東芝がAIデータセンター向けHDDの増産に動く。日本経済新聞は10月2日、同社が約600億円を投じてフィリピン工場を増強し、2027年度中に生産能力を倍増すると報じた。AIで扱う大量のデータを保存する需要に対応するための投資で、東芝はすでに最大34TBのHDDのサンプル出荷を始めている。ただし、1台あたりの容量が増えても、読み書きの速度や既存システムへの導入のしやすさまで同じように向上するわけではない。増産の意味を考えるには、工場で何台作れるかだけでなく、その製品を顧客が実際のシステムでどこまで使いこなせるかまで見る必要がある。

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600億円投資と重なる事業・財務の変化

フィリピン工場の増強は、日経が報じた計画によると、東芝のHDD事業では約5年ぶりの大型投資になる。生産ラインを増やすとともに、1台あたりの記憶容量を最大40%増やす新製品にも対応するという。目標時期は2027年度中で、日本の会計年度では2028年3月までを含む。「2027年末まで」の計画と捉えると、投資の時間軸を取り違えることになる。

増設に合わせて製造工程も見直す。日経によると、検査工程やクリーンルーム内の作業を自動化し、通常の増設なら必要となる追加人員を約40%抑えながら、歩留まりの改善も目指す。ここで40%減らすのは、増設に伴って新たに必要となる人員であり、既存従業員の4割を削減するという意味ではない。生産量の増加に合わせて人員を増やすのではなく、設備や工程の改善によって増産に対応する狙いだ。

東芝自身が公表した決算資料にも、今回の投資を考えるうえで重要な変化が表れている。2025年度決算資料では、データセンター需要を背景にHDD事業が堅調に推移し、増収が増益につながったと説明している。さらに2026年3月末には、非公開化の際に組んだローンを借り換え、投資制限など契約上の制約を緩和した。これにより経営の自由度が高まり、将来の投資を柔軟に進められる環境が整ったという。

この財務面の改善が、今回の600億円投資を直接後押ししたとまでは言えない。それでも、HDD需要の回復と、投資を制約していた条件の緩和が同じ時期に重なっている。今回の増産計画は、東芝が大容量HDDの技術開発を、生産能力の拡大へつなげる段階に入った動きといえる。

1PBの保存で36台から30台へ

東芝が2026年3月31日に発表したM12シリーズを見ると、大容量化が設備規模にどの程度影響するかが分かる。SMR(瓦記録)方式では30〜34TBを実現し、3月末から特定顧客向けにサンプル出荷を始めた。同じシリーズにはCMR(従来型磁気記録)方式の最大28TB品も用意され、7〜9月期から順次サンプル出荷を始める計画が示されていた。

公称容量だけで必要台数を比べても、差は小さくない。公称1PBを確保する場合、28TBなら36台、34TBなら30台で済み、必要台数は6台、約17%減る。

M12の記録方式 比較に使う1台の公称容量 1PB以上に必要な台数
CMR 28TB 36台
ホストマネージドSMR 34TB 30台

計算は1PB=1,000TBとして、1,000を各ドライブの容量で割り、小数点以下を切り上げた。削減率は6÷36×100で約17%となる。容量の出典は東芝の3月31日発表で、34TBは可変容量フォーマットを適用した場合の上限である。冗長化や予備ドライブ、フォーマットによる容量減少は考慮せず、サンプル段階の公称値だけを使った比較だ。

必要なドライブ数が減れば、同じ筐体やラックに収められる保存容量を増やせる。東芝が大容量化によって総所有コストの削減を目指す理由もそこにある。ただし、約17%という数字はあくまで計算上の台数削減率であり、設備費や消費電力が同じ割合で減ることを示す実測値ではない。製品価格や冗長化の方式が異なれば、実際のコストも変わる。

さらに、28TB品と34TB品では記録方式が異なる。34TB品の容量を既存のシステムでそのまま利用できるかどうかは、ホスト側の管理方式にも左右される。この比較が示しているのは、大容量化によってドライブ数を減らせる可能性であり、単純に交換するだけで同じ性能を維持したまま台数を削減できるという意味ではない。

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40TBへの道は、枚数と記録方式の両方にある

M12は3.5型の筐体に磁気ディスクを11枚収め、前世代から1枚増やした。従来のアルミ基板から、より薄くできるガラス基板へ切り替え、ヘリウム充填と東芝独自のFC-MAMR(磁束制御型マイクロ波アシスト磁気記録)を組み合わせている。同じ大きさの筐体により多くの記録面を収めると同時に、1枚あたりの記録密度も高める設計だ。

東芝はさらに、2025年10月の発表で12枚のディスクを搭載する技術の検証に成功したとしている。MAMRと組み合わせ、2027年に40TB級HDDを市場投入する計画で、将来的にはHAMR(熱アシスト磁気記録)との組み合わせも視野に入れる。12枚構成の検証成功、M12のサンプル出荷、40TB級製品の市場投入計画は、それぞれ別の段階にある。工場の増産計画が明らかになったからといって、40TB級HDDの量産がすでに始まったわけではない。

一方、SMRは屋根瓦のように記録トラックの一部を重ね、同じ面積により多くのデータを書き込む方式だ。容量を増やせる反面、ランダムにデータを書き換えると転送速度が低下することがある。M12はホストマネージドSMRを採用しており、サーバーやストレージシステム側でデータの書き換えを効率よく管理することで、性能低下を抑える仕組みになっている。

つまり、メーカー側が大容量ドライブを生産できるようになることと、顧客側がその容量を有効に使えることは別の問題だ。AIの学習データや履歴を大量に保存する需要が増えても、細かな書き換えが頻繁に発生する用途へ同じ構成をそのまま使えるとは限らない。どのようにデータを配置し、どの程度の頻度で更新するのかが、大容量HDDを採用する際の重要な条件になる。

省電力に関する数字にも注意が必要だ。東芝はM12について、容量あたりの消費電力を前世代より約18%低減したとしているが、この指標はアクティブアイドル時の消費電力を記憶容量で割ったW/TBである。データセンター全体の消費電力を18%削減できるという意味ではない。保存容量あたりの電力効率と、実際の処理に必要な電力を分けて考えることで、大容量化の利点を過大にも過小にも評価せずに済む。

30%のシェアへ、競合の量産と顧客認定

競合各社もHDDの大容量化を進めている。Seagateは2026年3月3日、HAMRを採用したMozaic 4+の最大44TB製品を、大手クラウド事業者2社向けに量産出荷していると発表した。一般販売は生産能力の拡大に合わせて進めるとしているため、この44TBモデルを現時点で誰でも購入できる製品として比較することはできない。それでも、特定顧客向けの評価段階から量産出荷へ進んでいる点では、東芝の40TB級製品とは現在の段階が異なる。

Western Digital(WD)の2月3日の発表では、40TBのUltraSMR製品を顧客2社が評価しており、2026年下期の量産を予定していた。HAMR製品については2027年の生産開始を計画している。これも発表時点での計画であり、その後予定どおり進んだと断定することはできない。各社を比較する際には、最大容量だけでなく、顧客による認定や量産出荷がどこまで進んでいるかもそろえて見る必要がある。

WDは同じ発表で、複数のヘッドを使って並行して読み書きする技術や、独立して動くアクチュエーターを追加する構想も示している。ドライブの容量が大きくなるほど、1台に保存された大量のデータへ十分な速度でアクセスできるかが重要になる。各社は容量だけでなく転送帯域の向上も進めており、TBの数字だけでは製品の使い勝手を比較できない。

日経が報じた東芝の中期目標は、記憶容量ベースの市場シェアを現在の10%超から30%へ引き上げることだ。ただし、生産能力が倍になれば、そのまま市場シェアも倍になるわけではない。市場全体の出荷容量も増え、競合各社も大容量製品を投入してくる。また、今回報じられた「生産能力の倍増」がドライブの台数を指すのか、総記憶容量を指すのか、その内訳は確認できていない。このため、新製品の容量増加率まで掛け合わせて将来の供給量を推計することはできない。

フィリピン工場の増強によって調達の選択肢が広がるには、生産ラインが稼働するだけでは足りない。大容量品が量産段階へ移り、実際に顧客のシステムへ採用される必要がある。2027年度に拡大する生産能力が、こうした条件を伴って実際に使える保存容量の増加へつながれば、東芝の投資はAI向けデータを長期保存するための供給力を厚くすることになる。