長い円筒形のダクトに向かって声を出すと、奥の閉じた端で反射した音が、少し遅れて反響として返ってくる。建物の空調ダクトや工場の排気配管でも、内部を伝わる音が端部で反射し、騒音の原因になることがある。

スペインのラモン・リュイ大学ラ・サール工科キャンパスに所属するJie Deng研究員やOriol Guasch教授らの研究チームは、こうした管路の端部で生じる音の反射を大幅に抑える小型装置を開発した。その仕組みは、天体のブラックホールが光を閉じ込める現象になぞらえ、音波の伝播速度を徐々に低下させてエネルギーを吸収する「音響ブラックホール(Sonic Black Hole:SBH)」と呼ばれるものだ。

今回の研究で注目すべきなのは、従来はダクトの内壁と一体化させる必要があった複雑な吸音構造を、既存の管路に差し込める独立した装置として設計した点にある。研究成果は査読付き学術誌『Applied Acoustics』第243巻(論文番号111119)に掲載された。論文は2025年にオンライン公開され、2026年2月5日付で正式に刊行されている(DOI:10.1016/j.apacoust.2025.111119)。

ただし、一部の報道に見られる「実験室でブラックホールを作り、音を飲み込ませた」という表現は、あくまで比喩である。実際のブラックホールのように重力や時空を操作したわけではない。研究チームが実証したのは、3Dプリンターで製作した樹脂製の装置を使い、実験室の管路内で音の反射を抑える技術だ。

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音の伝播速度を徐々に低下させる「音響ブラックホール」の仕組み

天体物理学におけるブラックホールは、極めて強い重力によって時空が大きく歪み、光さえ脱出できない「事象の地平線」を持つ天体だ。物理学者たちは長年、その性質を実験室で再現するため、超流動ヘリウムやボース・アインシュタイン凝縮体などを利用した「アナログ重力(Analog Gravity)」の研究を進めてきた。

こうした実験では、流体の流速が局所的な音速を超える境界を作り、音波が脱出できない領域を再現する。ホーキング放射に相当する量子現象の観測も研究対象となっている。

しかし、今回Dengらが研究した音響ブラックホールは、こうした重力現象の再現を目的とするものではない。狙いは、管路を伝わる音波の反射を抑え、そのエネルギーを効率よく吸収することにある。

この技術の基本原理は、音波が進むにつれて、その実効的な伝播速度が徐々に低下するように管路の形状を設計することだ。

理想的な音響ブラックホールでは、終端に近づくほど音波の位相速度が小さくなり、最終的にゼロへ近づく。それに伴って波長は短くなり、波の振幅が増大する。音波は終端へ向かって進みながら次第に減速し、理論上は端点に到達するまでに無限の時間を要する。

これは、古代ギリシャの哲学者ゼノンが提唱した「二分法のパラドックス」を思わせる現象だ。目的地へ到達するには、まず残りの距離の半分を進み、次にその半分を進む必要がある。この過程を無限に繰り返すと、いつまでも目的地に到達できないように見える。

音響ブラックホールの場合は単なる思考実験ではなく、音波の伝播速度が実際に低下することによって、これに似た振る舞いが生じる。

Guasch教授はScienceAlertの取材で、音響ブラックホールの終端に近づく波の様子は、天体ブラックホールの近くで外部の観測者が見る現象とある程度似ていると説明している。波が終端に到達するまでに、無限の時間がかかるかのように見えるという。

この仕組みを利用すれば、音波が管路の終端で反射することを理論上は防げる。音響的には、管路がどこまでも続いていて、反射する端部が存在しないかのような状態になる。

もっとも、現実の装置で伝播速度を完全にゼロにすることはできない。加工できる構造には寸法上の限界があり、装置の長さも有限だからだ。

そこで重要になるのが、空気の粘性と熱伝導によるエネルギー損失である。

音波が減速するにつれて波長が短くなり、エネルギーが局所的に集中すると、空気の粘性による摩擦や、空気と固体表面の間の熱交換による損失が大きくなる。こうした現象は「粘性熱損失」と呼ばれる。

その結果、音波のエネルギーの一部が熱として散逸し、管路の入口へ戻る反射音が弱くなる。

つまり、実用的な音響ブラックホールは、音を文字どおり閉じ込める装置ではない。音波を徐々に減速させ、エネルギーを集中させることで、粘性や熱伝導による吸収を促す構造なのである。

ダクトの内壁を加工せず、中心軸にリングを並べる新設計

音響ブラックホールの研究は、1980年代にロシアの物理学者M. A. Mironov(ミロノフ)らが進めた、薄板の振動を抑えるための理論にさかのぼる。その後、薄板の曲げ振動だけでなく、管路を伝わる音波の制御にも応用されるようになった。

従来の管路用音響ブラックホールは、ダクトの内側に多数のリング状構造を配置し、リング間に空洞を設ける方式が一般的だった。リングの内径を終端に向かって一定の法則に従って変化させることで、音波の伝播速度を徐々に低下させる。

ただし、この構造には製造と設置の面で大きな課題があった。

従来型では、リングや空洞をダクトの内壁と一体化させる必要がある。そのため、3Dプリンターで管路の末端部分をまとめて造形したり、金属製の配管であれば鋳造や精密加工を施したりしなければならなかった。

新しく製造する設備には組み込めても、すでに設置されている空調ダクトや排気管に後付けするのは難しい。既存設備に導入する場合は、配管の一部を交換するなどの工事が必要になる可能性もある。

Dengらが考案したのは、この構造を内側から外側へ反転させる設計だ。

新しい装置では、ダクトの中心軸に沿って1本の支持棒を配置し、その周囲に直径の異なるリングを連続して取り付ける。リングの外縁とダクトの内壁との間に隙間ができるため、管路そのものを特殊な形状に加工する必要がない。

従来型がダクトの内壁から中心に向かって張り出す構造なのに対し、新方式は中心から外側へリングが広がる形状だ。研究チームはこれを、クリスマスツリーのような構造として説明している。

両方式の主な違いは次のとおりだ。

比較項目 従来型の音響ブラックホール 新しいプラグイン型
基本構造 ダクト内壁と一体化したリングと空洞 中心の支持棒に取り付けた直径の異なるリング
製造方法 管路の一体造形や金属加工などが必要 装置を独立して3Dプリントできる
既存配管への導入 管路の交換や加工が必要になりやすい 寸法が適合すれば管路の端部に挿入できる
材料 管路と一体化できる材料や製造方法が必要 管路とは異なる材料でも製作できる
主な音響特性 設計によっては高周波側で局所的な空洞共鳴が支配的になる より広い帯域で音響ブラックホール効果が維持される
従来型との性能比較 比較の基準となる構造 同じ自由断面積の条件で、数値解析上は反射係数が低い
実験による検証 既存研究で多数の実績がある 3Dプリント試作機を使い、実験室の円形管で検証

なお、ダクトに独立した吸音構造を挿入する発想自体は、今回が初めてではない。研究チームによると、MironovとPislyakovが以前に類似の試作機を製作し、実験も行っている。

今回の研究の新規性は、この方式について体系的な理論モデルと数値解析を構築し、従来型との音響性能の違いを詳しく比較したことにある。

プラグイン型では、リングの直径が軸方向に変化することで、リング間の空洞とダクト内壁が作る音響特性も変わっていく。これにより音波の伝播速度が徐々に低下し、エネルギーの散逸が促進される。

研究チームが従来型と比較したところ、音が通過できる自由断面積を同じにした条件では、プラグイン型の方が反射係数を低く抑えられることが数値解析で示された。

装置を独立して製造できるため、管路の材質に合わせて吸音構造そのものを作り直す必要もない。適切な寸法と固定方法を確保できれば、金属製や樹脂製など、異なる材質の既存配管にも応用できる可能性がある。

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全長15cm、29個のリングで音の反射を測定

研究チームは、設計した装置が実際に機能するかを確かめるため、3Dプリンターを使って試作機を製作した。

使用したのは、樹脂フィラメントを加熱して積み重ねるFDM(熱溶解積層法)方式の3Dプリンターだ。材料には、一般的な3Dプリント用樹脂であるPLA(ポリ乳酸)が選ばれた。

完成した装置は全長15cmで、中心の支持棒に沿って29個のリングが並んでいる。リングの直径は軸方向に徐々に変化し、音波の伝播を制御する構造になっている。

論文に記載されたPLAの材料特性は、密度が約1250kg/m³、ヤング率が約3.5GPaである。

なお、論文の数値解析には、厚さ1mmのリングを40個配置したモデルも登場する。これは設計パラメータを調べるための解析モデルであり、実際の音響測定に使われた29リングの試作機とは異なる。

実験には、吸音材や音響構造の性能評価に用いられる「音響インピーダンス管」が使われた。

この装置では、直管の一端に設置したスピーカーから音波を送り、反対側の端部で反射した音を測定する。今回の実験では、管路の閉じた端にプラグイン型音響ブラックホールを挿入した。

スピーカーから異なる周波数の音波を送り、管内に設置したマイクロフォンで音圧を測定する。入射波と反射波が重なってできる音圧分布を分析すれば、どれだけの音が反射したかを調べられる。

研究チームは伝達関数法を用い、周波数ごとの「反射係数(Reflection Coefficient)」を算出した。反射係数は、入射した音波に対して、反射波の振幅がどの程度あるかを表す指標である。値が小さいほど、反射音が抑えられていることを意味する。

実験の結果、試作機によって音の反射が抑制され、測定した反射係数の周波数特性も、事前に実施した有限要素法(FEM)によるシミュレーションとおおむね一致した。

シミュレーションでは、空気の粘性や熱伝導による損失も考慮している。実験結果との一致は、研究チームが構築した数値モデルの妥当性を裏付けるものとなった。

ただし、実験で音の反射が完全になくなったわけではない。

理想的な音響ブラックホールでは反射係数がゼロに近づくと考えられるが、実際の装置には有限の厚みを持つリングや空洞があり、設計上も製造上も理想的な連続構造を完全に再現することはできない。

今回の実験でも一定の反射は残っており、確認されたのは、試作機が音波の反射を減らす効果を持つということだ。

また、実験は気流のない静止空気中で行われ、管内を主に平面波が伝わる条件で評価された。

空調ダクトや産業用配管では、空気の流れや温度変化、複雑な音波の伝播などが生じる。今回の結果は、そうした実環境での性能を保証するものではなく、まず基本的な吸音機構が実際の装置でも機能することを確かめた段階といえる。

従来型より広い周波数帯で機能する理由

今回の研究では、後付け可能な構造を実現しただけでなく、従来型よりも広い周波数帯で音の反射を抑えられる可能性も示された。

その違いを理解するには、音響ブラックホールの内部で起きる二つの現象を区別する必要がある。

一つは、音波が管路の軸方向に沿って徐々に減速し、エネルギーを散逸させる「音響ブラックホール効果」だ。これは、管路の軸方向に生じるファブリ・ペロー型の共鳴モードと関係している。

もう一つは、リング間の空洞が特定の周波数で共鳴し、音波のエネルギーを局所的に閉じ込める「レインボートラッピング(Rainbow Trapping)」と呼ばれる現象である。

レインボートラッピングは、周波数によって異なる位置に波のエネルギーが集中する仕組みだ。特定の周波数では強い吸音効果が得られる一方、共鳴条件から外れた周波数では十分な効果が得られない場合がある。

従来型の音響ブラックホールでは、周波数が高くなるにつれて、リング間の空洞に生じる局所共鳴が支配的になることがある。

その場合、装置全体で音波を徐々に減速させる仕組みよりも、個々の空洞による共鳴の影響が強くなる。吸音性能が特定の周波数に偏り、広い周波数帯で反射を抑えることが難しくなる場合がある。

Dengらの数値解析では、プラグイン型に変更することで、こうした局所共鳴が支配的になる周波数帯が、従来型よりも高い側へ移ることが示された。

その結果、プラグイン型では、中周波数から高周波数にかけて、軸方向の音響ブラックホール効果がより広い範囲で維持される。

有限要素法による比較でも、同じ自由断面積を持つ従来型に対して、プラグイン型は広い周波数帯で低い反射係数を示した。

つまり、リングをダクトの内壁から中心軸側へ移すという構造の変更が、製造や設置を容易にするだけでなく、音波の共鳴特性にも影響を与え、吸音性能の改善につながったと考えられる。

ただし、ここで示された従来型に対する優位性は、主として数値解析に基づくものだ。今回の物理実験ではプラグイン型の試作機を測定しており、同じ条件で製作した従来型との直接的な実験比較までは行われていない。

研究チームは、この二つの吸音機構の違いについて、さらに研究を進めている。

Deng、Junjun Li、Guaschの3人は2026年10月10日、学術誌『Journal of Sound and Vibration』第640巻に、関連論文『Sonic black holes without rainbow trapping: Separating two distinct mechanisms』(論文番号119889)を発表した(DOI:10.1016/j.jsv.2026.119889)。

この研究では、角形断面を持つ音響ブラックホールなどを解析し、音響ブラックホール効果とレインボートラッピングが、それぞれどの周波数帯で支配的になるかを詳しく調べている。さらに、構造を複数の小さな単位に分割することで、レインボートラッピングを抑え、広帯域で高い吸音性能を得る方法も検討された。

一方、今回の『Applied Acoustics』掲載論文において、二つの機構の寄与を個別に評価した結果は、主に理論モデルと数値解析によるものだ。

インピーダンス管を使った実験は装置全体の反射特性を測定したものであり、二つの機構を独立して測定したわけではない。実験結果と数値解析の一致が、提案された吸音機構の妥当性を間接的に裏付けている。

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実際の空調設備への導入には、気流や粉塵への対策が必要

今回の成果は、音響ブラックホールを実際の設備に導入しやすくするという点で重要な進展といえる。

しかし、3Dプリントした試作機で音の反射を抑えられたからといって、そのまま空調ダクトや工場の排気管に取り付けられるわけではない。

実用化に向けては、いくつかの課題が残されている。

まず、実際の配管内を流れる空気の影響だ。

建物の換気ダクトやエンジンの排気管では、一定の速度を持った気流が存在する。空気が流れると、音波の伝わり方に対流の影響が加わるだけでなく、リングの周囲で渦や乱流が発生する可能性もある。

装置の形状によっては、こうした気流が新たな騒音を生む恐れもある。また、ダクト内に構造物を挿入する以上、流路抵抗が増加し、送風機に必要な動力や配管の圧力損失に影響する可能性も考慮しなければならない。

今回の実験と数値モデルは静止空気中を前提としているため、気流のある環境でも同じ吸音性能が得られるかは確認されていない。実用化には、音響性能だけでなく、流体抵抗や気流による騒音も含めた評価が必要になる。

次に問題となるのが、粉塵や油分の付着だ。

音響ブラックホールの性能は、リング間の空洞や、リングとダクト内壁との隙間の寸法に大きく依存する。

工場の排気管や換気ダクトでは、空気中に含まれる微粒子がこうした狭い部分に堆積する可能性がある。粉塵や油分によって空洞が塞がれたり、隙間の形状が変わったりすれば、設計どおりの音響特性を維持できなくなる恐れがある。

Guasch教授もScienceAlertの取材で、空洞を塞ぐ粒子の問題や、温度、圧力、気流の影響を、実用化に向けた課題として挙げている。

温度変化への対応も欠かせない。

空気中の音速は温度によって変わるため、排気ガスの温度が大きく変化する設備では、装置内を伝わる音波の特性も変わる。

さらに、高温環境では装置自体の耐熱性や寸法安定性も問題になる。今回の試作機にはPLA樹脂が使われたが、高温の排気管などに応用する場合は、使用環境に適した材料を選定する必要がある。

こうした条件が変化しても、十分な吸音性能を維持できるのか。現時点では、実環境での長期的な性能や耐久性は検証されていない。

研究チームは、将来的には一次元的な管路の吸音にとどまらず、二次元の吸音パネルや三次元の音響空間へと考え方を発展させる可能性にも言及している。

実現すれば、配管内の反射音だけでなく、建築物の室内音響や、より複雑な空間での音波制御にも応用できるかもしれない。ただし、こうした用途は今後の研究課題であり、実用性が確立されたものではない。

今回の研究が示したのは、音響ブラックホールという理論的な仕組みを、比較的簡単に製造できる独立した装置として実現し、実際に音の反射を抑えられることだ。

従来はダクトと一体化させる必要があった複雑な構造を、全長15cmの樹脂製インサートに置き換えられた意義は小さくない。

さらに、数値解析では、従来型よりも広い周波数帯で反射を抑えられる可能性も示されている。

今後の焦点は、こうした性能を気流や粉塵、温度変化のある実際の設備でも再現できるかどうかだ。

音響ブラックホールは、重力の力で音を閉じ込めるものではない。音波の伝わり方を構造によって制御し、そのエネルギーを熱として散逸させる技術である。今回開発された小さな装置が、空調設備や産業用配管で使える消音技術へと発展するかどうかは、今後の実環境での検証にかかっている。