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中国、AI全自動チップ設計システム「QiMeng」発表――半導体設計の“民主化”か、それとも覇権への狼煙か?

Y Kobayashi

2025年6月14日

中国科学院が、世界初を謳うAIによる全自動プロセッサ設計システム「QiMeng(啓蒙)」を発表した。ユーザーが自然言語で要求を伝えるだけで、CPUのハードウェアからソフトウェアまでを一貫して設計するというこの技術は、米国の半導体規制強化に対する中国の明確な「回答」であると同時に、チップ設計のあり方を根底から覆す可能性を秘めている。生み出されたCPUの性能は数世代前のものに過ぎないが、このニュースの真の核心は性能ではなく、AIが人間の手を離れて「設計者」として自律的に進化を始めた、そのプロセスそのものにあるのではないだろうか。

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半導体設計の常識を覆す「QiMeng」の衝撃

人間の言葉からCPUアーキテクチャへ

「QiMeng」が提示する未来は、にわかには信じがたいほど野心的である。中国科学院の研究者らが発表した論文によれば、このシステムは、ユーザーが「こういう性能のチップが欲しい」と自然言語で要求を入力するだけで、プロセッサの機能仕様から、その詳細なアーキテクチャ、さらにはハードウェア記述言語(HDL)による論理設計、そしてその上で動作するOSやコンパイラといった基盤ソフトウェア群までを自動で生成・最適化するという。

この驚くべき能力の心臓部にあるのが、「LPCM(Large Processor Chip Model)」と呼ばれるドメイン特化型の大規模言語モデルだ。LPCMは単なるテキスト生成AIではない。論文によれば、テキスト情報に加え、回路図やデータフロー図といった「グラフ構造」を理解し、生成するマルチモーダルな能力を持つというのだ。これにより、抽象的な要求と具体的なハードウェア設計との間に存在する巨大な壁を、AIが自ら越えようと試みているのである。

成果は「Intel 486相当」――だが、そこに潜む真の革新性

研究チームは、QiMengが実際に設計した2つのプロセッサを公開している。

  • QiMeng-CPU-v1: 完全に自動設計された世界初のプロセッサコアとされ、わずか5時間で32ビットRISC-V CPUの設計を完了した。その性能は、1989年に登場したIntelの「486プロセッサ」に匹敵するという。
  • QiMeng-CPU-v2: より高度なスーパースカラーCPUで、v1の約380倍という飛躍的な性能向上を達成。2012年に発表されたArmの「Cortex-A53」と同等レベルに達したとされる。

現代の先端プロセッサと比較すれば、これらの性能が見劣りするのは事実だ。しかし、この成果を性能だけで評価するのは、あまりにも表層的だろう。注目すべきは、AIが学習を通じて、わずかな期間で「1989年レベル」から「2012年レベル」へと、実に23年分もの技術的ギャップを飛び越えたという、その驚異的な進化の速さにある。そして何より、このプロセスが「全自動」で、かつ「数時間」という短時間で完遂されたという事実こそが、真の衝撃なのだ。

「米国の締め付け」が生んだ必然――QiMeng開発の地政学的背景

EDAツールという「アキレス腱」

QiMengの登場は、技術的な文脈だけで語ることはできない。その背景には、激化する米中技術覇権争いという、極めて生々しい地政学的現実が存在する。

現代の半導体設計は、EDA(電子設計自動化)ツールなしには一日も成り立たない。このEDA市場は、米国のSynopsys、Cadence、そしてドイツのSiemensEDA(旧Mentor Graphics)という3つの巨人によって、長年にわたり寡占されてきた。チップというデジタル社会の根幹を支える産業が、事実上、西側企業の提供するツールに生殺与奪の権を握られている構図だ。

米国政府は、この構造を安全保障上のレバレッジとして最大限に活用している。近年、中国の半導体産業の発展を抑制するため、先端半導体製造装置だけでなく、GAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術などを用いた先端チップ設計に不可欠なEDAツールの対中輸出規制を強化した。これは、中国のハイテク企業にとってまさに「アキレス腱」を突かれるに等しい措置であり、自前での設計能力の確立が国家的な至上命題となった。

「自給自足」への強い意志の表れ

このような状況下で発表されたQiMengは、単なる学術的な成果報告ではない。それは、EDAツールというクリティカルな依存関係を断ち切り、半導体設計の「自給自足」を達成しようとする中国の国家的な強い意志の表れだと解釈するのが自然だろう。外国製ツールがなければチップが作れないという状況から脱却し、設計の源流からエコシステムの構築までを内製化しようとする、壮大な挑戦の一環なのである。

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AIは如何にして「設計者」になったのか?――QiMengの心臓部に迫る

QiMengの革新性は、その野心的な目標だけでなく、それを実現するための技術的アプローチにも見られる。論文を深く読み解くと、人間が行う設計プロセスをAIが模倣し、超高速で実行する仕組みが浮かび上がってくる。

LPCM:テキストと「回路図」を理解するマルチモーダルAI

前述の通り、QiMengの核はLPCMにある。従来のLLMがテキストという一次元のシーケンシャルデータを得意とするのに対し、LPCMはプロセッサ設計に不可欠な「グラフ構造」のデータを扱う。これは、ソフトウェアの抽象構文木(AST)や、ハードウェアのデータフロー図(DFG)、制御フロー図(CFG)といった、要素間の複雑な関係性を示す情報を直接学習・生成できることを意味する。人間の設計者が頭の中で構想するアーキテクチャの青写真を、AIがデータとして扱えるようになった、と言い換えてもいいかもしれない。

「試行錯誤」を自動化する二重のフィードバックループ

さらに重要なのが、QiMengに実装されている二重のフィードバックループだ。これは、人間の設計者が行う「試行錯誤」のプロセスを、AIが自律的に実行するためのメカニズムである。

  1. 内側のループ(機能的正しさのフィードバック): LPCMが生成した設計案に論理的な誤りやバグがないかを、自動化された検証ツールでチェックする。もしエラーが発見されれば、その情報をフィードバックしてAIに設計案を「修復」させる。これを、機能的に正しい設計が得られるまで繰り返す。
  2. 外側のループ(パフォーマンスのフィードバック): 機能的に正しい設計ができたとしても、それが高性能であるとは限らない。そこで、この外側のループでは、設計案の性能(速度、消費電力、面積など)を評価する。性能が低ければ、その結果をフィードバックし、AIはより高性能な設計案を探索する。

この「生成→検証→修復→評価→最適化」というサイクルをAIが自律的かつ超高速で回すことで、人間が数週間、数ヶ月を要する設計プロセスを、わずか数時間に短縮することを可能にしている。これこそが「全自動設計」の核心であり、QiMengの最も恐るべき能力だと筆者は考える。

西側EDA巨人との差、そして未来への展望

SynopsysとCadenceが築いたAIの城壁

もちろん、チップ設計にAIを活用する試みは中国の専売特許ではない。EDA市場をリードするSynopsysの「DSO.ai」やCadenceの「Cerebrus」といったAIプラットフォームは、すでに数百の商用チップ設計で採用され、設計期間の短縮や性能・電力・面積(PPA)の最適化に絶大な効果を発揮している。

ただし、これらの西側企業のAI活用は、主に既存のEDAツールの各工程(配置配線、論理合成など)を「最適化」「高速化」することに主眼が置かれている。これは、熟練した人間の設計者を支援する「優秀なアシスタントAI」という位置づけだ。

対してQiMengが目指すのは、人間の言葉という最初の入力から最終的なハードウェア/ソフトウェア設計までをシームレスにつなぐ「エンドツーエンドの完全自動化」である。アプローチの射程において、QiMengはより野心的で、破壊的なパラダイムシフトを狙っている可能性がある。

「設計の民主化」か「覇権争いの新章」か?

QiMengがオープンソースプロジェクトとして公開されたという点も見過ごせない。これは、オープンソースの命令セットアーキテクチャであるRISC-Vの成功に倣い、中国が独自の半導体エコシステムをオープンなプラットフォーム上で構築しようとする戦略の表れかもしれない。

この技術が成熟すれば、半導体設計の風景は一変するだろう。これまで巨額の投資と専門家集団を擁する大企業しか手を出せなかったカスタムチップ設計が、「設計の民主化」によって、スタートアップや大学の研究室、あるいは個人の手にまで開かれる未来が訪れるかもしれない。特定の用途に特化したAIアクセラレータやIoTデバイスが、爆発的に生まれる時代が来る可能性すらある。

しかし、その光の裏には影もある。これは紛れもなく、米中技術覇権争いの新たな戦線の幕開けだ。今後は、人間が設計したチップ同士が競争するだけでなく、AIが設計したチップ、さらには「どの国のAIが設計したか」が問われる時代に突入する。設計の思想や効率、最適化の巧みさといった、これまで人間の領域であった部分で、AIが代理戦争を繰り広げることになるのかもしれない。

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次なる“ムーアの法則”はAIが書くのか?

中国科学院が発表した「QiMeng」を、現在の成果である「Intel 486相当」という性能だけで判断するのは、木を見て森を見ない議論である。真に注目すべきは、AIが人間の設計者のように、あるいはそれ以上の速度で「学習し、進化する」能力を、半導体設計という極めて複雑で論理的な領域で手に入れたという事実そのものだ。

かつてGordon Mooreが提唱した「ムーアの法則」は、半導体の集積度が指数関数的に向上することを示し、半世紀にわたってデジタル革命を牽引してきた。しかし、その法則も物理的な限界に近づきつつある。

QiMengが示した可能性は、私たちに新たな問いを投げかける。これからの半導体の進化を規定するのは、微細化技術の進歩ではなく、AIによる設計・最適化サイクルの回転速度になるのではないか。もしそうであれば、次なる時代の“ムーアの法則”は、AI自身によって書き換えられていくことになるだろう。QiMengの発表は、その壮大な物語の序章に過ぎないのかもしれない。


論文

参考文献

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