信越化学工業は2026年10月27日に開催した決算説明電話会議で、半導体用シリコンウェハーの値上げが一部の顧客向けに始まったことを明らかにした。対象となるのは、既存の長期契約で定めた数量を超える供給分や、契約を結んでいない顧客向けの製品で、10月から新価格を適用するケースがあるという。同社の7〜9月期営業利益は前年同期比27%増の2121億円に達し、電子材料の生産もフル稼働が続いている。一方、既存の長期契約は顧客ごとに満了時期が異なり、早いものでも2027年末まで続くことから、ウェハー価格の上昇は契約外の追加供給分から先行し、既存契約の更新に伴う本格的な値上げは2027年末以降になると考えられる。
フル稼働でも増産は限定的、信越化学が設備投資に慎重な理由
信越化学の2026年10月27日の決算説明会要旨によると、7〜9月期の300mmシリコンウェハー市場は前四半期比で1桁台半ばの増加、前年同期比では10%強の増加となった。AI関連需要の拡大に加え、それ以外の分野でも回復が進み、ウェハー需要は引き続き堅調に推移している。一方、10〜12月期については、ウェハーメーカー各社の定期修理による影響もあり、出荷数量は7〜9月期とおおむね横ばいになるとの見通しを示した。
需要が強いにもかかわらず、出荷数量を大きく増やせない背景には、生産能力の制約がある。同社は2027年前半にブラウンフィールド投資、つまり既存工場の敷地内で設備を増強することで、限定的な増産が可能になると説明した。ただし、現行の生産能力を大幅に引き上げる規模ではないという。一方、新たな用地に工場を建設するグリーンフィールド投資については、建設コストが大幅に上昇していることから慎重な姿勢を示している。
同社は2026年7月24日の決算説明会でも、設備投資にかかる費用が大きく増加していると説明していた。建設費に加えて装置や原材料、輸送費なども値上がりしており、新たな工場を建設するだけでも前回の投資時の2倍以上のコストが必要になると見積もっている。このため、需要が伸びているからといって直ちに大型投資を決断するのではなく、将来の稼働率や投資回収を慎重に見極める必要がある。
業績は堅調に推移している。2027年3月期第2四半期決算短信によると、2026年4〜9月期の営業利益は前年同期比15.6%増の3859億円となった。通期業績予想は売上高2兆7000億円、営業利益7000億円で据え置いている。一方、2026年度の設備投資額の見通しは、投資計画の進捗が前倒しになったことを主な理由として3800億円に変更した。ただし、これは全社の設備投資額であり、シリコンウェハー事業だけに充てられる金額ではない。
斉藤恭彦社長は決算説明会で、最近面談した顧客企業の経営トップがいずれも追加供給を求めており、将来の供給量の確保を重視していると説明した。同社としても需要に応えるための投資が必要だと認識しているが、その費用を回収できる価格設定も欠かせない。このため、シリコンウェハーに限らず、幅広い製品について設備投資を支える販売価格や契約条件の見直しを進めている。需要の拡大に対して供給能力をすぐには増やせない状況が、価格交渉を進める背景となっている。
契約外の追加供給分から値上げが始まる
半導体用シリコンウェハーの価格は、長期供給契約(LTA)で数量と価格を取り決めた部分と、契約対象外の部分で動き方が異なる。信越化学は10月の決算説明会で、既存契約の数量を超える供給分や、長期契約を結んでいない顧客に対して、コスト上昇を反映した価格交渉を進めていると説明した。顧客によっては2026年10月から値上げ後の価格が適用されており、追加供給分についても値上げを要請して協議を続けている。つまり、ウェハー市場全体の価格が一斉に引き上げられたわけではなく、既存契約に縛られない取引から価格改定が進んでいる。
一方、長期契約で価格と数量を取り決めた既存の取引については、事情が異なる。信越化学によると、直近の契約の多くは、半導体需要が急増した2020〜2021年のコロナ禍に一斉に締結されたものだ。しかし、2022年夏をピークに需要が反転し、その後はウェハー市場が長期間低迷した。こうした経験から、ウェハーメーカー各社は契約期間や数量の設定に慎重になっており、信越化学も顧客の過大な発注計画が将来の供給過剰につながるリスクを警戒している。
既存契約の満了時期にも注目する必要がある。信越化学は7月の決算説明会で、契約の満了時期は顧客ごとに大きく異なり、早いところでは2027年末、遅いところではさらに3〜4年かかると説明していた。10月の説明でも、既存契約の価格を満了前に改定したという発表はない。このため、現在の契約条件が維持される限り、値上げはまず契約外の追加供給分や新規取引から進み、既存の長期契約に基づく価格の本格的な見直しは2027年末以降になると考えられる。
ただし、これは契約が満了するまで価格が一切変わらないと確定したわけではない。需給逼迫が続けば、顧客側が供給量の確保を優先し、契約期間中に価格や供給条件を見直す可能性もある。現時点で確認できるのは、2026年10月から一部の契約外取引で値上げが始まったことと、既存契約の満了が早い顧客でも2027年末になるという2点だ。両者の間には約1年2か月の時間差があり、その期間に既存契約の価格がどの程度動くかが今後の焦点となる。
また、ウェハーの平均販売価格は、契約価格の改定だけで決まるわけではない。信越化学は、先端ロジック半導体向けのウェハーについて、製品の仕様や加工・検査に伴うコストに応じて価格を細分化していると説明した。先端品の販売比率が高まれば、個々の製品の価格を変更しなくても平均販売価格は上昇する。このため、今後の平均価格の変化を評価する際には、契約価格の引き上げと高付加価値製品への販売構成の変化を区別する必要がある。
既存契約の前倒し改定もあり得る
もっとも、既存の長期契約が2027年末まで変更されないとは限らない。信越化学は10月の決算説明会で、ほとんどの顧客がウェハーの需給が逼迫していると認識しており、将来の供給不足を懸念して、既存契約の期間中にも次の契約に向けた交渉を始める顧客が増えていると明らかにした。こうした交渉が進み、契約期間の延長と引き換えに価格を見直すような合意が成立すれば、既存契約の満了を待たずに価格改定が行われる可能性がある。
半導体メーカーが長期契約による供給確保を重視していることは、他社の動きからも分かる。Micronは2026年7月9日、台湾のGlobalWafersが米テキサス州で進める300mmシリコンウェハー工場に対し、5億ドルの資金支援を行う計画を発表した。両社は10年間の供給契約を結ぶ方針も示しており、Micronは長期的な半導体生産に必要なウェハーの供給能力を確保しようとしている。なお、この計画は発表時点では最終契約の締結や必要な承認などを条件としていた。
信越化学は7月の決算説明会で、MicronとGlobalWafersの長期契約に向けた動きについて、AI需要を背景に半導体デバイスの好調が長期間続くという顧客側の見方を反映したものだと説明していた。実際、AI関連の半導体需要は、データセンター向けの先端ロジックやメモリーを中心に拡大している。供給能力の増強には多額の投資と時間が必要なため、半導体メーカーにとって、価格だけでなく将来の供給量を確保することも重要になっている。
ただし、顧客が次の契約に向けた交渉を始めたことと、既存契約の価格が実際に改定されたことは区別しなければならない。信越化学は、設備投資や原材料費の上昇を踏まえて契約期間と価格を協議していると説明しているものの、既存契約の価格をいつ変更するかは明らかにしていない。したがって、2026年10月に契約外の取引で値上げが始まったという事実だけをもって、長期契約の価格も引き上げられたと判断することはできない。今後、既存契約の価格改定が2027年末より前に実施されれば、値上げが契約満了に合わせて段階的に広がるという見通しは修正が必要になる。
SUMCOとの業績差が示すウェハー市場の現状
シリコンウェハー市場の回復が、すべてのメーカーの利益改善につながっているわけではない。SUMCOが2026年8月6日に発表した決算説明資料によると、同社の1〜6月期売上高は2150億円だった一方、営業損益は約64億円の赤字となった。2026年1〜9月期の会社予想も営業損失63億円で、7〜9月期単独では営業損益がほぼ均衡する計算だ。需要が回復する一方、設備投資に伴う減価償却費などの負担が収益を圧迫している。
SUMCOは同資料で、2026年4〜6月期について、長期契約の価格は維持された一方、スポット取引では価格見直しの交渉が始まったと説明している。7〜9月期の見通しでも、長期契約価格は維持され、スポット価格を見直す動きがあるとの認識を示した。契約外の取引から価格交渉が進んでいるという点では、信越化学と共通する動きが確認できる。ただし、両社は決算期間や製品構成、設備投資の状況などが異なるため、利益水準を単純に比較することはできない。
信越化学とSUMCOはいずれも東京証券取引所に上場しており、決算資料や経営陣の説明を通じて、シリコンウェハー市場の需給や価格動向を継続的に確認できる。ウェハーは半導体製造に欠かせない基板材料であり、その価格上昇は半導体メーカーの製造原価に影響する。ただし、最終的な半導体製品の価格は、製造歩留まりや設備投資、需要と供給、製品構成など多くの要因によって決まるため、ウェハーの値上げがそのまま製品価格に反映されるわけではない。
2027年末までに既存契約の価格は動くのか
今後の焦点は、契約外の追加供給分から始まった値上げが、どの段階で既存の長期契約にも広がるかという点にある。信越化学が2027年末より前に既存契約の価格を改定したと明らかにすれば、契約満了に伴う価格改定が中心になるという見通しは成り立たなくなる。一方、契約外の値上げが進んでも既存契約の価格が維持されれば、同じシリコンウェハーでも契約条件によって価格の動きに差が生じる状況が続くことになる。
信越化学の次の四半期決算説明は、例年の発表日程から2027年1月下旬に行われるとみられる。また、SUMCOの2026年7〜9月期決算も11月中旬に発表される見込みであり、業界全体の価格交渉や収益改善の動きを判断する参考になる。特に確認したいのは、契約外の追加供給分に対する値上げの進捗と、既存の長期契約について価格改定の合意が成立しているかどうかだ。
信越化学の電子材料事業はAI関連需要の拡大を背景に高稼働が続いているが、供給能力を大幅に増やすには時間と費用がかかる。そのため、当面は数量の拡大だけでなく、契約条件の見直しや先端品の販売比率上昇が収益を左右すると考えられる。2026年10月に始まった一部取引での値上げが、2027年末を待たずに既存契約へ波及するのか。 今後の決算説明で示される価格交渉の進展が、シリコンウェハー市場の次の変化を見極める重要な手掛かりとなる。
