宇宙望遠鏡の能力は、どれほど遠くの天体を大きく写せるかで語られやすい。ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡は、その物差しだけでは役割を見誤る。主鏡はハッブル宇宙望遠鏡と同じ直径2.4mだが、1回の撮像で100倍を超える範囲を見渡し、同じ空を繰り返し測って、惑星や銀河を母集団として捉えるからだ。ローマンを理解するには、鏡の大きさよりも、光を広い結像面へ届ける設計と、膨大な天体を同じ条件で比べる観測戦略を見る必要がある。

NASAはローマンを2026年8月30日07時26分(米東部夏時間)、日本時間同日20時26分にFalcon Heavyで打ち上げる予定だ。打ち上げ後は太陽電池やアンテナを展開し、太陽・地球系の第2ラグランジュ点(L2)周辺へ向かいながら90日間かけて装置を起動・較正する。新しい画像の公開は2027年初めが見込まれている。そこで始まるのは、ハッブルやジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)との世代交代ではない。広域で候補を見つけるローマンと、狭い視野を深く調べる既存望遠鏡を組み合わせる観測網である。

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同じ2.4m鏡で、なぜ100倍超の空が見えるのか

 

主鏡の直径が同じなら、ローマンとハッブルの見え方も似るように思える。しかし、鏡径は集光力と回折限界を大きく左右しても、一度に写せる空の広さを単独では決めない。ローマンは楕円面の主鏡、双曲面の副鏡、楕円面の第三鏡を組み合わせる三鏡アナスチグマートを採用し、ハッブルより焦点距離を約3分の1に縮めた。複数種類の収差を広い範囲で抑え、検出器面の中心ではなく環状の領域に鮮明な像を作る。

Wide Field Instrument(WFI)の18枚の検出器は、その良像域に沿うよう弧状に並ぶ。カメラでいえば、ローマンは赤外線の広角レンズ、ハッブルやJWSTは望遠レンズに近い。ローマンが空の風景から珍しい対象を探し、JWSTがその天体へ寄ってスペクトルや微細構造を調べる、と考えると役割分担が見えやすい。

ただし、この比喩は画角の違いを説明するところで崩れる。各望遠鏡では鏡径と観測波長が違う。検出器と感度も同一ではなく、同じカメラのズームリングを回しているわけではない。「ハッブルの100倍」という表現も比較するカメラで変わる。NASAの現行技術資料では、WFIの0.281平方度の視野はハッブルの近赤外カメラWFC3-IRの約200倍とされる一方、ミッション全体の一般的な説明は「少なくとも100倍」を使っている。

約3億画素のWFIと全視野分光

WFIの受光面には、各4096×4096画素のTeledyne H4RG-10検出器が18枚並ぶ。合計は約3億画素だ。1画素は空の0.11秒角に対応し、検出器間の隙間を除いた視野は0.281平方度になる。ローマンは少しずつ向きをずらして撮像を重ね、検出器の隙間を埋めながら大きなモザイクを作る。

各画素を構成する水銀・カドミウム・テルルの光ダイオードは、可視光の一部から近赤外線までを電気信号へ変える。8枚の撮像フィルターは0.48〜2.3μmを覆い、天体の色や赤方偏移、星間塵の向こう側を調べる。検出器は89.5Kまで冷やす。赤外線を測る装置自身が暖かいと、その熱放射が観測対象の信号に重なってしまうためだ。L2周辺でサンシールドを常に太陽側へ向ける運用は、電力を得ながら光学系と検出器の温度を安定させる。

撮像用フィルターと同じ回転機構には、プリズムとグリズムも入っている。これらを光路へ入れると、0.75〜1.93μmの光を波長ごとに分け、視野にある多数の銀河や星のスペクトルを同時に記録できる。一般的な分光器のように天体ごとの細いスリットへ光を通さないので、多数の銀河を一つずつ狙い直す必要がない。銀河がどの速さで遠ざかり、どの時代に位置するかを大規模に測るには、この並列性が効く。

ローマンが最大1,000倍というサーベイ速度を生かすには、広い視野で像を安定させ、18枚の検出器の感度差を追跡する必要がある。光学性能を土台に、姿勢制御と内部較正をつなぎ、画像処理まで含めて一つの測定系として働かせる。

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トランジットより外側へ、重力レンズの惑星センサス

ローマンのGalactic Bulge Time-Domain Surveyは、銀河系中心方向を12.1分間隔で6シーズン観測する。配分時間は約15カ月で、重力マイクロレンズにより1,000個を超える広軌道惑星を見つける設計だ。同じ画像から恒星の周期的な減光も拾い、トランジット法では10万個を超える惑星の検出が予想されている。いずれも打ち上げ前の期待値であり、発見実績ではない。

マイクロレンズの入力は、遠い背景星の光、手前を横切る天体の質量、両者と地球の偶然の並びである。質量は時空を曲げるため、手前の恒星が背景星へ近く見える瞬間、背景星の光は増幅される。手前の恒星に惑星があれば、滑らかな増光曲線へ短いずれが加わる。惑星が恒星に束縛されず単独で漂っていても、質量があれば短い増光を残せる。

この方法は、恒星のすぐ近くを回る惑星に偏りやすいトランジット法を補う。ローマンはハビタブルゾーン付近から外側の低温惑星、天王星や海王星に似た氷惑星、自由浮遊惑星へ感度を広げる。個別の「第二の地球」を選んで撮るというより、どの軌道領域に惑星が多いかを母集団として測り、銀河系でどのような惑星系が普通なのかを調べる装置になる。

マイクロレンズイベントは、天体が同じ配置へ戻らない一過性の現象だ。同じイベントの観測をやり直せないため、短い惑星信号を最初から細かい間隔で記録しなければならない。12.1分という反復間隔はこの不可逆性への答えであり、広い視野と時間軸が一組で働く。

星明かりを消すダークホール

マイクロレンズが多数の惑星を重力の痕跡から数える一方、Coronagraph Instrumentは近傍の少数の惑星から届く光を直接取り出す。難しいのは、惑星が暗いことより、すぐ隣に明るい恒星があることだ。望遠鏡の中で恒星像を板で隠しても、光は縁で回折し、鏡面のわずかな誤差は偽の点像であるスペックルを作る。惑星の信号はその中へ埋もれる。

ローマンのコロナグラフは、精密マスクで回折光を整え、2枚の変形鏡で波面を補正する。波面センサーが残った恒星光を測り、多数のアクチュエーターが鏡面を微小に動かす。制御を反復すると、検出器上の狙った領域からスペックルが減り、暗い領域である「ダークホール」ができる。入力は恒星と惑星が混ざった光、処理は遮光と能動波面制御、出力は恒星光を抑えた可視光像や低分解能スペクトルだ。

正式な性能要件は限定されている。575nmを中心とする10%帯域で、恒星から6〜9λ/D離れた点源との光束比10^-7を撮像することが唯一の必須要件で、他の波長や分光・偏光モードの多くはbest effortである。目標は既存設備より100〜1,000倍高いコントラストで、近傍にある成熟した木星型惑星や塵円盤を可視光で捉えることだ。最初の1年半に計3カ月の観測を割り当てる技術実証であり、地球型惑星の大気から生命兆候を測る装置ではない。

それでも、宇宙空間で変形鏡と精密マスクを連動させる経験は大きい。波面計測から観測後処理までを続けて動かし、地上試験では再現しきれない温度変化や指向変化の下でダークホールを作る。さらに、その状態を保ち、基準星を使って残留スペックルを引く。その運用データは、将来のHabitable Worlds Observatory(HWO)が地球型惑星を直接撮像するための設計余裕と較正手順を決める材料になる。

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三つの物差しは宇宙膨張をどう絞り込むのか

ローマン最大の観測計画High-Latitude Wide-Area Surveyは、天の川の円盤から離れた広い領域で多色撮像と分光を重ねる。目的は「暗黒エネルギーを見る」ことではない。宇宙が各時代にどれほど膨張し、物質の集まり方がどう変わったかを、異なる誤差を持つ物差しで測る。

一つ目はIa型超新星だ。High-Latitude Time-Domain Surveyは約2年間にわたって同じ領域を反復し、明るさの時間変化とスペクトルを記録する。Ia型超新星はピーク光度を標準化できるため、見かけの明るさから光度距離を推定し、赤方偏移と比べれば、過去の膨張速度をたどれる。観測時間の配分は約6カ月でも、訪問を主ミッション内へ散らすことで時間軸を得る。

二つ目はバリオン音響振動(BAO)と銀河クラスタリングである。初期宇宙のプラズマを進んだ圧力波は、銀河が集まりやすい距離の痕跡を残した。その基準スケールが赤方偏移ごとにどう見えるかを測れば、宇宙膨張で距離が伸びた履歴を復元できる。WFIの広域スリットレス分光は、同じ空にある膨大な銀河の三次元分布を作る役を担う。

三つ目は弱い重力レンズ効果だ。手前にある通常物質と暗黒物質の重力は、遠方銀河の像へごく小さな伸びや縮みを加える。一つの銀河だけでは本来の形と区別できない。しかし、多数の銀河を調べ、近い角度にある像の変形がどう相関するかを統計処理すると、時代ごとの物質分布と構造の成長を推定できる。

形状相関がすべて重力レンズ由来とは限らない。銀河の形成環境は、銀河本来の向きや形にも相関を生む。この固有形状相関は弱レンズ信号を模倣し、補正を誤れば宇宙論の推定を偏らせる。膨張史は同じでも、こうした系統誤差を差し引いた後の構造成長が予測と合わなければ、時間変化する暗黒エネルギーと重力理論の修正を見分ける手掛かりになる。

三つの方法を使う理由は、数を増やすためではない。超新星の較正、銀河の赤方偏移、弱レンズで必要な点像分布の推定は、異なる系統誤差を持つ。ローマン内部で結果を照合し、さらに可視光で広域を測るEuclidやVera C. Rubin Observatoryの像と比べれば、波長や検出器に固有の誤差を洗い出せる。ローマンが出すのは暗黒エネルギーの写真ではなく、宇宙定数、時間とともに変わる成分、一般相対論の修正がそれぞれ許される範囲である。

20PBの公開データと発見インフラ

ローマンの3本のコアサーベイが使う観測時間は、5年の主ミッションの75%以下に抑えられる。残りの大部分では、研究者が別の広域観測を提案できる。最初に採択されたGalactic Plane Surveyは、最初の2年間に分散した計29日で最大200億個の恒星を地図化する計画だ。狭い視野なら観測時間が足りない問いでも、広角設計ならミッション全体を圧迫せず実行できる。

処理済みデータは5年間で20PBに達する見込みで、科学データには占有期間を設けない。研究者は巨大な全データを各自の施設へ複製する代わりに、Roman Research Nexusのクラウド環境で較正済み画像やカタログへ計算を持ち込む。観測提案に採択されたチームが先に成果を囲う従来型の運用から、同じ公開データを複数チームが同時に検証する運用へ重心が移る。

公開すれば自動的に参加が平等になるわけではない。20PBを扱うコード、統計、較正知識が必要になり、検出器ごとの感度差や観測条件の違いを追跡しなければならない。弱レンズでは、微小な形状変化を壊さず、固有形状相関を含む系統誤差を管理できるかも問われる。ローマンの科学性能は、鏡と検出器の仕様に加え、アーカイブ、クラウド計算、解析ソフトを誰がどこまで検証できるかで決まる。

それでも、広域発見から詳細観測へ進む流れは変わる。ローマンが希少な高赤方偏移銀河、突発天体、惑星候補を見つけ、JWSTやハッブルが狭い視野と別の波長で追う。EuclidとRubinはより広い空や可視光側の情報を補い、同じ天体の測定誤差を照合する。ローマンは他の望遠鏡を置き換えず、それぞれが狙うべき対象を供給する。

コロナグラフからHWOへ進む道では、ローマンが実証できる性能と未達の性能を分ける必要がある。ローマンが想定するのは近傍の木星型惑星で、HWO構想が目標に置くのは太陽型星を回る地球型惑星の撮像と大気測定である。ローマンが惑星の光を取り出せれば、宇宙で能動波面制御を運用できることは示せる。生命兆候へ届くかどうかは、その成果を踏まえ、さらに高い安定性と遮光性能を設計・検証できるかで決まる。

打ち上げ後に最初に確認すべきなのは、派手な発見数ではない。90日間のコミッショニングで、広い受光面の像質と較正が保たれ、コロナグラフが予定のダークホールを作り、巨大なデータ処理系が端から端まで動くか。三つがそろったとき、ローマンは広い空を写す望遠鏡から、次の観測先と次世代装置の設計条件を生み続ける発見基盤になる。