太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、天候や時間帯によって発電量が大きく変動する。この余剰電力を蓄え、必要なときに引き出すための巨大な「ダム」となる蓄電技術は、脱炭素社会の実現に向けた最大のボトルネックの一つだ。
現在広く使われているリチウムイオン電池は高性能だが、可燃性の有機溶媒を使用するため、送電網規模の巨大なシステムに用いるには安全性やコストの面で課題が残る。そこで世界中の研究者が注目してきたのが、資源が豊富で安価であり、水系の電解液を使えるため発火の危険がない「水系亜鉛電池」だ。
しかし、この有望な技術は長年、ある決定的な弱点に阻まれてきた。復旦大学の Wenyong Chen や Fei Wang、大連化学物理研究所の Changkun Zhang らの研究チームは、この問題に対して「電極を固定しない」という直感に反するアプローチで挑み、2026年6月24日付の学術誌『Nature Energy』でその成果を報告した。
固体電極の限界と「流れる」スラリーへの転換
電池の充放電とは、本質的に金属イオンが電極表面で電子を受け取り、金属として析出する過程と、その逆の溶出過程の繰り返しだ。従来の金属電池では、この反応を固定された固体の電極表面で行う。
亜鉛電池の場合、充電のたびに亜鉛イオン(Zn²⁺)が金属亜鉛として電極に堆積するが、この堆積は決して均一には進まない。微小な突起に電流が集中し、そこから「デンドライト」と呼ばれる樹枝状の結晶が成長していく。この結晶が成長しすぎると、最終的には絶縁層を突き破って短絡(ショート)を引き起こす。さらに、充放電のサイクルを繰り返すうちに電極自体の体積が膨張や収縮を繰り返し、物理的なひび割れや剥離が生じる。こうした機械的劣化と界面の不安定性が、水系亜鉛電池の寿命を短くする元凶だった。
電池を長持ちさせるには、デンドライトの形成を抑え、電極表面をいかに平滑に保つかという「固体表面の制御」が半世紀にわたる定説であり、中心的な研究課題だった。研究者たちはこれまで、電極の表面に保護膜をコーティングしたり、電解液の成分を微調整したりと、あらゆる手段で固体電極の劣化を防ごうとしてきた。しかし、根本的な構造が固定されている限り、その効果は限定的だ。充放電を繰り返す以上、内部の応力と不均一な反応によって固体電極が徐々に蝕まれていくのは、物理的に避けられない宿命とも言える。
研究チームは、亜鉛精錬工場を視察した際にインスピレーションを得たという。工場では、溶液中の亜鉛イオンが連続的に金属亜鉛へと還元されている。このダイナミックな電子移動プロセスを、固定された電極ではなく、流動するシステムの中で直接エネルギー貯蔵に使えないかと考えたのだ。
彼らが開発したのは「流動性亜鉛スラリー(Flowing Zinc Slurry: FZS)」を用いた電池だ。スラリーとは、液体の中に固体の粒子が懸濁した泥状の混合物を指す。
彼らの設計は、従来の固定された亜鉛電極を完全に排除した。代わりに、ナノスケールの亜鉛粒子を導電性の液状媒体に分散させ、それをポンプで外部のタンクと電気化学セルとの間で循環させる。充電時には液中の亜鉛イオンが金属亜鉛に変わり、放電時には再び亜鉛イオンに戻る。電極を「静的な板」から「動的なキャリア」へと変えたのだ。
スラリー化の最大の利点は、デンドライトが成長する「固定された足場」が存在しないことだ。粒子が常に流動し、再分散され続けるため、局所的な突起が成長してショートを引き起こす余地がない。物理的な膨張や収縮による応力も、液体という柔軟な媒体が吸収してしまう。
デンドライトを封じ込める界面の化学と耐久性の実証
しかし、単に亜鉛粒子を液体に混ぜて流すだけでは電池は機能しない。充放電に伴って粒子同士が凝集してしまったり、水系の電解液と反応して意図しない副反応(水素ガスの発生など)が起きたりするからだ。
ここで研究チームは、流動設計に「リガンド(配位子)による表面制御」という化学的な工夫を組み合わせた。リガンドとは、金属イオンに結合してその性質を変化させる分子のことだ。
研究チームはスラリーに、亜鉛ナノ粒子の表面に特異的に結合するリガンドを添加した。このリガンドが充放電のサイクル中に粒子の成長速度を精密にコントロールし、過剰なデンドライト成長と寄生的な副反応を防ぐ。結果として、均一な大きさの単分散亜鉛ナノ結晶がスラリー中に安定して存在する。
電子の通り道を確保するため、中空のカーボンネットワークも組み込んだ。粒子が分散した状態でもシステム全体にスムーズに電気が流れる。化学的な表面制御と物理的な流動設計が、互いに補完し合って機能する。
完成したスラリー電池は、実験室レベルで従来の限界を超える数値を示した。
充放電で投入した電気量に対し、どれだけの電気を取り出せたかを示す「クーロン効率」は、金属電池の可逆性を測る重要な指標だ。研究チームの測定では、8 mA cm⁻² という高い電流密度において、99.94% という極めて高いクーロン効率を記録した。これは、不可逆的な亜鉛の析出によるエネルギー損失がほとんど起きていないことを意味する。
| 指標 | 測定条件 | 記録された数値 |
|---|---|---|
| クーロン効率 | 電流密度 8 mA cm⁻² | 99.94% |
| 対称セルの連続動作 | 電流密度 22.5 mA cm⁻², 容量 135 mAh cm⁻² | 5,128 時間 |
| FZS || MnO₂ フルセルの容量維持率 | 10 A g⁻¹ のレートで5,500サイクル後 | 初期容量の81.1% |
| FZS || O₂ フルセルの持続性能 | 電流密度 1.35 mA cm⁻² | 100時間 (1.65 Ah維持) |
より過酷な条件での耐久テストも行われた。対称セルを用いた実験では、22.5 mA cm⁻² というさらに高い電流密度のもと、5,128時間(24で割る単純計算で約213日)にもわたって連続動作させることに成功した。
実用化を見据え、正極に二酸化マンガン(MnO₂)を用いたフルセル(FZS || MnO₂)のテストでは、急速な充放電(10 A g⁻¹)を5,500回繰り返した後でも、初期の81.1%の容量を維持した。従来の水系金属イオン電池でこれほどの長寿命を達成することは極めて稀だ。
空気極を用いた亜鉛空気電池(FZS || O₂ フルセル)の構成でも持続性能を検証している。電流密度 1.35 mA cm⁻² において、100時間にわたり 1.65 Ah の容量を維持することが確認された。用途に合わせて正極の構成を変えても、スラリー電極が安定して機能することが示されている。
スケールアップに向けた技術的課題

亜鉛スラリー電池は、従来のレドックスフロー電池と金属電池の「いいとこ取り」をしたシステムだ。レドックスフロー電池のようにタンクの容量を大きくするだけでエネルギー貯蔵量を簡単に増やせる拡張性を持ちながら、イオンを溶かした溶液ではなく金属そのものをエネルギーキャリアとして使うため、高いエネルギー密度を誇る。さらに、亜鉛という安価で安全な材料を用いているため、送電網規模での大規模な蓄電施設にうってつけだ。
しかし、この技術が明日すぐに社会実装されるわけではない。現在の成果はあくまで実験室レベルでの実証だ。
今後の最大の焦点は、システムを実用規模にスケールアップできるかどうかだ。装置が大型化すれば、泥状のスラリーを長時間にわたって配管内で詰まらせることなく均一に循環させるためのポンピング技術や、熱管理といった高度なエンジニアリングが求められる。また、実際の変動の激しい再生可能エネルギー網に接続した際の、不規則な充放電サイクルにおける安定性も未検証のままだ。
それでも、固体電極の限界を「流体化」という逆転のアプローチで突破したこの研究は、エネルギー貯蔵の新たな可能性を切り開いた。亜鉛のみならず、他の金属を用いた流動性エネルギーキャリアへと概念が拡張されれば、脱炭素社会を支える巨大なバッテリーの姿は、私たちが想像するものとはまったく異なる形になるかもしれない。
