2026年2月、中国の窒化ガリウム(GaN)半導体メーカーの雄、InnoScience(Suzhou)Technology Holding(以下、Innoscience:英諾賽科)が、GoogleのAIハードウェアプラットフォームにおけるデザインイン(設計採用)を完了し、正式な供給契約を締結したことが明らかになった。
このニュースは、米中間の地政学的な緊張が続く中でも、最先端技術の領域では依然として深い相互依存関係が存在していることを示唆するものだ。
AIサーバーの限界を突破する「第三世代半導体」の必然性
現在、GoogleやNVIDIAが進めるAIコンピューティングの進化は、凄まじい電力消費との戦いでもある。従来のシリコン(Si)ベースのパワー半導体では、電力変換効率や放熱の面で限界が見え始めており、そこで「第三世代半導体」の旗手として期待されているのが窒化ガリウム(GaN)だ。
GaNはシリコンと比較して、より高い電圧、温度、動作周波数に対応でき、エネルギー損失を劇的に低減できる特性を持つ。また、デバイスの小型化も可能にする。Innoscienceが公開したデータによれば、同社のGaN製品を導入することで、サーバーの電力密度を50%向上させ、システム構成部品を60%削減できるという。さらに、100Vクラスのソリューションではシステム消費電力を50%以上削減できるとしており、データセンターの運用コスト(OPEX)削減を目指すGoogleにとって、これ以上の選択肢はなかったと言える。
世界初「8インチ量産」がもたらした圧倒的な供給力
InnoscienceがGoogleとの契約を勝ち取った背景には、同社が誇る「8インチ(200mm)GaN-on-Silicon」の量産技術がある。同社は、世界で初めて8インチウェハーによるGaNの商用大規模生産を実現した統合デバイスメーカー(IDM)だ。
半導体の製造において、ウェハーの口径拡大はコスト競争力に直結する。競合他社が依然として6インチでの生産に留まる中、Innoscienceは蘇州の自社拠点で月間1万5,000枚(2025年時点では2万枚まで拡大)の8インチウェハー生産能力を確保し、歩留まりも97%という極めて高い水準を維持している。
この圧倒的なキャパシティと安定性は、膨大なAIサーバーの需要を抱えるGoogleが求める「安定供給」と「コスト効率」の基準をクリアするための決定打となった。同社は今後5年間で月間生産能力を7万枚まで引き上げるという野心的な目標を掲げており、AI市場の爆発的な成長を支える準備を着々と進めている。
NVIDIA、STMicro、onsemi:グローバル連合による包囲網
今回のGoogleとの提携は、Innoscienceが進めてきた広範なグローバル戦略の一環に過ぎない。同社は2025年を通じて、世界の半導体大手と相次いで戦略的提携を結んできた。
- NVIDIAとの蜜月(2025年8月〜10月): NVIDIAの次世代AIデータセンター向けに、800V DC電力アーキテクチャの導入で協力。NVIDIAの公式サプライヤーリストに名を連ねる唯一の中国系パワー半導体企業となった。
- STMicroelectronicsとの相互補完(2025年4月〜11月): 両社は製造リソースの共有で合意。InnoscienceはSTの欧州拠点を、STはInnoscienceの中国拠点を利用することで供給網の弾力性を高めている。同年11月には、Innoscienceの700V GaNウェーハを採用したST製パワーデバイス「VIPerGaN50W」も発表された。
- onsemiとの戦略的覚書(2025年12月): Innoscienceの8インチプロセスとonsemiのパッケージング技術を融合。2026年上半期には産業・通信・AIデータセンター向けのサンプル出荷を予定している。
このように、米欧中の主要企業がInnoscienceの技術をハブとして結びついている構図が浮かび上がる。これは、特定の国籍を超えて「優れた技術が標準を握る」という半導体業界の原理原則を物語っている。
創業者・駱薇薇(Weiwei Luo)のバックグラウンドと企業体質
Innoscienceの急速な成長を語る上で欠かせないのが、創設者であり会長の駱薇薇(Luo Weiwei)博士の存在だ。彼女はマッセイ大学(ニュージーランド)で応用数学の博士号を取得後、NASA(米航空宇宙局)の研究機関で15年間勤務した経歴を持つ。
NASA出身の科学者が率いるという事実は、同社の技術開発が極めて合理的かつ国際的な基準に基づいていることを示唆している。同社の売上高は2025年上半期で5億5,300万人民元(約7,970万ドル)に達し、前年同期比で43.4%増を記録。特筆すべきは、前年同期にマイナス21.6%だった粗利益率が、2025年にはプラス6.8%へと転換した点だ。
さらに、AIおよびデータセンター関連の売上は前年同期比180%増という驚異的な伸びを見せている。もはや同社は「新興企業」の域を脱し、収益性の伴う「実力派メーカー」へと変貌を遂げている。
地政学的リスクと特許紛争という「影」
しかし、順風満帆に見えるInnoscienceの前途には、無視できないリスクも存在する。それが、ドイツの半導体大手Infineon Technologiesとの長引く特許紛争だ。
両社は2024年以降、GaNデバイスの構造と製造プロセスを巡り、米国、ドイツ、中国の裁判所で争っている。2026年2月2日、米国際貿易委員会(ITC)は一部の最終決定を下したが、追加の資料提供を求めている段階だ。最終的な裁定は2026年4月2日に下される予定であり、その内容次第では米国内での製品販売に影響が出る可能性も否定できない。
GoogleやNVIDIAがこのような法的リスクがある中で採用を継続していることは、ある種の賭けでもある。しかし、裏を返せば、Infineonの主張を退けてでも採用したいほど、InnoscienceのGaN製品が持つパフォーマンスが圧倒的であることを証明しているとも言える。
AIインフラの「ゲームチェンジ」は始まっている
InnoscienceとGoogleの提携は、AIの進化がソフトウェアのアルゴリズムだけでなく、それを支える「電力」と「素材」の革命によって加速していることを改めて浮き彫りにした。
かつてはシリコンが支配した世界は今、窒化ガリウムという新たなマテリアルによって塗り替えられようとしている。そしてその中心に、NASAの知見をルーツに持ち、中国の製造能力を武器にするInnoscienceが位置しているという事実は、現代のテクノロジーサプライチェーンがいかに複雑で、かつダイナミックであるかを象徴している。
4月に予定されているITCの最終決定は、同社の命運を左右する大きな節目となるだろう。しかし、すでにGoogleやNVIDIAといった「AIの覇者」たちがその技術を自らの心臓部に組み込んでいる以上、この流れを止めることは容易ではないはずだ。AI時代の「電力効率」は、窒化ガリウムの白いウェハーにかかっている。
Sources
- South China Morning Post: China’s GaN pioneer Innoscience, founded by Nasa scientist, secures Google AI hardware deal
- TrendForce: [News] Innoscience GaN Products Break Into Google’s Supply Chain