テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

「Doudna」スーパーコンピュータが拓く科学の新時代:DellとNVIDIAが米国DOEと連携しAI・科学研究を加速

Y Kobayashi

2025年5月30日2:38PM

米エネルギー省(DOE)は、科学技術計算とAI研究の新たな地平を切り開く次世代スーパーコンピュータ「Doudna(ドウドナ)」の開発計画を発表した。NVIDIAとDell Technologiesというテクノロジー業界の巨人がタッグを組み、2026年の稼働を目指すこのマシンは、ノーベル賞受賞者ジェニファー・ダウドナ氏の名を冠し、その名にふさわしい革新的な成果を生み出すことが期待されている。本記事では、このDoudnaの技術的詳細、期待される性能、そして科学とAIの未来に与えるであろうインパクトについて、どこよりも詳しく、そして分かりやすく解説する。

スポンサーリンク

Doudnaとは何か? – 科学とAIの融合を目指す次世代スパコン

Doudnaは、カリフォルニア大学バークレー校に隣接するローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)内の国立エネルギー研究科学計算センター(NERSC)に設置される予定の、DOEにおける次期フラッグシップスーパーコンピュータである。その名称は、ゲノム編集技術CRISPR-Cas9の開発で2020年にノーベル化学賞を受賞したJennifer Doudna博士にちなんで名付けられた。この命名自体が、Doudnaが生命科学を含む広範な科学分野、特にデータ駆動型科学やAIとの融合を強く意識していることの現れと言えるだろう。

DOEは長年にわたり、国家的な重要課題解決のため、世界最先端のスーパーコンピュータ開発を推進してきた。Doudnaもその系譜に連なるものであり、気候変動モデリング、核融合エネルギー開発、新材料発見、宇宙の謎の解明、そして先端的AI研究といった、計算科学の粋を集めた挑戦的研究を加速することがミッションとなる。NERSCは既に11,000人以上の研究者に計算資源を提供しており、Doudnaはこれらの研究者にとって、まさに待望の「頭脳」となる。

技術的深掘り – NVIDIAとDellが織りなす革新的アーキテクチャ

Doudnaの心臓部となるのは、NVIDIAとDell Technologiesが提供する最先端技術の結晶だ。そのアーキテクチャは、従来の科学技術計算の枠を超え、AIワークロードとの高度な融合を前提として設計されている点が最大の特徴である。

NVIDIA Vera Rubin プラットフォーム:AIとシミュレーションの心臓部

Doudnaの演算能力の核を担うのは、NVIDIAが開発中の次世代プラットフォーム「Vera Rubin」である。このプラットフォームは、高性能GPUとArmベースの汎用CPU「Rubin AIチップ」を組み合わせたものとなる見込みだ。特に注目すべきは、NVIDIAがAIチップと銘打っている点であり、これは従来のHPCシステムが主戦場としてきた倍精度浮動小数点数演算(FP64)だけでなく、AIモデルの学習や推論で効果を発揮する低精度演算(FP16やINT8など)にも最適化されていることを示唆している。

実際に、NVIDIAの現行世代であるBlackwellアーキテクチャのウルトラ版では、AI性能を最大化するためにFP64性能が一部トレードオフの関係にある。Vera Rubinプラットフォームもこのトレンドを継承、あるいはさらに推し進める可能性があり、一部メディアでは、「科学的成果10倍」という表現が、必ずしもFP64演算性能10倍を意味するわけではない可能性を指摘している。しかしこれは、必ずしもネガティブな側面だけを意味するわけではない。むしろ、AIとシミュレーションを融合させた新しい科学的手法(AI for Science)が主流となりつつある現代において、より柔軟で効率的な計算能力を提供するという戦略的判断とも解釈できる。Doudnaは、この新しい計算パラダイムを体現するシステムとなるのかもしれない。

Dellの役割:柔軟性と冷却効率を追求したインフラ

Doudnaのシステムインテグレーションと基盤インフラを提供するのがDell Technologiesだ。同社は、最新のPowerEdgeサーバーと、高密度実装と効率的な冷却を実現するORv3(Open Rack version 3)ダイレクト液体冷却技術を採用したDell Integrated Rack Scalable Systemsを提供する。

これまで政府系の大型スーパーコンピュータ案件では、Hewlett Packard Enterprise (HPE) 社などが強みを見せてきたが、今回のDoudnaにおけるDellの選定は、同社にとって大きなマイルストーンとなる。Dellの幹部は、個々の研究所向けにカスタムシステムを構築する従来型のビジネスから脱却し、より広範なユーザーに対応できる柔軟なプラットフォーム開発に注力した結果であると述べている。この戦略転換が、多様な研究ニーズに応える必要のあるNERSCの要求と合致したと言えるだろう。

高速ネットワークとストレージ:データ洪水を捌く神経系

膨大な計算ノード間でデータを高速にやり取りするため、DoudnaはNVIDIAのQuantum-X800 InfiniBandネットワーキング技術を採用する。これはポートあたり最大800Gb/sという驚異的な帯域幅を実現し、現在のDOEの主力スパコンで採用されているSlingshotインターコネクトの4倍の速度を誇る。

さらに、DoudnaはDOEの広帯域科学ネットワークであるEnergy Sciences Network (ESnet) と緊密に連携する。これにより、全米各地のDOE傘下の実験施設や観測装置から生成される膨大な実験データを、ほぼリアルタイムでDoudnaにストリーミングし、即座に解析することが可能になる。「スーパーコンピュータはもはや研究室の隅にある受動的な存在ではなく、実験や検出器と一体となったワークフロー全体の一部だ」と、Doudnaのチーフアーキテクトであるニック・ライト氏は語る。このリアルタイム性は、科学的発見のスピードを劇的に向上させる可能性を秘めている。

スポンサーリンク

性能と期待されるインパクト – Perlmutterの10倍超、科学の「タイムマシン」へ

Doudnaの具体的な性能目標として掲げられているのは、NERSCの現行フラッグシップシステム「Perlmutter」(2024年11月のTOP500リストで79.23 PFLOPSを記録し世界19位)と比較して「10倍以上の科学的成果」を達成することだ。前述の通り、これが単純なFP64演算性能の10倍を意味するかは定かではないが、少なくともAI処理能力やデータ処理能力、あるいはそれらを組み合わせた総合的な問題解決能力において、飛躍的な向上が見込まれることは間違いない。

NVIDIAの創業者兼CEOであるJensen Huang氏は、Doudnaを「科学のためのタイムマシンであり、何年にもわたる発見を数日に短縮する」と表現しており、その革新性への期待を滲ませる。また、電力効率に関しても、Perlmutterの2~3倍の消費電力で10倍の成果を目指すとされており、サステナビリティへの配慮も設計思想に含まれている。

Doudnaが切り拓く未来:主要研究分野とAIへの貢献

Doudnaは、その圧倒的な計算能力とAIとの親和性の高さから、非常に広範な科学分野でのブレークスルーを促進すると期待されている。

  • 核融合エネルギー: プラズマ物理の複雑なシミュレーションや核融合炉設計の最適化により、実用的な核融合発電の実現を加速する。特に、サンディエゴのDIII-D国立核融合施設からの実験データをリアルタイムでモデリングする計画は注目に値する。
  • 気候科学: より高解像度かつ高精度な地球全体の気候モデルを実行し、気候変動予測の信頼性向上や緩和策・適応策の策定に貢献する。
  • 量子コンピューティング: NVIDIAのCUDA-Qプラットフォームを利用し、量子アルゴリズムのシミュレーションや開発を支援する。将来のハイブリッド量子HPCシステムの共同設計のテストベッドとしての役割も担う。
  • ゲノム研究・生命科学: Doudnaの名の由来ともなったジェニファー・ダウドナ博士の研究分野であるゲノム解析、タンパク質構造予測、創薬など、分子レベルでの生命現象の解明を加速する。NERSCは既にAIを用いた新規タンパク質構造予測などで実績がある。
  • 材料科学: 新しい機能性材料の探索や物性予測を、シミュレーションとAIを組み合わせて効率化する。
  • 宇宙論・高エネルギー物理: 宇宙の起源や素粒子の謎に迫る大規模シミュレーションや観測データの解析を推進する。

これらの分野において、Doudnaは単に計算速度を向上させるだけでなく、AIをシミュレーションに組み込むことで、従来の手法では不可能だった精度や速度での解析を可能にするだろう。

スポンサーリンク

HPC市場における地殻変動 – Dellの躍進とNVIDIAの戦略

Doudnaの開発は、高性能コンピューティング(HPC)市場における勢力図の変化も示唆している。Dell Technologiesが主要契約者となったことは、長らくHPEなどが優位を保ってきた政府系大規模HPC市場において、同社の存在感を大きく高めるものだ。Dellの柔軟なプラットフォーム戦略と液体冷却技術への注力が、今回の選定に繋がったと考えられる。

一方、NVIDIAにとっては、2022年のVenadoシステム以来のDOEにおける大型案件獲得であり、同社のAIチップ戦略がHPC分野にも確実に浸透していることを示している。ArmベースCPUと自社製GPUを組み合わせたVera Rubinプラットフォームは、NVIDIAがデータセンター全体のコンピューティングソリューションプロバイダーとしての地位を盤石なものにしようとする野心的な試みの一環と見ることができる。Doudnaは、このNVIDIAの戦略がHPCの世界でどのように結実するのかを示す、重要な試金石となるだろう。

Doudnaが示すスーパーコンピューティングの新たな地平

2026年に稼働を予定しているスーパーコンピュータ「Doudna」は、単なる計算速度の向上に留まらず、AIと科学シミュレーションの融合を前提とした設計思想、リアルタイムデータ解析能力、そしてエネルギー効率への配慮など、次世代のスーパーコンピューティングが目指すべき方向性を示すものと言える。

NVIDIAとDell Technologiesという強力なパートナーシップによって生み出されるこのマシンは、気候変動、エネルギー問題、生命の謎といった人類が直面する重要課題の解決に向けた研究を劇的に加速させる可能性を秘めている。ジェニファー・ダウドナ博士の革新的な業績に敬意を表して名付けられたDoudnaが、その名に恥じない数々の「ノーベル賞級」の発見を生み出す日も、そう遠くないのかもしれない。我々はその誕生と、それがもたらす未来に大きな期待を寄せずにはいられない。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする