微細な光の通り道を備えたチップを、透明なフィルムのように曲げる。マサチューセッツ工科大学(MIT)は2026年9月3日、ニューヨーク州の半導体研究開発機関NY CREATESと共同で、柔軟性と透明性を兼ね備えた光集積回路の製造技術を開発したと発表した。特徴は、小さなチップを個別に加工するのではなく、半導体製造で使われる直径300mmのウェハー規模で製造できる点にある。成果は学術誌『Optica』第13巻第9号に掲載された。
シリコンフォトニクスは、半導体製造技術を利用して、光を伝えたり制御したりする回路をチップ上に集積する技術だ。従来のチップは厚いシリコン基板に支えられており、硬く、可視光を透過しにくい。そのため、曲面に沿わせたり、人の視界を遮らない位置に組み込んだりする用途には制約があった。今回の研究は、製造時にはシリコン基板の扱いやすさを利用し、最後にその支持基板を取り除くことで、この制約の解消を目指している。
研究を率いるのは、MIT電気工学・コンピュータ科学科(EECS)准教授で電子工学研究所(RLE)に所属するJelena Notaros。筆頭著者はEECSの大学院生Tal Snehで、Andres Garcia Coleto、Milica Notaros、NY CREATESのThomas DyerとKevin Fealeyが共著者に名を連ねる。
シリコン基板を取り除き、薄い光回路層を残す
製造の出発点は、通常の硬いシリコンウェハーだ。NY CREATESのAlbany NanoTech Complexで半導体製造装置を使い、光の通り道となる導波路と、その周囲を覆う酸化物層を形成する。次に、上面へ一時的な支持用シリコンウェハーを接合し、全体を裏返す。こうして薄い回路層を支えながら、もともとのシリコン基板を裏側から除去する。
基板の除去には、工業的な薄化処理と選択的な化学エッチングを組み合わせる。まずシリコンを薄くし、最後に残った部分を、光回路層を傷めにくい方法で取り除く。残った導波路と酸化物の薄膜に透明なポリエステルフィルムを接着し、一時的な支持ウェハーを外すと、透明で曲げられる構造が得られる。
ここで、厚さについては区別が必要だ。数µmという薄さは、主に導波路と酸化物からなる機能層を指し、支持フィルムを含む完成チップ全体の厚さではない。 論文の製造工程には厚さ50µmのポリエステルフィルムが記載されており、完成した構造には、このフィルムや接着層も含まれる。
また、これはシリコンそのものを透明な素材に変える技術ではない。光回路を作るために利用した厚いシリコン支持基板を除去し、必要な薄膜層を透明な支持体へ移す技術である。
大口径の薄膜を壊さないための応力管理
難しいのは、300mmという大きなウェハーから支持基板を取り除いても、薄膜を平坦に保つことだ。製造中の応力によってウェハーが反ると、基板の除去が難しくなる。さらに薄膜に波打ちが生じたり、製造ライン上で割れたりするおそれもある。
研究チームは応力を抑えるため、500℃以下の低温プロセスを採用し、シリコンを除去する方法と工程の順序も調整した。高精度な加工装置を使うだけでなく、薄くなった構造をどの段階で何によって支えるかが、製造を成立させる重要な要素となった。
この成果は、既存の半導体製造技術を活用して、透明・柔軟な光回路をウェハー規模で加工できることを示している。ただし、ウェハー規模の製造実証と、商用製品として安定した歩留まりや製造コストを達成することは別の段階だ。300mm対応という事実だけで、量産準備が整ったと判断することはできない。
数千回の曲げに耐えたが、「曲げたままの性能」は別の評価
研究チームは、製造したチップについて、導波路の光学特性、繰り返し曲げに対する耐久性、透明性を評価した。光学特性の評価では、長さの異なる導波路を使い、光の伝搬損失などを調べている。
曲げ試験では、1枚のチップを直径の異なる円柱に繰り返し巻き付けた。MITの発表によると、小さなねじ程度の太さの円柱を含む試験で数千回曲げても、性能低下は確認されなかった。一方、さらに細い爪楊枝に数回巻き付けると、性能の低下が見られたという。
| 曲げ試験の条件 | 繰り返し回数 | 報告された光学性能への影響 |
|---|---|---|
| 直径の異なる円柱。小さなねじ程度の太さまで含む | 数千回 | 性能低下は確認されなかった |
| 爪楊枝への巻き付け | 数回 | 性能低下を確認 |
回数と太さの表現はMITの発表に基づく。 (MITニュース)
ただし、繰り返し曲げた後に性能が維持されることと、曲げた状態で光学性能が維持されることは同じではない。 論文には、今回の研究ではチップを曲げた状態での導波路性能を評価していないことが明記されている。したがって、この試験から確認できるのは主に曲げに対する耐久性であり、さまざまな曲面に固定したまま使う際の性能まで、今回の測定で実証されたわけではない。
爪楊枝での性能低下も、特定の試料と試験手順で得られた結果だ。これを材料固有の破壊限界とみなしたり、あらゆる寸法のチップに共通する最小曲げ半径と解釈したりすることはできない。
透明性は、眼の結像を模した光学系で検証
透明性の評価には、眼の結像を模した「バイオニックアイ」と呼ばれる光学試験系を使用した。チップを眼の前に置くことを想定し、チップ越しに見た像がどの程度変化するかを調べたところ、ヘイズと呼ばれる曇りは小さく、目立った像の歪みも生じにくい結果が得られたという。
この評価は、透明な光回路を視界の前に配置する用途を検討するうえで重要な基礎データになる。一方、光学試験系で良好な像が得られたことだけで、人が長時間装着した際の見やすさや、完成した表示装置の安全性まで確認できるわけではない。
研究チーム自身も、透明性をさらに高めることを今後の課題に挙げている。「透明」とは、光の損失や像への影響が一切ないという意味ではなく、評価した条件で良好な透過特性を示したという意味で受け止める必要がある。
透明・柔軟化は、2025年の学会発表ですでに報告
今回の成果は、Notaros研究室が進めてきたウェハー規模の柔軟な光集積回路の研究に位置づけられる。
2024年に『Scientific Reports』へ掲載された先行論文では、300mmウェハーを使う製造工程で、機械的に曲げられる光集積回路を報告していた。この方式では、元のシリコン基板を厚さ約30µmまで薄くして残しており、シリコン支持基板を完全に除去する今回の透明な構造とは異なる。
その後、2025年の学術会議「Frontiers in Optics + Laser Science」では、MITとNY CREATESのチームが、すでに透明性と柔軟性を両立する300mmウェハー規模の製造技術を発表している。学会論文の要旨にも、機械的な頑健性、高い透明性、低い光学的歪みを示したことが記されている。
| 発表 | 製造規模 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2024年『Scientific Reports』 | 300mmウェハー | 薄いシリコン支持層を残し、柔軟な光集積回路を製造 |
| 2025年「Frontiers in Optics + Laser Science」 | 300mmウェハー | 透明性と柔軟性を両立する製造技術と評価結果を報告 |
| 2026年『Optica』 | 300mmウェハー | 透明・柔軟な製造プラットフォームと、その特性評価を学術誌に報告 |
2024年の先行論文、2025年の学会要旨、2026年の論文情報に基づく。 (Nature)
したがって、2026年の論文を「それまで柔軟なだけだったチップが、初めて透明になった成果」と説明するのは正確ではない。透明・柔軟化は2025年の学会発表でも報告されており、今回の論文はその開発の流れにある。
ARやウェアラブル機器への応用は、これからの開発目標
MITが挙げる応用先は、航空機のパイロット用バイザー、自動車のフロントガラスに沿う拡張現実(AR)表示、身体の形状に合わせて装着できる目立ちにくいヘルスモニターなどだ。硬い平面基板では配置しにくかった場所に、光学機能を持つ薄い回路を組み込む構想である。
ただし、今回紹介された中心的な成果は、製造技術と、導波路・曲げ耐久性・透明性の評価だ。完成したARバイザーによる映像表示や、身体に装着した健康モニターの計測性能を示したものとは区別しなければならない。MITの発表でも、より複雑な部品や機能の追加は今後の目標とされている。
実用化を考える際には、透明な光回路そのものに加えて、用途に応じた光源、光の制御機構、検出器、電子回路との接続をどう構成するかが検討事項になる。これらをすべて同じ薄膜上に作る必要があるとは限らないが、システムとして組み合わせたときにも、透明性や柔軟性という利点を維持できる設計が求められる。
実用化の判断には、機能集積と製造・使用条件の検証が必要
研究チームが明示している次の課題は、より複雑な機能の追加、導波路の光伝搬効率の改善、透明性の向上だ。Notarosは、NY CREATESとの協力を通じて、将来的に他の研究グループもこの製造基盤を利用できるようにしたいとの意向を示している。ただし、これは今後の展望であり、すでに一般向けの製造サービスとして提供されているという意味ではない。
実用化の観点からは、今回の基礎評価に加え、用途ごとの検証項目を整理する必要がある。例えば、曲げた状態での光学特性、温度や湿度が変化した際の性能、支持フィルムや接着層の耐久性、光源や電子回路を接続した状態での透明性などだ。これらは今回の技術に不具合が見つかったという話ではなく、部品の実証から製品へ進む際に確認したい条件である。
製造面でも、ウェハー上の位置による特性のばらつき、良品が得られる割合、複数回の製造での再現性、後工程を含めたコストが実用性を左右する。ウェハー規模で加工できることは重要な前進だが、それだけで商用量産の成立まで保証されるわけではない。
今回の研究が示した価値は、透明で曲げられる光回路を、既存の300mm半導体製造基盤を活用して作れることにある。曲面への搭載や視界を遮らない配置に向けて、製造面の選択肢を広げた成果といえる。今後は、必要な機能を追加した状態でも、その光学性能と扱いやすさを保てるかが焦点になる。
