Microsoftは2026年7月9日、AI気象モデル「Aurora 1.5」と査読前の技術論文を公開した。最大の変化は、一本の予報を出すモデルから、起こり得る複数の将来を走らせて確率と不確実性を示すモデルへ進んだことだ。2024〜2025年の熱帯低気圧を使った事後評価では、32本の予報から求めた進路の中央値が旧Auroraより誤差を13〜34%縮めた。台風やハリケーンの進路予測に新しい材料が加わる。

ただし、「ハリケーン予測が34%改善した」と一括りにはできない。論文が測ったのは暴風雨の中心がどこを通るかという進路位置である。勢力や降水量、暴風域と高潮は評価していない。さらに、比較対象とした欧州中期予報センター(ECMWF)のENSは物理法則を解く従来型システムである。ECMWFが現在運用するAIアンサンブル「AIFS ENS v2」との優劣は、まだ分からない。

AD

4変数から26変数へ、1時間刻みへの拡張

初代Auroraが地表付近で直接扱ったのは、2m気温と10m風、海面更正気圧の4変数だった。Aurora 1.5は22変数を加え、計26変数へ広げた。雲量と降水に加え、地表に届く日射や100m風も予測する。土壌水分と積雪も対象に入った。

この拡張は、一般的な天気図を精密にする以上の意味を持つ。100m風は風力発電、雲量と日射は太陽光発電の出力に関わる。降水の始まる時間や突風は航空・物流の判断を左右する。Microsoft Weatherはエネルギーと農業、輸送への利用を挙げる。スイスの電力会社BKWは既存の運用モデルとAurora 1.5を組み合わせている。

予報間隔も従来の6時間中心から、ネイティブの1時間へ細かくなった。研究チームは学習時に0〜12時間の予報間隔を変え、同じモデルが1時間ごとの状態を生成できるようにした。降水開始や上陸時刻のように、数時間の差が意思決定を変える用途を意識した設計だ。

コードはGitHubでMIT Licenseのもと公開され、モデルのチェックポイントも配布される。とはいえ、Microsoft自身も研究評価用と位置付ける。専門家の確認を経ない災害対応や重要インフラの自動判断は、想定用途に含まれない。

一本の予報より、外れ方を含む分布を学ぶ

天気予報には、初期状態を完全には測れない問題がある。わずかな観測誤差でも、時間が進むにつれて予報は分かれる。ECMWFの物理ベースENSは、初期条件とモデルの物理過程を少しずつ変えた50本の予報に制御予報を加え、約9kmの解像度で15日先まで可能性の幅を示す。

Aurora 1.5 ENSも複数の予報を出すが、分岐の作り方が違う。研究チームはニューラルネットワーク内部の正規化層へガウスノイズを入れ、推論のたびに異なる将来を生成させた。学習目標にはCRPS(連続順位確率スコア)を採用する。正解に近い一本を選ぶのではなく、観測結果を適切に包みながら、無駄に広がりすぎない予報分布を高く評価する指標である。

既存の基盤モデルを使い回せる点も大きい。決定論版と確率版は、段階的な追加学習で作られた。最大32基のNVIDIA A100 80GBを使い、変数拡張の主要段階に2週間、確率化の主要段階に10.5日を費やしている。論文は一回の予報に必要な時間や費用を示していないため、従来型より運用費がどこまで下がるかは判断できない。

AD

最大34%減が意味するのは「進路位置」の誤差だ

熱帯低気圧の評価には、2024〜2025年に世界で発生した事例と、観測後に確定したIBTrACSの進路記録を使った。予報は1日4回で、1〜5日先を6時間間隔で照合している。このテストでは初期値の違いを与えず、32本を同じECMWFの制御初期値から走らせたため、分布が表すのは主にモデル内部の不確実性である。決定論版Aurora 1.5は、旧Auroraより進路誤差を9〜24%減らした。32本の予報から進路の中央値を取ると、改善幅は13〜34%へ広がった。全体をまとめた論文要旨の値は16%減である。

ハリケーンHeleneの例では、2024年9月24日0時(協定世界時)に出した予報の平均進路誤差が、米国立ハリケーンセンター(NHC)の公式予報で110.6km、Aurora 1.5で58.4km、Aurora 1.5 ENSの平均で26.3kmだった。上陸地点も捉え、32本のうち24本が実際の進路を包んだ。一方、移動は約6時間速く予測している。

Helene一例の数字を、NHCに対する一般的な勝率へ広げるべきではない。NHCの公式進路予報は複数モデルと予報官の判断を統合する。2024年の大西洋では、12時間から120時間まで全ての予報時間で過去最高の平均進路精度を記録し、96時間と120時間では個別モデルを上回った。Aurora 1.5が加わる価値は、公式予報を置き換えることより、予報官が比較できる独立した分布を一つ増やすことにある。

「88.9%でECMWF超え」と現在のAI競争を混同しない

Microsoftの論文は、Aurora 1.5 ENSがECMWFの物理ベースENSより、評価した変数と予報時間の組み合わせの88.9%で良いCRPSを得たと報告する。対象は上空の高度、気温、比湿と地表付近5変数で、1〜10日先を測った。2024年の月曜・木曜に始まる103回の予報を使い、両モデルを50メンバーで比べている。

この88.9%は全ての天気、地域、災害で勝った割合ではない。Aurora側はECMWF ENSが作った摂動済みの初期条件を0時間と6時間の入力に利用した。最初の18時間は一部の変数でECMWF ENSに劣り、10日目の2m気温や上空200hPaの高度にも弱さが残る。予報の幅を大きくしてCRPSを改善した一方、研究チームは広げすぎの傾向も認めている。

競争相手の時間も止まっていない。ECMWFは2026年5月12日、AIアンサンブルのAIFS ENS v2を運用に入れた。15日先までを約31kmで計算し、熱帯低気圧向けにはAIFS Singleを含む52メンバーを提供する。Aurora 1.5の論文は、物理ベースENSと比較したが、AIFS ENS v2や他の確率型AIモデルを含む横断評価は対象外とした。

Aurora 1.5は、AI気象予報を「最もありそうな一本」から「起こり得る範囲」へ移す有力な実装である。公開モデルが実務に入る条件は、次の台風シーズンで進路に続いて強度や降水もリアルタイムに検証され、既存の物理モデルとAIFS ENS v2を合わせた運用系の中で、予報官の判断をどれだけ改善できるかにかかっている。