半導体レーザーの内部で光を制御する手法として、均一な格子模様を寸分の狂いもなく繰り返すフォトニック結晶は、約20年にわたり設計の基本原則であり続けた。回折格子が規則正しく並ぶことで初めて、光は特定の波長で共振し、位相の揃った単一のビームとして基板の垂直方向へと射出される。この幾何学的な厳密さはレーザー光の品質を担保する最大の強みであった反面、結晶成長の熱工程で微細な空孔構造が崩れやすいという製造上の制約と、同一ウェハー上で異なる特性の共振器を作り分けられない設計の不自由さを生んできた。

2026年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)の電気・コンピュータ工学科に所属するKent D. Choquette教授と博士課程のErin M. Rafteryを中心とする研究グループは、この前提を実験室で乗り越えた。チームは厳密な周期性を持たない部分的な周期性を含む準周期パターンを半導体内部に形成し、室温において波長1.5 の赤外線レーザー光を発振させることに成功した。研究成果は学術誌『Applied Physics Letters』に掲載された(DOI: 10.1063/5.0325678)。

外部光源を用いて励起する光ポンピング方式による実験室段階の実証であり、直ちに実用的なレーザーダイオードが得られたわけではない。しかし、周期性を意図的に崩した配列であっても、面発光レーザーの共振器として安定して成立し得る事実を示した意味は重い。

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微細な空孔が熱で崩れる、従来型面発光レーザーの製造課題

従来のフォトニック結晶面発光レーザー(PCSEL)は、半導体の内部に二次元的な屈折率の周期変化を設けることで動作する。活性層で発生した光は、格子状に並んだ構造体によって面内の広範囲に広がり、回折現象によって互いに干渉し合う。特定の波長を持つ光だけが強め合い、位相が整えられた状態で素子の表面から垂直に射出される仕組みだ。この構造により、従来の端面発光型レーザーに比べてビームの広がり角が極めて狭く、断面形状が真円に近い高品質な光を得られる。航空宇宙分野や防衛システム、光通信などの高度な応用に向けて、PCSELは約20年間にわたり活発に研究されてきた。

しかし、PCSELの優れた光学特性は、極めて厳格な製造条件の上に成り立っている。一般的なPCSELでは、半導体層を部分的にエッチングしてナノスケールの微細な空孔列を形成し、半導体と空気の屈折率差を利用して光を閉じ込める。この空孔を設けた層の上に、さらなる半導体層を結晶成長(再成長)させて埋め込む工程が必要になる。

ここで物理的な問題が生じる。結晶成長を行う高温環境下において、半導体原子が表面を移動する質量輸送(mass transport)現象が起き、設計通りの形状で作られたはずの空孔が変形したり、意図しない空洞の結合が生じたりするのだ。特に光通信で広く用いられるインジウムリン(InP)系の材料系では、この再成長に伴う構造の歪みが顕著に現れる。空孔の形状や間隔がわずかでも狂えば、光の共振条件が崩れ、レーザーの均一性や構造的完全性が損なわれる。

空孔の形状や配置を領域ごとに変えるような複雑な設計を試みようとすれば、製造歩留まりは致命的に低下する。結果として、PCSELの設計は「基板全体にわたって同一の微細パターンを規則正しく繰り返す」という幾何学的な制約に強く縛られてきた。

空孔を排して誘電体を埋め込み、配列の周期性を崩す

Choquette教授の研究グループは、この製造上の課題を克服するために、空孔そのものを用いないアプローチを模索してきた。チームは先行研究として2025年に『IEEE Photonics Journal』(DOI: 10.1109/JPHOT.2025.3561087)において、空孔の代わりに二酸化ケイ素()の微細パターンを半導体内部に埋め込む基盤技術を発表している。半導体層を直接垂直に掘り抜いて空洞を残すのではなく、エッチングしたのパターン層の上にエピタキシャル半導体層を再成長させて覆う構造だ。

高屈折率の半導体材料の中に、サブミクロン寸法の低屈折率なが固体として埋め込まれるため、高温の再成長プロセスを経ても形状が崩れにくい。空気の空孔を残す方式に比べて構造的な強度が保たれ、再現性の高い製造が可能になる。

従来の空気孔方式では、半導体層をエッチングして空洞を形成した後に半導体を再成長させるため、高温下で空洞が変形する懸念が常に付きまとっていた。これに対して本研究の埋め込み誘電体方式では、半導体層の間に固体材料であるをあらかじめ配置して埋め込むため、熱工程を経ても設計通りの形状を物理的に保持しやすい。

今回の研究において、チームはこの埋め込み誘電体プラットフォームの特性をさらに推し進めた。従来のPCSELが墨守してきた完全な周期的格子構造から離れ、部分的な周期性を含む準周期パターン(quasi-periodic pattern)へと拡張したのだ。

設計の着想源となったのは、トポロジカルに保護された非周期構造に関する近年の物性研究である。ただし、今回のレーザー素子そのものがトポロジカル保護の物理的性質を発現しているわけではない。研究グループは、厳密な等間隔で同一形状を配置する束縛から離れ、精密に制御された規則に従って配列を変化させる部分的な周期性を含む準フォトニック結晶(quasi-photonic crystal)構造を設計した。

共著者の一人であるErin M. Rafteryは、この設計意図について「周期的なパターンを持たず、より柔軟に調整できる構造を実現した。レーザーに求める特性を引き出すための、屈折率変調の異なる工学的手法である」と述べている。埋め込み誘電体によって製造時の熱変形を抑えられるからこそ、こうした複雑で非対称なパターンを崩壊させずに素子内部へ定着させることが可能になった。

素子種別 低屈折率部 パターンの周期性 実証された動作 主な制限事項 開発状況
従来型PCSEL 空気孔(空洞) 完全な周期構造 電流注入または光励起 再成長時の空孔変形リスク 実用化・一部商用化
2025年先行研究素子 二酸化ケイ素( 完全な周期構造 光励起(パルス光) 実用的な電流注入は未達成 基盤技術の原理実証
本研究(2026年QPCSEL) 二酸化ケイ素( 部分的な周期性を含む準周期構造 光励起 光励起のみ、素子性能は未評価 準周期構造の動作実証

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室温1.5マイクロメートルでの光励起発振と測定データの境界

完成した準周期フォトニック結晶面発光レーザー(QPCSEL)の評価において、研究チームは室温環境下で波長1.5 でのレーザー発振を確認した。論文中で著者らは「埋め込み誘電体QPCSELから、室温において発振波長1.5 の光励起発振を実証した」と報告している。

1.5 という波長域は、石英光ファイバーの伝送損失が最も小さくなる光通信の標準的な帯域に合致する。しかし、この一致は材料系として長距離光通信に適したインジウムリン系を選択した結果であって、今回の研究で実際の光通信伝送試験が実施されたわけではない。

また、一部の技術系報道では「単一モード発振が確認された」と紹介されているが、イリノイ大学の公式発表資料やPhys.orgの初期報道では「室温で正常に発振した」という事実の記述にとどまっている。レーザーの単一モード性、発振しきい値電力、副モード抑圧比、ビーム品質といった詳細な数値的特性については、学術誌に掲載された原著論文の精緻なデータと照らし合わせて検証されるべき段階にある。

測定条件に関しても明確な切り分けが必要だ。2025年の先行論文では、パルス幅をもつ波長980 nmのポンプ光を約200 のスポット径で照射し、能動的な冷却機構を用いずに素子を動作させる測定手法が記載されていた。しかし、今回の準周期構造素子において同様の測定パラメータがどの範囲で適用されたかについては、個別の実験構成を確認しなければならず、先行素子の数値をそのまま当てはめることはできない。

加えて、本報告には同一条件で作製された標準的な周期的PCSELとの直接的な性能比較データや、素子の製造歩留まり、統計的なばらつきの範囲は含まれていない。準周期構造が周期構造に対してレーザー出力や電力変換効率の面で優れているかどうかは、現時点では未検証のままである。

原理実証と実用素子の間にある構造的な隔たり

今回の成果は、部分的な周期性を含む準周期構造であっても面発光レーザーとして動作し得るという「物理現象の成立」を証明した点にある。だが、研究室で作製されたテストチップが、直ちに産業用のレーザー光源へと直結するわけではない。

最大の障壁は、素子の駆動方式にある。今回の素子は外部から別のレーザー光を照射してエネルギーを供給する「光励起」によって動作させている。半導体チップとして電子回路に組み込み、通信機器やセンサーへ搭載するためには、電極から電流を直接流して発振させる「電流注入型」のダイオードレーザーへと構造を進化させなければならない。

埋め込み誘電体層が存在する構造では、電気を通さないの周囲に電流を均一かつ効率的に流し込み、活性層へ注入するキャリア輸送の設計が極めて難しくなる。Choquette教授自身も「物理現象は実証できた。今後は実用的なデバイスを実証する必要がある」と語り、電流注入型の実現がより難易度の高い次の段階であることを明確に認めている。

さらに、埋め込み誘電体による信頼性の向上という仮説も、現時点では理論的な期待にとどまる。空気孔よりも熱伝導率が高いで満たすことで動作時の熱放散が改善され、素子寿命中の原子拡散を防げるという機構は、2025年の論文でも可能性として提示された段階であり、今回の研究で長期駆動試験によって証明されたわけではない。

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単一基板への集積化が提示する工学的な可能性

実用化に向けた課題が山積している一方で、準周期構造と埋め込み誘電体の組み合わせがもたらす設計の自由度は、光集積回路の製造手法に新しい視点を与えている。

従来のPCSEL製造では、ウェハー全体に対して単一の周期パターンを一様に成長させることが基本であった。異なる波長や異なるビーム形状を持つ複数のレーザーを同じ基板上に作り分けることは、再成長時の変形リスクがそれぞれ異なるため極めて困難とされてきた。Choquette教授は「現状では一度に1種類の構造しか成長させられないが、今回の手法を用いれば同じ基板上で異なる構造を組み合わせることが可能になる」と指摘している。

この柔軟性が確立されれば、単一の半導体チップ上に、波長がわずかに異なる複数のレーザー光源や、広角照射用と集光用で異なるビームプロファイルを持つ光源を集積できる可能性がある。研究グループや関連業界は、光を用いた距離測定技術であるLiDAR、リモートセンシング、光ナビゲーション、超小型の光通信モジュール、航空宇宙機器への応用を将来の可能性として挙げている。

これらはあくまで設計手法の拡張がもたらす将来的な応用予測であり、本研究が特定のシステムへの実装を検証したものではない。商業化のロードマップやライセンス供与、他機関による独立した追試結果も現時点では報告されていない。

研究チームが示したのは、半導体レーザーの共振器設計において、約20年にわたり支配的だった「完全な周期構造への依存」を取り払い得るという工学的な足がかりである。埋め込み誘電体という製造技術の工夫によって、幾何学的な制約から解放されたフォトニック結晶が、将来の電流注入型素子においてどのような光出力と電気効率を達成できるのか。部分的な周期性を含む不規則なパターンがもたらす光学的な真の利便性は、今後の素子工学の進展によって試されることになる。