TDKの研究チームが、スマートグラス向けのレーザー走査型ディスプレイに利用できる光集積回路を開発し、10GHzの変調帯域とフルカラー出力を実証した。光学・フォトニクス分野の国際学会SPIEが2026年10月19日、学術誌『Advanced Photonics Nexus』に掲載された研究成果を紹介している。この技術は、レーザーに流す電流を高速に変化させる従来の方式とは異なり、発光した後のレーザー光を薄膜ニオブ酸リチウムのチップで制御するものだ。小型ディスプレイの高解像度化と低消費電力化を両立させることが狙いだが、今回実証された光回路の性能と、完成したスマートグラスの表示性能は区別して考える必要がある。

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レーザーの発光と明るさの制御を分離

レーザー走査型ディスプレイは、レーザー光を高速に動かし、画素を順番に描画することで映像を表示する。赤・緑・青の3色のレーザー光を1本にまとめ、走査位置に合わせて各色の明るさを調整する仕組みだ。高解像度の映像を表示するには、ミラーを高速に動かすだけでなく、その動きに合わせてレーザー光の強度も素早く切り替える必要がある。

従来の方式では、各色のレーザーダイオードに流す電流を変化させる「直接変調」によって明るさを調整していた。しかし、SPIEの解説によると、直接変調は外部の光変調器を使う方式と比べて変調帯域に制約がある。また、レーザーを発振させるには一定のしきい値を超える電流が必要なため、電流による直接制御には高速化と消費電力の両面で課題があった。

TDKの髙木靖博氏らが開発した光集積回路は、この明るさの制御をレーザー光源とは別のデバイスで行う。採用した材料は、電圧を加えると光学特性が変化する薄膜ニオブ酸リチウムだ。回路には赤・緑・青の各色に対応する3つの「マッハツェンダー干渉計」が組み込まれている。これは光を2つの経路に分け、再び合流させる際の干渉を利用して光の強度を調整する仕組みで、電圧によって各色の明るさを高速に制御できる。最後に、導波路で構成された合波器が3色の光を1本にまとめる。

この構成では、レーザーが光を発生させる役割と、映像に合わせて光の強度を変える役割が分離されるため、レーザー自体を高速に駆動する必要がなくなる。研究チームは、各色の光を電圧で独立して制御し、フルカラー出力の生成に成功した。さらに、微小な鏡を動かすMEMS走査ミラーと組み合わせ、レーザー走査型ディスプレイに応用できる可能性も示している。

10GHzの変調帯域と75%超の消費電力削減

今回の研究で確認された10GHzという数値は、光の強度を高速に変化させる光変調器の周波数帯域を表している。研究チームは、4K以上の高解像度映像に対応するのに十分な帯域だと説明している。ただし、これは完成したスマートグラスで4K映像の表示に成功したという意味ではない。SPIEが紹介している実験成果は、変調帯域の測定、フルカラー出力の生成、MEMS走査ミラーとの組み合わせに関するものだ。

レーザー走査型ディスプレイの解像度を高めるには、描画する画素数の増加に合わせて、走査位置と各色の明るさを正確に同期させなければならない。光の強度を高速に切り替えられれば、高解像度化を妨げる要因の一つを解消できるが、実際の表示性能は走査ミラーの動作速度や光学系の設計などにも左右される。したがって、今回の光回路が4K以上の映像表示に必要な帯域を備えていることと、それを組み込んだ表示装置で同等の解像度を達成することは別の段階にある。

消費電力についても注目すべき成果が報告されている。SPIEによると、研究チームは従来方式と比較して、システム全体の消費電力を75%超削減できると報告した。外部の光変調器で明るさを制御することで、レーザーの駆動電流を高速に変化させる必要がなくなり、電力効率の改善につながるという。また、光の強度を調整するための減光フィルターも不要になるとしており、光学部品の削減にもつながる。

ただし、この「システム全体」をスマートグラス製品全体と解釈することはできない。SPIEの解説では、削減前後の消費電力の絶対値や、表示輝度などの比較条件の詳細が明らかにされていないためだ。通信機能や映像処理用の演算回路などを含めた装着機器全体の消費電力が75%以上減ったことを意味するわけではなく、バッテリー駆動時間がどの程度延びるかも、この数値だけでは判断できない。

今回の研究成果は、『Advanced Photonics Nexus』第5巻第6号に掲載された論文「Thin-film lithium niobate photonic integrated circuit for laser beam scanning imaging」(DOI: 10.1117/1.APN.5.6.066007)で報告されている。

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2024年の映像表示実証から続く開発

電圧を使って可視光レーザーの明るさを制御する技術は、TDKが以前から開発を進めてきたものだ。TDKが2024年10月9日に発表した技術では、従来の可視光レーザー制御と比べて10倍以上の高速化が可能で、4K以上の映像解像度にも対応できると説明していた。また、QDレーザの網膜直接描画技術と組み合わせ、薄膜ニオブ酸リチウムを使ったデバイスによる映像表示も実証している。

2024年の発表では低消費電力化が期待される効果として説明されていたのに対し、今回のSPIEの解説では75%超という具体的な削減率が示された点が異なる。ただし、2024年に使われた試作機と今回の研究で評価された光回路が同一の試料かどうかは確認できない。したがって、75%超という数値を2024年の試作機からの改善率と捉えるのは適切ではなく、今回の研究が従来方式との比較で報告した削減率として扱う必要がある。

製造技術についても、TDKは2024年の段階で、ニオブ酸リチウムの薄膜をスパッタ法によって形成したと説明していた。スパッタ法は、材料を基板上に薄く堆積させる成膜技術で、同社は大量生産に適した製造方法と位置づけている。高速な光変調技術の開発だけでなく、将来的な量産を見据えて製造方法にも取り組んでいることが分かる。ただし、量産への適性があることと、実際に量産を開始できることは同義ではない。

TDKはスマートグラス向けの光学技術について、ほかにも開発を進めている。2026年10月2日の公式発表では、厚さ150nm、可視光透過率80%の「メタオプティクスミラー」を使った網膜直接描画ディスプレイの実証に成功したと発表した。通常の眼鏡レンズに組み込める超薄型ミラーによって、従来の曲面ミラーを使う方式より自然な外観を目指す技術だ。同社はQDレーザとの事業協力契約に基づき、フルカラーレーザーモジュールや光制御デバイス、メタオプティクスミラーを組み合わせた次世代の光学エンジンの開発を進めている。

ただし、10月2日に発表されたメタオプティクスミラーの実証は現時点では単色表示であり、TDKは数年以内のフルカラー対応と量産化を目指すとしている。今回の研究でフルカラー出力が確認された光集積回路とは異なる技術であり、両者を組み合わせた完成品でフルカラー映像表示を実証したわけではない。

今後の課題としてSPIEが挙げているのは、導波路内での伝搬損失と、赤・緑・青の光を1本にまとめる際の合波損失を減らすことだ。光回路の内部で失われる光を抑えられれば、光学系全体の効率がさらに向上し、低消費電力化にもつながる可能性がある。今回の研究は、スマートグラス向け光学系を構成する重要な部品の性能を高める成果といえるが、製品化には光源、変調器、走査ミラー、投影光学系を組み合わせた評価が欠かせない。実用的な表示輝度と解像度を確保しながら、消費電力や光損失をどこまで抑えられるかが今後の焦点となる。