2026年5月12日、Anthropic はサポートページ(claude.com)を更新し、自社株式への不正なアクセスを提供していると判断した8つの投資プラットフォームを名指しした。声明は簡潔で、法律的な曖昧さを排した表現で書かれていた。
「これらの企業が提供する Anthropic 株式の売買または移転は、いかなるものも無効であり、当社の株主名簿には記録されない。」
同社が「無効」と明示したのは、Open Door Partners、Unicorns Exchange、Pachamama Capital、Lionheart Ventures、Hiive(新規取引分)、Forge Global(新規取引分)、Sydecar、Upmarket の8社だ。Claude を開発する Anthropic が、自社のキャップテーブルを管理する目的で、これほど具体的な名指しに踏み切るのは異例だと言える。
発端は今年2月に投稿した投資詐欺への警告だった。今回はその更新版として、実在する流通プラットフォームを特定することで、投資家が「グレーゾーン」に流れ込む前に手を止めさせる意図がある。
なぜ今、こうした取引が増えているのか
AI 業界全体への資金流入が加速している中で、Anthropic への投資需要は突出して高い。同社は2026年4月時点で9,000億ドル規模の評価額での新規資金調達を検討していると報じられており(CNBC)、Claude の商業的な成功が実証されるにつれて、既存株主から株を購入しようとする投資家の動きは加速している。
二次流通市場とは、上場前の企業の株式を既存株主(従業員、初期投資家など)から買い取る仕組みだ。本来は機関投資家や認定投資家向けのチャネルだが、近年は SPV(特別目的事業体)やトークン化証券という形で、実質的にリテール投資家も参加できる構造が広まっている。二次流通の類型は大きく二つに分かれる。
一つは「合成型」の pre-IPO 先物契約だ。これは参照価格にリンクしたデリバティブ商品であり、実際の株式は動かない。OKX などの暗号資産取引所が OpenAI や Anthropic などを対象に展開しているのはこのタイプが多い。実際の株式移転が発生しないため、会社の移転制限規定を直接的には侵害しないが、投資家が手にするのはデリバティブ上のエクスポージャーであって株式ではない。
もう一つは SPV を通じた実質的な株式保有だ。このモデルは SPV が実際の Anthropic 株を(本来合法的な経緯で)取得し、その SPV への持分として投資家に販売する。FTX の破産時に Anthropic 株を8億8,400万ドルで売却した事例が示すように、正規の経路でも株式は市場に出回ることがある。問題は、「正規の経路で取得した」という証明が難しい点だ。
Anthropic は今回の声明で、SPV の形式を問わず取締役会の承認なき移転はすべて無効とし、フォワード契約やトークン化証券も同様に無効だと明言した。これにより、「SPV を介しているから合法」という従来の解釈を明確に否定した形だ。
名指しされた企業の反応
Forge Global は TechCrunch の取材に対して、「誤って掲載された」と主張した。「当社は企業の明示的な承認なしに、いかなる株式についても取引を仲介しない。Anthropic に名前の削除を要請している」と述べている。
Sydecar は管理機能のみを担う立場を強調した。「当社は証券の売買や勧誘は行わず、スポンサーに対して譲渡可能性に関する書類の確認と必要承認の取得を誓約させている」とした。
Hiive は Anthropic の懸念に理解を示しつつも、自社の適法性を主張した。「当社が仲介する株式移転はすべて発行体の承認を得ている」と述べており、新規取引分のみが制限対象と示唆する立場を取っている。
各社の反論に共通するのは「自分たちの手続きは適正だった」という主張だが、Anthropic はそれを個別に評価する意図はなく、すべて一括して「無効」とする強い姿勢を変えていない。
トークン市場が作り出す「幻の評価額」
今回の警告が持つもう一つの側面は、バリュエーションの問題だ。
CoinDesk の報道によれば、PreStocks というプラットフォームでは Anthropic の推定評価額が1.5兆ドル超を示す場面があった。ただしこのプラットフォーム全体の運用資産は約2,300万ドルにすぎない。わずかな資金を元手にした薄い流動性が、巨大な「時価総額」を生み出している構造だ。
非上場企業が交渉で調達する資金調達ラウンドの評価額と、こうした二次市場のトークン価格は、まったく別の意味を持つ。しかし見出しに「評価額1.5兆ドル」と出れば、それが公式の数字であるかのような印象を与える。
フロリダを拠点とする暗号資産弁護士の John Montague は2025年にこう述べている。「私募企業はこうした仕組みがガバナンス文書や株主間契約、投資家権利契約に違反するとして訴訟を提起するかもしれない。株式の移転条件を管理するのは発行体の権利だと考えている。」
Anthropic が今回の警告でレピュテーションリスクとして意識しているのは、まさにこの「数字のひとり歩き」だろう。AI 企業への需要が高まる中で、自社が関与しないところで評価額が形成されていくことは、次のラウンドの価格設定にも影響しかねない。
「シリコンバレーの株を買いたい」という需要はどこへ向かうか
未公開テック株への投資需要は、規制の有無と関係なく存在する。Robinhood Ventures Fund I などの商品も、Anthropic 株への間接的なアクセスを提供する構造を採用していた。こうした商品がすべて詐欺だと言うわけではないが、Anthropic の立場からすれば「承認の有無」が唯一の判断基準であり、それ以外のグレーゾーンを認める余地はない。
SEC や各国規制当局による未公開株式市場の監視が強まる中でも、Anthropic のような非上場企業は自ら証券規制の直接的な対象外に置かれている。同社が行使できるのは、契約上の移転制限と会社法に基づいて承認なき取引を無効と宣言する権限だ。
AI 企業への熱狂が続く限り、この構造的な緊張は解消されない。IPO が実現すれば状況は変わるが、Anthropic は現時点で上場計画を公式には表明していない。それまでの間、個人投資家に残されるのは「Anthropic に投資する方法を提供すると主張するあらゆる手段を、無効と見なして用心せよ」という同社自身の言葉だ。