Samsung Semiconductorは2025年10月7日、新型モバイルイメージセンサー「ISOCELL HP5」を正式に発表した。世界初となる0.5マイクロメートル(μm)ピクセルを採用し、2億画素(200MP)の超高解像度を1/1.56インチという比較的小型な光学フォーマットに凝縮した意欲的な製品だ。本センサーはすでに量産体制に入っており、主に中国のスマートフォンメーカー製デバイスへの搭載が見込まれている。ピクセルの微細化という物理的限界に挑みながら、AIによる高速処理や数々の新技術で画質向上を図るという。
物理法則への挑戦:0.5μmピクセル実現の裏側
スマートフォンのカメラ性能を語る上で、イメージセンサーの「画素ピッチ(ピクセルサイズ)」と「光学フォーマット(センサーサイズ)」は最も基本的な指標である。一般に、ピクセルサイズが大きいほど多くの光を取り込むことができ、暗所でのノイズが少なく、ダイナミックレンジの広い高品質な画像が得られる。しかし、ピクセルサイズを維持したまま画素数を増やすとセンサーサイズが巨大化し、スマートフォンの筐体デザイン、特に「カメラバンプ」の突出を招く。
ISOCELL HP5が達成した0.5μmというピクセルサイズは、このトレードオフに対するSamsungの現時点での回答だ。従来のセンサーよりもさらに微細なピクセルに光を効率的に届け、かつ電子として正確に捉えるため、HP5には複数の先進技術が投入されている。
電子の飽和量を最大化する「FDTI」と「D-VTG」
ピクセルが微細化すると、一つの画素が蓄えられる光の量(電子の数)、すなわち「飽和信号量(Full Well Capacity, FWC)」が減少する傾向にある。これが低下すると、明るい部分が白飛びしやすくなり、ダイナミックレンジが狭まる原因となる。

ISOCELL HP5では、この課題を克服するために2つのコア技術が採用された。
- FDTI (Front Deep Trench Isolation): 従来のDTI(Deep Trench Isolation)技術をさらに進化させたものだ。DTIは、各ピクセルの間に物理的な絶縁層(溝)を設けることで、隣接するピクセルへの光や電子の漏れ(クロストーク)を防ぐ技術である。FDTIは、この絶縁構造を前面(Front)からより深く、精密に形成することで、ピクセルの独立性を極限まで高める。これにより、微細なピクセルでも飽和信号量を最大化し、豊かな階調表現を可能にしている。
- D-VTG (Dual Vertical Transfer Gate): ピクセルが捉えた光は、電子に変換された後、読み出し回路へと転送される。D-VTGは、この電子を転送するための「ゲート」を2層構造にすることで、電子の伝達効率を劇的に向上させる技術だ。SamMobileの報道によれば、この技術により変換ゲイン(電子信号の増幅率)が150%向上し、ランダムノイズは3~40%低減するという。これは特に低照度環境において、よりクリーンで鮮明な画質を実現する上で決定的な役割を果たすだろう。
光を余さず捉える3つの精密光学技術
電子制御技術に加え、センサー表面で光をいかに効率よくピクセルに導くかも極めて重要だ。HP5には、光の利用効率を最大化するための3つの技術が実装されている。
- 高精度マイクロレンズ (High Precision Microlens): センサーの各ピクセルの上には、光を集めるための微小なレンズが配置されている。HP5では、このマイクロレンズの曲率や形状を最適化することで、0.5μmという小さなピクセルへ正確に光を収束させる。入射光を無駄なくフォトダイオード(受光部)へ届ける、いわばセンサーの「角膜」の役割を果たす。
- 高透過率ARL (High Transmittance Anti-Refractive Layer): センサー表面で光が反射してしまうと、その分だけ画質は劣化する。ARLは、この反射を抑制するためのコーティング層だ。HP5に採用された高透過率ARLは、従来よりもさらに反射を最小限に抑え、より多くの光をセンサー内部に透過させる。
- 高感度DTI (High Sensitivity DTI): 前述のFDTIを補完する技術として、DTI構造そのものにも改良が加えられている。酸化物ベースの絶縁構造を採用することで、ピクセル間の干渉を低減し、光の損失をさらに抑制する。SamMobileはこれを「DTI Center Cut (DCC)」と報じており、4つのフォトダイオード間のトレンチの一部を開放することで、オートフォーカス性能とノイズ低減を向上させるという。
これらの技術は、それぞれが独立して機能するのではなく、相互に連携することで0.5μmという極小ピクセルにおける画質低下を補い、むしろそれを凌駕する性能を目指している。物理的な制約を、半導体製造技術と光学設計の粋を集めて乗り越えようというSamsungの強い意志が感じられる部分だ。
AIが実現する「待たない2億画素」体験
2億画素という膨大なデータは、撮影後の画像処理に多大な負荷をかける。従来、高画素モードでの撮影は、シャッターを切ってから画像が保存されるまでに数秒の待ち時間が発生することが一般的だった。
このユーザー体験上の課題を解決するのが、ISOCELL HP5の目玉機能の一つである「E2E (End-to-End) AI Remosaic」だ。
Remosaicアルゴリズムとは、センサーが捉えたベイヤー配列(RGBのカラーフィルターが市松模様に並んだもの)の生データから、各ピクセルが完全な色情報を持つように補間処理を行い、フルカラーの画像を生成する技術である。2億画素のデータに対してこの処理を行うには、極めて高い計算能力が求められる。
HP5に搭載されたAI Remosaic技術は、この処理をエンドツーエンドで最適化し、2億画素の撮影を2秒以内で完了させるという。これは、ユーザーが撮影後すぐに画像を確認・編集できることを意味し、高画素撮影をより日常的なものにする上で大きな進歩と言える。この高速化が、センサー内蔵の専用AIプロセッサによるものなのか、あるいはスマートフォン側のSoCとの連携を前提としたものなのか、詳細はまだ不明だが、ソフトウェアとハードウェアの協調設計が鍵となっていることは間違いないだろう。
プロフェッショナル級の撮影を可能にする多彩な機能
ISOCELL HP5は、基本的な画質向上技術に加え、現代のスマートフォンカメラに不可欠な高度な撮影機能を網羅している。
妥協なきHDR:「Smart-ISO Pro」と「Staggered HDR」
明暗差の激しいシーンでも白飛びや黒つぶれを抑え、自然な描写を可能にするHDR(ハイダイナミックレンジ)技術は、HP5において2つの方式でサポートされている。
- Smart-ISO Pro: 1回の露光で、高ISO感度と低ISO感度の2つの画像を同時にキャプチャし、合成する技術。これにより、ノイズを抑えながら広いダイナミックレンジを確保する。13-bitの色深度、約5500億色の表現が可能とされており、豊かな色彩と階調を持つ静止画を生成する。
- Staggered HDR: 動画撮影に適したHDR技術。センサーの各ラインを長・中・短の異なる露出時間で順次読み出し、それらを合成することで、動きのある被写体に対しても自然で高品位なHDR映像を記録できる。
ズーム性能とオートフォーカス
HP5は、2億画素という高解像度を活かした「インセンサーズーム」に対応する。これは、センサー中央部をクロップすることで、画質劣化の少ない2倍相当のズームを実現する機能だ。さらに、光学3倍の望遠レンズと組み合わせることで、最大6倍のロスレスズームが可能になるとSamsungは謳っている。
オートフォーカスには、全ピクセルを位相差検出に利用する「Super QPD (Quad Phase Detection)」を採用。高速かつ正確なピント合わせを可能にし、動きの速い被写体や暗いシーンでも被写体を逃しにくい。
詳細スペックから見るポテンシャル
公式に発表されているスペックは以下の通りだ。
| 項目 | スペック |
|---|---|
| 有効解像度 | 16,384 x 12,288 (200MP) |
| 画素サイズ | 0.5 μm |
| 光学フォーマット | 1/1.56インチ |
| カラーフィルター | Tetra²pixel RGB Bayer Pattern |
| フレームレート(静止画) | 7.5 fps @200MP, 30 fps @50MP, 90 fps @12.5MP |
| フレームレート(動画) | 30 fps @8K, 120 fps @4K, 480 fps @FHD |
| オートフォーカス | Super QPD (PDAF) |
| HDR | Smart-ISO Pro, Staggered HDR |
| 出力フォーマット | RAW8, RAW10, RAW12, RAW14 |
注目すべきは、ピクセルビニング技術「Tetra²pixel」により、環境に応じて2×2(50MP/1.0μm相当)や4×4(12.5MP/2.0μm相当)のピクセルとして動作できる柔軟性だ。また、プロフェッショナルな編集を前提とした14-bit RAW出力に対応している点も、ハイエンドセンサーとしての資質を示している。
市場への影響と今後の展望
ISOCELL HP5の登場は、モバイルイメージセンサー市場のトレンドにどのような影響を与えるのだろうか。
まず、搭載されるスマートフォンだが、中国のOPPOが10月16日に発表すると噂される「Find X9 Pro」の望遠カメラに本センサーが採用される可能性が指摘されている。HP5が広角(メイン)カメラだけでなく、高解像度を活かした望遠カメラとしても利用できることも非常に興味深い。Samsung自身がGalaxyシリーズに当面採用する可能性は低いと見られており、まずは外部のスマートフォンメーカーへの供給を通じて市場での評価を確立する戦略だろう。
ISOCELL HP5が示す方向性は2つあると考えられる。
一つは、「高画素化と小型化の両立」という、物理的限界への挑戦だ。1インチクラスの大型センサーがフラッグシップ機のトレンドとなる一方で、ミドルハイからハイエンド機において、カメラバンプを抑えつつ高画素・高機能を実現したいというニーズは根強い。HP5は、そうした需要に対する強力なソリューションとなり得る。
もう一つは、「AIによるハードウェア性能の補完と拡張」である。ピクセルの微細化に伴う物理的なデメリットを、半導体技術とAIアルゴリズムで克服し、さらに「2秒以内の高速処理」という付加価値まで生み出している。これは、今後のイメージセンサー開発において、AIの役割がますます重要になることを示している。
ISOCELL HP5は、単なる2億画素センサーではない。それは、モバイルフォトグラフィの未来が、もはやセンサーサイズやピクセルサイズといったハードウェアの物理的スペックだけで決まるのではなく、それを最大限に活かすための材料科学、光学設計、そしてAIという名の「知能」との融合によって切り拓かれていくことを示す、象徴的な製品と言えるのではないだろうか。
Sources
- Samsung: ISOCELL HP5



