パワー半導体の進化において長年「理論上の理想形」とされながらも、製造の極限的な難度から商用化が阻まれてきた技術が、ついに実験室の壁を破った。中国・上海に本社を置くパワー半導体企業の瑶芯微電子(AlkaidSemi)は2026年9月7日、世界初となる炭化ケイ素(SiC)スーパージャンクション(超接合)MOSFETの製品化を発表した。

本素子は、中国科学院院士で西安電子科技大学教授の郝躍(Hao Yue)氏が率いる研究チームとの5年間にわたる産学共同研究と、中国の大手車載・パワー半導体ファウンドリである芯聯集成(UNT)によるプロセスプラットフォームの共同開発によって結実したものだ。発表された仕様によると、耐圧は1,635Vに達し、比オン抵抗()は室温(25℃)で1.27 、175℃の高温下でも1.5 に抑えられている。さらに、車載用電子部品規格であるAEC-Q101認証を既に通過しており、AIデータセンター向け高圧直流給電や次世代電気自動車(EV)の高電圧システムを皮切りに、実用化に向けた適合プロセスが始まっている。

AD

1,635V耐圧とゼロ温度ドリフト:世界初となるSiCスーパージャンクションの登場

今回発表された素子の電気的特性において、最も注目すべき数値は、耐圧1,635Vという高耐圧領域において実現された極めて低い比オン抵抗と、その特異な温度依存性にある。

一般にパワーMOSFETでは、耐圧を保ちつつオン抵抗を下げる性能指数が素子の価値を決定づける。瑶芯微電子が示したデータによると、室温(25℃)での比オン抵抗は1.27 、ジャンクション温度175℃の過酷な高温下においてもわずか1.5 にとどまる。

動作温度条件 比オン抵抗( 備考
25℃(室温) 1.27 1,635V高耐圧クラスとして極めて低い導通損失
125℃(定格動作域) 1.27 25℃〜125℃で導通抵抗の「ゼロ温度ドリフト」を実現
175℃(過酷高温域) 1.5 室温比の温度係数1.2倍未満(従来SiCは1.8〜2.2倍)

より工学的な衝撃を与えているのが、25℃から125℃という電力変換機器の実働コア温度帯において、導通抵抗がほとんど増加しない「ゼロ温度ドリフト」を達成している点だ。175℃における温度係数を見ても室温比で1.2倍未満に収まっている。従来のプレーナ型やトレンチ型SiC MOSFETでは、温度上昇に伴って格子散乱(フォノン散乱)が強まり電子移動度が低下するため、175℃でのオン抵抗は室温の1.8倍から2.2倍にまで跳ね上がるのが物理的な常識であった。この高温時の抵抗増大を1.2倍未満へと抑え込んだ結果、高温稼働時における電流密度は国際的な商用トップ水準比で166%向上し、電力密度も81%向上したという。

なぜSiCの「超接合」は困難だったのか:シリコン限界を超える電荷バランスの壁

スーパージャンクション(Superjunction:超接合)技術そのものは、シリコン(Si)パワー半導体においては過去に実用化され、高耐圧MOSFETの常識を覆した実績がある。ドイツのInfineon Technologiesが展開した「CoolMOS」シリーズがその代表例だ。

従来のユニポーラ型パワーMOSFETでは、耐圧を支えるためにドリフト層の厚みを増し、不純物濃度を薄く設計しなければならない。このため、理論上の比オン抵抗は耐圧の上昇に伴って急激に悪化する「シリコン限界(ユニポーラ限界)」というトレードオフに縛られていた。これに対しスーパージャンクションは、ドリフト領域に微細なP型ピラー(柱状領域)とN型ピラーを交互に周期配列する構造をとる。素子に逆方向電圧が印加されると、PピラーとNピラーの間で横方向の完全空乏化が進み、内部の電界強度分布が従来の三角形から均一な矩形へと変化する。これにより、高い耐圧を維持したままN型ピラーの不純物濃度を桁違いに高くすることが可能となり、比オン抵抗を耐圧にほぼ比例する線形関係まで劇的に引き下げることができる。

しかし、この優れた超接合構造を炭化ケイ素(SiC)へ適用することは、世界の主要半導体メーカーが長年研究を重ねながらも、量産へのハードルが極めて高い未踏領域であり続けてきた。そこにはSiC特有の物理的性質に起因する、微細化、電荷バランス、そして熱拡散という巨大な障壁が存在した。

第一に、超微細化の要求である。SiCはシリコンに比べて約10倍という極めて高い絶縁破壊電界強度を持つ。ドリフト層自体を薄くできる反面、スーパージャンクション効果を発現させるために必要なピラーの幅は、シリコンにおけるスケールとは異なり、極限の微細加工が要求される。

第二に、厳密な「電荷バランス」の制御だ。スーパージャンクションが耐圧を維持できるのは、Pピラー内のアクセプタ電荷総量とNピラー内のドナー電荷総量が完全に等しいという前提に基づく。微細化されたピラー構造において、この電荷の均衡がわずかでも崩れると、電界集中が発生して耐圧が設計値から劇的に崩落する。

第三に、そして最大の障壁となったのが、SiC結晶における熱拡散の不可能性である。シリコンでは、不純物をイオン注入した後に高温熱処理を施せば不純物がシリコン中を拡散するため、深いウェルやピラーを比較的容易に形成できた。ところが、結合エネルギーが極めて強いSiC結晶中では不純物の熱拡散係数がほぼゼロに等しく、熱拡散によって深いピラーを作ることが原理的にできない。

SiCで深い高アスペクト比のピラー構造を作り出すには、極めて薄いエピタキシャル成長と高エネルギーイオン注入を何層も積み重ねる「多段エピタキシャル・多段イオン注入法」を用いるか、あるいは反応性イオンエッチングでアスペクト比の高いディープトレンチを掘り込み、その微細な溝の内側へと欠陥なくP型SiCを結晶成長させて隙間なく埋め戻す「トレンチエッチング・エピ埋め戻し法」を採用せざるを得ない。いずれの手法も、結晶欠陥の発生を抑えながらウェハー面内で均一な不純物濃度と幾何学的形状を制御することが極めて難しく、プロセスコストも跳ね上がる。世界の主要半導体メーカーのロードマップにおいても、SiCスーパージャンクションの実用化は早くても2027年から2031年以降と目されていたのはこのためだ。

今回の成果は、郝躍氏のチームが培ってきたワイドバンドギャップ半導体の物性理論およびデバイス設計技術と、芯聯集成が保有する先端パワー半導体製造ラインのプロセス制御能力を融合させ、5年間に及ぶ試行錯誤を経て、電荷バランスの成立する量産プロセスプラットフォームを構築した点に最大のブレークスルーがある。

AD

高温で化ける実力:高温電流密度+166%がもたらすシステム革新

瑶芯微電子のSiCスーパージャンクションMOSFETが持つ最大の強みは、室温での優れた低抵抗特性に加えて、実際の電力変換機器が置かれる高温稼働環境において劇的な性能アドバンテージを発揮する点にある。

パワーエレクトロニクス機器の設計において、パワー半導体の損失計算は室温ではなく、定格負荷時のジャンクション温度を基準に行われる。従来のトレンチ型やプレーナ型のSiC MOSFETでは、室温でどれほど優れたカタログスペックを誇っていても、ジャンクション温度が175℃まで上昇するとオン抵抗が1.8倍から2.2倍に増大してしまう。抵抗が増大すれば定常的な導通損失も増大し、それがさらなる自己発熱を招いて熱設計を厳しく制約する。このため、システム設計者は最悪条件の高温抵抗を見越して素子を大型化したり、複数素子を並列接続したり、大型の冷却器を配置して熱を逃がさざるを得なかった。

これに対して、25℃から125℃までのオン抵抗温度ドリフトがゼロであり、175℃でも1.2倍未満の抵抗増加に収まるスーパージャンクション素子は、高温動作時の発熱の連鎖を根本から断ち切る。定格動作温度帯において抵抗が増えないため、実働状態での導通損失を劇的に抑制できる。

高温下での電流密度が166%向上したということは、同じ通電容量を確保するために必要な半導体チップの面積を大幅に縮小できる可能性を意味する。チップ面積が小さくなれば、ゲート容量や出力容量などの寄生容量も大幅に削減されるため、スイッチング周波数を引き上げてインダクタやトランスなどの受動部品を小型・軽量化できる。同時に、電力密度が81%向上したことで、パワーユニット全体の容積を大幅に削減し、冷却システムへの熱的負荷を劇的に低減できる。

AIデータセンター給電と次世代EVへ:量産適応と今後の検証課題

瑶芯微電子はこのSiCスーパージャンクションMOSFETの最初の適用先として、データセンター向けの高圧直流給電システムやAIサーバー用の高密度電源ユニットを位置付けている。

生成AIの普及に伴い、最新のAIアクセラレータはラックあたり極めて大きな電力を消費する。この膨大な電力を供給するため、データセンターの給電トポロジーは従来の交流受電・低圧分配から、高圧直流を一括受電してサーバーラック直近で高効率降圧する高圧直流給電方式への移行が進んでいる。さらに、AIサーバー用電源には高効率規格を満たす超高効率と、限られたラックスペースに収めるための極限的な電力密度が求められている。1,635V耐圧と高温ゼロ温度ドリフトを兼ね備えたSiCスーパージャンクションMOSFETは、こうした過酷なAI電源インフラの設計要求に対して直接的な解を提供するものだ。

さらにその先に見据えるのが、新エネルギー車(EV)の主機インバータや急速充電に対応した車載充電器、太陽光発電用パワーコンディショナ、産業用スマートグリッドである。既に車載信頼性規格AEC-Q101認証を取得していることは、同社が当初から車載品質のプロセス基準を満たすべく開発を進めてきた証左といえる。

もっとも、実験室レベルからパイロット量産プラットフォームへの移行を果たしたとはいえ、本格的な市場普及に向けては依然として検証すべき課題が残されている。

第一の課題は、量産歩留まりとコスト競争力だ。高アスペクト比ピラーの形成や厳密な不純物制御を伴う超接合プロセスは、従来のプレーナ構造やトレンチ構造に比べて工程数が多く、製造コストの上昇を伴いやすい。ウェハー面内での電荷バランスのばらつきを抑え、安定した高い歩留まりを維持できるかが、既存のSiCトレンチMOSFETに対する価格競争力を左右する。

第二の課題は、過酷な実環境における長期信頼性の実証である。AEC-Q101規格の試験を通過したとはいえ、高温・高電圧が常時印加される実車走行環境やデータセンターの連続稼働において、ゲート酸化膜の長期信頼性や寄生ダイオードの通電劣化、突発的な短絡事故への耐量などが十分に担保されているかについては、今後の市場投入を通じた長期的なデータ蓄積が不可欠となる。

加えて、世界のパワー半導体をリードしてきた欧米・日本の競合企業が、この先どう対抗してくるかも焦点だ。インフィニオンやSTマイクロエレクトロニクス、ロームをはじめとする主要半導体メーカー各社は、トレンチゲートの微細化や独自のセルレイアウト改善によってSiCの限界を引き上げつつ、SiCスーパージャンクションの研究開発も水面下で進めてきた。中国の産学連携チームが先陣を切って製品発表を行ったことで、次世代高電圧SiCデバイスの技術ロードマップを巡る競争は、研究開発段階から量産適応のスピード勝負へと急速に移行しつつある。