Seagateと東芝が、TDKのHDD用磁気ヘッド事業の買収を競っていると、Bloombergが2026年10月6日、関係者の話として報じた。TDKは同日、この報道は自社が発表したものではなく、現時点で決定した事実はないと説明している。交渉の行方はまだ分からないが、東芝はその4日前、データセンター向けHDDの増設ラインから初出荷したと発表したばかりだ。増産を進めるHDDメーカーにとって、ディスク上のデータを読み書きする磁気ヘッドの供給をどう確保し、次世代製品の共同開発体制を維持するかが重要になる。
独立系のヘッドメーカーを買収する意味
TDKは2024年の決算説明会で、自社をHDDヘッドの「唯一の独立系メーカー」と位置付け、熱アシスト磁気記録(HAMR)の試作についても、特定の1社だけを対象としているわけではないと説明していた。ここでいう独立系とは、完成HDDメーカーの傘下に属さず、複数の顧客へ技術や部品を提供する立場を指す。HDDメーカー自身がヘッドを製造できないという意味ではない。
実際、Seagateは2026年度の年次報告書で、読み書きヘッドや磁気記録媒体を自社で設計・製造していると明記している。部品開発から完成品の設計、量産までを社内で連携させ、技術の切り替えを速められる垂直統合が同社の強みだ。
それでもSeagateは、外部から調達するヘッドなど一部の部品について、単独または少数の供給元へ依存するリスクを挙げている。自社に製造設備があっても、外部からの部品調達を完全に切り離せるわけではない。
一方、Bloombergは、東芝がHDD用ヘッドをすべてTDKから調達していると報じている。この調達比率について、今回の交渉当事者が正式に発表したわけではないが、両社にとって買収の意味が異なることは分かる。Seagateにとっては自社生産を補完する外部供給源を確保する意味があり、東芝にとっては自社のHDD生産を支える主要部品の供給を維持する意味がある。
TDKのヘッド事業をHDDメーカー自身が取得すれば、これまで同じ独立系メーカーから部品を購入していた競合企業が、その供給元を傘下に置く可能性も生じる。
TDKは2026年4月の説明でも、ヘッドを自社生産しているHDDメーカーからの受注に言及していた。独立したヘッドメーカーは、外部調達を中心とする顧客だけを支えているわけではない。自社でヘッドを生産するメーカーからの需要にも対応できることが、この事業の価値を高めている。
東芝の「約2倍」は台数ではなく記憶容量
東芝デバイス&ストレージは10月2日、フィリピンのラグナ・テクノパーク工場で、増設した生産ラインからニアラインHDDを初出荷したと発表した。ニアラインHDDは、データセンターなどで大量のデータを保管するために使われる大容量ドライブだ。これまで主にPC向けHDDを製造していた工場で、データセンター向け製品の生産も拡大した。
同時に示した目標は、東芝情報機器フィリピン全体で、2027年度の年間生産能力を2025年度比で約2倍にするというものだった。ただし、公式発表で使われている基準は「記憶容量ベース」だ。HDDの生産台数そのものを2倍にする計画と受け取れば、必要な部品量や市場への影響を見誤る。
年間に生産できる総記憶容量は、おおまかにはHDDの台数と1台当たりの平均容量によって決まる。組立能力を増強するだけでなく、同じ台数でも1台当たりの容量を増やせば、総容量は伸ばせる。
TDKも2026年4月、HDDメーカー各社は台数を大きく増やすよりも、1台当たりの記憶容量を高めることで需要に対応しようとしていると説明していた。生産ラインの増強と記録密度の向上は、どちらも供給できる総容量を増やす手段になる。
この違いは、磁気ヘッドの需要を考える際にも重要だ。HDD全体の生産容量が2倍になったとしても、必要なヘッドの数まで同じ倍率で増えるとは限らない。1台当たりの容量を高めれば、部品数の増加を抑えながら供給容量を増やせる一方、高密度記録に対応する次世代ヘッドを安定して量産する能力がより重要になる。
東芝の計画を見る際には、組立ラインの増強と大容量HDDへの移行が、それぞれどの程度、総記憶容量の拡大に寄与するのかを分けて考える必要がある。
今回の初出荷はすでに実現した出来事だが、「約2倍」は2027年度に向けた目標である。現時点ですでに生産能力が倍増したという意味ではない。
HAMRを支えるTDKと東芝の共同開発
東芝とTDKの関係は、磁気ヘッドの納入だけではない。次世代記録技術の開発でも協力してきた。
東芝は2024年5月、熱アシスト磁気記録(HAMR)とマイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)を使い、それぞれ30TBを超えるHDD容量を実証したと発表した。磁気ヘッドを開発するTDKと、ディスクの磁気記録媒体を開発するレゾナックとの共同開発による成果だった。
HAMRは、近接場光によってディスクを局所的に加熱し、より高密度な磁気記録を可能にする技術だ。MAMRはマイクロ波を利用して記録性能を高める。
東芝が公表した2024年の実証条件は次のように異なる。
| 記録技術 | 実証した容量 | ディスク枚数 | 記録方式などの条件 |
|---|---|---|---|
| HAMR | 32TB | 10枚 | SMRを採用 |
| MAMR | 31TB | 11枚 | SMRと信号処理の改善を採用 |
SMRは、隣り合う記録トラックを一部重ねて容量を高める方式だ。この表は量産製品同士を比較したものではなく、いずれも当時の技術実証の結果である。
東芝が同じ発表で示したHAMR試作サンプルの計画は、従来型磁気記録方式(CMR)で28~30TBを目指すものだった。実証した最大容量、採用した記録方式、製品化の段階をそろえずに数字だけを比較することはできない。
ヘッド、記録媒体、完成HDDをそれぞれ担当する3社が協力して技術を実証した事実は、TDKのヘッド事業の買い手が変わった場合の影響を考えるうえでも重要になる。
既存製品向けヘッドの供給を続ける契約が結ばれたとしても、次世代技術の共同開発や技術へのアクセスまで従来と同じ条件で続くとは限らない。逆に、買収交渉が報じられたからといって、現在の共同開発が直ちに止まるわけでもない。
東芝にとっては、必要な数量のヘッドを安定して調達することと、HAMRなど次の記録方式へ移行するための開発協力を維持することの両方が重要になる。
TDKの足元は増益、売却報道を事業の衰退だけでは説明できない
TDKの2027年3月期第1四半期の磁気応用製品部門は、売上高816億円、営業利益96億円だった。公表値から単純計算すると、営業利益率は約11.8%となる。売上高は前年同期比49.6%、営業利益は51.8%増加した。
TDKは、AIデータセンター向け需要を背景にHDD市場が堅調だったと説明しており、HDDヘッドの販売数量は前年同期比36%、サスペンションは31%増加したとしている。
計算には、同社の第1四半期決算説明に記載された同一部門、同一期間の数字を使っている。ただし、磁気応用製品部門にはHDDヘッドだけでなく、ヘッドを支えるサスペンションやマグネットも含まれる。約11.8%という数字は億円単位の公表値から求めた概算であり、今回買収が報じられたヘッド事業単独の利益率ではない。この数字だけから売却対象の価値を判断することはできない。
業績改善は1四半期だけに限らない。2026年3月期の磁気応用製品部門は売上高2,629億円、営業利益270億円で、売上高は前期比17.6%増、営業利益は約8倍になった。ニアラインHDD向けのヘッド販売数量は約14%、サスペンションは約35%増えていた。
少なくとも足元の数字を見る限り、需要を失って縮小している事業として説明するのは実態に合わない。
一方、次世代技術の立ち上げには引き続き投資が必要になる。TDKは2026年4月、ヘッドとサスペンションの生産能力を拡大し、ヘッドについてはHAMR向け設備への投資も進めると説明していた。さらに、その時点から「2年後」をめどにHAMRを量産化し、高付加価値製品の比率を高めてヘッド事業の収益性を改善する方針を示していた。
これは将来に向けた計画であり、すでにHAMRの量産が実現したという意味ではない。
Bloombergが報じた売却交渉と、TDKがこれまで公表してきた投資・成長計画は分けて考える必要がある。TDKが10月6日に示したのは、企業価値向上のため事業ポートフォリオ管理を強化しているという説明だ。ヘッド事業の売却を決定したとも、HAMRへの投資を停止したとも発表していない。
仮に取引が具体化するなら、現在伸びているHDD需要を取り込むことに加えて、次世代技術に必要な設備投資を誰が担うのかも、事業の将来を左右する。
過去のHDD再編に見る、供給を維持するための条件
HDD業界には、競争を維持するために、単に工場や設備を譲渡するだけでは不十分だった先例がある。
米連邦取引委員会(FTC)は2012年、Western Digitalによる日立系HGSTの買収を巡り、デスクトップPC向けHDD市場の競争が減ることを問題視した。解決策として、東芝へ製造・販売に必要な資産を移管するだけでなく、知的財産のライセンスや、研究開発・製造を担う人材へのアクセスも求めた。
事業移管の途中で生産が止まらないようにする措置も盛り込まれた。Western Digitalが必要な部品を供給し、東芝が自社で製造できるようになるまでHDDの受託生産を行うという内容だ。FTCは2013年5月、移管スケジュールなどを調整した修正最終命令を承認している。
競争相手として事業を存続させるには、設備を保有するだけでなく、実際に製品を作り続けられる状態までつなぐ必要があった。
もっとも、当時は完成HDDメーカー同士の統合であり、今回報じられている磁気ヘッド供給会社の買収とは取引の形が異なる。同じ条件が求められる、あるいは買収が認められないと予測する根拠にはならない。
それでも、設備、技術、移行期間中の部品供給を別々に設計した過去の事例は、今後公表される取引条件を見るうえで参考になる。
今回の案件でも、既存顧客へどの程度の数量を、どの期間供給するのか、次世代ヘッドの共同開発に誰が参加できるのか、HAMR向け設備への投資を誰が担うのかによって影響は大きく変わる。
これらの条件はまだ公表されておらず、買い手が決まれば直ちに東芝へのヘッド供給が止まるという話ではない。東芝の増産を支える部品数量を確保しながら、次世代製品に必要な開発と投資も継続できるのであれば、完成HDDメーカー間の競争を維持しつつ、データセンター向けの供給能力を拡大できる可能性がある。



