Midjourneyといえば、テキストプロンプトから高品質な画像を生成するAIサービスとして広く知られている。しかしCEOのDavid Holz氏が2026年6月18日に公開したブログ記事と動画発表は、これまでの同社のイメージを大きく刷新するものだった。新設された部門「Midjourney Medical」が開発する製品は、画像生成AIとは無関係の医療ハードウェアだ。
Holz氏は発表の中で「21世紀の重要テーマの一つは、インテリジェンスの拡張と、それをどう使うかだ」と語り、AIと健康の関係を問い直す姿勢を明確にした。同社は投資家を持たないコミュニティ支援型の研究機関として、画像生成サービスの収益をこの新事業の原資にあてるという。外部からの資金調達なしにこれほど大規模な医療ハードウェア開発に踏み出せるのは、Midjourneyが財務的に自立しているからこそだ。
プロジェクトを率いるのはAhmad Abbas氏で、2023年末にAppleのVision Pro開発チームからMidjourneyへ移籍している。チーム規模はおよそ9名と小さいが、それがかえってスピード感を生み出している側面もある。
スキャナーの仕組み:50万個のトランスデューサーがつくる3Dマップ
Midjourney Scannerの物理的な体験は、従来の医療機器とは根本的に異なる。ユーザーはプラットフォームの上に立ち、秒速約5センチ(2インチ)のゆっくりとしたペースで水中に下降していく。そのプラットフォームがリング状の超音波トランスデューサーアレイを通過することで、全身のデータが収集される仕組みだ。
技術仕様を具体的に見ると、1チップあたり8,960個のトランスデューサーが40システムをリング状に配置され、総計358,000個の超音波素子が70センチ径のリングを形成している。各素子は超音波パルスを送信し、組織の境界(皮膚・脂肪・筋肉・骨など密度や硬さの異なる境界)で生じる波形変化を受信することで、内部構造を再構築する。データ収集速度は毎秒約17GBで、1スライスあたり約40GBのデータが生成される。その膨大なデータは21台のサーバーで処理され、クレームされている計算能力は2PFLOPSに達する。
水中を音速約1,481 m/sで伝播する超音波は、空気中に比べてはるかに効率よく生体組織に届く。これが水浸式デザインを採用した物理的な理由であり、同時にスパという施設コンセプトと自然につながる設計思想でもある。目標とする空間分解能はおよそ0.5mmで、ソース内では現行MRI画像との比較——特に大腿部の筋肉境界——が示されている。
ただし、用語には落とし穴がある。同社が用いる「Ultrasonic CT」という表現はマーケティング上の造語であり、CTスキャン(X線コンピュータ断層撮影)とは物理原理が異なる。また「MRIグレード」という表現も、磁場を使うMRIとは計測対象が根本的に異なるため、直接比較できるものではない。
現在地——プロトタイプの実力と課題
公式発表では60秒という撮像目標が繰り返されるが、現行のGen 1プロトタイプの実態は異なる。現時点では約20分かかるとされており、主な制約は帯域幅とアルゴリズムにある。DSP処理能力やデータ転送インフラ側の改善も並行して必要だ。スキャンを受けた人数はまだ約12名にとどまる。
これはつまり、現時点での発表は商業製品のローンチではなく、技術デモンストレーションと将来ロードマップの公開という性格が強い。発表時点でAI処理は画像に未適用で、見せられた再構成スライスは生の物理データに基づくものだ。
一方で、技術コミュニティからは逆問題の難しさへの指摘がある。X線は直線的に伝播するため再構成が比較的単純だが、超音波は組織内で屈折・散乱するため、同等の精度を引き出すアルゴリズムの設計がはるかに複雑になる。この点こそ、ソース内で「技術的に面白く、かつ最大の不確実性」として識者が挙げていたポイントでもある。
Butterfly Networkとのライセンス契約——技術基盤の読み解き
Midjourney Medicalのハードウェア基盤は、2025年11月に締結したButterfly Networkとの独占ライセンス契約に依拠している。契約条件はButterfly NetworkのSEC提出書類に記載されており、一時金1,500万ドルに加えて年間1,000万ドル(四半期払い・5年間)のライセンス料、さらにマイルストーン支払い・売上レベニューシェア・チップ購入費用が追加されるという構造だ。
Butterfly Networkの代表的特許(US 10,525,506 B2)が示すのは、超音波トランスデューサーを標準的なCMOS半導体プロセスで直接チップ上に製造する手法だ。各セルが送受信の両方を担える設計は、低コスト・高歩留まりの量産を前提としている。Midjourneyが目指す5万台規模のフリートという目標が現実性を持つとすれば、この製造コスト構造が決定的な要因になる。
注目すべきは、このライセンスされた技術がジェネレーティブAIとはまったく無関係だという事実だ。Midjourneyは画像生成で名を馳せたが、Medicalプロジェクトの技術的核心は超音波物理・半導体製造・信号処理にある。
Midjourney Spa:医療を「行きたい場所」に変える戦略
医療機器を消費者に受け入れてもらう最大の障壁の一つは、体験そのものの不快さだ。MRIは狭いチューブの中で長時間、大音量の騒音を伴う。CTはX線被曝を伴う。Holzはこの課題に対し、体験設計から逆算するアプローチをとった。
Midjourney Spaは、ユニオンスクエアの300 Grant Ave.に位置する6階建て複合ビルの3フロア(約25,000平方フィート)を占める施設として構想されている。ホットタブ・サウナ・コールドプランジ・ジムなどのアメニティを備えた本格的なウェルネス施設で、スキャナーは9〜10台設置される予定だ。設計には北欧のBlue Lagoonなどの大型スパプロジェクトに携わった建築家が関わっているという。
「スキャンは副作用。スパに行くことを楽しんでいたら、気づけば大量の健康データが蓄積されていた」という体験を目指すこの設計思想は、医療施設の文脈では新しい発想だ。定期的・日常的なスキャンを生活習慣にしてもらうには、施設そのものが魅力的でなければならないという判断がある。
価格モデルについては、スパ会員制・単発スキャン・スキャン単体プランなど複数の軸が検討されている段階で、まだ確定していない。第一号店は実際の運営パターンを学ぶ「学習ラボ」と位置づけられており、そこで得られたデータを元に全国・全世界展開のフォーマットを確立していく計画だ。
規制と医療的有効性:最大の不確実性
発表内容の中で最も慎重に語られているのが、FDAとの関係だ。Midjourneyは現時点では疾患診断を行わず、まず「ボディコンポジション(体組成)マップ」の提供から始めるとしている。これはPrenuvoやEzraといった全身MRIサービスが採用している規制戦略——FDAの「General Wellness」カテゴリ(治療・診断用途と見なされず、厳格な承認審査が不要なウェルネス機器の分類)の範囲内に収める——と同様のアプローチだ。
しかし、Holz氏が長期目標として描く「数千種類の診断への対応」と現在のポジションの間には、大きな溝がある。診断・治療用途へのステップアップには段階的なFDA承認が必要であり、各ステップで感度・特異度の証明が求められ、再現性の確認と臨床試験も避けられない。これまでの発表では、臨床的有効性を裏付けるピアレビュー済みのエビデンスは示されていない。
さらに見落とせないのが、高頻度の全身スキャンがもたらすリスクだ。偶発腫(インシデンタローマ)——臨床的意義の不明な所見——の頻繁な検出が、不必要な追加検査・医療コスト・患者の不安を引き起こす可能性がある。「異常なものを見つける」こと自体は容易でも、それを臨床的に意味のある情報に変換するプロセスは、スキャナーのハードウェア改良とはまた別次元の課題だ。
データプライバシーの問題も看過できない。全身の高解像度生体データは、存在し得る中で最も機密性の高い個人情報の一つだ。このデータがMidjourneyのクラウドクラスターに転送・蓄積されるという構造について、同意・保管・アクセス・削除の詳細はまだ公開されていない。
ロードマップ:2031年に5万台という目標の現実性
Midjourneyのロードマップを時系列で追うと、次のような段階になる。
2026年末にはGen 2スキャナーの投入が予定されており、現行プロトタイプの帯域幅・アルゴリズム・ハードウェアの改善が中心になる。2027年末にはUnion SquareのSpa第一号店が開業し、実世界での運営・スループット・消費者行動のデータ収集が始まる。2028年には他都市への展開と、カスタムシリコンを搭載したGen 3スキャナーの投入を見込んでいる。Gen 3こそが画質と撮像速度で本格的な性能を発揮する世代と位置づけられている。
長期目標として、2031年までに50,000台のスキャナーフリートを世界に展開し、月10億スキャンを可能にすることを掲げている。Holzの試算では、1,000台に満たない規模でも地球上の全MRI装置が年間行う全身スキャン総数を上回れるという。同時に、スケールに必要な設備投資は約200億ドルに達するとも試算しており、このキャップEx規模は自己資金のみでは到底賄えない。
ビジネスモデルの持続性という観点では、スキャン1回あたりのコストが「実質ゼロに近づく」という主張は、施設・人件費・保守・医師レビュー・医療責任・不動産コストを除いた純粋なハードウェア限界費用の話に過ぎない。現実のスパ施設を運営するための総コスト構造は、まだ未知数の部分が多い。
技術としての位置づけ:「MRIの0日目」という自己認識
Holz氏はこの発表の中で、全身超音波CTを「MRIの0日目」と表現した。MRIも初期の画像品質は粗く、数十年の改善を経て現在の地位を築いた、という歴史的アナロジーだ。この表現は誠実さと野心の両方を含んでいる——現時点での画像がまだ粗削りであることを認めながら、この技術が成熟する可能性に賭けるという姿勢の表明だ。
超音波CTの研究は学術分野でも進んでおり、発表と同日に研究者のTanishq AbrahamがNatureに掲載された腹部・大腿部の超音波CT論文を引用している。Midjourneyの取り組みは商業的に突出しているが、超音波を用いた全断面イメージング自体は純粋に新しい概念ではなく、商業スケールで初めて実現しようとしている、という位置づけだ。
より長い時間軸で考えると、このスキャナーが生成する大量の高精細ボディデータは、AI医療診断モデルの学習データとして計り知れない価値を持つ。Holzが語る「AIが物理的な身体を推論するための新しいインフラ」という言葉は、スキャナーそのものを超えた意味を持っているかもしれない。検査機器と、それが生み出すデータ、そしてそのデータを解析するAIというスタックを垂直統合する企業が誕生しつつある可能性を示している。