電気自動車(EV)用電池の世界最大手であるCATL(寧徳時代新能源科技)の全固体電池開発について、2026年10月下旬、海外の技術メディアが新たな進展を報じた。20Ahセルの試作段階に入り、エネルギー密度500Wh/kgを目指しているという内容で、2027年の小規模生産開始や2030年頃の本格量産という見通しも伝えられた。こうした情報から、CATLが最近になって大きな技術的進展を遂げたようにも受け取れる。
しかし、過去の報道やCATLの公式開示を確認すると、事情は異なる。「硫化物系全固体電池の20Ahサンプルの試作開始」と「三元系正極材料との組み合わせによる500Wh/kgの実現可能性」は、いずれも2024年11月に中国のLatePost(晩点)が独自取材に基づいて報じた内容だ。2026年10月に発表された新しい技術成果ではなく、約2年前の情報が改めて取り上げられている。
一方、2026年10月27日の投資家向け応答では、CATLが全固体電池への研究開発投資を継続し、2027年の小規模生産を目指す方針が改めて示された。ただし、20Ahセルの最新の試験結果や、500Wh/kgを実証したことを示す新たなデータは確認されていない。試作セルの製造から、過酷な使用条件に耐える車載用電池の量産までには、依然として多くの技術的課題が残されている。
20Ah試作と500Wh/kgは2024年に報じられていた
今回の報道を理解するには、情報が最初に公表された時期を確認する必要がある。2024年11月6日付のLatePostの取材記事では、CATLが硫化物系固体電解質を中心とする全固体電池の開発を進め、20Ahセルの試作段階に入ったと伝えられていた。同記事は関係者の証言として、全固体電池の専任開発チームが1,000人を超える規模に拡大したことも報じている。また、三元系正極材料を組み合わせることで500Wh/kgのエネルギー密度を実現できる可能性がある一方、急速充電性能やサイクル寿命は当時の期待水準に達していなかったという。
2026年10月28日の海外報道は、こうした2024年の試作段階やエネルギー密度の数値を、最近の進展として改めて紹介したものだ。きっかけとなったのは、CATLが10月27日に深セン証券取引所の投資家向け対話プラットフォーム「互動易(Hudongyi)」で示したとされる回答である。転載された投資家質問と回答によると、投資家は合肥にある硫化物系固体電池のパイロット生産拠点について、GWh級の量産ラインへの拡張計画や設備調達の状況を質問した。これに対しCATLは、全固体電池への継続的な投資と技術面での優位性を主張し、2027年に小規模生産を実現できる見込みだと回答している。
この回答には、20Ahセルや500Wh/kgについての新たな実験結果は含まれていない。今回、互動易の原ページを直接取得して全文を照合することはできなかったものの、投資家の質問と企業側の回答は複数の転載先で確認できる。少なくとも、確認できた回答内容から、2026年10月に20Ahセルの試作へ新たに移行した、あるいは500Wh/kgを実証したとは判断できない。
CATL自身も、全固体電池の商業化には慎重な姿勢を示してきた。2026年3月9日の機関投資家向け説明会の記録では、全固体電池の研究開発に10年以上取り組んできたと説明する一方、解決すべき工学的課題が残っており、産業化と商業化にはなお時間が必要だと認めている。製品を市場に投入するのは、総合性能と安全性が十分に優れ、商業化の条件が整ってからだという。同社が繰り返し言及している2027年という目標も、大規模な商用供給の開始を確約するものではない。
20Ahセルの試作は量産化のどの段階に当たるのか
報道で強調される「20Ah」は、単一セルの電荷容量を表す数値である。Ah(アンペア時)は一定の電流をどれだけの時間流せるかを表す単位であり、電池に蓄えられるエネルギーそのものを示すWh(ワット時)とは異なる。蓄えられるエネルギーは電圧にも左右されるため、20Ahという数値だけでは、電池のエネルギー密度や車載用途への適合性を判断できない。
2024年のLatePostの取材記事では、全固体電池の試作開発をセル容量に応じて段階的に進める考え方が説明されている。1Ah級では電極や電解質などの材料特性を調べ、10Ah級ではセル単体の基本性能を評価する。そして20Ah級になると、セル設計をある程度固め、製造プロセスの検討に進む段階と位置づけられていた。CATLのチーフサイエンティストである呉凱も、2024年4月の業界会議で、10Ah全固体セルの性能検証プラットフォームを構築したと公表している。
ただし、この容量による段階分けは、LatePostが取材を通じて紹介した開発プロセスの説明であり、電池業界全体で統一された規格ではない。20Ahセルの試作に進んだからといって、設計が量産に耐える水準まで完成したことにはならない。車載用電池では、充放電を繰り返した際の容量維持率、急速充電時の安全性、温度変化や振動への耐性、製造時の歩留まりなどを検証する必要がある。
また、全固体電池と半固体電池の成果を混同しないことも重要だ。全固体電池は、電極間のイオン伝導を担う電解質に固体材料を使用し、液体電解質を用いない構造を基本とする。一方、半固体電池には液体成分を一部残す設計があり、両者は界面の接触状態や製造工程、必要な圧力条件などが異なる。半固体電池で得られた性能を、そのまま全固体電池の開発成果とみなすことはできない。
研究室で試作セルを製造することと、数万台規模の車両に供給できる量産体制を確立することの間には、大きな隔たりがある。試作段階では個別のセルを慎重に製造・評価できても、量産では同じ品質を安定して再現しなければならない。製造設備の稼働率、材料のばらつき、工程ごとの不良率なども、商業化を左右する重要な条件となる。
500Wh/kgは実証値なのか、それとも開発目標なのか
「500Wh/kg」というエネルギー密度についても、数値の位置づけを区別する必要がある。Wh/kgは電池の重量当たりに蓄えられるエネルギーを示す指標で、値が大きいほど、同じ重量で多くのエネルギーを保持できる。ただし、その値が材料の組み合わせから見込まれる水準なのか、実際に製造したセルの測定結果なのかによって意味は大きく異なる。
2024年のLatePostの報道では、CATLの硫化物系全固体電池について、高ニッケル三元系正極材料を組み合わせれば500Wh/kgに達する可能性があると、関係者が説明していた。同時に、充電速度とサイクル寿命は期待する水準に達していないことも伝えられている。少なくとも今回確認できた公開資料には、20Ah試作セルで500Wh/kgを実測し、車載用途に必要な寿命特性まで達成したことを示す公式の製品仕様書や、独立した第三者機関による試験結果は見当たらない。
さらに注意したいのは、CATLが以前から別の電池技術でも500Wh/kgという数値を掲げていることだ。同社は2023年4月19日の公式発表で、「凝縮電池(Condensed Battery)」と呼ぶ技術を発表し、単体セルのエネルギー密度が最大500Wh/kgに達すると説明した。この技術では、高いイオン伝導性を持つ独自の凝縮態電解質と、微細な適応型ネットワーク構造を採用しているという。電動航空機への応用を重要な用途に挙げるとともに、車載向けの展開についても言及していた。
しかし、この凝縮電池は、現在開発が進められている硫化物系全固体電池とは別の技術である。同じ500Wh/kgという数値が登場していても、電解質の材料体系やセル構造、製造工程が同一であることを意味しない。2023年に発表された凝縮電池の仕様を根拠に、硫化物系全固体電池でも同じ性能が実証されたと判断することはできない。
また、セルのエネルギー密度だけからEVの航続距離を算出することも適切ではない。実際のバッテリーパックには、セル以外にも冷却機構や構造部材、配線、制御装置などが必要となり、重量当たりのエネルギー密度はセル単体より低くなる。さらに、車両の電費性能、使用可能な充電率の範囲(SOCウィンドウ)、気温や走行条件によって航続距離は変化する。500Wh/kgという数値だけを根拠に、「1回の充電で1,000km以上走行できる」といった具体的な性能を確定的に伝えることはできない。
硫化物系全固体電池を阻む界面接触と圧力の問題
CATLが開発の中心に据えている硫化物系固体電解質には、酸化物系やポリマー系とは異なる利点がある。材料によっては室温でも高いリチウムイオン伝導率が得られるほか、比較的変形しやすいため、加圧によって電極と電解質の接触面を形成しやすい。この特性は、全固体電池の内部抵抗を低く抑えるうえで有利に働く。しかし、固体同士の接触を長期間にわたって維持することは容易ではない。
CATLの会長兼CEOである曾毓群は、2024年9月の世界動力電池大会で、全固体電池の実用化を妨げる最大の課題の一つとして「固体と固体の界面接触」を挙げた。従来の液体電解質は電極材料の細かな隙間にも入り込めるが、固体電解質では電極との接触状態が電池性能を大きく左右する。充放電に伴って電極材料が膨張・収縮すると、界面に隙間や亀裂が生じ、イオンの移動が妨げられる可能性がある。その結果、内部抵抗が増加し、出力性能や充放電効率、寿命が悪化するおそれがある。
この問題への対策として、電極と固体電解質を圧力で密着させる方法が研究されている。しかし、圧力を高めればすべてが解決するわけではない。曾毓群は2024年の講演に関する報道で、実験室では6,000気圧もの高圧力を加えることで良好な低温性能を示す試作デバイスがあるものの、そのような条件では実用化できないと指摘した。
この6,000気圧という数字は、実験室で用いられる極端な条件を説明した例であり、CATLの20Ah試作セルが実際にその圧力で動作していることを示すものではない。また、製造工程で材料を圧縮する際の圧力と、完成した電池を使用する際に維持する拘束圧は区別する必要がある。車載用途では、セルを押さえつける機構の重量や体積もバッテリーパック全体の性能に影響するため、実用的な圧力条件で安定して動作することが重要になる。
曾毓群は同じ講演で、全固体電池の技術と製造成熟度を1〜9の段階で評価する考え方も示している。レベル9を大規模な商業生産が可能な状態とした場合、当時の業界最高水準はレベル4程度にとどまっており、CATL自身も同じ段階にあるという説明だった。これは技術の成熟度を示すCATL独自の評価方法であり、業界共通の認証規格ではない。レベル4で試作デバイスの評価が進んでいても、レベル9に至るまでには、セル性能だけでなく製造工程やコストの課題も解決する必要がある。
硫化物系では、材料の水分に対する反応性も重要な課題となる。一部の硫化物系固体電解質は水分と反応して有毒な硫化水素を発生させる可能性があり、製造時には水分の混入を厳しく管理しなければならない。低露点のドライルームなどによる工程管理に加え、車両の衝突やセルの破損によって外部の水分と接触する場合の安全対策も必要だ。また、負極にリチウム金属を採用する構成では、リチウムの不均一な析出やデンドライト(樹枝状結晶)の成長による内部短絡を抑えることも課題となる。
これらの問題は、単一の材料特性を改善するだけでは解決できない。電極と電解質の組み合わせ、セル内部の圧力分布、充放電条件、製造環境、パッケージ構造を一体として最適化する必要がある。CATLが2026年3月の投資家向け説明会で、総合性能と安全性が十分な水準に達し、商業化の条件が整うまで製品化しないと説明した背景には、こうした複合的な課題がある。
報道された主張と確認できる証拠
今回の報道で注目された数値や開発日程について、最初に確認できる情報と、現時点で実証されていない事項を整理した。特に重要なのは、メディアが関係者の証言として報じた情報と、CATLが公式に開示した目標を区別することだ。また、試作段階への移行と、その段階で必要な性能を達成したことも同じではない。
| 報じられた主張 | 主な情報源・公表時期 | 現在確認できる状況 | 未確認・未実証の事項 |
|---|---|---|---|
| 20Ahセルの試作開始 | 2024年11月6日、LatePostの取材報道 | 2024年時点で試作段階への移行が報じられていた。CATLの公式開示では詳細な性能を確認できない | 車載環境での耐久性、量産時の歩留まり、製造工程の確立 |
| エネルギー密度500Wh/kg | 2024年11月6日、LatePostの取材報道 | 硫化物系全固体電池で実現可能とする関係者の証言。2023年発表の凝縮電池でも同じ数値を公表 | 20Ahセルでの実測値、サイクル寿命、急速充電性能、実用的な圧力下での安定動作 |
| 2027年の小規模生産 | 2024年6月21日、CATLの投資家向け説明 | CATLが継続的に掲げる開発目標。2026年10月27日の回答でも再確認 | 生産開始の確定日、供給数量、採用車種、価格、販売地域 |
| 1,000人超の開発チーム | 2024年11月6日、LatePostの取材報道 | 関係者の証言に基づく非公式情報。CATL全体の研究開発人員とは異なる | 全固体電池専任チームの現在の正確な人数、投資額の内訳 |
このように、20Ah、500Wh/kg、2027年という3つの数字は、それぞれ異なる意味を持っている。20Ahは試作セルの容量、500Wh/kgは報道で示されたエネルギー密度の実現可能性、2027年はCATLが掲げる小規模生産の目標だ。これらを一続きの実証済み成果として扱うと、開発の成熟度を実際以上に評価してしまうおそれがある。
2027年の小規模生産に向けて何を確認すべきか
CATLが掲げる2027年の小規模生産目標は、今回新たに示されたものではない。2024年6月21日の機関投資家向け説明に関する報道によると、同社は当時、全固体電池の技術・製造成熟度を9段階で評価し、レベル4から2027年までにレベル7〜8へ引き上げることを目指していた。この水準に達すれば、全固体電池の小規模生産が可能になるという見通しだった。2026年10月の投資家向け回答でも2027年という目標は維持されたが、具体的な生産規模や採用車種、新たな試験結果は示されていない。
つまり、2027年の小規模生産は、商業化に向けた重要な開発目標ではあるものの、一般消費者向けのEVに搭載される時期が確定したことを意味しない。小規模な試験生産や限定的な供給が始まったとしても、量産車に必要な品質、寿命、安全性、コストを満たしているとは限らない。今回確認できた公式開示では、対象となる自動車メーカーや車種、供給数量、販売価格なども明らかになっていない。
研究開発投資の規模についても、全固体電池向けの投資とCATL全体の研究開発費を分けて考える必要がある。CATLの2025年年次報告書によると、同社の研究開発費用は221.47億元で、前年の186.07億元から19.02%増加した。研究開発人員は前年の2万346人から2万2,901人に増えている。ただし、これらはCATL全体の数字であり、全固体電池専用の予算や人員を示したものではない。
同社は全固体電池だけでなく、リン酸鉄リチウム(LFP)電池や三元系リチウムイオン電池、ナトリウムイオン電池、凝縮電池など、複数の技術に研究開発資源を投入している。2024年のLatePostが報じた1,000人超という全固体電池開発チームの規模についても、現在の正確な人数や費用の内訳は公式資料から確認できない。CATL全体の研究開発費が増えたことをもって、全固体電池への投資額も同じ割合で増えたと判断することはできない。
今後、全固体電池の実用化を評価するには、セル容量やエネルギー密度に加え、具体的な試験条件と結果の開示が必要になる。特に重要なのは、常温かつ実用的な拘束圧の下で、どの程度の充放電サイクル寿命と容量維持率を達成できるかという点だ。また、急速充電時の発熱や内部短絡のリスク、リチウムデンドライトの抑制方法、車両の振動や衝撃に対する耐久性、水分接触時の安全性も検証しなければならない。これらの性能を第三者が再現可能な条件で確認できれば、開発の成熟度を判断しやすくなる。
最終的には、製造コストと歩留まりが商業化の成否を左右する。仮に500Wh/kgという高いエネルギー密度を達成できても、製造時の不良率が高く、大型の加圧機構や厳格な環境管理が必要であれば、既存の液系リチウムイオン電池に対する経済的な優位性は限定される。反対に、性能と安全性を維持しながら製造工程を簡素化できれば、全固体電池の実用化に向けた大きな進展となる。
今回の報道で重要なのは、CATLが20Ahセルの試作や500Wh/kgという目標を掲げていること自体よりも、それらの情報が2024年から存在していたという事実だ。2026年10月の投資家向け回答は、2027年の小規模生産目標が維持されていることを示したものの、新たな性能達成を裏づけるものではない。今後は、2027年に向けた試験生産の具体化とともに、サイクル寿命、動作圧力、安全性、製造コストなどの検証データがどこまで公開されるかが焦点となる。こうした条件が明らかになるまでは、試作セルの数値や開発目標を、車載用全固体電池の量産化が実現した証拠として扱うべきではない。



