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Apple Watchの精度、大規模研究で「残酷な真実」が判明。カロリー消費は28%の誤差、心拍数は驚異の正確性

Y Kobayashi

2025年6月6日9:09AM

日々の健康管理やトレーニングの相棒として、多くの人々の手首に巻かれているApple Watch。しかし、その画面に表示される歩数や消費カロリー、心拍数といった数値は、一体どれほど信頼できるのだろうか? こうした疑問に対し、米ミシシッピ大学の研究チームが包括的な答えを提示した。56もの先行研究を統合・分析したこの新たなメタアナリシスは、Apple Watchのフィットネス機能における「光と影」を、かつてないほど鮮明に浮かび上がらせている。

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大規模研究が暴いたApple Watchの「光と影」

今回、生理学計測の専門誌『Physiological Measurement』に掲載された研究は、Ju-Pil Choe氏とMinsoo Kang教授によって行われた。彼らは、過去に発表されたApple Watchの精度に関する56件の研究データを収集し、それらを統合分析。これにより、個々の研究だけでは見えにくい、全体的な傾向と精度を定量的に評価したのだ。

分析の核心となったのは「平均絶対パーセント誤差(MAPE)」という指標だ。これは、デバイスの測定値が「平均して何パーセントずれているか」を示すもので、数値が小さいほど精度が高いことを意味する。

その結果は、実に衝撃的だった。

  • エネルギー消費量(カロリー): MAPE 27.96%
  • 歩数: MAPE 8.17%
  • 心拍数: MAPE 4.43%

この数字が意味するのは、Apple Watchは心拍数の計測において極めて高い精度を誇る一方、消費カロリーの推定には平均して約28%もの大きなズレがあるということだ。歩数に関しても全体的には良好な精度を示しているが、カロリーほどの差ではないにせよ、心拍数に比べると誤差は大きくなる。

研究チームは、国際電気標準会議(IEC)などが示す妥当性の基準値として「MAPE 10%未満」を一つの目安としている。この基準に照らせば、心拍数と歩数は「合格」、しかしカロリー消費は「不合格」とはっきり結論づけられる。

なぜカロリー消費の推定はこれほど難しいのか?

多くのユーザーが最も気にするであろう消費カロリーの数値が、なぜこれほど不正確なのだろうか。その理由は、測定原理の違いにある。

心拍数や歩数は、比較的「直接的」に計測される。心拍数は、手首の血流の変化をLED光で読み取る光電式容積脈波記録法(PPG)センサーで、歩数は内蔵された加速度センサーが体の揺れを検知することで、物理的な現象を直接捉えている。もちろん、腕の振り方やデバイスの装着状態によるノイズはあるが、基本的な原理はシンプルだ。

一方で、エネルギー消費量(カロリー)は、体内で直接測定するセンサーが存在しない。そのため、Apple Watchは心拍数、加速度センサーからの活動データ、そしてユーザーが入力した年齢、性別、身長、体重といった個人情報を組み合わせ、独自のアルゴリズムによって「推定」しているに過ぎないのだ。

この「推定」こそが、誤差を生む最大の要因である。例えば、同じ心拍数120bpmでも、それがランニングによるものか、筋力トレーニングによるものか、あるいは精神的な緊張やストレスによるものかで、実際のエネルギー消費は全く異なる。特に、腕の動きが少ないサイクリングや、高強度な負荷がかかるものの動き自体は小さい筋トレなどでは、加速度センサーだけでは活動の強度を正確に捉えきれず、推定の難易度はさらに上がる。

今回の研究でも、活動の種類によってカロリー消費の誤差が大きく変動することが示されている。特に安静時や軽度な活動時では、誤差(MAPE)が43.3%にまで跳ね上がった。これは、動きが少ない状態では、心拍数のわずかな変動から活動量を正確に推定することが極めて困難であることを物語っている。

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「高精度」は本当か?心拍数と歩数の実力を深掘り

では、高い評価を得た心拍数と歩数の精度は、どのような状況でも信頼できるのだろうか。この点についても、研究は詳細なデータを示している。

心拍数:医療レベルに迫る驚異の安定性

MAPE 4.43%という心拍数の精度は、コンシューマー向けデバイスとしては驚異的と言える。研究によれば、この高い精度は活動の種類(安静、ウォーキング、サイクリング等)や強度、ユーザーの健康状態(健常者、臨床患者)によらず、非常に安定していた

さらに興味深いのは、デバイスの世代による進化だ。新しいモデルほど精度は向上する傾向にあり、Apple Watch Series 7ではMAPEが1.5%Series 4では1.9%と、もはや誤差はごくわずかなレベルに達している。これは、センサー技術やノイズを除去するアルゴリズムが着実に進化している証拠と言えるだろう。日常の健康モニタリングや、トレーニング中の心拍ゾーン管理において、Apple Watchの心拍数データは非常に信頼性の高い指標となる。

歩数:概ね良好だが「過信は禁物」な側面も

全体でMAPE 8.17%と良好な結果だった歩数計測だが、心拍数ほど盤石ではない。分析によれば、特定の条件下で精度が低下する傾向が見られた。

  • ユーザーの年齢: 40歳未満のユーザー(MAPE 4.3%)に対し、40歳以上のユーザーではMAPEが10.9%と誤差が倍以上に増加した。加齢による歩行パターンの変化などが影響している可能性が考えられる。
  • 活動の強度: 軽度な強度の活動ではMAPEが23.9%と、誤差が著しく大きくなった。これは、ゆっくりとした歩行や不規則な動きを、アルゴリズムが正確に「歩数」として認識しきれない場合があることを示唆している。
  • 活動の種類: 意外にも、ランニングマシンのようなトレッドミル上での活動はMAPEが10.1%と、誤差が10%を超えた。腕の振りが通常歩行と異なることなどが一因かもしれない。

これらの結果は、歩数計としてのApple Watchは日々の活動量の目安として十分に機能するものの、特定の条件下では数値がズレる可能性があることを念頭に置くべき、ということを教えてくれる。

新モデルとアルゴリズムの進化

一方で、研究者らはApple Watchの新モデルが、以前のモデルと比較して(一部の例外を除き)精度のばらつきを示す合意限界(LoA)が狭まる傾向にあることを指摘している。これは、Appleがデバイスに搭載されるセンサー技術だけでなく、収集した生体データを解析するアルゴリズムを継続的に改良している証拠である。

博士課程学生のJu-Pil Choe氏は、「全てのアップデートが大きな飛躍であるとは言えないが、時間の経過とともに徐々に改善が見られる明確な傾向がある」と述べており、Appleが技術を洗練させていることを示唆している。特に、機械学習技術の導入は、複雑な人間の行動パターンをより正確に予測・分析し、デバイスの精度を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。

本研究は、Bland-Altman法のメタアナリシスという頑健な手法を用いた点で大きな強みを持つが、基準デバイスの多様性やMAPEの標準偏差を分析できなかった点など、いくつかの限界も有している。しかし、これらの限界は、今後の研究がEE測定のさらなる改善、標準化されたプロトコルの開発、そしてより詳細な参加者特性(例:思春期の若者、高齢者、糖尿病患者など)を考慮することの重要性を示唆している。

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診断ツールではない。Apple Watchとの「賢い付き合い方」

今回の研究を主導したMinsoo Kang教授は、「これらのデバイスは習慣を記録し、モチベーションを維持するのに最適です。しかし、特にカロリーについては、すべての数値を100%真実として受け取らないでください」と語る。

この言葉に、我々ユーザーがApple Watchとどう向き合うべきかの答えが集約されている。

  • カロリー消費: 表示される数値は、あくまで大まかな「目安」と心得るべきだ。絶対値に一喜一憂するのではなく、日々の増減や週単位での傾向を把握するための参考情報として活用するのが賢明だ。
  • 心拍数: 日常的な健康状態のチェックや、運動強度の管理に非常に有効なツール。安静時の心拍数の変化や、運動後の回復心拍数などを定点観測することで、体調の変化を早期に察知するきっかけにもなり得る。
  • 歩数: 「1日1万歩」のような目標達成のためのモチベーションツールとして最適。日々の活動量を可視化し、運動習慣を促す強力な味方となる。

Apple Watchは、医療機器や診断ツールではない。しかし、私たちの健康意識を高め、より良い生活習慣へと導いてくれる「優秀なガイド」であることは間違いない。その限界と実力を正しく理解することこそが、この先進的なデバイスの価値を最大限に引き出す鍵となるだろう。


論文

参考文献

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