決まる。DeepSeekやQwenが実際にAPIから消えるか、「検討」のまま立ち消えるかは、この夏の商務省の判断ひとつで決まる。