折りたたみスマホの画面には、開くたびに一本の跡が視界に入る。レビュー動画で見て、光の反射で分かる程度なら我慢できると自分に言い聞かせた人も多いはずだ。だがこの跡は個体差でも使い方の癖でもなく、ヒンジの世代をいくら重ねても消えなかった構造的な弱点だった。Samsungは2026年8月に発売したGalaxy Z Fold8で、ヒンジの折れ方を工夫する路線から一歩離れ、画面を支える層の素材そのものを置き換えた。何を変えたことで7年越しの課題に近づいたのか、そして何を犠牲にしたのかを、設計の変遷から解きほぐす。

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折り目の正体:なぜヒンジを変えても消えなかったのか

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折りたたみ機の内部ディスプレイは、硬いガラスパネルの代わりに、ポリイミドという柔らかい樹脂フィルムの上にOLED層を重ねた構造でできている。クリアファイルを同じ場所で何百回も折り曲げると、力を抜いても白く跡が残ったまま戻らなくなる場面を想像するとわかりやすい。あの跡と同じ現象が、はるかに薄い精度でディスプレイの中でも起きている。この樹脂は繰り返し曲げても割れないが、折り目にかかるひずみが一定の限界を超えると、曲げをやめても元の平らな形に戻りきらない「塑性変形」を起こす。

Samsungは2019年、初代Galaxy Foldについて「20万回の折り曲げに耐える」ことを強度の目安として説明していた。1日に開閉を100回繰り返すと仮定すると、20万回はおよそ5年半に相当する計算になる。ただしWashington Postのレビューが伝えたのは、この耐久試験のロボットが20万回折り曲げても「問題は起きなかった」という壊れにくさの話であり、折り目が生じるかどうかとは別の基準だ。市場調査会社TrendForceは、この種の折り目が生じる物理的な要因を、パネル内部の「中立層」のずれによる局所的な引張応力と、それに伴う微小な亀裂や永久的な変形にあると分析している。壊れないことと、跡が残らないことは、そもそも別の課題だったことになる。

折り目そのものは、2019年に発売された初代Galaxy Foldの時点ですでに公然の事実だった。同機は発売前に画面保護フィルムを誤って剥がすトラブルが相次いだことを受け、上面に保護ポリマー層、下面には金属の支持プレートを追加した状態で発売されている。それでもWashington Postのレビューは、内部ディスプレイの折り目と「折り合いをつけるしかない」と評した。保護層を足す対策はすでに初代の時点で試されており、それでも折り目の原因である支持構造自体は変わらなかったことになる。

ヒンジの進化史:角度を変える工夫はなぜ根治にならなかったのか

次に動いたのは素材の見た目に近い部分だった。2020年のGalaxy Z Fold2で、Samsungは内側のメインスクリーンにUltra Thin Glass(UTG)を採用した。公式発表は「より高級で洗練された感触」を売り文句にしており、折り目対策としての明言はない。UTGはOLED層の上に重ねる保護ガラスであり、折り目の原因になっているとされるOLED下の支持構造について、Samsungの発表では特に触れられていない。

その次に動いたのはヒンジの「曲率」だった。2023年にSamsung Displayが発表したウォータードロップ型ヒンジは、折り畳んだときに画面が涙のしずくのような緩いカーブを描くように可動部を設計し、一点に集中していた曲げ応力を広い範囲に分散させる仕組みだ。この設計変更によってパネルへの負荷や折り目の視認性は低下したとされるが、ヒンジの曲率を変えるだけでは、折り目の原因となる支持構造自体は変わらない。

対策 アプローチの性質
2019年 初代Galaxy Fold(保護ポリマー層+金属支持プレート) 保護層を追加しても折り目は残った
2020年 Galaxy Z Fold2のUltra Thin Glass メインスクリーンに保護ガラスを追加(折り目対策としての明言はなし)
2023年 ウォータードロップ型ヒンジ ヒンジの曲率を緩め、応力を分散させる幾何学的対策
2026年 Flex Titanium(Galaxy Z Fold8) OLED直下の支持層にチタン合金を初めて投入する材料面の対策

この表が示す通り、初代の保護層追加も、2020年のUTGも、2023年のウォータードロップ型ヒンジも、いずれも折り目の原因になっているとされる支持構造そのものには手を付けていない。曲げの半径を大きくすると、同じ角度まで折り畳んだときにフィルムの内側と外側にかかる伸び縮みの差が小さくなり、一点に集中していたひずみが広い面積に分散するという理屈になる。この路線の限界が、次の世代交代の理由になる。

2019年から2023年までの改良は保護層の追加やヒンジ形状の調整に留まり、2026年のGalaxy Z Fold8でOLED直下の支持層という部分に初めてチタン合金を投入する対策に踏み込んだ。ただしFlex Modeと呼ばれる多角度スタンド機能を搭載しないという新たな代償を伴った。

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Galaxy Z Fold8の解法:支持層をチタンに置き換えるという発想転換

折り畳みスマホの構造図
(Credit: Samsung Display)

Galaxy Z Fold8で採用された「Flex Titanium」は、OLEDパネルの下にある支持層の素材そのものを変える対策だ。前段のヒンジ改良が曲げ方を工夫する路線だったのに対し、Flex Titaniumは曲げられる側に手を入れる。人間の髪の毛の太さの30%に満たない厚さのチタン合金フィルムをOLEDパネルの直下に配置し、さらにその下に微細な穴を無数に開けたチタンプレートを重ねる。チタン合金フィルムは従来使われてきたポリマーフィルムより機械的剛性が20倍高い。

Samsungは公式に、この構造が耐久性の向上と折り目の視認性低下(reduces crease visibility)につながると説明している。微細加工されたプレートの穴は、折り畳み部分の柔軟性を保ちながらディスプレイモジュールと接着剤の間にできていた空気の隙間を減らす設計だ。

剛性の高い層で下から支えることで、折り目にかかる負荷が一点に集中しにくくなると考えられる。ヒンジの曲率を緩めて応力を分散させる従来路線と、支持層自体を硬くする今回の路線は、対処している変数が違う。ただしSamsung自身も「折り目の視認性を下げる」という表現に留めており、消えるとは説明していない。米メディアAndroid Policeのレビューは「ほぼ折り目を消している」と評し、使用開始から10日間、繰り返し開閉しても折り目に変化は見られなかったと報告した(原文: "almost removes the crease")。

Galaxy Z Fold8は2026年7月22日に発表され、日本では同年7月23日に予約が始まり、8月7日に発売された。米国での価格は256GBモデルで1899.99ドル(メディアによっては1900ドルと概算表記)、欧州で2000ユーロとなっている。2026年9月4日時点のドル円レート(1ドル=156.23円)で換算すると、1900ドル前後はおよそ29万7000円の規模に相当する。あわせて内部ディスプレイには反射防止コーティングが強化され、Z Fold7比で反射やぎらつきを最大50%抑えたという。

多角度スタンドを犠牲にして得た折り目の改善

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Flex Titaniumの効果は、実機を検証したメディアの評価にも表れている。折り畳みの動作はより「決定的」になり、折り目の目立ち方は前世代から大きく改善したと報じられている。発売前には、Samsung関連のリーク情報で知られるIce UniverseがTech Advisor経由で、新ヒンジによって特定角度での保持が難しくなる可能性を指摘していた。

発売後の検証で確認されているのは、Galaxy Z Fold8が「Flex Mode」——画面を好きな角度で開いたまま自立させる機能——を搭載していないという事実だ。上位機種のGalaxy Z Fold8 Ultraや従来モデルには搭載されている。動画通話やテーブルに置いての利用など、これまで角度を自由に固定できたことで成り立っていた使い方には、追加の支えが必要になる場面が出てくる。省略の理由についてSamsungは説明しておらず、新しいヒンジ構造との兼ね合いやコスト面の判断など複数の見方が報じられているが、確定していない。

端末を分解したiFixitは、別の弱点も指摘している。Galaxy Z Fold8の防塵等級はIP48で、これは1ミリメートル以上の物体しか防げない基準だ。紫外線反応粉末(約0.04ミリ)や海砂(約0.16ミリ)はこの基準より小さく、ヒンジの可動部に入り込む。iFixitは実際に折り畳み動作の後、「まったく不快な、砂利を噛むような音」が鳴り、正常に開閉できなくなったと報告した。

折り目という表面の弱点を材料で補強した一方、可動部の密閉という別の耐久性は解決されないまま残っている。海水浴場や砂浜のように微細な砂塵が舞う環境では、この基準の緩さがそのまま故障のリスクになる。内部構造の複雑化は修理のしやすさにも跳ね返り、iFixitは修理性を10点満点で4点という暫定評価(部品供給や修理マニュアルが未確定な段階の評価)を付けた。iFixitは、過去モデルの傾向からディスプレイ交換にはヒンジ機構一式の交換が必要になるだろうと仮定した上でこの評価を算出したとしている。

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Appleは同じ壁をどう越えようとしているのか

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Samsungがヒンジと支持層という「構造」側で折り目に対処してきたのに対し、まだ発表されていないAppleの折りたたみ端末は、報道ベースでは異なる場所に手を入れようとしている。前述の通り、TrendForceは折り目が生じる物理的な要因を、パネル内部の「中立層」のずれによる局所的な引張応力と、それに伴う微小な亀裂や永久変形に見ている。Apple関連特許の内容を根拠にした報道によれば、Appleが検討していると見られるのは、折り目部分だけを薄くし周辺を厚くする可変厚みのウルトラシンガラス(UTG)だ。

これとは別に、次世代の折りたたみパネル全般の技術動向として、柔軟なクッションのように働く新しいタイプの光学透明接着剤(OCA)の採用も報じられている。両者を組み合わせれば、ガラスの内部で応力を吸収する設計になるとみられる。厚みの異なる部分を意図的に作ることで折り目にかかる力を面全体に逃がす発想であり、Samsungが硬い金属板で受け止める方式とは狙いが異なる。この端末はまだ正式発表されておらず、名称も含めてすべて報道と特許分析に基づく推測の段階にある。

観点 Samsung(Galaxy Z Fold8・確定情報) Apple(未発表・噂段階)
対策する箇所 ディスプレイ下の支持層 ガラス層自体
採用方式 チタン合金フィルム+微細加工プレート 可変厚みUTG(特許分析ベース)。柔軟OCAは業界全般の技術動向として別途報道
確認ステータス 発売済み・確定仕様 未発表・特許分析と業界リサーチが根拠
分かっているトレードオフ Flex Mode(多角度スタンド)非搭載。原因は未確定 未確認(製品自体が存在しないため検証不能)

この対比が示すのは、同じ物理的な弱点(繰り返しの折り曲げによる多層構造へのひずみの蓄積)に対して、どこで応力を受け止めるかという設計思想が会社によって分かれているという構図だ。Samsungは支える側の層を硬くする方向を選び、その代わりに可動域の自由度を削った。Appleが本当にガラス側で応力を吸収する方式を採るなら、ヒンジの多角度スタンドを犠牲にせずに済む可能性がある。

一方で、厚みを変えたガラス自体の耐衝撃性という別の課題が浮上する可能性もあるが、端末自体がまだ存在しないため現時点では検証できない。どちらの設計が長期的に優れているかは、Appleの端末が実際に発表され、iFixitのような分解調査や数万回規模の耐久試験を経て初めて比較できる。折りたたみ機の購入を検討するなら、カタログ上の「折り目改善」という言葉の背後で、その改善が何を代償にしているかも確認する価値がある。