米半導体大手Qualcommが、長年のパートナーである英Arm Holdingsに対し、反競争的行為を理由に世界規模での反トラスト法(独占禁止法)キャンペーンを開始したことが明らかになった。Qualcommは、Armが技術へのアクセスを不当に制限し、競争を阻害しているとして、米国、欧州、韓国の規制当局に申し立てを行っている。この動きは、両社間でくすぶるNuvia買収を巡るライセンス訴訟とも関連しており、半導体業界の勢力図に影響を与える可能性を秘めている。
Qualcommの主張:Armによる技術アクセス制限と競争阻害
Bloombergの報道によると、Qualcommは米連邦取引委員会(FTC)、欧州委員会(EC)、韓国公正取引委員会(KFTC)に対し、非公開の会合や正式な申し立てを通じてArmの行為を問題視している。Qualcomm側の主張の核心は、Armが20年以上にわたり維持してきたオープンなライセンス供与方針を変更し、技術へのアクセスを制限することで競争を歪めているという点にある。
Qualcommによれば、Armのオープンなアプローチは、これまで活気あるハードウェアとソフトウェアのエコシステムを育んできた。しかし、Armが近年、自社のチップ設計事業、特にクライアントPCやデータセンター向けプロセッサの参照設計である「コンピュートサブシステム(CSS:Compute Subsystems)」や、それに基づく大口顧客向けのカスタムシリコン開発を強化する中で、そのエコシステムが脅かされているとQualcommは訴える。具体的には、Armがライセンスアクセスを制限したり、既存の契約に違反して特定の技術へのアクセスを差し控えたりしている疑いが指摘されている。
Bloombergの報道によれば、Qualcommは昨年12月のデラウェア州でのNuvia訴訟判決以前に、EU当局に対して正式な競争法上の苦情を申し立て、Armがライセンスアクセスを制限し、より直接的な競争相手になろうとしていると主張した。その後、ワシントンD.C.でFTC当局者と会談し、同様の懸念を韓国の規制当局にも提起したとされる。韓国KFTCは、Qualcommからの申し立てを受け、近く調査を開始する見込みであると報じられている。
対立の背景:Nuvia訴訟とArmの戦略転換
今回の反トラスト法に関する申し立ては、QualcommとArmの間で続いている法的な対立と密接に関連している。発端は、Qualcommが2021年にCPU設計スタートアップのNuviaを14億ドルで買収したことだ。NuviaはArmのアーキテクチャライセンス(ALA:Architecture License Agreement)に基づきカスタムCPUコアを開発していた。Qualcommはこの技術を自社のPC向けプロセッサ「Snapdragon X」シリーズ(開発コード名:Oryon)に活用している。
Armは、QualcommがNuviaを買収した後、Nuviaが保有していたライセンスをArmの承認なしに引き継ぎ、技術開発を続けることは契約違反であると主張し、2022年にQualcommを提訴した。しかし、デラウェア州連邦地方裁判所の陪審は2024年12月、QualcommがNuvia買収に伴い既存のライセンス契約に違反したとは言えないとの評決を下し、Qualcommが実質的に勝訴した。ただし、Nuvia自身が元のライセンス契約に違反したかどうかについては陪審員の意見が一致せず、Armはこの点について再審を求める意向を示している。
Qualcommは、今回の反トラスト法キャンペーンを通じて、将来にわたりArmの命令セットアーキテクチャ(ISA:Instruction Set Architecture)や関連技術へのアクセスを確保したい狙いがあると見られる。Armがライセンスモデルを変更し、自社設計のチップ(CSSなど)への移行を促す動きを見せる中で、Qualcommのようなカスタムコア開発を行う企業にとっては、Armの基本的な技術へのアクセスが生命線となるためだ。
QualcommはNuvia訴訟の過程で、Armがライセンス契約上の機密保持義務に違反したとして、「不浄な手(unclean hands)」の法理に基づき反訴も提起しており、両社の対立は複雑化している。
Arm側の反論と今後の展望
一方、ArmはQualcommによる反競争的行為の申し立てを全面的に否定している。Armの広報担当者はTom’s Hardwareに対し、「Armはイノベーションの強化、競争の促進、契約上の権利と義務の尊重に引き続き注力している」と述べた上で、「反競争的行為のいかなる申し立ても、進行中の両社間の商業的紛争の本質から注意をそらし、自社の競争上の利益のために紛争を拡大しようとするQualcommによる必死の試みに他ならない」と反論した。Armは、この紛争において最終的に自社が勝利すると確信している、とも付け加えている。
Armは近年、従来のIPライセンス供与ビジネスに加え、より完成品に近いチップ設計(CSSなど)を提供するビジネスモデルへのシフトを進めている。これは、より高い収益性を目指す戦略の一環と考えられるが、Qualcommのような長年のライセンシーにとっては、自社のカスタム設計の自由度が制限され、Armとの直接的な競争にさらされる可能性を意味する。
Qualcommによる各国規制当局への申し立てが今後どのように進展するかは不透明だが、半導体業界におけるArmアーキテクチャの支配的な地位と、そのライセンスポリシーの変更が競争に与える影響について、当局が調査に乗り出す可能性は十分にある。この対立の行方は、スマートフォン、PC、データセンターなど、幅広い分野におけるチップ開発の競争環境を左右する可能性があるため、業界全体から注目が集まっている。
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