2018年、南開大学のLiらとNano Research誌に発表したBaiらがほぼ同時に、水系電解液を使う 充電可能な亜鉛ヨウ素電池の基本的な設計を示した。ヨウ素は可逆的な電気化学反応を示す最も単純な分子の一つであり、理論容量は211 mAh/g。水溶液を電解液に使うため発火リスクがなく、材料も安価だ。大規模電力貯蔵、すなわち電力系統に接続して再生可能エネルギーの変動を吸収する「グリッドスケール蓄電」の候補として、この電池系は急速に研究を集めた。2023年1月までに100報以上の論文が出版されている。
ただし、この系には構造的な欠陥があった。充放電の過程で、ヨウ素イオン()がヨウ素分子()と反応して三ヨウ化物イオン()や五ヨウ化物イオン()を生成する。これらのポリヨウ化物は水によく溶ける。溶けたポリヨウ化物はセパレータを通過して負極側に移動し、亜鉛金属と不可逆反応を起こす。結果として正極の活物質が失われ、自己放電が進み、亜鉛負極の表面が腐食する。この現象は「シャトル効果」と呼ばれ、リチウム硫黄電池でも知られるが、水系亜鉛ヨウ素電池では特に深刻だった。
初期の電池は数百サイクルから数千サイクルで容量が大幅に低下した。2018年の段階で報告されたサイクル寿命は1,500回程度。電力系統向け蓄電には、毎日1回の充放電を20年以上続けることが求められる。単純計算で7,000回以上、経済性を考慮すれば数万回単位の寿命が欲しい。シャトル効果の抑制が、この電池系の実用化を阻む最大の壁だった。
「締まりすぎず、緩すぎない」空洞サイズの見極め
フリンダース大学化学科のZhongfan Jia准教授(Matthew Flinders Fellow)率いる研究チームは、この壁に対して unexpected な素材で挑んだ。シクロデキストリン(CD)である。
シクロデキストリンは、デンプンを酵素で分解して得られる環状オリゴ糖の一族だ。α-CD、β-CD、γ-CDの3種があり、それぞれ空洞の内径が異なる。食品添加物や化粧品の成分として日常的に使われており、生分解性で安価だ。その構造は、外側が親水性、内側の空洞が疎水性という独特の性質を持つ。この疎水性空洞に特定の分子を取り込む「ホスト-ゲスト化学」は、ドラッグデリバリティや機能性材料の分野で広く研究されてきた。
Jiaらはこのホスト-ゲスト化学を電池の正極設計に応用した。シクロデキストリンを架橋して重合体(ポリシクロデキストリン、polyCD)にし、これに(三ヨウ化カリウム)を含ませた複合体を正極材料として用いる。ポリヨウ化物がシクロデキストリンの空洞に包接されることで、電解液中への溶出が物理的に抑えられる。同時に、空洞への出入りは可逆的なので、充放電に伴うヨウ素の酸化還元反応自体は阻害されない。
ここで重要なのが、空洞サイズの選択だ。研究チームはα-CD、β-CD、γ-CDの3種を比較した。フリンダース大学のMichelle Coote教授のグループに所属するZhipeng Pei(共同筆頭著者)が行った計算化学の解析と実験の結果、α-CDはポリヨウ化物との結合力が強すぎて放出が困難になり、γ-CDは空洞が大きすぎて包接が不安定になることがわかった。β-CDが適度な結合エネルギーを持ち、ポリヨウ化物を「檻に閉じ込めつつ、必要時に放出する」バランスを実現する。Jiaは自身のLinkedIn投稿でこの結果を「α-CDは締めつけすぎ、γ-CDは緩すぎ、β-CDがちょうどよい(α-CD is too tight, γ-CD is too loose, β-CD is just right)」と表現している。
この「最適サイズ」の発見は、単に性能を上げたというだけでなく、ホスト-ゲスト相互作用の強度が電池性能を決定づける設計原理を明確に示した点で、分野に方法論的な指針を与えている。
6万回を超えても容量がほぼ減らない
性能の数字を見てみよう。論文(Shangxu Jiang, Zhipeng Pei, Yanlin Shi, Kai Zhang, Justin M Chalker, Sara J Fraser-Miller, Michelle L Coote, Zhongfan Jia, Angewandte Chemie International Edition, 2026, DOI: 10.1002/anie.6010682)と、公開前のChemRxivプレプリント(DOI: 10.26434/chemrxiv.15001257/v1)に記載されたデータを以下にまとめる。
| 条件 | 容量(mAh/g) | サイクル数 | 1サイクルあたりの容量減衰率 | 充電時間 |
|---|---|---|---|---|
| 2電子貯蔵、8C(1.67 A/g) | 205 | 8,000回(初期容量の95%保持) | 0.0006% | 約7分 |
| 2電子貯蔵、23C(4.2 A/g) | 182 | 30,000回(84%保持) | 0.0005% | 約2.6分 |
| 2電子貯蔵、6.2 A/g | 149→148 | 60,000回超 | ほぼゼロ | 約3分 |
| 4電子貯蔵、4C(1.4 A/g) | 356 | 9,000回(93%保持) | 0.0008% | 約15分 |
| 4電子貯蔵、8.3 A/g | 250→205 | 60,000回超 | 0.0003% | 約7分 |
2電子貯蔵とは、との間の酸化還元(理論容量211 mAh/g)を利用する標準的なモードだ。4電子貯蔵は、さらにとの間の反応(理論容量422 mAh/g)まで利用する拡張モードで、研究チームはZnBrの添加によって種を安定化し、この高容量モードでも長寿命を達成した。
特に注目すべきは、6万回超のサイクル試験における容量維持だ。2電子貯蔵モードでは、初期容量149 mAh/gから6万回後に148 mAh/g。減少幅はわずか1 mAh/gで、1サイクルあたりの減衰率に換算すると0.0001%以下になる。4電子貯蔵モードでも0.0003%にとどまる。総運転時間は3,300時間を超えた。
動作電圧は2電子貯蔵で約1.3 V、4電子貯蔵では/のプラトーが約1.6 Vに現れる。プレプリントでは、最良条件下でエネルギー密度500 Wh/kg、出力密度2,000 W/kgに達したと報告されている(活物質ベースの計算値とみられる)。
競合するアプローチとの比較
亜鉛ヨウ素電池のシャトル効果対策は、この研究だけが取り組んでいる課題ではない。以下に、近年の代表的な競合研究と本研究成果を並べる。
| 研究(掲載誌・年) | 手法 | 容量(mAh/g) | サイクル数 | 1サイクルあたり減衰率 |
|---|---|---|---|---|
| フリンダース大・Jiaら(Angew. Chem. 2026) | ポリ(β-CD)正極ホスト | 149(2e、6万回時) | 60,000回超 | 0.0001%以下(2e) |
| Yanら(Energy Storage Materials, 2026) | DMImClイオン液体添加剤(4電子) | 405.2(初期、1 A/g) | 60,000回超 | 0.00058% |
| Zhangら(Materials Today Energy, 2025) | BES緩衝剤添加 | 83.14%保持 | 50,000回 | 未記載 |
| Energy & Environmental Science(2024) | 超ハロ化物溶媒和構造 | 127(5.0 A/g) | 45,000回 | 約0.0003% |
| PEOバインダー(J. Colloid Interface Sci., 2025) | 電荷移動錯体形成バインダー | 154.6(20C) | 33,000回 | 0.00018‰(=0.0018%) |
フリンダース大学のアプローチは、競合と同等かそれ以上のサイクル寿命を達成しつつ、材料がデンプン由来の生分解性ポリマーである点で差別化される。イオン液体や特殊な電解液添加剤を使う手法と異なり、正極材料そのものを安価な天然物由来ポリマーで構成できるため、コスト面と環境負荷面で優位に立つ可能性がある。
一方、Yanらの4電子電池は初期容量405.2 mAh/gと本研究の356 mAh/g(4電子、4C)を上回るが、本研究も4電子貯蔵で6万回超の安定性を示しており、ホスト材料設計による長寿命化という点で独自性がある。
リチウムイオン電池との構造的な違い
この電池が狙う用途は、電気自動車やスマートフォンではない。水系電解液を使うため電圧は1.3〜1.6 Vにとどまり、リチウムイオン電池の3.6〜3.7 Vには及ばない。体積あたりのエネルギー密度でも、リチウムイオン電池(最大500 Wh/L)に対して水系電池は不利だ。
しかし、グリッドスケール蓄電に求められるのは、エネルギー密度よりも安全性、コスト、寿命である。リチウムイオン電池は有機溶媒電解液を使うため発火リスクがあり、大規模蓄電所での火災事故が繰り返し報告されてきた。オーストラリアでは年間約3,300トンのリチウム電池廃棄物が発生しており、2036年までに136,000トンを超えると予測されている。水系亜鉛ヨウ素電池は不燃性で、材料も亜鉛とヨウ素とデンプンというありふれた物質で構成される。
DOE(米国エネルギー省)の技術評価報告書は、亜鉛系電池の最大課題としてサイクル寿命と材料の耐久性を挙げていた。今回の6万回超という数字は、この課題に対する一つの回答を提示している。
オーストラリアの亜鉛資源が意味するもの
フリンダース大学の共同筆頭著者Shangxu Jiang(博士課程学生)は、オーストラリアの亜鉛資源を戦略的文脈で位置づけている。Geoscience Australiaの2025年版データによれば、オーストラリアは亜鉛の資源量で世界第1位(世界の27%)を占める。生産量では世界第3位(9%)。リチウムの加工が中国に集中している現状に対し、亜鉛は国内で調達から加工まで完結できる可能性がある。
Jiaは「水系亜鉛ヨウ素電池の大規模蓄電に向けたプロトタイピング基盤を産業界と共同で構築している」と述べている。実験室のコインセルから実用的な大型セルへの移行が、次の段階になる。
残された課題と未検証の前提
論文自体が認めている限界がある。6万回以上のサイクル試験後にセルを解体したところ、亜鉛ホイル負極の一部が失われていた。研究チームは「5,900時間以上の充放電に対する亜鉛の腐食としては許容範囲」と評価しつつ、負極保護の戦略を今後のデバイス開発で適用する必要があると述べている。
また、報告されているエネルギー密度500 Wh/kgはプレプリントに記載された値であり、活物質のみを基準に計算した理論的な数字とみられる。セパレータ、集電体、外装を含むセル全体の値ではない。実用セルでのエネルギー密度はこれより大幅に低くなる。
4電子貯蔵モードではクーロン効率が95%に低下する。これはのサイズがより小さいため、シクロデキストリンの「檻」からの漏れがやや増えるためと考えられる。2電子貯蔵の99.5%と比べると、実用化に向けた効率面での課題が残る。
さらに、これらのデータは実験室規模の小型セルで得られたものだ。大面積電極、高負荷量、実環境下での温度変動といった実用条件での検証は、まだ報告されていない。産業界とのプロトタイプ構築が進行中とのことだが、その成果が公開されるまでは、6万回という数字が実デバイスでも再現されるかどうかは未確定のままとなる。



