2023年に成立したEU Battery Regulationは、欧州議会が可決した法令であり、バッテリーを内蔵する携帯型電子機器に対し、消費者が標準工具で安全かつ容易に電池を取り外し・交換できる設計を義務付けるものだ。施行日は 2027年2月18日 と定められており、ポータブルゲーム機もその適用対象に含まれる。 この規制の背景には、EUグリーンディール構想における電子廃棄物(e-waste)削減の目標がある。バッテリーの劣化を理由に製品全体が廃棄されるサイクルを断ち切ることが立法趣旨であり、メーカーには製品販売終了後5年間の交換用バッテリー供給も義務付けられる。同法は2024年4月に欧州議会が別途可決した「Right to Repair Directive(修理権指令)」とも方向性を一にしており、冷蔵庫、スマートフォン、ゲームハードウェアなどを広く射程に収める。

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任天堂の公式対応——「OSM」型番の意味

任天堂は公式サイトの「EU指令および規制への準拠」セクションを更新し、現行Switch 2のモデル番号 「BEE」 から始まる製品について、将来的なコンプライアント版には固有のモデル番号と追加コード 「OSM」 が付与されると明記した。 この「OSM」コードは、2026年初頭から業界観測者の間で「何らかの新ハードウェア」を示す可能性があるとして注目されていたが、今回の確認によりその正体がEU規制対応モデルの識別子であることが判明した。任天堂は現時点で具体的な設計変更の内容を開示していないが、EU規制が要求する仕様は明確だ。 EU Battery Regulationの技術的要件として、接着剤によるバッテリーの固定は禁止される。ヒートガンや溶剤の使用を前提とした構造も認められない。また、独自形状のネジによる筐体固定も標準工具でのアクセスを阻む構造として問題視される。つまり、外装を開けてバッテリーを取り出す一連の作業が、専門知識のない一般消費者にとっても現実的な範囲に収まらなければならない。 iFixitが公開している現行Switch 2のバッテリー交換手順によると、現状は複数段階にわたる非常に手間のかかるプロセスであり、公式サポートを通じたバッテリー交換にはサービスリクエストの提出が必要だ。OSMモデルではこの構造が根本から見直されることになる。

Joy-ConとPro Controllerへの波及——未確認の争点

Switch 2のJoy-Con 2(型番BEE-012)とPro Controller(型番BEE-014)も「BEE」型番の製品に該当するため、理論上は同じ規制の適用対象となる。任天堂の公式文書もBEE型番全般を対象として言及しているが、Joy-Conに関してはコントローラーとしての設計上の制約から、EU規制への具体的な準拠方法が複雑になる可能性がある。 Joy-ConはSwitch 2本体へのスライド接続機構、センサー類の高密度実装、薄型化の要件が重なっており、バッテリーアクセス設計の変更は筐体構造に対してより大きな設計制約を課す。Digital Foundryも「どの程度の設計変更が必要になるか」に注目していると述べており、外観や機能性に変化が生じる可能性も否定できない。 たとえばスライドレール機構とバッテリー室を両立させるには、内部レイアウトの大幅な再設計が求められる。現行Joy-Conのバッテリー容量(525mAh)は本体と比較してもはるかに小さく、標準工具でのアクセスを担保しつつ現在のフォームファクターを維持できるかどうかは、任天堂のエンジニアリング判断次第だ。任天堂はThe Vergeからの確認依頼に対し、記事執筆時点では回答していない。

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欧州以外への展開——Nikkei報道が示す地政学的分断

今回のOSMモデルが欧州市場限定にとどまるのかどうかは、コンシューマーエレクトロニクス業界全体にとっても注目すべき問いだ。Nikkeiの報道によれば、任天堂は「修理権への消費者意識が高まれば、日本や米国でも同様の対応を検討する」との姿勢を示しているという。ただしこれは任天堂の公式コメントではなく、Nikkeiが伝えた同社の内部判断に関する観測であり、現時点で正式な表明はない。 現実的には、法規制の後押しなしに日本・米国向け製品の設計を変更する強い動機が任天堂にあるとは考えにくい。Switch 2は2025年に世界同時発売された製品であり、製造ラインの地域別対応はコストを押し上げる。修理権に関する法制が米国や日本で整備されない限り、現行設計は維持される公算が高い。 一方で、欧州が「OSM」モデルという形で事実上の修理対応版を先行させることで、規制域外のユーザーや修理専門業者からの圧力が高まる可能性もある。規制が設計標準を塗り替える「ブリュッセル効果」が再び作動するかどうか、長期的な視点で見守る必要がある。

サードパーティ市場への影響——高容量バッテリーという可能性

EU規制対応が進むことで、これまで制限されていたサードパーティ製バッテリー市場が活性化する可能性がある。現行モデルでは、バッテリー交換の難度がそのまま非公式修理市場のハードルとなっていた。OSMモデルでは標準工具によるアクセスが保証されるため、任天堂純正以外の交換バッテリーが正規の手順に近い形で取り付けられるようになる。 Digital Foundryは、大容量バッテリーへの換装による携帯プレイ時間の延長という潜在的な恩恵を指摘しつつ、サードパーティ製バッテリーの信頼性と実効容量には過去に問題があったとして、購入前のレビュー確認を推奨している。こうした市場の成熟が伴えば、任天堂純正バッテリーとの競合関係が生まれ、修理コストが低下する可能性もある。 また任天堂は規制上、製品販売終了後5年間にわたって交換用バッテリーを供給する義務を負う。これによりSwitch 2の実質的な製品寿命は、少なくとも欧州市場においては現行モデルより長くなるとも見込まれる。

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「修理権」が製品設計を変える時代

任天堂のOSMモデル公式確認は、コンシューマーエレクトロニクスの設計工学に対して直接的な法的介入を行う規制手法の実効性を、大手ゲームメーカーが初めて受け入れた事例として記録される。EU Battery Regulationと修理権指令の組み合わせが、製品設計の意思決定に対してここまで具体的な変更を促した先例は少ない。 AppleがEUのUSB-C義務化を受けてiPhoneのコネクタを変更したように、規制は製品設計の優先順位を書き換える力を持つ。修理の容易さは長らくメーカーの任意事項だったが、少なくとも欧州では法的義務へと格上げされた。Switch 2は、その転換点に登場したゲームハードウェアの代表例となる。 施行まで2027年2月まで約8か月。任天堂がOSMモデルの具体的な設計変更内容や発売時期を正式に発表するタイミングが、この「修理権の制度化」が実製品レベルでどこまで実現されるかを評価する最初の機会となる。