2026年3月3日午後7時2分、オランダに本拠を置く中堅半導体メーカーNexperia(ネクスペリア)の社内情報システム群に前代未聞のアクセス遮断措置が強行された。Nexperiaのオランダ本社が、自社の完全子会社であるNexperia Semiconductor (China) に所属する中国国内の全従業員を対象として、Office 365およびSAPといった統合基幹業務全般に対するアカウント権限を一切の予告なく凍結したのだ。この突然の内部ネットワークの遮断措置により、顧客から預かったウェハーを実際の半導体の生産工程へと割り当てる生産オーダー変換プロセスに多大な支障が発生し、同社の中国工場稼働は深い混乱へと直面した。
中国法人は手動による代替業務処理への迅速な移行を進めることで工場の根幹たる基本製造能力は何とか維持していると主張している。しかし、本丸のアムステルダム本社側は「中国側が訴えるような甚大な生産ライン遮断の事実など存在せず、中国法人の声明は悪意をもって事実関係を誤認させる内容である」と強く反論の矛先を向けた。中国商務省もこの経営権の内定闘争に対して「オランダの対応は当社の正常な業務活動を破壊し、これが世界の自動車産業向けなどの半導体サプライチェーンに再び打撃を与えた場合、すべての結果責任はオランダ政府の肩書きにある」と苛立ちの声明を発表している。
世界のBMW、Volkswagen、Appleといった最高峰のテクノロジー大手に向けて極めて重要かつ代替の困難な標準電子部品を長年にわたって供給し続けてきたNexperiaが、何故自らの全従業員のシステム・アカウントを遮断するという凶行に及ばざるを得なかったのか。その背景には、一私企業の内部の派閥争いなどではなく、米中両国による高度な覇権闘争と欧州各国の法学的な規制戦略の衝突が存在する。
米中覇権闘争と欧州司法が交差する「Nexperiaの数奇な運命」
Nexperiaはもともと、オランダが擁する半導体大手NXPからスピンアウトした優良な独立系コンポーネント製造企業であった。2018年から2020年に及ぶ長期間の買収プロセスに乗じて、総額338億人民元(約49億米ドル)にも上る巨額の投融資を通じてこれを完全買収し、自社の傘下企業へ組み込んだのが中国のスマートフォン組み立て大手Wingtech Technology(聞泰科技)である。当時、欧米における基礎半導体エコシステムへの中国系巨大資本による直接浸透の決定打とも評されたこの買収劇は、数年を経て米国の国家安全保障政策と正面から衝突していく因果へ直結することとなった。
2024年12月2日、Biden政権下における米国商務省は、Wingtechが中華人民共和国の軍事および国防産業の能力増強に直接的に関わっていると判断し、同社を禁輸措置の対象であるエンティティリストへと指定した。さらに翌2025年の9月29日、同政権下において「指定リスト入りした親会社が50%以上の出資割合を持つすべての現地子会社に対して、所在地域が米国領域外であっても同様の無条件の輸出規制を完全に適用する」という強力な法律の拡張解釈による新規制が発動される。これにより、中国企業100%子会社のNexperiaは欧州における自由な事業の権利を一挙に喪失した。
この米国の容赦のない制裁拡大を受けたオランダ経済・気候政策省は、米国からの間接的な制裁対象になるリスクの低減と自国の情報安全保障を防衛する目的で、9月30日付けでオランダ国内のNexperiaが保持する知的財産のみならず物理的生産拠点をも含むあらゆる経営権の即時凍結へと踏み切った。翌10月1日、アムステルダム企業審議室はNexperia欧州側の非中国系経営陣の提訴を受け入れ、Wingtechの事実上のオーナーであったZhang Xuezheng(張学政)氏の社長権限を凍結する。さらにはWingtechの株主特権たる議決権利をオランダ司法が選定した独立管財人の裁量へ強制的に移譲させるという、事実上の経営者強制追放劇へと発展した。
中国の報復措置とアムステルダム本社の最終兵器
この露骨な企業の乗っ取りとも言える措置への報復として、中国政府は同年10月4日に中国本土からのNexperia製半導体の一連の国際輸出システムを即座に停止させるというハードパワーを見せつけた。この日中欧の政治工作の激突は、中国工場内に生産を委譲していた数多のグローバルな自動車企業へ、代替不能の標準回路部品の完全な枯渇というパニック状況を波及させることへつながった。その後、各国の外交的調整によって米国の過度な規制ルールの凍結や商務省からの輸出再開措置など、対外的なサプライチェーン正常化への取り決めが合意された。
しかしながら、国家間合意では修復不能な亀裂がNexperiaの社内プロセスには色濃く残った。中国から給与を受け取っていた中国法人の人間は本社への反旗を翻し、アムステルダム側は中国への支払いの凍結を検討するなど企業内戦争へと発展したままであった。そして2026年2月11日、オランダの企業審議室がNexperia問題に関連する本調査への移行を公式に裁定し、中国側の議決権凍結措置に対する無期延長を決断した。これにより完全に中国との分断が確定したと解釈した現ルールのオランダ本社が、物理的支配が及ばない中国の工場を無力化するための最終兵器として繰り出したのが、Office 365や基幹生産システムへの強制的なアクセス排除であったと言える。
IT基盤の脆弱性を突くハイブリッド時代のリスク
このNexperiaの社内紛争という特殊な地政学リスクは、現代のグローバリズムにおけるサプライチェーンの極めて致命的な盲点を提示している。本来、巨大な国家間で運用されている多国籍企業における統合型ERPソフトやクラウドの認証基盤は、地域間の無駄を排除し、シームレスな受発注を完全に担保するために機能していた。しかし地政学的な分裂が発生した瞬間、それら単一基盤上のログイン権限を一方に握られているという事実が、敵対する自らの工場一拠点全体の稼働能力を手を汚さずして安全かつ暴力的に完全に無力化し得る遠隔の武器として機能することが証明されてしまった。多拠点の分散生産によってリスクを細分化・軽減していたはずの多国籍企業の事業継続モデルが、IT基盤という見えない共通層の脆弱性を標的とされた場合、物理な輸出規制や税関での妨害行為などよりもはるかに容易に全体機能停止という破滅へ追いやられてしまうのである。
Wingtechの巨額赤字と押し進められる「国産化」の潮流
親会社である中国のWingtechは2025年通期の企業予測として総計90億から最大で135億元(およそ13億〜19億ドル規模)という途方もない純損失の計上を余儀なくされる可能性が高いことを公式に発表している。市場の需要崩壊ではなく、地経学の対立という極めて人工的な要因により数パーセント規模での致命的赤字転落へ突き落とされたWingtechの運命は、他の中国系IT企業に与える恐怖以上の意味を持つ。中国の巨大通信市場と電気自動車市場における国産化と内製化の急激な促進は、これまでにも増して加速し不可逆的な変革を迎える構えを見せている。西側の司法・政治制度によって一夜にして支配権利の略奪という事態を想定に入れざるを得なくなった中国企業は、自律化されたサイバー空間の独立化の道を極限まで短縮して推し進めている。
世界の自動車産業やそれを支える電子部品業界は、こうしたITシステム遮断リスクという未知なる次元で展開される新たなサプライチェーン切断のモデルに対抗し得る体制の構築を迫られている。企業の内部統治を他国司法の強制で突如変更される状況では、自律的オペレーションそのもののアーキテクチャまで根本的に見直し再編していかなければ、あらゆる部品調達ラインの安全すら担保し得ない新時代へと既に突入しているのである。
Sources
- Reuters: China warns of global chip shortages as Nexperia dispute escalates again
- South China Morning Post: China warns of fresh chip crisis as Nexperia dispute flares up
