巨大テクノロジー企業Googleが、公の場と法廷という異なる舞台で、自らが君臨するインターネットの世界について全く矛盾した見解を示し、業界に大きな波紋を広げている。わずか数ヶ月前まで、同社の幹部らは「Webは繁栄している」と繰り返し語っていた。しかし、独占禁止法違反を問う裁判で提出された法廷文書の中で、Googleは「オープンWebはすでに急速に衰退している」と、真逆の主張を展開したのだ。
この「二枚舌」とも取れる態度は、単なる状況に応じた言い逃れにも思える。確かにそうした面もあるだろう。だが、恐らくそれだけではない。この矛盾した発言は、AIという未曾有のパラダイムシフトに直面した巨大企業の生存戦略と、我々が愛した「開かれたインターネット」の未来が、今まさに重大な岐路に立たされていることを示す、何より雄弁な証拠なのだ。
法廷で見せたGoogleの「もう一つの顔」
問題の発言は、Googleの広告技術(AdTech)事業の独占的地位を問う米司法省(DOJ)との裁判で、同社が2025年9月5日に提出した法廷文書の中にあった。 DOJOが提案する事業分割という厳しい是正措置に反論する文脈で、Googleの弁護団は次のように記している。
「事実として、今日、オープンWebはすでに急速に衰退しており、原告(DOJ)の事業分割案は、その衰退を加速させるだけだろう。そして現在、オープンWebのディスプレイ広告収入に依存しているパブリッシャー(Webサイト運営者)に損害を与えることになる」。
この一文は衝撃的だ。インターネットの「門番」として長年君臨してきたGoogle自身が、その基盤であるオープンWebの「急速な衰退」を公式に認めたからである。この主張の狙いは明らかだ。自社の広告事業を分割すれば、ただでさえ弱っているWebエコシステムが崩壊し、多くのパブリッシャーが立ち行かなくなる、という論理で裁判官に厳しい判決をためらわせようという戦略である。自らをWebの守護者として位置づけ、DOJの要求を無謀なものとして印象付ける狙いが透けて見える。
「Webは繁栄している」:パブリッシャーに向けられた甘い言葉
しかし、この法廷での悲観的な見解は、これまでGoogleが公の場で語ってきた楽観的なストーリーとは180度異なる。
- 2025年5月、GoogleのSundar Pichai CEOは、AI検索ツール(AIによる概要)の展開後も「我々は間違いなく、より広範なソースやパブリッシャーにトラフィックを送っている」と述べ、Webエコシステムの健全性を強調した。
- 2025年6月、Googleの知識・情報担当SVPであるNick Fox氏は、ポッドキャストで「我々の視点から見れば、Webは繁栄している」と断言している。
- 2025年7月、Pew Research Centerが「AIによる概要が表示されるとユーザーはリンクをクリックしなくなる傾向がある」という調査結果を発表すると、Google検索責任者のLiz Reid氏は「クリック量は比較的安定している」と反論し、AIがトラフィックを奪っているという懸念を打ち消そうとした。
これらの発言は、AIの台頭によって自サイトへのトラフィック減少を懸念する世界中のパブリッシャーやコンテンツ制作者を安心させるためのメッセージだった。Googleは「AIとWebは共存共栄できる。我々はエコシステムを破壊するつもりはない」という物語を必死に紡いできたのだ。
しかし、その裏で、法廷という密室では「Webは急速に衰退している」と訴えていた。この矛盾は、Googleが対峙する相手によって巧みに主張を使い分ける、高度な戦略の現れと見るべきだろう。
Googleの釈明と、その裏にある不都合な真実
この矛盾が報じられると、Googleはすぐさま火消しに動いた。同社の広報担当者は、この発言が「文脈を切り取られて誤解されている」と主張。 「我々が言及しているのはオープンWeb全体ではなく、その中の『オープンWebディスプレイ広告』についてだ」と釈明した。 つまり、コネクテッドTVやリテールメディアといった新しい広告フォーマットが急成長する一方で、従来のWebサイトに表示されるディスプレイ広告市場が縮小している、という業界のトレンドを指摘したに過ぎないというのだ。
一見、筋の通った説明に聞こえる。しかし、これは「木を見て森を見ず」の議論、あるいは意図的な論点のすり替えに近い。オープンWebの、特に独立した小規模なパブリッシャーの多くは、まさにその「ディスプレイ広告収入」によって支えられている。その広告市場が「急速に衰退している」のであれば、それは実質的に、広告に依存するWebサイトのビジネスモデルが崩壊しつつあることを意味する。これは、オープンWebそのものの衰退とほぼ同義ではないだろうか。
Googleの釈明は、言葉の定義を狭めることで、より大きな問題から目を逸らさせようとする巧妙なレトリックだと言える。
AIという名の「マッチポンプ」:Googleが抱える自己矛盾
この問題の核心には、Googleが全社を挙げて推進する「AI」の存在がある。同社が展開する「AIモード」や「AIによる概要」は、ユーザーが検索結果ページ内で直接答えを得られるように設計されている。 これにより、ユーザーは外部のWebサイトを訪れる必要がなくなり、Googleのプラットフォーム内に滞留する時間が長くなる。
これは、多くのパブリッシャーが長年恐れてきた「ゼロクリック検索」の究極形だ。Googleは、ユーザーの利便性を追求するという大義名分のもと、自らオープンWebへのトラフィックを堰き止め、エコシステムの衰退を加速させている張本人なのである。
この構造は、まさに「マッチポンプ」だ。自ら火を放ちながら、その火事を理由に「我々がいなければもっと大変なことになる」と主張する。Googleは法廷で「オープンWebの衰退」を嘆き、自らをその守護者であるかのように振る舞うが、その衰退の最大の要因の一つが、自社のAI戦略そのものであるという皮肉な現実から目を背けてはならない。
複数の戦線で問われる「巨人」の正当性
今回の広告技術を巡る裁判は、Googleが直面する法的圧力の一つに過ぎない。
2024年8月、同じくDOJが提起した検索事業に関する独占禁止法訴訟で、Amit Mehta連邦地裁判事はGoogleが違法な独占を維持してきたと認定した。 その後の是正措置を巡る審理では、DOJはGoogleのChromeブラウザ事業の売却まで要求したが、判事はそこまでは踏み込まず、代わりにAppleなどのデバイスメーカーと結んできた「Googleをデフォルト検索エンジンにする」という排他的な契約を禁じるなどの措置を命じた。
この判決は、Googleにとって完全な敗北ではなかったものの、同社のビジネスモデルの根幹を揺るがすものだ。そして今、広告事業でも同様に、事業分割という「劇薬」を突きつけられている。
Googleが法廷で見せる矛盾した態度は、こうした複数の戦線で自社の帝国を守り抜こうとする、必死の防衛戦略の表れなのだ。
我々が立つ岐路:情報の未来はどこへ向かうのか
Googleが法廷で見せた「本音」は、我々にとっても重要な問いを投げかける。これは単なる一企業の法廷闘争ではない。私たちが日々接する情報のあり方、そしてインターネットという生態系の未来そのものを左右する、大きな地殻変動の兆候である。
GoogleのAIが提供する要約された便利な「答え」は、確かに魅力的だ。しかし、その利便性と引き換えに、私たちは多様な視点や深い分析を提供する無数のWebサイト、すなわち「オープンWeb」という豊かで時に混沌とした情報空間を失いつつあるのかもしれない。
Googleは、自らが作り出したAIという強力なツールによって、オープンWebからの「栄養(=トラフィックと収益)」を吸い上げ、自らのプラットフォームをさらに肥大化させている。その結果、Webが痩せ細り、「急速に衰退」していると法廷で嘆いてみせる。この自己矛盾に満ちた巨人の姿は、効率性と多様性の間で揺れ動く現代社会の縮図とも言えるだろう。
最終的な司法の判断がどうであれ、この流れは簡単には止まらない。我々ユーザー一人ひとりが、情報の消費者として、そして時に生産者として、どのようなインターネットを望むのかを真剣に考えるべき時が来ている。便利で閉じた庭園を選ぶのか、それとも豊かで開かれた荒野を守るのか。Googleが図らずも露呈した矛盾は、我々全員にその選択を迫っているのである。
Sources
- Search Engine Roundtable: New Google Court Doc: Open Web Is In Rapid Decline