Anthropicは2026年3月13日、Claude Opus 4.6とSonnet 4.6を対象に、最大100万(1M)トークンのコンテキストウィンドウを標準価格で正式提供(GA)すると発表した。200Kトークンを超えるリクエストに課していた最大100%の割増料金を撤廃し、9,000トークンでも900,000トークンでも同じ単価が適用される体系へと移行する。
メディア添付上限も1リクエストあたり100から600ページに拡張され、長文処理の経済的・実装上の障壁が一度に取り除かれた形だ。
価格体系の刷新:200Kトークン超の割増料金が消えた
これまでの料金体系では、Sonnet 4.6の1Mコンテキストは公開ベータ段階にとどまっており、200Kトークンを超える入力には2倍の価格乗数が適用されていた。Opus 4.6はそもそも1Mトークンのコンテキストウィンドウ自体を持っておらず、今回初めて1M対応モデルに加わった形だ。新しい料金体系では、Opus 4.6が入力100万トークンあたり5ドル・出力25ドル、Sonnet 4.6が入力3ドル・出力15ドルという既存単価のまま、全コンテキスト長で一律に適用される。レート制限も統一され、従来は長文リクエストで制限されていたスループット上限が、全コンテキスト長で通常のアカウント上限と同水準になる。
実装面での変更は最小化されている。従来は200Kトークン超のリクエストにベータ用ヘッダーを付与する必要があったが、今後は不要だ。既存コードにベータヘッダーが含まれていても無視されるため、コードを修正しなくても新しい料金体系が自動的に適用される。
メディア添付上限の6倍拡張(100→600ページ)は、価格変更と並ぶ実用上の変化だ。数百ページ規模の契約書群や研究文献を一括投入するエンタープライズユースケースでは、この上限がボトルネックになっていた。対応プラットフォームはClaude Platform(API)、Amazon Bedrock、Google Cloud Vertex AI、Microsoft Azure Foundryの4つで、Amazon Bedrockではメディア上限拡張は対象外となる。
Claude Codeについては、Max・Team・Enterpriseプランで、Opus 4.6セッションが1Mウィンドウをデフォルト使用し、追加コストは発生しない。
ベンチマークが示す長文精度の現在地:—78.3%と Context Rot の壁
コンテキストウィンドウが大きくても、モデルがその全域を正確に活用できなければ実用価値は限られる。Anthropicが公表したMRCR(Multi-Round Coreference Resolution:多段階共参照解析)v2ベンチマークで、Opus 4.6は1Mトークン全長で78.3%を記録した。MRCR v2は膨大なテキストを横断して固有名詞・概念・関係性を一貫して追跡する能力を測定するもので、Anthropicは「同コンテキスト長で比較可能なフロンティアモデルの中で最高値」と主張する。Sonnet 4.6はGraphWalks BFSベンチマークにおいて1Mトークン時に68.4%を記録し、同規模クラスで首位とされる。

MRCR v2のスコアが実務で意味するのは、複数ラウンドにわたる交渉の全文をひとつのセッションに読み込み、各条項がどの当事者に何を義務付けているかを首尾一貫して追跡できるかどうかだ。法律AIのGC AI共同創業者兼CTOは「100ページの契約書5件分を1セッションに持ち込み、交渉の全体像を把握できる。バージョン間を行き来したり変更点を追い直したりする手間がなくなる」と語る。コードベースの場合は、数万行のソースコードを読み込んでモジュール間の依存関係を見失わずに推論する能力に対応する。
ただし、コンテキストウィンドウが埋まるにつれて精度が低下する「Context Rot(文脈の劣化)」は、Anthropicのモデルを含むフロンティアLLM(大規模言語モデル)全般の未解決課題だ。The Decoderの報告によると、GPT-5以降の主要モデルで長い会話になるほど精度が最大33%低下するとの研究結果がある。78.3%は競合最高水準だが、Context Rotがゼロになったわけではなく、大規模な法律文書や財務データ処理では引き続き人間によるレビューが前提となる。
Claude Code と実務処理:コンパクション15%減の内側
開発者にとって最も直接的な変化はClaude Codeの動作だ。従来、Claude Codeは検索・分析で100Kトークンを超えると「コンパクション」が自動実行されていた。コンパクションとは直前の会話を圧縮してコンテキスト枠を解放する処理で、この過程でモデルは初期に発見したエッジケース・変数の前提条件・作業仮説の細部を失う。複雑なデバッグ作業で「以前の前提をモデルが忘れている」と感じる体験の多くはこれに起因していた。
Anthropicによると、1Mコンテキストを有効にしたMax/Team/EnterpriseプランのClaude Codeユーザーでは、コンパクション発生回数が15%減少した。Rampのソフトウェアエンジニアは「Datadog・Braintrust・データベース・ソースコードの検索だけで100K超のトークンを消費する。コンパクションが走ると詳細が消え、同じ箇所を繰り返しデバッグする羽目になる。1Mコンテキストがあれば検索・再検索・エッジケース集約・修正提案を1つのウィンドウで完結できる」と語る。CognitionのDevin Reviewエージェントでは、大きなコードの差分が200Kウィンドウに収まらないためチャンク分割処理が必要で、複数パスとクロスファイル依存関係の喪失を招いていた。1Mコンテキストにより差分全体を1回で読み込めるようになり、「シンプルなハーネスでより高品質なレビューが得られるようになった」と創業エンジニアは述べている。
1Mトークンは約75万語(長編小説10冊相当)、75,000行以上のコードのクロスファイル依存関係、あるいは600ページのPDF文書1リクエスト処理に相当するスケールだ。Physical Superintelligenceの共同創業者Alex Wissner-Gross博士は「数百本の論文・数学的証明・コードベースを一回のパスで統合できる」と述べており、基礎・応用物理学研究の加速につながっていると語る。RAG(検索拡張生成)アーキテクチャの観点では、75万語以内のデータセットであればフルコンテキスト読み込みで代替でき、チャンキングと検索インデックスの設計を省略できるケースも生まれる。あるユーザーは200Kから500Kへのコンテキスト拡張後、エージェントが「目標に集中するようになり使用トークン数が全体として減少した」と報告している。
1Mトークンの天井とAnthropicが仕掛ける価格戦略
1Mトークンのコンテキストウィンドウは、Googleが2024年2月にGeminiで達成し、Anthropicも同年3月のClaude 3でGA済みだ。2026年3月の前週にはOpenAIも自社モデルで1Mコンテキストを正式リリースしており、今回のAnthropicは最後発でのGA宣言となる。つまりウィンドウのサイズ競争は2年前に実質決着しており、今回の変更の本質は規模の拡張ではなく価格の正常化にある。
競合との価格比較では明確な差異が生じている。Claude Opus 4.6とSonnet 4.6が1Mトークン全域でフラット料金を提供しているのに対し、Gemini 2.5 Proは同じ1Mウィンドウを持ちながら長文リクエストに段階的な価格体系を維持している。GPT-5の最大コンテキスト長は256Kトークンにとどまる。「1Mトークンをフラット料金で提供する旗艦モデルを複数持つのはAnthropicのみ」という構図が成立した。
コンテキストウィンドウが2年間で1Mから伸びていない背景には、HBM(高帯域幅メモリ)とDRAM(動的ランダムアクセスメモリ)の世界的な供給制約がある。推論時に大きなコンテキストを保持するには対応するメモリ帯域幅が物理的に必要なためだ。LLMのコスト・推論速度・出力品質が急速に改善し続けているのに対し、コンテキストウィンドウの拡張速度はこの2年間で明らかに鈍化しているとAI研究者のSwyx(Shawn Wang)はLatent.Spaceのポッドキャストで指摘する。同氏は「1Mトークンが5〜10年の天井になる可能性がある」との見方を示し、将来的には長いコンテキストが限定リソースとして割り当てられる「コンテキスト配給」のような形態が現れる可能性を警告している。
Anthropicが今このタイミングで割増料金を廃止した意図は、サイズで差別化できない競争においてフラット料金という使いやすさを前面に出すことにある。ウィンドウの最大サイズでは最後発でGA宣言した後、価格体系のシンプルさで先行することで長文ユースケースを開発する際のデフォルト選択肢になろうとする戦略だ。コンテキストウィンドウの拡張が物理的な壁に近づいている中で、残る競争軸は精度(Context Rotへの対処)とコスト(フラット料金・プロンプトキャッシング・バッチ処理の組み合わせ)の2点に絞られつつある。MRCR v2で78.3%の競合最高を主張できる間に価格の優位性も確立しておく、そういう計算が今回の発表の裏にある。
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