2025年11月24日、米国の学区や州司法長官らがソーシャルメディア企業を相手取って起こした集団訴訟において、未編集の裁判資料が公開され、Meta(旧Facebook)が長年にわたり隠蔽してきたとされる衝撃的な事実が白日の下にさらされ、大きな波紋を呼んでいる。
その中心にあるのは、「Project Mercury(プロジェクト・マーキュリー)」と呼ばれる極秘の内部研究の存在と、そこから得られた「SNS断ちがメンタルヘルスを改善する」という不都合なデータの隠蔽疑惑である。資料には、従業員が自社を「タバコ産業」になぞらえ、健康被害を知りながら隠蔽する体質を危惧する生々しい記録も残されていたのだ。
Project Mercury:葬り去られた「1週間の真実」
今回公開された資料の中で最も決定的な証拠とされているのが、2019年後半にMetaが極秘裏に実施した社内研究「Project Mercury」である。
研究が明らかにした因果関係
この研究は、FacebookやInstagramの利用を一定期間(1週間から1ヶ月)停止したユーザーの精神状態の変化を追跡するという、極めて科学的かつ核心に迫るものであった。訴状によれば、初期テストの結果はMetaにとって「失望」すべきものであったという。
具体的には、「わずか1週間Facebookの利用を停止しただけで、うつ、不安、孤独感、そして社会的比較(他人と自分を比べて落ち込む心理)の感情が低下した」という明確な傾向が確認されたのである。
「不都合なデータ」への対処
企業倫理の観点から言えば、自社製品がユーザーの健康に悪影響を与えているというデータが得られた場合、製品の改善や警告表示を行うのが筋である。しかし、訴状によればMetaが選択したのは「沈黙」と「中止」であった。
Metaはこの結果を受けて「警報を鳴らす」ことを避け、研究そのものを中止したとされる。その理由は、当時のメディアが報じていたSNS有害論というナラティブ(物語)によって、研究結果そのものが「汚染されている(バイアスがかかっている)」と内部で結論づけたためだという。
しかし、現場のデータサイエンティストたちの認識は異なっていたようだ。ある匿名の研究者は、「Nielsenの調査は、社会的比較に対する因果関係を示している(悲しい顔の絵文字)」と書き残しており、経営層の判断とは裏腹に、現場レベルでは製品の有害性が認識されていたことを示唆している。
「現代のタバコ産業」:内部から漏れた悲痛な叫び
訴状の中で特に衝撃を与えているのが、あるMeta従業員による内部告発的な発言の引用である。研究結果を公表せず、対策も講じない会社の方針に対し、この従業員は次のように懸念を表明していた。
「もし結果が悪く、それを公表せずにいて、後にリークされたとしたら、それはタバコ会社がタバコの有害性を知りながら研究を行い、その情報を隠し続けていたのと同様に見られるのではないか?」
この比喩は、今回の訴訟の本質を鋭く突いている。かつてタバコ産業は、ニコチンの中毒性や発がん性を認識しながら数十年間にわたって隠蔽し、マーケティングを続けたことで歴史的な断罪を受けた。原告側は、Metaが同様の構造的隠蔽を行っていると主張しているのである。
さらに深刻なのは、Metaが議会に対して「自社製品が10代の少女に有害であるかどうかを定量化する能力はない」と証言していた点だ。もし「Project Mercury」の結果を把握していたのであれば、この証言は偽証、あるいは議会軽視と捉えられても弁解の余地がない。
利益至上主義の闇:Metaverseへの傾倒と安全性の軽視
公開された資料は、単なる研究隠蔽だけでなく、Metaの経営判断における優先順位の歪みも浮き彫りにしている。
1. Zuckerbergの優先順位
2021年のテキストメッセージにおいて、Mark Zuckerberg CEOは当時のグローバル広報担当トップであったNick Clegg氏からの「子供の安全性対策への予算増額」の要求を拒否、あるいは無視したとされる。Zuckerberg氏は「メタバースの構築など、より注力している分野がある中で、子供の安全が最優先事項だとは言わない」という趣旨の発言をしたとされており、経営リソースの配分において安全性が後回しにされていた実態が垣間見える。
2. 性的人身売買への驚くべき「ストライク」基準
さらに衝撃的なのは、性的人身売買(Sex Trafficking)に関与するアカウントへの対応である。訴状によれば、Metaはユーザーが人身売買を試みていることが発覚しても、即座にアカウントを停止するのではなく、「17回」捕捉されるまでは削除しないという「極めて高いストライク閾値」を設定していたとされる。これが事実であれば、プラットフォームの成長と維持のために、犯罪行為すら一定程度許容していたことになり、その倫理的責任は計り知れない。
3. 安全機能の無効化
また、若者向けの安全機能についても、効果が出ないように意図的に設計されていたり、プラットフォームの成長(グロース)を阻害する恐れがある場合はテスト自体がブロックされたりしていたとの指摘もある。
Metaの反論:科学的妥当性と取り組みの成果
これら一連の疑惑に対し、Metaの広報担当Andy Stone氏は猛烈に反論している。同氏の主張の骨子は以下の通りだ。
- 研究の欠陥: 2019年の研究(Project Mercury)が中止されたのは、結果が不都合だったからではなく、方法論に欠陥があったためである。具体的には、「Facebookが自分に悪い影響を与えていると信じている人が、利用を止めたことで気分が良くなった」という、プラセボ効果に近いバイアスがかかった結果に過ぎないと主張している。
- 文脈の無視: 訴状の主張は「チェリーピック(都合の良い部分だけのつまみ食い)」であり、誤った情報に基づいているとする。
- 実際の対策: Metaは10年以上にわたり保護者の意見を聞き、「ティーンアカウント」の導入や、人身売買アカウントの即時削除(現在はフラグが立ち次第削除していると説明)など、実質的な安全対策を講じてきたと強調する。
業界全体への波及:Google、TikTok、Snapの関与
今回の訴訟はMeta一社にとどまらない。Google(YouTube)、TikTok、Snapといった主要プラットフォームも被告として名を連ねており、それぞれが厳しい立場に置かれている。
- TikTok: 米国の「全米PTA(親教師部会)」のスポンサーとなり、内部では「PTAは我々の望む通りに動く」「CEOが我々のためにプレスリリースを出す」と豪語し、教育現場への影響工作を行っていたとされる。
- Google (YouTube): 「YouTubeは友人と交流するSNSではなく、TVのようにコンテンツを視聴する場であり、社会的比較による害は該当しない」と反論しているが、原告側はアルゴリズムによる有害コンテンツへの誘導を問題視している。
テクノロジーと倫理の分水嶺
今回明らかになった一連の事実は、単なる一企業の不祥事という枠を超え、アテンション・エコノミー(関心経済)の限界を示している。
筆者は、ここに見られる最大の問題は「構造的な利益相反」であると分析する。SNSプラットフォームのビジネスモデルは、ユーザーの滞在時間を最大化し、広告を閲覧させることに依存している。一方で、メンタルヘルスの改善には「ログオフ(利用停止)」や「利用時間の短縮」が最も効果的であるというジレンマが存在する。「Project Mercury」が示した「利用停止=メンタル改善」という結果は、Metaのビジネスモデルそのものを否定する劇薬であり、それゆえに経営判断として封印された可能性が高い。
また、Zuckerberg氏がメタバース構築を優先したという点は、テクノロジー企業が「現在の問題(SNSの有害性)」を解決するよりも、「次のフロンティア(メタバース)」への逃避を選んだという見方もできる。
今後の展望と市場への影響
この訴訟の審問は2026年1月26日に予定されている。もし原告側の主張が認められれば、以下の変化が予測される。
- 規制の強化: 通信品位法230条(プラットフォームの免責条項)の改正議論が加速し、アルゴリズムによるコンテンツ推奨に対する法的責任が問われるようになるだろう。
- ビジネスモデルの転換: 広告モデルからサブスクリプションモデルへの移行など、滞在時間に依存しない収益構造への転換圧力が強まる。
- AI・アルゴリズムの透明性: 企業内部の研究データやアルゴリズムの開示を義務付ける法整備が進む可能性がある。
「デジタル時代のタバコ産業」という汚名を返上できるのか、それとも法廷でさらなる闇が暴かれるのか。テクノロジー業界は今、過去最大の倫理的転換点に立たされている。
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