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MITが曲げ伸ばしが可能なコンピュータ・チップの開発に繋がる新メタマテリアルを開発

Y Kobayashi

2025年4月25日

マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、硬い素材から作られているにも関わらず、驚くほどしなやかに伸びる新しいメタマテリアルの開発に成功した。微細な「ダブルネットワーク」構造と呼ばれる独自のデザインが鍵であり、材料科学における長年の課題であった強度と柔軟性のトレードオフを克服する可能性を秘めている。この成果は、将来的に伸縮自在なエレクトロニクスや、従来にない耐久性を持つ素材の開発に繋がると期待される。

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「硬くてしなやか」の秘密:ダブルネットワーク構造

メタマテリアルとは、自然界にある物質とは異なり、微細な構造を人工的に設計することで、特異な物理的性質を発現する材料のことである。これまで、メタマテリアルの研究開発は、主にダイヤモンドよりも硬い、あるいは衝撃に極めて強いといった「強度」や「剛性」を高める方向に注力されてきた。しかし、一般的に材料は硬くすればするほど、脆くなり、柔軟性が失われるという「トレードオフ」の関係が存在する。硬いガラスが簡単に割れてしまうのに対し、柔らかいゴムはよく伸びるが強度は低い、といった具合である。

今回、MITのCarlos Portela准教授率いる研究チームは、この常識を覆すメタマテリアルを開発した。彼らが注目したのは、身近なアクリル樹脂(プレキシガラス)のような、本来は硬くてもろいポリマーである。この硬い素材を使いながら、強度と柔軟性という相反する特性を両立させるために、研究チームは「ダブルネットワーク(Double Network: DN)」と呼ばれる構造に着想を得た。

この着想の元となったのは、「ダブルネットワークハイドロゲル」と呼ばれる特殊なゲル材料である。DNハイドロゲルは、硬くて脆いポリマーネットワークと、柔らかくてよく伸びるポリマーネットワークという、性質の異なる2種類の網目構造が互いに絡み合った構造を持っている。この二重構造により、DNハイドロゲルは、ゲルでありながら驚くほどの強度と靭性(破壊しにくさ)を示すことが知られていた。

Portela准教授らは、このDNハイドロゲルの原理を、固体材料の微細構造設計に応用した。「我々は、メタマテリアルの分野が、ソフトマター(柔らかい物質)の領域にまだあまり踏み込んでいないことに気づきました」とPortela准教授は語る。研究チームは、硬い格子状の骨組み(モノリシックトラスネットワーク)と、その骨組みの周りに絡みつくように配置された、柔らかくしなやかなコイル状の繊維構造(織物ネットワーク)という、2つの異なる微細構造を組み合わせた「ダブルネットワークに着想を得た(Double-Network-Inspired: DNI)」メタマテリアルを設計した。

この複雑な微細構造は、「二光子リソグラフィー」と呼ばれる高精度の3Dプリント技術を用いて、アクリル系ポリマー(研究ではIP-Dipフォトレジストを使用)から一体で造形される。これはレーザー光を用いて液状の樹脂を精密に硬化させる技術であり、ナノメートルスケールの複雑な三次元構造を作り出すことが可能である。完成したDNIメタマテリアルのサンプルは、数マイクロメートルから数ミリメートルという微小なスケールである。

研究チームがこのDNIメタマテリアルの引張試験を行ったところ、驚くべき結果が得られた。ベースとなった硬いアクリル系ポリマー自体はほとんど伸びずに割れてしまうのに対し、DNIメタマテリアルは、デザインや後述する「欠陥」の導入によっては最大で元のサイズの4倍以上にまで伸びても完全には破断しないことが確認されたのだ。これは、同じアクリル系ポリマーで作られた従来の格子状メタマテリアルと比較して、10倍以上の変形能力に相当するという。まさに、硬さと柔軟性を兼ね備えた新素材の誕生である。

この驚異的な特性は、2つのネットワーク構造の相互作用によって生まれる。Portela准教授は、このメカニズムを「格子状の構造物の周りに、ぐちゃぐちゃのスパゲッティが絡みついているようなもの」と例える。材料に力が加わって硬い格子部分(モノリシックトラス)が部分的に壊れると、その破片が周りの柔らかい織物ネットワーク(スパゲッティ)に絡め取られる。この「絡み合い(entanglement)」によって、ネットワーク間の摩擦が増大し、加えられたエネルギーが効率的に吸収・散逸される。さらに、応力が材料全体に不均一に分散されるため、一箇所に力が集中して亀裂が一気に進展するのを防ぐことができるのだ。この詳細なメカニズムは、非線形有限要素法(FEM)を用いたコンピュータシミュレーションによっても裏付けられており、特に接触点における摩擦によるエネルギー散逸が重要な役割を果たしていることが示されている。

弱点を強みに変える?「欠陥」導入による性能向上

ユニットセル(構造の最小単位)レベルで優れた特性を示すDNIメタマテリアルだが、これを大きくしていく(テッセレーションする)と、新たな課題が見えてきた。研究チームが4x4x4個のユニットセルからなる比較的大きなサンプル(一辺約240マイクロメートル)で実験を行ったところ、硬いモノリシックネットワークの破壊が一箇所の層に集中してしまい、材料全体の伸びがユニットセルレベルほどには大きくならない「局所的破壊」が見られたのだ。これは、構造が大きくなると、最初の破壊が起こった部分に応力が集中しやすくなるためと考えられる。

ここで研究チームは、逆転の発想とも言えるアプローチを試みた。硬いモノリシックネットワークにあえて「欠陥」、つまり構造的に弱い部分を意図的に導入したのだ。具体的には、欠陥のあるユニットセルと欠陥のないユニットセルをチェッカーボード(市松模様)状に配置したサンプルを作成した。

通常、材料に欠陥があれば、そこから破壊が始まり、全体の性能は低下するのが一般的である。しかし、このDNIメタマテリアルにおいては、驚くべきことに、欠陥の導入が性能を劇的に向上させたのだ。欠陥がない場合に局所的に集中していた破壊が、欠陥があることで材料全体に分散される「破壊の非局在化」が起こった。これにより、材料全体がより均一に変形できるようになり、最大伸長は欠陥がない場合と比較して大幅に増大した(例えば、あるデザインでは最大伸長が約3から4.5へと向上)。さらに、エネルギー吸収能力(加えられたエネルギーをどれだけ散逸できるか)は、欠陥がない場合と比較して約3倍にまで増加したのである。

この「欠陥耐性」あるいは「欠陥による性能向上」は、材料設計における新たな、そして直感に反する興味深い可能性を示すものだ。さらに、研究チームはノッチ(切り欠き)を入れたサンプルを用いた破壊実験も行い、DNIメタマテリアルが高い破壊靭性を持つことも実証した。従来のモノリシック構造ではノッチ先端からすぐに亀裂が走るのに対し、DNIメタマテリアルでは亀裂の先端が鈍化し、破壊が進行しにくい「亀裂鈍化」という現象が見られた。その結果、破壊エネルギー(材料を破壊するのに必要なエネルギー)は、同等の密度を持つモノリシック構造の約3倍に達した。これは、硬いネットワークの破壊と、それに続く柔らかいネットワークの変形・絡み合いが相互作用し、亀裂の進行を効果的に妨げるためと考えられる。

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広がる応用可能性:伸縮するセラミックスからウェアラブルまで

今回開発されたDNIメタマテリアルの設計原理は、ベースとなったアクリル系ポリマーだけでなく、他の様々な材料にも応用可能だと研究チームは考えている。「このダブルネットワーク構造を金属やセラミックスでプリントできれば、同様の利点が得られるでしょう。破壊するためにより多くのエネルギーが必要になり、大幅に伸縮性が向上するはずです」とPortela准教授は期待を寄せる。

もし、セラミックスやガラス、金属といった本来は硬くて脆い材料に、このDNIメタマテリアルのような柔軟性と靭性を持たせることができれば、応用範囲は飛躍的に広がるだろう。例えば、以下のような応用が考えられる。

  • 高耐久性・耐引裂性テキスタイル: 繰り返し引っ張られたり、引き裂かれたりしても破れにくい、丈夫でしなやかな布地。アウトドアウェアや産業用資材などへの応用が期待される。
  • 柔軟な半導体・エレクトロニクス: 曲げたり伸ばしたりできる電子回路やセンサー。これにより、体にぴったりフィットするウェアラブルデバイスや、曲面にも実装できるディスプレイ、さらには体内埋め込み型の医療デバイスなどが実現可能になるかもしれない。つまり、「曲がるコンピュータチップ」も視野に入ってくる。
  • 高機能電子チップパッケージング: 衝撃や振動から内部の精密なチップを保護しつつ、柔軟な実装を可能にするパッケージング材。デバイスの小型化やデザイン自由度の向上に貢献する可能性がある。
  • 生体適合性材料・細胞足場: 体内で使用するインプラント材料や、組織再生医療で細胞を培養するための足場材料。強度を保ちながら、生体組織のような柔軟性を持つ材料が作れる可能性がある。

さらに、研究チームは、DNIメタマテリアルにさらなる機能を付与することも検討している。例えば、硬いネットワークと柔らかいネットワークに異なる材料を用いることで、温度変化に応じて特性が変わる材料も設計できるかもしれない。「暖かいときには孔が開いたり柔らかくなったりし、寒いときには硬くなるような布地も考えられます。これは我々がこれから探求できることです」とPortela准教授は語る。導電性を持たせれば、伸縮する導線や歪みセンサーとしての応用も期待できるだろう。

今回のMITの研究成果は、単に新しい高性能材料を開発しただけでなく、メタマテリアル設計に「ダブルネットワーク」という新たなパラダイムを導入し、さらに「欠陥導入による性能向上」という興味深い現象を示した点で、材料科学分野に大きなインパクトを与えるものと言える。今後の研究開発によって、この「硬くてしなやか」な新素材が、私たちの身の回りの様々な製品や技術を革新していく日が来るかもしれない。


論文

参考文献

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