2023年1月、イラストレーターのSarah Andersenら3人がStability AI、Midjourney、DeviantArtを相手取り、サンフランシスコ連邦地裁に提訴した。原告側の主張は明快だった。被告がアーティストの作品を無断でスクレイピングし、その画風を模倣するモデルを構築したというのである。この訴訟(Andersen et al. v. Stability AI Ltd., Case No. 3:23-cv-00201-WHO)は2026年現在も係争中で、2027年4月5日に陪審審理が予定されている。Midjourneyは開示手続きで150テラバイト超のLAIONデータをハードドライブ経由で原告側に提出した。

この種の訴訟が直面する根本的な技術的問題がある。モデルがある画像を生成したとき、それが訓練データに含まれていた特定の作品に「由来する」のか、それとも多数のデータから抽出された統計的パターンから「創発した」のかを、どうやって区別するのか。この問いに答える技術が確立されれば、著作権侵害の立証、フェアユースの判断、アーティストへの補償設計に道が開ける。DaiとGiffordは、まさにこの技術的基盤を構築しようとして研究を始めた。

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訓練データを増やすほど「証拠」が消える

DaiとGiffordが開発した手法はAblation Based Counterfactuals(ABC、アブレーションに基づく反事実分析)と呼ばれる。アプローチの核心はこうだ。まず、訓練データ全体を異なる部分集合に分割し、それぞれで独立した拡散モデルを訓練する。これらのモデルをアンサンブル(集団)として組み合わせると、全体で一つの生成モデルを構成する。特定の訓練サンプルの影響を調べたいときは、そのサンプルを見たモデルをアンサンブルから除外する。除外した状態で同じノイズを入力し直すと、その訓練データがなかった場合の「反事実的出力」が得られる。元の出力と反事実的出力の差が大きければ、その訓練データは出力に強く影響していたと判断できる。

研究チームはこの手法を用いて23種類のアンサンブルを訓練し、データセットの規模と帰属可能性の関係を体系的に調べた。結果は明確だった。訓練データが増えるほど、反事実的出力と元の出力の差(論文では「反事実半径」と定義)が縮小する。この負の相関は統計的に高度に有意で、であった。

論文はさらに外挿を行う。訓練サンプル数が$10^8$(1億件)に達すると、反事実半径はユークリッド距離で約7まで低下し、人間の目には元の画像と反事実的画像の区別がつかなくなる。商用の画像生成モデルが数億から数十億枚の画像で訓練されていることを考えれば、これらのモデルの出力は事実上、いかなる単一の訓練データにも帰属できない状態にあると推定される。

指標 小規模データセット 大規模データセット(外挿)
訓練サンプル数 数千件(実験で検証済み) $10^8$件(外挿推定)
反事実半径(ユークリッド距離) 数百(視覚的に明確な差) 約7(知覚不能な差)
帰属判定 可能 事実上不可能
検証に用いたアンサンブル数 23 23(同一実験系列)

「帰属不能」が法的に意味すること

この発見が突きつける問題は、技術的な側面を超えて法的・制度的な領域に及ぶ。GiffordはMITのプレスリリースで次のように述べている。「もし出力が訓練データのいかなる個別の作品とも無関係であるなら、フェアユースの問題、出力それ自体が新規著作物として著作権保護に値するかどうかの問題、そしてモデルの出力がインターネット上の何にも帰属できない場合に著作者へどう補償するかという問題が生じる」。

Cornell Law SchoolのJames Grimmelmann教授は、この論文が法執行の実務に与える影響を指摘する。「帰属が機能すれば、モデルの出力と著作権で保護された作品の間の類似が、コピーによるものか偶然によるものかを信頼性高く判定できる。しかしこの論文は、興味深いモデルに対して帰属が失敗する理由を示している。技術者と裁判所は、コピーを評価する別の方法に頼らざるを得なくなるだろう」。

ただしGrimmelmannは、この研究が現在の訴訟に直ちに適用できるわけではない点も慎重に留保している。The Registerへのメールで同氏は、ドイツの裁判例は音楽モデルが歌詞を記憶して再現した事案を扱い、米国の裁判例は訓練行為自体がフェアユースに該当するかを争点としており、画像モデルの出力類似性が法廷で直接争われた事例はほぼ存在しないと補足した。帰属不能の問題が法的に現実味を帯るのは、今後の訴訟が出力の類似性そのものを争点に据えたときだ。

ここで一つの逆説が浮かび上がる。モデルを大きくすればするほど、出力がどの訓練データにも帰属できなくなる。これは著作権侵害の立証を困難にする一方で、企業にとって意図的なリスク回避戦略にもなり得る。十分な規模で訓練されたモデルは、出力の帰属不能性そのものを「我々はコピーしていない」という主張の根拠に使えるからだ。

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「記憶」と「創造」の境界はどこにあるか

Giffordは、この発見がモデルの「創造性」を裏付ける側面もあると論じる。出力が特定の訓練データに依存しないなら、モデルはコピー機ではなく、学習した分布から新しいものを生み出していることになる。ただし、この論理は両刃の剣でもある。モデルが創造的であれば、その出力自体に著作権が発生し得る一方、訓練データの提供者への補償根拠は弱まる。

興味深い対照がある。2025年11月、ドイツの裁判所はOpenAIに対し、ChatGPTが作詞家の歌詞を「記憶」して再現したことが著作権侵害にあたると認めた。この判決はGrimmelmannとA. Feder Cooperの共著論文"The Files Are in the Computer"の分析に依拠し、モデルが特定の作品を逐次的に再現できる場合はコピーとみなせると判断した。記憶(memorization)は帰属可能であるがゆえに侵害となる。DaiとGiffordの発見は、この「記憶」がモデルの成長とともに消えることを示す。つまり、大規模モデルほど著作権侵害の立証が難しくなる構造が、技術的に内在している。

手法の限界と残された問い

ABC手法自体にも制約がある。アンサンブルの訓練には単一モデルの10倍から50倍の計算資源が必要で、既存の商用モデルに遡及的に適用することはできない。実験で検証したデータセットは最大でも数万規模であり、$10^8$件での挙動は外挿による推定にとどまる。離散空間(MNISTの手書き数字など)では反事実半径がゼロの「真に帰属不能なサンプル」が3,731件中14件確認されたが、連続的な画像空間では真の帰属不能は理論上生じにくく、実用上は「ほぼ帰属不能」(反事実半径が閾値$\tau$未満)という概念で扱うことになる。この閾値$\tau$の適切な設定は文脈依存であり、法的に意味のある基準は未確立である。

DaiとGiffordは2023年に最初の手法を発表して以来、一貫して同じ問いを追い続けてきた。訓練データと出力の因果関係を突き止めるという目標そのものが、モデルの規模拡大によって達成不可能になる。この研究が示したのは、AI規制が依拠しようとしていた技術的前提の一つが、スケールとともに崩壊するということだ。裁判所と立法府は、帰属という道具なしに著作権の問題を判断する枠組みを、改めて構築する必要に迫られている。