0.1テラヘルツから10テラヘルツの領域に広がる電磁波は、電波の透過性と光の直進性を兼ね備える特異な境界領域に位置している。この周波数帯は、現行の第5世代移動通信システム(5G)で用いられるミリ波帯のさらに先にあり、将来の超高速大容量無線通信や高分解能センシングを支える有力な帯域として研究が進む。しかし、この波を日常の実用機器へ組み込む試みは、発生装置と光学系の物理的な制約によって長らく阻まれてきた。
問題の根底にあるのは、電波源の出力特性とビーム形状の不一致である。テラヘルツ波を室温で連続発振できる超小型素子として共鳴トンネルダイオード(RTD)などの半導体デバイスが開発されているが、その物理寸法は数ミリメートル程度と極めて小さい。小型化に優れる半導体光源は一般に出力が低く、素子のアンテナ開口面から放射された電磁波は空間へ向かって放射状に急速に広がってしまう。十分な電力密度を保ったまま遠方へ波を届けるには、広がる波面を揃えて前方に集中させるコリメーション(平行ビーム化)が欠かせない。
従来の光学系では、高抵抗シリコンのような自然材料を削り出した厚みのあるバルクレンズを光源の前方に配置してビームを絞り込んでいた。ところが、屈折率が3.4程度にとどまる自然材料で十分な屈折力を得ようとすると、レンズ自体の厚みが数ミリメートルから数センチメートルに達してしまう。素子本体がミリメートル級であるにもかかわらず、周辺の光学部品が巨大化してしまい、微小な集積モジュールとして実装することが構造的に困難だった。
人工的な微細構造によって電磁波の振る舞いを自在に操るメタサーフェス技術は、この空間的制約を破る手段として注目されてきた。東京農工大学大学院工学研究院の鈴木健仁准教授らの研究グループとローム株式会社は、極薄の樹脂フィルム上に金属パターンを二次元配列した屈折率分布型(GRIN)メタレンズを設計し、0.3テラヘルツ帯の小型発振器と組み合わせる実験を実施した。
空間屈折率を操るメタアトムの幾何学配置
今回開発されたレンズの物理的な厚みはわずか51マイクロメートルである。一般的なコピー用紙の半分程度の厚さしかないこの薄膜が、空間を進むテラヘルツ波の波面を変換する。これを可能にしているのが、微細な人工構造体であるメタアトムの設計である。
自然界の均一な誘電体材料では、物質内部の屈折率は均一であり、レンズの曲面形状によって光路差を作り出して光を曲げる。これに対して本研究で採用されたGRIN(Gradient-Index:屈折率分布型)構造は、平面でありながら場所ごとに屈折率が連続的に変化するよう設計されている。レンズの外周部から中心部に向かうにつれて屈折率を階段状に高く設定することで、中心を通る波を遅らせ、外側を通る波と位相を揃える。この位相差の精密な補正によって、点光源から球面状に広がった波面が前方に進む平面波へと変換される。
この光学特性を実現するため、研究グループは基板として低損失な樹脂材料であるシクロオレフィンポリマー(COP)フィルムを採用した。その表裏両面に、合計91個の円形銅パターンを周期的に配列している。金属パターンの直径や周期を微細に変化させることで、各領域の等価的な電磁気パラメータを独立に制御した。
波長約1ミリメートルのテラヘルツ波に対して、メタアトムを構成する金属パターンは波長よりも十分に小さいスケールで加工されている。この構造により、入射した電磁波に対して誘電率と透磁率の双方が同時に高い値を示すよう最適化された。その結果、動作周波数である0.312テラヘルツにおいて、レンズ中心部で屈折率6.2という自然界の材料を凌駕する値を達成した。高い屈折率変化を与えながら、反射率は1.1%に抑え込まれ、透過率は94.3%に達している。界面での反射損失を最小化しつつ、極薄の空間で強力な波面変換を成し遂げた。
本アプローチの基盤となる構造設計手法は、日本特許第6596748号、米国特許第10686255号、日本特許第7315983号などの知的財産として確立されている。
偏光方向の対称性と遠方界パターンの測定
開発されたメタレンズの評価は、0.312テラヘルツで連続発振する共鳴トンネルダイオード(RTD)光源の前方10ミリメートルの位置にレンズを配置して行われた。測定系において素子から放射される電磁波の遠方界放射パターンを走査し、レンズの有無による空間強度分布を比較検証している。
実験の結果、メタレンズを通過したテラヘルツ波は中心軸に向かって集束し、ビームの広がり角が抑制された。素子単体での放射パターンと比較して、主ビーム方向の指向性は最大で4.9 dB、倍率にして3.1倍の向上が確認された(比較元となる素子単体の指向性および比較先の絶対値は、公表資料において相対的な差分比率として示されている)。発振器から放出された電磁エネルギーが周囲へ拡散することなく、正面方向へ効率的に集中している状態が確認された。
| 開発世代・論文 | 光源との配置距離(焦点距離) | 指向性向上倍率(注) | 偏光依存性 | レンズ厚み | メタアトム構造 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年 Optics Express | 数ミリメートル級 | 4.2倍 | あり(偏光依存) | 数十マイクロメートル | 対称切断金属ワイヤ対 |
| 2021年 Applied Physics Express | 1.0 mm | 3.0倍 | あり(偏光依存) | 24 μm | 微細金属パターン |
| 2026年2月 Applied Physics Express | 1.0 mm | 1.7倍 | なし(無偏光) | 51 μm | 円形金属ディスク |
| 本成果 (IEEE PTL) | 10 mm | 3.1倍 (4.9 dB) | なし(無偏光) | 51 μm | 表裏円形銅パターン |
注: 各論文における指向性向上倍率は研究グループによる測定結果であり、比較元および比較先の絶対値は公表資料では直接示されていない。
本測定で確認されたもう一つの性質は、無偏光動作の実証である。レンズを光軸周りに90度回転させた状態(回転角90度)で放射パターンを再測定したところ、初期配置(回転角0度)と同一の指向性向上が観測された。
電磁波の振動方向(偏光)に対して異方性を持つレンズでは、光源の発振偏光軸とレンズの幾何学的方位をミクロンオーダーの角度精度で回転調整しなければならない。しかし、表裏に配置された円形パターンの回転対称性によって動作する本レンズは、入射波の偏光方向に依存しない。実装工程において回転角の厳密なアライメントが不要となり、平面上のXY位置合わせのみで光学系を組み込める利点が生じる。
歴代設計が示す集積距離と屈折力の力学的トレードオフ
メタサーフェスを用いたテラヘルツ波制御の探求は、小型化と光学性能の間で生じる物理的トレードオフを乗り越える試みの連続であった。研究グループが過去に発表した一連の研究を比較することで、今回の設計が位置する工学的な立ち位置が明確になる。
2021年に同グループがOptics Express誌に報告した初期のGRINメタレンズは、10を超える極めて高い屈折率を達成し、RTD発振器の指向性を4.2倍へと引き上げることに成功していた。しかし、この設計で用いられたメタアトムは長方形の切断金属ワイヤ対であり、構造的に特定方向の直線偏光にしか作用しなかった。高利得を得る代償として、偏光の精密な整合が必須という実装上の制約を抱えていた。
偏光依存性を排除しつつ極限の近接配置を目指したのが、2026年2月にApplied Physics Express(APEX)誌に掲載された研究である。この系では、円形メタアトムを採用して無偏光化を達成し、発振器とレンズの距離をわずか1.0ミリメートルにまで縮めた。しかし、1.0ミリメートルという超短焦点で急峻に広がる波を曲げるためには、レンズ中央から外周にかけて急激な屈折率勾配を形成しなければならない。急峻な位相変化の要求に対して構造設計の許容幅が圧迫され、ビームの半値幅を53度から20度へと狭窄化したものの、指向性の向上倍率は1.7倍にとどまっていた。
今回のIEEE Photonics Technology Letters(PTL)誌で報告された成果は、光源とレンズの距離を10ミリメートルに再設定することで、このトレードオフを再調整したものである。伝搬距離を確保して波面の曲率を緩和させたことで、無偏光特性を維持したままメタアトムの屈折率変化を最適化し、3.1倍(4.9 dB)という高い指向性ゲインを回復させた。極限の薄型化を維持しつつ、実用的なビーム集束力を取り戻すための工学的な着地点がここにある。
実証された境界と将来の通信実装に向けた課題
本研究の成果を評価する上では、実験室規模の原理検証として何が実証され、何が未解明であるかを正確に峻別しなければならない。
第一に、今回得られた3.1倍という数値は、電波暗室内で測定された遠方界放射パターンの空間的集中度(指向性)を示す指標であり、実際の無線通信リンクにおけるスループットやデータ伝送速度の改善量を直接示すものではない。通信システムとしての送受信テストやビット誤り率(BER)の測定、ならびに高周波変調信号を入力した際の伝送評価は行われていない。
第二に、実証実験は0.312テラヘルツという単一の周波数において実施された。メタサーフェスは構造共鳴を利用して電磁気パラメータを制御する性質上、動作可能な周波数帯域(比帯域)が狭くなる傾向がある。将来のテラヘルツ通信で求められる数十ギガヘルツ幅の超広帯域伝送に対して、本レンズがどの程度の周波数範囲にわたって均一な波面変換を維持できるかは、今後の広帯域測定を待つ必要がある。
さらに、システム全体のサイズに関しても考慮が必要である。レンズ自体の物理的な厚みは51マイクロメートルと極めて薄いが、所望のコリメーション効果を得るためには発振器との間に10ミリメートルの伝搬空間を確保しなければならない。通信機器のモジュール内に組み込むにあたっては、この10ミリメートルの空隙を低損失かつ高精度に保持する実装パッケージング技術が不可欠となる。
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR222I)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP24K01376, JP24K21617)の支援を受けて行われた。著者らは将来の展望として、RTD以外の各種連続発振テラヘルツ光源への適用や、より高指向性なアンテナ素子、光渦やAiryビームを形成する高機能平面光学素子への展開の可能性を提示している。超高周波帯の微弱な電波を必要な場所へ正確に届けるための基盤技術として、平面メタレンズが果たす役割の輪郭が少しずつ見え始めている。
