EVGAの元社員Brendon Ray Hedrick氏が、2016〜2019年に同社で経験したNVIDIA製GPU搭載グラフィックボード事業の内情を振り返る記事を公開した。2026年9月28日に紹介した「Why I Left a Future at EVGA」では、GPUの供給枠を維持するため、赤字になる廉価モデルを残す必要があったとの認識を語っている。

ただし、Hedrick氏がEVGAに在籍していたのは2016年2月から2019年12月までで、同社がグラフィックボード事業から撤退した2022年の経営判断を直接知る立場にはなかった。当時の公式価格や需要動向と合わせて見ると、GPUの供給元であるNVIDIA自身との競合に加え、独自基板や冷却機構にかかる費用を製品価格へ反映しにくくなっていた状況が見えてくる。

AD

赤字の廉価モデルが生んだ採算の難しさ

Hedrick氏はEVGAで技術サポートからスーパーバイザーへ進み、その後は映像制作、製品マーケティング、営業にも携わった。今回の記事で描かれているのは、製品を売り、購入者を支える立場から見たEVGA事業の変化だ。

同氏の説明によると、EVGAはNVIDIAが公表する最低価格に合わせたモデルを少なくとも1つ用意する必要があると認識していた。対応しなければ、NVIDIAから割り当てられるGPUの供給量を減らされる可能性があると考えていたという。

そのため、利益が出ないグラフィックボードを廉価モデルとして残し、独自の基板や冷却機構を備えた高価格モデルで利益を確保しようとしていた。

ただし、Hedrick氏自身も、実際にGPUの供給量が減ったとしても、それがEVGAの価格設定を理由とするものなのか判断することは難しかったと書いている。NVIDIAとの契約条項や、価格設定を理由に実際に供給量を減らされたことを示す記録が提示されたわけではない。

したがって、「NVIDIAが価格を守らないメーカーへの供給を実際に減らしていた」と確認されたわけではない。赤字販売についても、個別モデルの原価や利益率を第三者が検証できる資料は示されていない。

それでも、Hedrick氏が説明する採算上の問題は分かりやすい。

最も安いモデルが購入者にとって価格の基準になる一方、EVGAが利益を得られる製品はそれより大幅に高くなる。同氏によれば、NVIDIAが示した最低価格に近い廉価モデルはほぼ常に売り切れていたという。

すると購入者からは、「599ドルから」と宣伝された製品が手に入らず、実際に買えるEVGA製品はそれよりかなり高いように見える。

グラフィックボードメーカーはGPUを仕入れるだけではない。独自の基板、電源回路、冷却機構などを設計し、それらを組み合わせて完成品として販売する。

しかし、同じGPUを搭載した他社製品と比較される以上、その追加コストを価格へ反映するには、価格差に見合う価値を購入者へ示さなければならない。Hedrick氏の回顧からは、それが次第に難しくなっていった様子が読み取れる。

公式価格から見るFounders Editionとの競合

NVIDIAは2016年、GeForce GTX 1080のFounders Editionを699ドルで発売すると発表した。一方、パートナー各社が販売する独自モデルは599ドルからになるとの見通しを示していた。

Founders EditionはNVIDIA自身だけでなく、EVGAを含むパートナーからも販売される予定だった。

ここでは、NVIDIA自身が完成品のグラフィックボードを販売していたことと、NVIDIA製品がパートナー製品より安かったことは分けて考える必要がある。

2016年5月6日のGTX 1080発表と、2018年8月20日のRTX 20シリーズ発表から、80番台の発表時価格を比べると次のようになる。

製品・発表年 パートナー製品の最低価格 Founders Edition 価格差
GeForce GTX 1080・2016年 599ドルから 699ドル 100ドル
GeForce RTX 2080・2018年 699ドルから 799ドル 100ドル

GTX 1080からRTX 2080では、パートナー製品の最低価格とFounders Editionの価格がそれぞれ100ドル上がった。一方、両者の価格差は100ドルのままだった。

価格は米ドル建ての発表時点の値で、GTX 1080の599ドルはパートナー製品についてNVIDIAが示した想定最低価格である。日本での実売価格やEVGAの仕入れ値、利益率を示すものではない。また、世代によって性能も異なるため、同じ性能を得るための費用を比較した表でもない。

少なくともこの時点では、Founders Editionの価格はパートナー製品の想定最低価格より100ドル高かった。

したがって、Hedrick氏が2016年当時に感じた問題は、「NVIDIAがパートナーより安く売っていた」ことではない。

GPUの供給元でもあるNVIDIA自身が完成品のグラフィックボードを販売し、EVGAと同じ購入者を相手に競争するようになったことにあった。

なお、NVIDIAが自社ブランドのグラフィックボードを販売すること自体はPascal世代から始まったわけではない。Hedrick氏も回顧記事でその点を認めている。

EVGAが価格差を正当化するうえでは、NVIDIA自身が基板設計やGPU制御を改善していったことも影響したとHedrick氏は振り返る。

EVGAは独自の基板や冷却機構へ費用をかけていた。しかし同氏によれば、世代が進むにつれ、そうした独自設計によって日常的なゲーム性能に生まれる差は以前ほど大きくなくなっていった。

GPU Boostのように、電力や温度に余裕があればGPU自身が動作クロックを自動的に調整する仕組みも普及していた。

ただし、これはHedrick氏自身の評価であり、複数製品を同じ条件で測定した性能比較ではない。

独自の冷却機構による静音性や温度、基板の品質、オーバークロック性能、保証やアフターサポートまで価値がなくなったわけではない。問題は、フレームレートだけでは見えにくいそうした違いに対して、購入者がどこまで追加料金を払うかだった。

AD

RTXへの移行期に重なった需要減と在庫問題

GeForce RTX 2080は2018年9月20日の発売予定として発表された。

しかし、RTXシリーズの目玉だったリアルタイムレイトレーシングを『Battlefield V』で利用できるようになったのは、同年11月14日のアップデートからだった。

新しいグラフィックボードを購入しても、その特徴であるレイトレーシングを実際のゲームで試せるようになるまでには時間差があった。

こうした販売上の難しさは、Hedrick氏だけが振り返っているものではない。

NVIDIAが2019年1月28日に公表した業績見通しの修正でも、一部の高性能Turing製品の販売が想定を下回ったと説明している。

NVIDIAはその理由として、一部の顧客が価格低下を待っていた可能性や、実際のゲームでRTX技術の効果がさらに示されるのを待っていた可能性を挙げている。

同じ発表では、暗号資産ブーム終了後に残ったミドルレンジ製品の流通在庫や、特に中国での景気悪化による需要減にも触れている。

これはNVIDIA全体の市場状況を説明したもので、EVGA自身の損失を示す数字ではない。それでも、新世代のグラフィックボードを販売しながら、旧世代の在庫も処分しなければならなかった当時の状況を理解する材料にはなる。

Hedrick氏が在庫問題の具体例として挙げているのが、3GB版GeForce GTX 1060だ。

暗号資産マイニングによる需要が落ち込んだ後、世代交代が近づくなかで在庫を売り切ることに苦労したという。

購入者であれば、魅力を感じなければ次の世代まで買い替えを待つことができる。しかし、在庫を抱えたメーカー側はそうはいかない。製品の価値がさらに下がる前に販売し、在庫を現金化する必要がある。

Hedrick氏は、EVGA自身の経営判断にも批判的だ。

同氏は、会社が需要減への備えを十分にしていなかったと考えており、大規模な人員削減後には、残った社員がそれまで以上に複数の仕事を兼任するようになったと振り返っている。

自身も営業を担当するようになり、同僚と築いてきた映像制作の仕事へ時間を割けなくなった。市場環境の悪化は、同氏が愛着を持っていた仕事の内容そのものにも影響していた。

2022年のグラフィックボード事業撤退とは分けて考える

EVGAがNVIDIAとの関係を終えることが明らかになったのは、Hedrick氏が退職してから約3年後のことだ。

2022年9月16日、Jon Peddie ResearchはEVGAから直接聞いた内容として、EVGAが次世代NVIDIA GPUを搭載するグラフィックボードを販売せず、既存製品については販売とサポートを継続すると伝えた。

EVGAは電源などほかの製品の販売も続けるとしており、グラフィックボード事業から撤退したことは、会社そのものを廃業したという意味ではない。

当時、NVIDIA側は異なる説明をしていた。

PC GamerがJensen Huang氏に直接質問した2022年9月22日の記事によると、Huang氏はEVGAのAndrew Han氏が数年前から事業を縮小したいと考えていたと述べ、EVGAについて長年の優れたパートナーだったと振り返った。

これは2022年当時のHuang氏の見解であり、今回のHedrick氏の記事に対する回答ではない。

Hedrick氏の回顧が直接伝えているのは、2016〜2019年にEVGAの現場が抱えていた問題だ。

GPU供給枠への懸念、NVIDIA自身のFounders Editionとの競合、赤字になる廉価モデルと高価な独自モデルの組み合わせ、需要減と旧製品の在庫、そして独自設計へ費用をかけても性能差を説明しにくくなっていた状況があったという。

ただし、それらがそのまま2022年の撤退理由だったと結論付けることはできない。Hedrick氏は当時すでにEVGAを退職しており、NVIDIAがパートナー企業の排除を意図していたかについても、自分には分からないと明記している。

今回の回顧記事が示すのは、EVGAが2022年に事業撤退を決めた直接の理由ではなく、その数年前からグラフィックボード事業で採算を取り続ける難しさが増していたことだ。

NVIDIAが示す最低価格に合わせる廉価モデル、独自基板や冷却機構に必要なコスト、Founders Editionとの競合、世代交代時の需要減と在庫処分。こうした要因が重なるなかで、EVGAのような専門メーカーが価格差に見合う価値を示しながら利益を確保することは、以前より難しくなっていたと読み取れる。