情報化が進む現代社会において、電子機器の高性能化に伴う発熱問題は限界点に達しつつある。熱をいかに逃がし、あるいは再利用するかという「熱管理(サーマルマネジメント)」の技術は、最先端のマイクロチップ設計から巨大な発電プラントの効率化に至るまで、あらゆる産業の根幹を左右する最重要課題である。通常、金属やセラミックなどの固体材料における熱の伝わりやすさ(熱伝導率)は、その物質固有の静的な性質であり、後から外部からの操作によって瞬時かつ劇的に変化させることは極めて困難であると考えられてきた。

しかし、米国エネルギー省(DOE)のオークリッジ国立研究所(ORNL)、オハイオ州立大学、そしてAmphenol Corporationの共同研究チームは、これまでの物理学の常識を覆す画期的な発見を学術誌『PRX Energy』にて発表した。「緩和型強誘電体(relaxor-based ferroelectrics)」と呼ばれる特殊な性質を持つセラミック材料に電場を印加することで、固体内部で熱を運ぶ微小な原子振動である「フォノン(phonon)」の振る舞いを人為的に制御し、電場をかけた方向への熱伝導率を最大で約300%(約3倍)も向上させることに成功したのだ。

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熱を運ぶミクロの運び屋「フォノン」の正体

固体の内部で熱が伝わる仕組みを正しく理解するためには、ミクロな量子力学の世界へと視点を移す必要がある。金属のように自由に動き回れる電子が熱を運ぶ例外を除き、電気を通さない絶縁体や多くのセラミックなどの固体内部では、熱エネルギーは結晶格子を構成する原子の波のような連鎖的な振動として伝播していく。量子力学においては、この連続する原子振動の波を一つの粒子(準粒子)として扱い、「フォノン(音響量子)」と呼称する。すなわち、固体における熱伝導とは、無数のフォノンが物質内部を移動していく現象そのものだ。

熱伝導の効率、すなわち熱の伝わりやすさを決定づける要因は、フォノンが移動する「速度」と、フォノンがエネルギーを失わずに移動できる時間である「寿命(あるいは平均自由行程)」の二つである。フォノンは整然と並んだ結晶の中を進む際、他のフォノンと衝突したり、結晶の構造的な欠陥や不純物にぶつかったりすることで散乱を引き起こし、やがてエネルギーを失って消滅する。これは、障害物の多い悪路を走る自動車に似ていると言えるだろう。散乱を引き起こす要因(障害物)が多ければ、フォノンは短い距離しか進むことができず、結果としてその材料の熱伝導率は低くなる。逆に、フォノンが散乱せずに長く、そして遠くまで進むことができれば、熱伝導率は飛躍的に高くなる。

従来の材料科学において、このフォノンの寿命を外部からの刺激によって後天的に、かつ大幅に制御することは至難の業とされてきた。熱流を構成するフォノン自体は、電気のようにプラスやマイナスの電荷を持っているわけではない。そのため、外部から電場や磁場をかけたとしても、フォノンの動きを直接的にコントロールすることは物理的に不可能だからである。

電場でフォノンの「寿命」を操作する:約300%向上のメカニズム

緩和型強誘電体という特殊な舞台

この困難な課題を克服するため、研究チームが実験の舞台として選択したのが「PMN-30%PT」と呼ばれる緩和型強誘電体セラミックだ。この材料は、チタン酸鉛とマグネシウム・ニオブ酸鉛の固溶体であり、組成のわずかな違いによって結晶構造や物理的性質が劇的に変化するモルフォトロピック相境界(MPB)と呼ばれる特殊な状態に位置している。この材料の内部には、「極性ナノ領域」と呼ばれるナノメートルスケールの微小な電気的偏り(分極)を持つ領域が無数に点在している。さらに、結晶内部では強誘電的な性質(自発的な分極を持つ性質)と反強誘電的な性質(隣り合う分極が互いに打ち消し合う性質)がミクロなレベルで複雑に競合し合っている。電場を印加する前の状態では、この複雑で入り組んだナノ構造そのものが、フォノンにとって強力な「障害物(散乱源)」として機能しており、材料全体の熱伝導率を低く抑える原因となっていた。

このPMN-30%PTという材料は、医療用超音波プローブや精密アクチュエータなど、電気エネルギーと機械エネルギーを変換する圧電素子として既に広く応用されている優れた機能性材料でもある。しかし、その卓越した電気的・機械的特性の裏側に隠された「熱的な振る舞い」については、これまで未解明な部分が多く残されていた。研究チームは、この材料が持つ極めて高い誘電率と、電場に対する敏感な応答性に着目し、熱伝導の制御という未踏の領域へと踏み込んだのである。

反強誘電的揺らぎの抑制:フォノンのハイウェイを開通させる

研究に際し、Amphenol CorporationのRaffi Sahul氏によって精密に合成されたこの特殊な結晶に対し、研究チームは特定の方向([100]方向)に向けて強力な直流電場を印加する「ポリング(分極処理)」を実施した。すると、材料内部の微小な電荷が電場の力によって特定の方向に整列し始め、結晶の内部構造に決定的な変化が生じたのである。

電場が印加された状態では、材料内部において電場の向きに逆らう「反強誘電的な変位」よりも、電場の向きに沿う「強誘電的な変位」がエネルギー的に圧倒的に有利な状態となる。その結果、これまでフォノンの行く手を阻む厄介な障害物であった「反強誘電的揺らぎ」が、電場が印加された方向に沿って強く抑制されることになった。これを直感的に例えるならば、複雑に入り組んで深刻な交通渋滞を引き起こしていた細い路地が、電場という強力な外力によって一掃され、熱を運ぶフォノンが障害物なく走り抜けられる真っ直ぐなハイウェイが開通したような状態である。

障害物が激減したことで、電場と平行な方向に進むフォノンの散乱率は劇的に低下し、その「寿命(生存時間)」は著しく延長された。一方で非常に興味深いことに、電場と垂直な方向ではこの障害物除去の効果は現れず、フォノンの寿命は短いまま、すなわち熱伝導率も低い状態が維持された。つまり、電場を印加するという操作によって、特定の方向にのみ熱を逃がしやすくする「方向性を持った熱の通り道」を材料内部に人為的に作り出すことに成功したのである。

理論を超えた驚異的な実測値

過去の研究においても、強誘電体材料を用いて電場で熱伝導率を変化させようとする試みは存在していた。しかし、それらの従来研究で達成された向上幅は、せいぜい5%から10%程度に留まる極めて限定的なものであった。従来の向上は主に、電場による材料の体積変化等に伴うフォノンの伝播速度(音速)のわずかな変化に依存していたためである。

しかし今回の研究では、特定の散乱源を無効化し、フォノンの「寿命」そのものを根本的に延ばすという全く新しいアプローチにより、特定の方向への熱伝導率が約300%(約3倍)に達するという、従来の常識を完全に打ち破る飛躍的な向上を記録した。熱伝導率の測定実験を設計したオハイオ州立大学の故Joseph Heremans教授の指導のもと、データ解析を主導した博士候補生のDelaram Rashadfar氏は「以前の研究結果から、当初は控えめな効果しか予想していなかったため、3倍もの違いを観察したことは非常に重大な結果であった。Heremans教授は常に、まずデータを信じ、理論はそれに従わせるべきだと強調していた」と述懐している。この予想を遥かに超える巨大な効果の観測は、固体物理学における熱輸送メカニズムの理解を根底から書き換える重大なブレイクスルーとなった。

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見えない熱を可視化する「非弾性中性子散乱」技術の威力

オークリッジ国立研究所「核破砕中性子源」によるミクロの探求

フォノンという目に見えない、しかもナノメートルスケールにおいてピコ秒(1兆分の1秒)単位で生滅を繰り返す量子的な波の振る舞いを、科学者たちはどのようにして正確に捉え、証明したのだろうか。その決定的な鍵となったのが、ORNLが誇る世界最高クラスの大型研究施設「核破砕中性子源(Spallation Neutron Source: SNS)」を利用した「非弾性中性子散乱(Inelastic Neutron Scattering)」という最先端の巨大実験技術である。

核破砕中性子源は、水銀のターゲットに高エネルギーの陽子ビームを衝突させ、原子核を「破砕」することで強力なパルス状の中性子ビームを生み出す、巨大科学の結晶とも言える施設である。ここで得られる詳細なデータセットは、実験室レベルの小規模な装置では決して捉えきれない、物質内部の奥深くで生じる極めて微弱な信号をも鮮明に描き出す能力を持っている。今回の研究成功の裏には、こうした国家レベルの最先端インフラストラクチャーへのアクセスと、それを駆使する専門家の深い知見が不可欠であった。

中性子は電気的な電荷を持たないため、物質の奥深くまで容易に透過することができる。さらに、中性子が持つエネルギーと運動量は、結晶内部の原子間の距離やフォノンのエネルギーと非常に近いスケールに位置している。特定のエネルギーを持つ中性子ビームを材料に照射すると、中性子は材料内部のフォノンとエネルギーや運動量をやり取り(散乱)して跳ね返ってくる。この跳ね返ってきた中性子のエネルギー変化(非弾性)と飛んでいく角度を精密に測定し解析することで、材料内部の原子が静的に「どこにいるか(構造)」だけでなく、動的に「どのように振動しているか(ダイナミクス)」を、三次元的な空間とエネルギーの広がりの中で完全にマッピングすることができる。これは、1994年にClifford ShullとBertram Brockhouseがノーベル物理学賞を受賞した中性子散乱の基本概念を、現代の超巨大加速器技術によって極限まで高めた究極の観測手法である。

マクロな熱伝導とミクロな原子振動の完璧な統合

ORNLのシニア研究員であるMichael Manley氏やRaphaël Hermann氏らが率いる研究チームは、このSNSの高度なスペクトロメーターを駆使し、ポリング(電場印加)前後のPMN-30%PT結晶における膨大な中性子散乱データを収集・分析した。その結果、ブリルアンゾーン(結晶の周期性を運動量空間で表した基本単位)の境界付近において、電場方向でのみ特定のフォノンスペクトルが異常にシャープになる現象を明確に捉えた。スペクトルがシャープになるということは、波としての形が崩れにくく、フォノンの寿命が延びていることを物理的に意味している。

本研究の最大の卓越性は、オハイオ州立大学のチームによるマクロな「熱伝導率の劇的な向上という測定データ」と、ORNLチームによるミクロな「中性子散乱が捉えたフォノン寿命の延長データ」という、全く異なるスケールの現象を直接的かつ論理的に結びつけた点にある。「電場が反強誘電的揺らぎを抑え込み、特定の方向に向かうフォノンの寿命を延ばすことで、結果としてマクロな熱伝導率が3倍に跳ね上がる」という一連の鮮やかなストーリーが、疑いようのない強固な科学的証拠とともに実証されたのである。

次世代サーマルマネジメントへの応用と社会が受けるインパクト

可動部のない「全固体熱スイッチ」の実現に向けて

この発見は、単なる基礎物理学の成果にとどまらず、産業界に計り知れないインパクトをもたらす。最も期待される直接的な応用の一つが、「ソリッドステート(全固体)熱スイッチ」の実現である。

現在、多くの電子機器やシステムにおける熱管理は、冷却ファンやヒートパイプ、ポンプを用いた水冷システムなど、物理的な「可動部」を持つメカニカルな機構に大きく依存している。これらの既存のシステムは、装置の大型化や故障リスク、さらには冷却システムを駆動するために多大な電力を消費するという自己矛盾を抱えている。しかし、今回の発見を応用すれば、電気的なオン・オフ(電場印加の有無)の切り替えだけで、材料そのものが「熱を通さない断熱材」から「特定の方向へ熱を急速に逃がす放熱材」へと瞬時に切り替わる、可動部を一切持たないスマートな熱制御デバイスが設計可能となる。これは、スマートフォンや高性能コンピューターのプロセッサ冷却設計から、発熱が課題となる電気自動車のバッテリーの熱管理まで、現代のあらゆるテクノロジーの設計思想を根本から変革しうるポテンシャルを秘めている。

高効率エネルギー社会への扉を開く鍵として

さらにマクロな視点でこの技術を捉えれば、人類のエネルギー効率の極限追求にも直結する。熱と仕事(エネルギー)の変換効率における理論的な限界を示す「カルノーサイクル」のモデルが示唆するように、熱機関の究極的な効率は、高温熱源と低温熱源の間での熱エネルギーの移動をいかに無駄なく、かつ精密に制御できるかにかかっている。

産業用プラントや巨大なデータセンター、発電所で発生する膨大な「排熱」を回収し、再び電力などに変換して再利用するコージェネレーションシステムや熱電変換システムにおいて、このスマートセラミックの概念は極めて有用である。熱の流れを電気信号によって意図的に加速させたり、あるいは遮断したりすることができれば、システム全体のエネルギーロスを最小限に抑え、エネルギー変換効率を飛躍的に高めることが可能になる。ORNLの博士研究員であるPuspa Upreti氏が「熱がどのくらいの速さで、どのような方法で流れるかの両方を制御できるようになれば、熱エネルギーをはるかに効率的に管理するデバイスの開発につながる可能性がある」と展望を語るように、電場によるフォノンの寿命制御は、持続可能なエネルギー社会を実現するための新たなパラダイムを提供するものだ。

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常識を覆した全固体熱スイッチへの道程

ORNL、オハイオ州立大学、Amphenol Corporationの強力な連携によってもたらされた本研究は、緩和型強誘電体という複雑なナノ構造を持つ材料において、電場がミクロな反強誘電的揺らぎを抑制し、熱を運ぶフォノンの寿命を大幅に延長させるという全く新しい物理的メカニズムを世界で初めて明らかにした。その結果として実証された「熱伝導率の約300%向上」という記録的な成果は、熱を電気や光と同じように自在に操る「サーマル・メタマテリアル」や、次世代の「全固体熱スイッチ」の実用化に向けた巨大なマイルストーンとなる。

巨大な研究施設が捉えたミクロな量子の波の微かな振る舞いの変化が、やがて我々の社会が直面する巨大なエネルギー問題を解決する大きなうねりへと成長していく。科学のあくなき探求がもたらす未来への可能性は、制御された熱流の如く、今まさに新しい方向へと力強く流れ始めている。


論文

参考文献