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Qualcomm、Snapdragon 8 Elite Gen 2のSamsung製チップを断念か?TSMC独占供給へ戦略転換と報じられる

Y Kobayashi

2025年7月6日

次世代のフラッグシップSoC(System-on-a-Chip)であるSnapdragon 8 Elite Gen 2の製造を巡り、Qualcommが当初計画していたSamsung Foundryとの協業を中止し、台湾積体電路製造(TSMC)による独占製造へと戦略を転換したという情報が報じられている。これはTSMCの技術的優位性を改めて証明し、Samsungが抱える根深い課題を浮き彫りにすると同時に、2026年に登場するであろう「Galaxy S26」シリーズの運命をも左右しかねない重大な決定となりそうだ。

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幻に終わった「デュアルソース戦略」- 水面下で何が起きていたのか?

当初、Qualcommの戦略は巧妙かつ野心的なものだった。次期フラッグシップチップ「Snapdragon 8 Elite Gen 2」において、業界の二大巨頭を天秤にかける「デュアルソース戦略」を採用すると見られていたのだ。

具体的には、以下の2つのバージョンが計画されていた。

  1. TSMC製 (識別子: 8850-T): 実績と安定性を誇るTSMCの第3世代3nmプロセス「N3P」で製造。
  2. Samsung製 (識別子: 8850-S): Samsungが社運を賭ける次世代2nm GAA(Gate-All-Around)プロセスで製造。コードネームは「Kaanapali S」とも報じられていた。

この戦略の狙いは明らかだ。TSMC一社に依存するリスクを分散し、両社を競わせることで価格交渉力を維持する。そして何より、Samsungの最先端2nm GAAプロセスの性能と実力を、自社のフラッグシップ製品でいち早く評価・活用しようという思惑があったはずだ。これは、3年ぶりにQualcommがSamsung Foundryの最先端プロセスに回帰するという、大きな信頼の証となるはずだった。

しかし、その計画は水面下で頓挫したようだ。リーカーの@Jukanlosreve氏がX(旧Twitter)で指摘した内容によれば、Qualcommは最新の仕様書からSamsung製を示す識別子「8850-S」を完全に削除したという。現在残されているのは、TSMC製を示すであろう「SM8850」のみ。これは、デュアルソース戦略が事実上白紙に戻され、TSMCによる独占供給体制へと舵が切られたことを示す、極めて重要な情報だと言える。

なぜQualcommは土壇場で翻意したのか?根深い「歩留まり」という病

Qualcommがこの重大な戦略転換に踏み切った背景には、ほぼ間違いなくSamsung Foundryが長年抱える「歩留まり」の問題があると考えられる。歩留まりとは、製造した半導体ウェハーの中から、不良品を除いた良品の割合を示す指標だ。これが低いと、製造コストが跳ね上がり、安定供給もままならない。

今回の決定打となったのは、2nm GAAプロセスの歩留まりが、Qualcommの期待する水準に到底達していなかった可能性が高い。最近の報道では、SamsungがGalaxy S26向けに開発している自社製チップ「Exynos 2600」(これも同じ2nmプロセスで製造)の試作段階での歩留まりが、50%にようやく到達する程度だと伝えられている。商業的な大量生産を軌道に乗せるには、最低でも70%以上の歩留まりが必要とされるのが業界の常識だ。

Qualcommの立場からすれば、これは看過できないリスクである。

  • 供給の不安定性: 世界中のスマートフォンメーカーに何億個ものチップを供給する必要があるQualcommにとって、歩留まりの低さは致命的だ。発売遅延や供給不足はブランドイメージを大きく損なう。
  • コストの増大: 歩留まりが低いということは、それだけ多くの不良品が生まれることを意味し、チップ一つあたりの単価が上昇する。これはQualcommの利益率を圧迫する。

Qualcommは、Galaxy S25シリーズ向け「Snapdragon 8 Elite」でTSMCを独占的な製造パートナーに選んだ経緯がある。その前世代では、Samsungの製造プロセスの問題で発熱問題が指摘された苦い経験も持つ。実績と安定性で他を圧倒するTSMCという「確実な選択肢」がある以上、Samsungの不確実性に賭けるリスクは冒せない、という冷徹な経営判断が下されたのだろう。

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TSMC独走の代償 – スマホメーカーと消費者に迫るコスト増の現実

Qualcommがリスク回避のためにTSMCを選んだことで、半導体ファウンドリ市場におけるTSMCの独走体制はさらに盤石なものとなる。しかし、この「一強」体制は、新たなリスクとコストを生み出す。

その兆候は、すでに開発現場に現れている。以前のリークされた情報では、TSMC製「SM8850」のみとなったことで、スマートフォンメーカーが製品開発の初期段階で使用する「Qualcomm Reference Design(QRD)」の価格が、1台あたり15,000ドルにまで高騰すると見積もられている。

これは、スマートフォンメーカーの開発コストを直接的に押し上げる要因だ。メーカーは、この上昇分をどこかで吸収しなければならない。そのしわ寄せは、最終的に製品価格、すなわちフラッグシップスマートフォンの販売価格に転嫁される可能性が極めて高い。我々消費者が、2026年に手にするであろうハイエンドスマートフォンの値札は、このTSMC独走の「代償」を反映したものになるかもしれない。

最も痛手を負うのは誰か?Samsungを襲う「二重の打撃」

この一連の出来事で、最も深刻な打撃を受けるのは、間違いなくSamsungそのものである。しかも、その打撃は二重の意味で同社を苦しめることになる。

第一の打撃:Samsung Foundry(半導体製造事業)の失墜
Qualcommという最大級の顧客を、それも最先端プロセスで失うことは、Samsung Foundryにとって計り知れない損失だ。自社の切り札であるはずの「2nm GAAプロセス」の技術的信頼性に、Qualcomm自らが「ノー」を突きつけたに等しい。これにより、TSMCとの技術格差がさらに開いたという印象を市場に与え、他の潜在顧客の獲得にも悪影響を及ぼすだろう。

第二の打撃:Samsung MX(スマートフォン事業)のジレンマ
ここに、Samsungが抱える最大の皮肉とジレンマがある。自社のファウンドリが製造したチップ(Exynos)の性能や歩留まりが安定しないため、自社の最高級スマートフォン「Galaxy Sシリーズ」に搭載できない。その結果、ライバルであるTSMCが製造した、高価なQualcomm製チップを購入して搭載せざるを得ないのだ。

つまり、Galaxy S26 Ultraは、自社の半導体部門が受注を逃した結果、より高価になったチップを、スマートフォン部門が購入して搭載するという、極めて歪な状況に陥る可能性が高い。これは、Samsung社内で利益相反が起きていることを意味し、グループ全体の収益性を圧迫する深刻な構造問題を露呈している。

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終わらない覇権争い – Samsungに逆転のシナリオは残されているか?

TSMCの牙城は、もはや揺るがないように見える。しかし、半導体業界の歴史は、永遠の勝者が存在しないことを教えてくれる。Samsungに逆転のシナリオは残されているのだろうか。

鍵を握るのは、やはり「2nm GAAプロセス」の立て直しだ。もしSamsungが、2025年後半とされる商用生産開始までに歩留まりを劇的に改善し、TSMCを凌駕するほどの性能と電力効率を証明できれば、風向きは変わるかもしれない。2026年に稼働が予定されている米テキサス州の新工場も、地政学的なサプライチェーン再編の追い風を受け、米国企業であるQualcommにとって魅力的な選択肢となる可能性がある。

QualcommとSamsungの関係が完全に断絶したわけではない、という見方もある。今回の決定はあくまで「Gen 2」に関するものであり、次々世代の「Snapdragon 8 Elite Gen 3」に向けて、再びSamsungと協業を模索する可能性はゼロではない。

今回のQualcommの決断は、技術の優劣がビジネスの勝敗を即座に決する、半導体業界の非情な現実を我々に見せつけた。TSMCの独走が続くのか、それとも傷ついた巨星Samsungが不屈の精神で蘇るのか。この覇権争いの行方は、我々が手にする未来のデバイスの性能、価格、そしてイノベーションそのものを規定していくことになるだろう。


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