長年、ロボット掃除機が越えられなかった最後のフロンティア、それが「階段」だ。ドイツ・ベルリンで開催された国際コンシューマ・エレクトロニクス展「IFA 2025」にて、Anker傘下のスマートホームブランドEufyがその分厚い壁を打ち破る、驚くべきソリューションを発表した。その名は「MarsWalker」。これは掃除機自身が階段を上るのではなく、相棒となるロボット掃除機を「運搬」するための、世界初の階段昇降キャリアシステムである。

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IFA 2025の主役、階段を「運ぶ」という逆転の発想

IFA 2025の会場には、今年も世界中から最新のテクノロジーが集結した。その喧騒の中でも、Eufyのブースの一角は異様な熱気に包まれていた。多くの来場者の視線が注がれていたのは、一台のロボット掃除機が、まるでSF映画のワンシーンのように、もう一台のメカニカルなマシンと合体し、滑らかに階段を昇り降りする光景だった。

ロボット掃除機にとって、階段は天敵であり続けた。落下防止センサーの進化により「落ちない」ことは当たり前になったが、「昇れない」という物理的な制約は、多階層住宅に住むユーザーにとって大きな悩みの種だった。解決策は、各階にロボット掃除機を設置するか、あるいは人間が手で運ぶという、スマートとは言い難いものしかなかった。

これまで業界が目指してきたのは、掃除機自体に昇降機能を持たせるという、いわば「正攻法」のアプローチだ。事実、いくつかのスタートアップや競合他社が、アームや脚を伸ばして階段を上るコンセプトモデルを発表してきた。

しかし、Eufyが提示した答えは、その斜め上を行くものだった。「掃除機を、掃除機を運ぶための専用ロボットに運ばせる」。この「MarsWalker」のコンセプトは、一見すると複雑怪奇に思えるかもしれない。だが、そこには極めて合理的な技術思想が隠されている。掃除機本体の設計を複雑化させることなく、昇降という極めて特殊なタスクを専門のマシンに分離・委託する。この「機能分離」こそが、Eufyの出した革新的な回答なのだ。

「MarsWalker」の驚くべきメカニズム

では、この未来的なキャリアシステムは、一体どのようにして機能するのか。筆者が現地で取材した情報と公開されたスペックを基に、その一連の動作とそれを支える技術を深掘りしていこう。

邂逅から合体、そして昇降へ。一連のシーケンス

「MarsWalker」と、その相棒である新型ロボット掃除機「Omni S2」は、それぞれ専用のドッキングステーションを持つ。清掃が完了し、フロア移動が必要になると、両者はそれぞれのドックから静かに出発する。そして、フロアの所定の位置で落ち合い、Omni S2が後退しながらMarsWalkerのドッキングベイに滑らかに収まる。

完全に合体すると、一つのユニットとなった彼らは階段へと向かう。階段を認識すると、MarsWalkerの機体前後から4本の独立制御アームがゆっくりと伸び、最初の段差を確実に捉える。このアームが機体を持ち上げ、力強い無限軌道(トラックドライブシステム)が前進することで、一段、また一段と着実に階段を昇っていくのだ。

4本のアームと無限軌道が生む、安定した昇降性能

MarsWalkerの昇降性能の核となるのが、この4本のアームと無限軌道だ。

  • 独立制御アーム: 4本のアームは、それぞれが独立して動作し、階段の高さや奥行きといった構造に動的に適応する。 これにより、一般的な住宅の階段はもちろん、多少の規格外の階段にも対応できる柔軟性を持つ。アームが機体をリフトアップし、次の段差へと押し上げる力と、降下時に機体を支える安定性を両立させている。
  • トラックドライブシステム: いわゆるキャタピラ方式の駆動部は、階段の踏み面を広範囲で捉えることで、強力なグリップ力を確保する。 Eufyによれば、このシステムはスリップを防ぐよう特別に設計されており、カーペット敷きの階段でも、光沢のある硬い素材の階段でも、安定した昇降を実現するという。

この二つの機構の連携は、極めて高度な制御技術によって成り立っている。センサーがリアルタイムで階段の形状と自機の位置・傾きを把握し、アームの角度や軌道の速度をミリ秒単位で調整していると考えられる。元エンジニアの視点から見ても、この複雑な動作を安定して実行する制御アルゴリズムは、相当な開発期間と試行錯誤の末に完成されたものだろう。

複雑な階段にも対応するインテリジェントなナビゲーション

Eufyは、MarsWalkerが単なる直線階段だけでなく、踊り場のあるL字型やU字型の階段にも対応可能だと発表している。 さらに、R&Dチームの担当者によれば、カーブが緩やかであれば螺旋階段にも対応できる可能性があるという。

これを実現しているのが、Omni S2にも搭載されている高度なナビゲーションシステムだ。3D ToF(Time-of-Flight)センサーやRGBカメラを駆使して、家全体の3Dマップを生成。 MarsWalkerはこのマップ情報を共有し、階段の形状や踊り場の位置を正確に把握することで、複雑なルートでも迷うことなく踏破できるのだ。これにより、ユーザーが各階で個別にマッピングを行う手間も不要になる。

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相棒なくして語れず。超高性能ロボット掃除機『Omni S2』の実力

MarsWalkerがいかに革新的であっても、肝心の掃除性能が伴わなければ意味がない。その点において、パートナーとなる「Omni S2」は、単体でも市場の最高峰を狙えるほどのポテンシャルを秘めている。

業界最高クラスの吸引力と革新的なモップシステム

Omni S2が叩き出す最大30,000Paという吸引力は、驚異的な数値だ。 参考までに、前モデルのハイエンド機『S1 Pro』が8,000Paであったことを考えると、その進化は明らかだ。 このパワーは、毛足の長いカーペットの奥深くに潜む微細なホコリやペットの毛まで強力に掻き出すことを可能にする。

水拭き機能も妥協がない。「HydroJet 2.0」と名付けられたモップシステムは、15Nの強力な圧力をかけながら、毎分360回転するローラーモップで床を磨き上げる。 さらに、壁際や隅の拭き残しを解消するため、モップ部分は最大15mm自動で伸長する機構も備える。 これは、ロボット掃除機の構造的な弱点であった「隅の掃除」に対する一つの完成形と言えるかもしれない。

CleanMind AI:賢さの次元が違うナビゲーションと障害物回避

Omni S2の「頭脳」にあたるのが、Eufy独自の「CleanMind AI」だ。 3D ToFセンサー、RGBカメラ、LEDライトを組み合わせることで、部屋の形状や家具の配置を立体的に認識。スリッパやケーブル、ペットの排泄物といった200種類もの障害物を正確に識別し、賢く回避する。

また、新しいアダプティブホイールは、フローリングからラグ、カーペットへと移動する際に、床材の違いを検知して自動でモードを最適化。 最大で高さ4.2cm(資料によっては5cmとの記載もあり)までの段差を乗り越える能力も備えており、MarsWalkerの助けを借りずとも、フロア内の移動は極めてスムーズだ。

「掃除」の先へ。アロマディフューザーと12-in-1全自動ステーション

Omni S2は、単に床を綺麗にするだけでは終わらない。清掃中にアロマを拡散する機能を搭載しており、「シトラス&バジル」や「ベルガモット&ライチ」といった香りで、空間そのものを快適にするという付加価値を提供する。

そして、掃除の究極の目標である「人間の手間をゼロにする」を体現するのが、巨大な「UniClean Station 2.0」だ。 このステーションは、ゴミの自動収集はもちろん、汚れたモップの温水洗浄、熱風乾燥、さらには洗剤の自動補充まで、考えうるほぼ全てのメンテナンスを自動で行う。 ユーザーが手を汚すのは、数週間に一度、ゴミ袋や汚水タンクを処理する時だけだ。

市場へのインパクトと見えてきた課題

「MarsWalker」と「Omni S2」のコンビネーションは、間違いなくロボット掃除機市場に大きな衝撃を与えるだろう。しかし、その未来は決して平坦ではない。

「一家に一台」から「一軒に一台」へ。変わる所有の概念

このシステムの最大の功績は、多階層住宅におけるロボット掃除機の所有概念を「各階に一台」から「一軒家に一台」へと塗り替える可能性を示したことだ。これは、ユーザーの経済的負担や設置スペースの問題を根本から解決する可能性を秘めている。これまで諦めていた2階や3階の掃除を、完全に自動化できる未来がすぐそこまで来ているのだ。

価格、互換性、そして「階段の掃除」という残された問い

普及に向けた最大の障壁は、やはり価格だろう。Omni S2単体の価格は、米国で約1,599ドル、欧州で1,599.99ユーロ/ポンドと発表されている。 これは現行のフラッグシップ機と同等か、それ以上の価格設定だ。そして、肝心のMarsWalkerの価格は未だ公表されていない。 もしMarsWalker自体がロボット掃除機一台分に匹敵する価格であれば、多くの消費者は躊躇するかもしれない。

互換性も課題だ。現状、MarsWalkerはOmni S2との連携を前提に設計されており、他社製品はもちろん、Eufyの旧モデルとの後方互換性もない。 ユーザーはEufyのエコシステムに完全に囲い込まれることになる。

そして、最も本質的な問いが残る。MarsWalkerは掃除機を「運ぶ」だけで、「階段そのものを掃除するわけではない」という点だ。 結局のところ、階段の清掃は依然として人間の仕事として残される。これは、技術的な限界というよりも、現時点での現実的な着地点なのだろう。

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競争激化。階段昇降ロボット掃除機の夜明け

Eufyの動きは、業界全体の大きな潮流の一部だ。IFA 2025のタイミングでは、Migo Roboticsの「Ascender」やDreameといった競合他社も、独自の階段昇降ソリューションを発表・開発している。

これらの多くが掃除機本体に昇降機能を持たせる「一体型」を目指しているのに対し、Eufyの「分離型」アプローチはユニークだ。一体型は設置スペースが少なくスマートだが、掃除機本体の重量増、コスト増、そして機構の複雑化による故障リスクの増大というデメリットを抱える。一方、Eufyの分離型は、掃除機本体の性能を純粋に追求できる利点があるが、ドックを2台設置するスペースが必要になる。

どちらのアプローチが市場の主流となるか、現時点で見極めるのは困難だ。しかし、確かなことは、2026年が「階段昇降ロボット掃除機」という新たなカテゴリーの幕開けの年になるということだ。

ロボット掃除機は新たな章へ。しかし真の革命はこれからか

Eufyの「MarsWalker」と「Omni S2」は、ロボット掃除機が長年抱えてきた物理的な制約を、独創的なアイデアと確かな技術力で乗り越えた、記念碑的な製品だ。多階層住宅における「全自動清掃」という夢に、我々はかつてないほど近づいた。

Omni S2は2026年初頭に米国で、MarsWalkerは2026年春に発売が予定されている。 その時、市場がこの野心的なソリューションをどう評価するのか。価格という現実的な壁、そして「階段を掃除しない」という最後の課題。これらを乗り越えた先に、本当の意味での家庭内清掃革命が待っているのかもしれない。

IFA 2025で鳴り響いた産声は、まだ小さいかもしれない。しかし、MarsWalkerが一段、また一段と階段を昇るその姿は、ロボット掃除機が家庭のインフラとして完全に認知される未来へと続く、確かな一歩であった。


Sources