米国の厳格な輸出規制の下、半導体技術の自給自足を目指す中国の挑戦が、新たな局面を迎えた。中国最大の半導体ファウンドリーであるSMIC (Semiconductor Manufacturing International Corporation) が、国内で開発された初の液浸深紫外線(DUV)リソグラフィ装置のテストを開始したと報じられたのだ。この装置は上海のスタートアップ企業、湯量晟科技(Yuliangsheng Technology)によって開発されたものであり、成功すれば、中国が半導体製造装置という最も重要な領域で、西側諸国への依存から脱却するための歴史的な一歩となる。
中国半導体の「悲願」を乗せた国産リソグラフィ装置
今回、SMICが試験運用を開始したと報じられたのは、上海に拠点を置く新興企業Yuliangshengが開発した液浸DUVリソグラフィ・スキャナーだ。 リソグラフィ装置は、シリコンウェハー上に微細な回路パターンを焼き付ける「半導体製造の心臓部」とも言える最も複雑で高価な装置であり、長らくオランダのASML社が市場を独占してきた。
関係者の情報によれば、この国産装置は主に28nm(ナノメートル)クラスの製造プロセス向けに設計されているという。 28nmは最先端ではないものの、自動車、IoT機器、家電など幅広い用途で依然として需要が高い成熟した技術だ。重要なのは、この装置が液浸(Immersion)技術を採用している点である。これは、レンズとウェハーの間に純水を満たすことで光の屈折率を高め、より微細な回路を描画する技術であり、DUVリソグラフィにおける高性能化の鍵となる。
このプロジェクトの背後には、より大きな国家戦略の影が見え隠れする。Yuliangshengには、深圳に拠点を置くSiCarrier社が出資しており、このSiCarrierは通信機器大手Huaweiとの関連が指摘されている企業だ。 SiCarrierは、リソグラフィだけでなく、エッチング、成膜、検査といった半導体製造に必要な一連の装置開発を手掛けており、中国独自の半導体エコシステム構築を担う中核企業と目されている。
さらに興味深いのは、この国産リソグラフィ装置開発プロジェクトに付けられたコードネームである。関係者によると、この取り組みは「Mount Everest(エベレスト)」と呼ばれているという。 世界最高峰の名を冠したこのコードネームは、プロジェクトの壮大さと、乗り越えるべき技術的障壁がいかに高いかを象徴していると言えるだろう。
28nmから5nmまでを射程に収める「マルチパターニング」という切り札
技術的な観点から、今回の国産装置が持つ意味を深く掘り下げてみたい。
報道によれば、Yuliangshengが開発した装置は、28nmクラスのプロセス技術をターゲットにした液浸DUVスキャナーである。これは、ASMLの2008年頃の「Twinscan」シリーズに相当する性能と見られている。28nmは、現在の最先端から見れば数世代前の技術に過ぎない。しかし、半導体製造の世界には、古い世代の装置を使ってより微細な回路を製造する「延命技術」が存在する。その代表格が「マルチパターニング」だ。
- リソグラフィ技術の基本: 半導体製造におけるリソグラフィとは、回路パターンをシリコンウェハー上に転写する「焼き付け」の工程である。光源の波長が短いほど、より微細な回路を描くことができる。DUVは波長193nmの光を使い、EUVは波長13.5nmという極めて短い光を使う。これにより、EUVはDUVよりも遥かに微細な回路を一回の露光で形成できる。
- マルチパターニングの仕組み: DUVの解像度の限界を超えるために考案されたのがマルチパターニングである。これは、本来一回で描くべき回路パターンを複数回に分割し、露光とエッチング(削る工程)を繰り返すことで、最終的により微細な回路を形成する技術だ。例えば、40nmの線幅しか描けない装置でも、2回の露光を組み合わせることで20nmの線幅を実現する、といった具合である。
SMICは既に、既存のASML製DUV装置とこのマルチパターニング技術を駆使して、7nmプロセスのチップ(Huaweiのスマートフォン向けKirinプロセッサなど)を製造している実績がある。今回の国産DUV装置も同様に、4回程度の露光を繰り返す「クアッドパターニング」などを適用すれば、理論上は7nm、さらには5nmプロセスの製造も不可能ではないとされている。
しかし、この手法は「諸刃の剣」である。マルチパターニングには重大なデメリットが伴う。
- プロセスの複雑化: 露光回数が増えるほど、製造工程は飛躍的に長く、複雑になる。
- 歩留まりの低下: 露光を重ねるごとに、わずかな位置ずれ(アライメントエラー)が蓄積していく。これが最終的な製品の欠陥につながり、良品率(歩留まり)を著しく低下させる。
- コストの増大: 工程数の増加は、そのまま製造コストの上昇に直結する。
報道によれば、国産装置で5nmを製造した場合の歩留まりは「極めて低い」ものになると予想されている。しかし、中国の現在の状況を鑑みれば、歩留まりやコストを度外視してでも「国内で製造できる」という事実そのものが重要視される可能性がある。過去にもSMICは、利益率を犠牲にしてでも生産を優先する戦略を取ってきた。国内の旺盛なAIチップ需要に応えるためであれば、採算度外視で生産に踏み切る可能性は十分に考えられるだろう。
ASML支配からの脱却は可能か?国産化の現在地と残された課題
今回の国産DUV装置のテストは、中国がASMLの技術的支配から脱却するための重要な試金石となる。現在、SMICの生産ラインはASML製のDUV装置に大きく依存しているが、米国の輸出規制により、最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置はもちろんのこと、最新世代の液浸DUV装置の輸入も事実上不可能となっている。調達できるのは、規制前に購入したものや中古品に限られており、これがSMICの技術的進歩の大きな足かせとなってきた。
Yuliangsheng製の装置が量産ラインで実用化されれば、この「窒息作戦」とも言える米国の規制に風穴を開けることになる。それは、半導体製造の最もクリティカルな部分を自国の技術で賄えるようになることを意味し、地政学的な観点からも極めて大きな意味を持つ。
しかし、その道のりはまだ長く険しい。複数の報道が指摘するように、Yuliangshengの装置は大部分が国内部品で構成されているものの、一部の重要なコンポーネントは依然として海外からの輸入に頼っているのが現状だ。 同社はサプライチェーンの完全な国産化を急いでいるとされるが、それがいつ達成されるかは不透明である。 この装置が真に米国の規制の影響を受けないと言えるようになるには、この「最後のピース」を埋める必要がある。
また、装置のテスト成功から実際の量産適用までには、さらに時間が必要だ。一般的に、新しいリソグラフィ装置が工場の生産ラインで要求される安定性と歩留まりを達成するには、最低でも1年以上の調整期間が必要とされる。 報道によれば、国産装置が本格的に量産ラインに組み込まれ始めるのは、早くとも2027年以降になる可能性があるという。
地政学的インパクトと業界の地殻変動
SMICによる国産DUV装置の導入は、成功すれば、世界の半導体産業の構造を根底から変える可能性を秘めたものだ。
第一に、これは米国の対中半導体戦略に対する大きな挑戦状となる。米国の狙いは、先端技術へのアクセスを断つことで中国の技術的進歩を遅らせることにあった。しかし、その厳しい規制が、皮肉にも中国国内の技術開発を猛烈に加速させる「ブーメラン効果」を生み出している側面は否定できない。中国がリソグラフィという「聖域」にまで手を伸ばし始めた現実は、米国の戦略が長期的に有効であり続けるかどうかに疑問を投げかける。
第二に、世界の半導体サプライチェーンの二極化を加速させる可能性がある。もし中国が製造装置から材料、設計ソフトウェア(EDA)に至るまで、独自の完結したエコシステムを構築することに成功すれば、世界は米国を中心とする西側の技術圏と、中国を中心とする独自の技術圏に分断されるかもしれない。これは、グローバルな協力体制の上に成り立ってきた半導体産業のあり方を根本から覆すシナリオである。
第三に、AIチップを巡る覇権争いにも影響は必至だ。Financial Timesは、中国が主にHuawei向けのAIチップ生産能力を2026年までに3倍に増強する計画だと報じている。 国産リソグラフィ装置の実用化は、この計画の実現可能性を大きく高める。これにより、中国のAI企業は米国の規制を気にすることなく、大量のコンピューティングリソースを確保できるようになり、NVIDIAが支配する市場構造に変化をもたらす可能性がある。
今回のブレークスルーは、長期的に見ればASMLのような西側の装置メーカーにとっても脅威となり得る。現時点ではASMLの技術的優位は揺るぎないが、中国という巨大な市場が独自のサプライチェーンを確立し始めれば、その市場シェアが徐々に侵食されていくリスクは無視できない。
「エベレスト」登頂への長く険しい道のり
SMICによる国産液浸DUVリソグラフィ装置のテスト開始は、中国の半導体自給自足に向けた長い旅路における、間違いなく画期的なマイルストーンである。それは、米国の技術的封じ込めに対し、中国が有効な対抗策を打ち出し始めたことを示す力強いシグナルだ。
しかし、これを以て中国が半導体製造で西側諸国に追いついたと見るのは早計だろう。今回の挑戦は、あくまで「エベレスト」への登頂におけるベースキャンプの設営に過ぎない。歩留まりの壁、サプライチェーンの完全国産化、そして7nmや5nmの先にある最先端プロセスで必須となるEUV技術という、さらに高く険しい頂きが前途にはそびえ立っている。
それでも、中国が国家の威信をかけてこの「エベレスト」に挑み続けている事実は、もはや誰も無視できない。この挑戦の行く末は、単に一国の技術的成否を占うだけでなく、21世紀の技術覇権と世界の産業地図の未来を大きく左右することになるだろう。
Sources
- Financial Times: China trials its first advanced tools for AI chipmaking


