韓国の造船最大手であるHD Hyundaiの造船事業中間持ち株会社HD Korea Shipbuilding & Offshore Engineering(HD KSOE)およびHD Hyundai Samho Heavy Industries(HD HSHI)は、米国船級協会(ABS)と共同で、16,000TEU(20フィートコンテナ換算)級の大型コンテナ船向けとなる原子力電気推進システムの基本設計に向けた共同開発プロジェクト(JDP)の契約を締結した。積載量に対する環境規制が年々厳格化するグローバル海運業界において、この動きは単なる新しい動力源のテストという枠を超え、海運の経済構造と競争原理を根本から書き換える可能性を秘めている。

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小型モジュール炉(SMR)がもたらす推進アーキテクチャの抜本的刷新

今回の共同開発の核心は、出力約100メガワット(約13万4,000馬力)の小型モジュール炉(SMR)を主電源とする電気推進システムの構築である。HD KSOEとHD HSHIは、原子力エネルギーにリンクした電気推進システムの基本設計、電気機器の仕様選定、およびコンテナ船に特化した主要電力システムの配置計画を策定する役割を担う。

コンテナ船の推進手法において、このSMRの搭載は物理的な構造変更以上の意味を持つ。従来の大型内燃機関は、推進力を生み出すために船体内部の広大な空間を占有するだけでなく、長距離航海を支えるための長大なバンカー燃料用タンクを必要としてきた。SMRを採用することで、これらの不要となった空間をすべてコンテナの積載スペースへと転換することができる。同じ船体サイズでありながら、積載可能な貨物量が純増するという直接的な経済的メリットが生じる。

さらに、約100MWという極めて大きく安定した電力供給能力は、船舶の積載貨物の質を変化させる。具体的には、大電力を消費する冷凍・冷蔵コンテナ(リーファー・ユニット)の搭載数を劇的に増加させることが可能となる。高付加価値な温度管理貨物を一度に大量輸送できる能力は、船主にとって柔軟な輸送計画の構築を可能にし、輸送単価と収益性の両面で競合に対する優位性を確立する要素となる。

この強大な電力は推進システムそのものも進化させる。今回の構想では、2基のプロペラを同時に駆動するツインスクリュー式プロペラ構成が想定されている。狭い運河や港湾内での巨大船の操縦性を向上させると同時に、電気モーターをプロペラに直接接続するダイレクト・ドライブ方式を採用することで、ギアボックス等を介した機械的な動力伝達ロスを最小限に抑える設計が検討されている。

「造船コスト競争」からの脱却を図るブルーオーシャン戦略

HD Hyundaiが原子力推進船の開発を急行する背景には、激化する造船市場における明確な地政学的および経済的な戦略が存在する。現在、標準的な大型コンテナ船の建造市場は、圧倒的な人件費と資材コストの優位性を持つ中国企業による価格競争の場となっている。ここにおいて、高付加価値船へのシフトは韓国造船業にとって生き残りの条件である。

HD Hyundaiは、原子力推進コンテナ船を、中国との低価格競争から完全に脱却できる「ブルーオーシャン」と位置付けている。韓国はSMR技術および関連する原子力エンジニアリングにおいて、世界で優位な位置につけている。HD Hyundaiは2022年、Bill Gatesが設立した米国の有力なSMR開発企業であるTerraPowerに対して約3,000万ドルの出資を行っている。造船における競争軸を、船体の鋼材加工や組み立てプロセスから、高温ガス炉などの高度な原子炉技術や、大電力を制御するエネルギー管理システム(PMS)の実装能力へと意図的にシフトさせているのである。

また、代替燃料を巡る複雑な状況もこの動きを後押ししている。現在、海運業界では脱炭素化に向けたアプローチとしてグリーンメタノールやアンモニア、水素などの利用が模索されている。しかし、これらの次世代燃料は、燃料自体の製造コストの高さ、陸上を含めた供給インフラの整備不足、そして何より燃料の単位体積あたりのエネルギー密度の低さから生じる航続距離の短さという課題を抱えている。一度の核燃料装荷で長期間にわたってゼロカーボンで高出力を維持できるSMRは、超大型船が直面するエネルギー密度の問題を一挙に解決するポテンシャルを有している。

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国際的な安全規制枠組みの主導権争い

技術的な実証と同等、あるいはそれ以上に困難な課題となるのが、国際海域を航行する民間商船に対する原子力安全規制の確立である。現在の原子力法規制の大半は、地上に固定された発電所施設に向けたものであり、複数の主権国家の領海や排他的経済水域を出入りする移動体としての民間船舶におけるSMR運用基準は、国際的に白紙の状態に近い。

業界内で最も長い160年以上の歴史を持つ権威ある船級協会であるABSとの提携は、このルールメイキングを主導するための極めて戦略的な一手である。船級協会は、船舶の設計、安全基準、性能を検査し証明する機関であり、ABSは近年、海洋における原子力エネルギーの適用に向けた要件の策定に特化して取り組んでいる。2025年9月には、HD Hyundaiが開発する原子力コンテナ船の概念設計に対して、ABSから基本承認(AIP: Approval in Principle)を取得し、商業化に向けた設計の妥当性が理論的に証明された形となっている。

ABSとの今回の共同開発プロジェクトを通じて、HD Hyundaiは衝突時や浸水時などの極限状態における安全システムの要件を定義するとともに、国際海事機関(IMO)や国際原子力機関(IAEA)が将来的に制定するであろうグローバルな規制要件の原案を事実上形作っていく狙いがある。規制が確定してから対応するのではなく、技術開発と並行して規制の雛形を構築するアプローチにより、追随する競合他社に対して目に見えない参入障壁を築くことができる。


Sources