Valveが、PCゲーマーにとって長年の相棒とも言えるSteamクライアントに、画期的な新機能を投下した。2025年6月17日に公開されたSteamクライアントベータ版で、従来のシンプルなFPSカウンターが、Steam Deckでお馴染みの多機能な「ゲーム内オーバーレイパフォーマンスモニター」へと生まれ変わったのだ。NVIDIAのDLSSやAMDのFSRといったフレーム生成技術が主流となる現代において、我々が「パフォーマンス」をどう捉えるかに一石を投じる、重要な一歩と言えるだろう。
さらば古きFPSカウンター、ようこそ新時代へ
これまでSteamが標準で提供してきたパフォーマンス表示機能は、画面の隅にフレームレート(FPS)を数字で示す、極めてシンプルなものだった。もちろん、これでもゲームが快適に動作しているかの大まかな指標にはなったが、より詳細な情報を求めるユーザーは、MSI Afterburnerのようなサードパーティ製のツールを別途導入する必要があった。
しかし、今回のベータアップデートでその状況は一変する。Valveは、携帯ゲーミングPC「Steam Deck」で培ったノウハウを、満を持してデスクトップ版Steamに移植したのだ。新しくなった「パフォーマンスモニター」は、FPS表示のみなrず、CPUやGPUの状態、メモリ使用量まで、多岐にわたるシステム情報をリアルタイムでオーバーレイ表示する。

この新機能を利用するには、まずSteamクライアントをベータ版に切り替える必要がある。
- Steamの「設定」メニューを開く。
- 「システム」タブを選択。
- 「ベータへの参加」のドロップダウンメニューから「Steam Beta Update」を選択し、Steamを再起動する。
ベータ版に切り替わったら、設定は簡単だ。
- 再び「設定」メニューを開き、「ゲーム中」タブへ移動。
- 「ゲーム内オーバーレイパフォーマンスモニター」の項目で、表示レベルや画面上の位置、コントラストなどを好みに合わせて調整できる。
この手軽さこそ、Steam統合機能ならではの大きな魅力だ。もはや、基本的なパフォーマンスチェックのために外部ツールを探し、インストールし、設定に苦心する必要はなくなるかもしれない。
「真のFPS」を暴く、フレーム生成時代の羅針盤

今回のアップデートで最も注目すべき機能は、間違いなく「リアルフレーム」と「生成フレーム」の分離表示だろう。これは、単に表示項目が増えたこと以上に、現代のPCゲーミング環境において極めて重要な意味を持つ。
NVIDIAのDLSS 3やAMDのFSR 3に搭載されているフレーム生成(Frame Generation)技術は、GPUがレンダリングした2つのフレームの間に、AIが生成した補間フレームを挿入することで、映像の滑らかさを劇的に向上させる。結果として、画面に表示されるFPSの数値は飛躍的に高まる。
しかし、ここで一つの重要な問題が浮かび上がる。AIが生成したフレームは、あくまで映像を滑らかに見せるためのものであり、プレイヤーの入力(キーボードやマウスの操作)を処理したり、ゲーム内の物理演算を行ったりする「本物の」フレームではない。そのため、フレーム生成を有効にすると、表示されるFPSは高くても、操作の応答性、つまり入力遅延は改善されないのだ。
従来のFPSカウンターは、この「リアルフレーム」と「生成フレーム」を区別なく合算して表示していた。そのため、ゲーマーは表示上の高いFPSに満足していても、実際にはどれだけのパフォーマンスがゲームエンジンから引き出されているのか、その実態を正確に把握することが困難だった。
Steamの新パフォーマンスモニターは、この”幻想”を打ち破る。Valveの公式FAQでは、この点について次のように説明されている。
「(フレーム生成は)入力遅延のような、競技志向のゲーマーにとって重要な要素には貢献できませんが、今日の高リフレッシュレートモニター上で視覚的に滑らかに見せることはできます」。
新しいモニターは、ゲームエンジンが実際にレンダリングしたフレームレートを「FPS」として、そしてDLSSやFSRによって生成されたフレームを含んだ最終的なフレームレートを「DLSS」や「FSR」といった項目で個別に表示する。これにより、ユーザーは初めて、「ゲーム本来の応答性(リアルFPS)」と「映像の滑らかさ(生成フレームを含むFPS)」を明確に区別して評価できるようになったのだ。これは、自身のPCのボトルネックがどこにあるのかを特定したり、画質設定を最適化したりする上で、これ以上ないほど強力な羅針盤となるだろう。
表示項目を徹底解剖!あなたは何を見る?
新しいパフォーマンスモニターは、詳細レベルに応じて様々な情報を表示できる。最高レベルの詳細設定では、以下の項目が確認可能だ。
- FPS / DLSS / FSR: ゲームが実際にレンダリングしたフレームレートと、フレーム生成技術によって水増しされたフレームレートを分離して表示。記事の核心部分。
- FPSグラフ: フレームレートの推移を視覚的に表示。安定性を一目で確認できる。
- CPU: 全コアの平均使用率と、最も負荷の高いコアの最大使用率を表示。ゲームがCPUの性能をどれだけ引き出せているか(あるいはCPUがボトルネックになっていないか)を知る手がかりとなる。
- GPU: GPUの使用率と温度を表示。GPUがフルに稼働しているか、熱による性能低下(サーマルスロットリング)の危険がないかを確認できる。
- VRAM: グラフィックスカードに搭載された専用メモリの使用量。高解像度テクスチャなどがVRAMを圧迫していないか監視できる。
- RAM: システム全体のメインメモリの使用量。ゲームだけでなく、バックグラウンドで動作するアプリケーションも含めたメモリ負荷を把握できる。
これらの情報を、ユーザーはゲーム画面の四隅の好きな場所に、見やすいコントラストと背景透過度で表示させることができる。まさに、PCゲーマーが求める基本的な情報が、過不足なくパッケージングされていると言えるだろう。
万能ではない?Afterburnerとの棲み分けと今後の課題
では、この新しいパフォーマンスモニターの登場によって、MSI AfterburnerやRivaTunerといった定番の外部ツールは完全に過去のものとなるのだろうか?そうとも言い切れないようだ。
Steamの新モニターは非常に強力だが、より高度な分析を求めるハードコアユーザーにとっては、まだ物足りない点も散見される。
- フレームタイムグラフの不在: 新モニターはFPSグラフを表示するが、フレーム1枚を描画するのにかかった時間(ミリ秒)を示す「フレームタイム」は表示できない。このフレームタイムの揺らぎこそが、平均FPSが高くても体感的にカクつきを感じる「マイクロスタッター」の原因を特定する鍵となる。
- 詳細なハードウェア情報の不足: コアごとのCPU使用率やクロック周波数、GPUの正確なクロック周波数や電力消費といった、オーバークロッカーや詳細な分析を行いたいユーザーが必要とする高度なメトリクスは提供されていない。
したがって、当面は「手軽さとフレーム生成対応で万人向けなSteamパフォーマンスモニター」と、「詳細な分析と高度なカスタマイズが可能なAfterburner/RivaTuner」という棲み分けが進むのではないだろうか。
また、ユーザーからは早くも改善点として「高解像度ディスプレイではHUDが小さすぎるため、スケーリング機能が欲しい」といった声も上がっている。今後のアップデートで、こうしたフィードバックが反映されることに期待したい。
Linuxゲーマーへの影響とValveの姿勢
一方で、Linuxゲーマーにとっては少し待つ時間が必要になりそうだ。現状のベータ版では、Linux上でのパフォーマンスモニターは機能が大幅に制限されており、「FPSの数値表示」と「FPSグラフ」のみが利用可能となっている。CPUやGPUの詳細情報は表示されない。
しかし、これはLinuxユーザーにとって絶望的な状況ではない。Linuxゲーミングコミュニティには、以前から「MangoHud」という非常に高機能なオープンソースのオーバーレイツールが存在しており、多くのユーザーはこれを利用している。
重要なのは、ValveがFAQにて「他のオペレーティングシステムへの追加サポートも後日計画している」と明言している点だ。今回のWindows先行実装は、開発リソースを集中させるための戦略的な判断であり、将来的にはLinuxでも同等の機能が提供される可能性が高い。
奇しくも、ほぼ同時期のSteamベータアップデートでは、Windows用ゲームをLinux上で動作させる互換レイヤー「Proton」が、これまでユーザーが手動で有効化する必要があった「未検証のゲーム」に対してもデフォルトで有効になるという、Linuxゲーマーにとって大きな変更も加えられている。これら一連の動きは、ValveがデスクトップLinuxをSteam Deckと並ぶ重要なゲーミングプラットフォームとして捉え、その体験向上に真摯に取り組んでいる姿勢の表れと言えるだろう。
今回のパフォーマンスモニターの刷新は、単なる一機能のアップデートではない。それは、ValveがSteamというプラットフォームを、ゲームを起動するだけのランチャーから、PCゲーミング体験全体を支える統合的なエコシステムへと進化させようとする、明確な意志表示である。フレーム生成という複雑な技術が当たり前になった今、その実態をユーザーに分かりやすく提示するこの新機能は、間違いなく今後のPCゲーミングにおける新たな標準となっていくはずだ。
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