2025年、ディスプレイ業界では大きな変化が起きていた。これまで有機EL(OLED)技術の花形であったテレビ向けパネルの成長が鈍化する一方で、モニター向け有機ELパネルの需要が爆発的な伸びを見せたのだ。UBI Researchおよび業界各社の最新データによると、2025年の全世界における有機ELモニター出荷台数は前年比約64%増の320万台に達し、2026年にはさらに50%以上の成長が見込まれている。
この急成長の要因は「ゲーマーの需要増加」という表面的な事象によるものだけではない。その背景には、Samsung DisplayやLG Displayといったパネルメーカーが直面している製造歩留まりの物理的制約と、収益性を最大化するための冷徹な経営判断が存在する。
急成長する市場データ:2030年には1500万台規模へ
市場調査会社UBI Researchのデータは、有機ELモニター市場が「黎明期」から「普及期」へ移行したことを明確に示している。
- 2024年出荷実績: 195万台
- 2025年出荷実績: 320万台(前年比 約64%増)
- 2026年予測: 500万台(前年比 50%以上の成長予測)
- 2030年予測: 1500万台超
数年前まで年間100万台にも満たなかったニッチな市場は、わずか数年で数倍の規模へと膨れ上がった。特筆すべきは、この成長が一時的なブームではなく、今後5年以上にわたって持続的なトレンドになると予測されている点である。2030年には年間出荷台数が1500万台を突破すると見られており、ITデバイスにおけるプレミアムスタンダードとしての地位を確立しつつある。
「テレビよりモニター」を選択する製造現場の論理
なぜ今、パネルメーカーはテレビではなくモニターに注力するのか。その最大の理由は、消費者の嗜好の変化以上に、「第8.5世代マザーガラス」における生産効率の格差にある。UBI Researchの分析は、この製造プロセスの経済合理性を浮き彫りにしている。
60%対90%:決定的な歩留まりの差
ディスプレイパネルは、巨大なガラス基板(マザーガラス)から各サイズを切り出して製造される。現在主流の第8.5世代ガラスを用いた場合、テレビ用パネルとモニター用パネルでは「面取り効率(Glass Utilization)」に決定的な差が生じる。
- テレビ用パネル: マザーガラスに対する実際の製品利用率は約60〜70%に留まる。MMG(Multi Model Glass)技術を駆使しても80%程度が限界であり、ガラスの廃棄ロスが大きい。
- モニター用パネル: IT標準サイズ(27インチ、32インチなど)を中心とした配置を行うことで、利用率は90%以上を維持できる。
この物理的な効率差は、そのまま製造コストと利益率に直結する。さらに、モニター用パネルはテレビ用に比べて面積あたりの単価が高く設定されているため、パネルメーカーにとっては「作りやすく、かつ儲かる」プロダクトとなっているのである。
韓流2強の戦略的ピボット:SamsungとLGの動向
韓国の二大巨頭であるSamsung DisplayとLG Displayは、この構造的なメリットを最大限に活かすべく、戦略の舵を大きく切っている。
Samsung Display:QD-有機ELによるプレミアム戦略
Samsung Displayは、量子ドット技術を用いたQD-OLED(量子ドット有機EL)の量産ラインを、テレビからモニターへと重点シフトさせている。ゲーミングモニターやクリエイター向けの高色域・高輝度モデルへの採用が進んでおり、同社の中大型有機EL戦略においてモニターの比重は急速に高まっている。Wccftechによると、最新のQD-OLEDパネルはピーク輝度や色再現性において著しい進化を遂げており、これがハイエンドユーザーの支持を集める要因となっている。
LG Display:W-有機ELと「タンデム」技術の展開
一方のLG Displayも、テレビ向けのW-OLED(白色有機EL)の供給を維持しつつ、モニター向け出荷の拡大に全力を注いでいる。同社の供給能力の拡張ペースは劇的である。
- 2023年: 約10万台
- 2024年: 約20万台
- 2025年: 約40万台(推定)
LGは単なる増産だけでなく、技術面でも攻勢を強めている。Wccftechが言及しているように、「RGBタンデム有機EL(Primary RGB Tandem)」のような新技術の導入が進んでいる。タンデム構造は発光層を2層重ねることで輝度と寿命を劇的に向上させる技術であり、これまで有機ELの弱点とされてきた「焼き付き」リスクの低減と、高輝度表示の両立を実現している。これにより、ASUS等の主要メーカーが高リフレッシュレート(例:720Hz)の次世代モニターを市場に投入可能となった。
中国勢の台頭とインクジェット技術の可能性
韓国勢が先行する市場に対し、中国のパネルメーカーも猛追している。ここには、価格競争を加速させる新たな技術的アプローチが含まれている。
BOEはIT向け有機ELパネルの出荷を段階的に拡大しており、既存の蒸着方式でのシェア獲得を狙う。一方で注目すべきはTCL CSOTの動きである。同社はインクジェット印刷方式(Inkjet Printing)を適用した有機ELモニターパネルの出荷を計画している。
インクジェット方式は、従来の真空蒸着方式に比べて製造コストを大幅に削減できる可能性を秘めている。もしTCL CSOTがこの技術での量産と品質安定化に成功すれば、有機ELモニターの価格破壊が起き、普及のスピードは現在の予測をさらに上回る可能性がある。
2026年以降の展望
2025年は、有機ELモニターが「贅沢品」から「ハイエンドの標準」へと変わる転換点となった。SamsungとLGによる生産ラインの最適化と歩留まり向上、そして中国勢による価格競争の激化は、消費者にとって歓迎すべき状況を生み出している。
今後の焦点は、単なる画質の向上から、リフレッシュレートの高速化、省電力性能、そしてバーンイン(焼き付き)耐性の強化へと移っていくだろう。ゲーマーやクリエイターにとって、もはや液晶(LCD)に戻る理由は年々薄れつつある。マザーガラスの上で繰り広げられる「面取り合戦」の勝者が誰であれ、その恩恵を受けるのは、かつてない没入体験を手にする私たちユーザーである。
Sources
- UBIResearch: OLED Monitor Market Sees Rapid Growth… Shipments Up 64% in 2025
- Businesskorea: OLED Monitor Demand Soars, Outpacing TV Panels


