オランダの半導体製造装置メーカーASMは9月22日、微細な溝を炭素膜で埋めながら、表面を平坦に仕上げる「XP8 Vertos Flowable Carbon」を発表した。
プラズマ化学気相成長(PECVD)を使い、従来は別々の処理が必要になりやすかった埋め込みと平坦化を、一つの成膜工程で行うことを狙う。ASMによると、すでに量産工程への初期導入も始まっている。
ただし、この技術が2026年になって突然登場したわけではない。同社は3年前から、成膜と同時に表面を平坦化できる炭素膜を公開資料で紹介していた。
今回の発表で重要なのは、新しい材料の着想そのものより、研究・開発段階にあった技術が量産設備向けの製品として導入され始めた点にある。
溝を埋めながら表面も平らにする
立体化が進む半導体では、細く深い溝や穴を材料で埋め、その上に次の層を形成する工程が増えている。
従来の形状に沿って成長する炭素膜では、溝の底や側壁を覆うことはできても、下地の凹凸がそのまま膜の表面に残りやすい。
この凹凸が上層にも引き継がれると、その後の微細なパターン形成に適した平らな面を作るため、追加の平坦化処理が必要になる。
ASMが狙うのは、この埋め込みと平坦化を一つの工程にまとめることだ。
同社の説明によると、新しい炭素膜は溝の内部を下から埋めるように成長し、成膜と同時に表面も平坦になっていく。
幅に対して深さの大きい高アスペクト比構造でも、膜の内部に空隙や継ぎ目を残さず埋められるとしている。
さらにASMは、ウェーハ上でパターンの密度が異なる領域が混在していても、表面の高さをそろえやすい点を強調する。
半導体のウェーハ上には、微細なパターンが密集した領域と、比較的広い空間がある領域が混在する。同じ厚さの膜を形成しても、場所によって表面の高さに差が生じることがある。
Vertosが狙う平坦化は、一本の溝をきれいに埋められるかどうかだけではなく、こうしたパターン密度の違いをまたいでも、次の加工に適した表面を維持することにある。
これによって、成膜後に必要だった化学機械研磨(CMP)や、余分な膜を削るエッチバックの一部を省略できる可能性がある。
ただし、省略できる可能性があるのは、この炭素膜の埋め込みと平坦化に関連する処理だ。半導体製造で使われるCMPなどの研磨工程すべてが不要になるわけではない。
同じように凹凸を埋める方法には、液体材料を回転するウェーハへ塗布して膜を形成するスピン塗布型カーボンもある。
ASMが2023年に示した比較では、この方法について、余分な膜厚を減らすための追加処理が必要になる場合や、適用しにくい構造があると説明していた。
今回の技術の新しさは、「炭素を使って溝を埋める」こと自体ではない。
液状材料の流動性を利用するスピン塗布型とも、下地の形状に沿って成膜する従来の炭素膜とも異なり、PECVD装置上で流動性を持つ炭素膜を形成し、埋め込みと平坦化を同時に行う点にある。
| 方法 | ASMが示す特徴・課題 | 今回の発表での位置付け |
|---|---|---|
| 従来の形状追従型炭素膜 | 下地の凹凸が表面に残り、後工程で補正が必要になる場合がある | 2026年発表での比較対象 |
| スピン塗布型カーボン | 構造によっては余分な膜厚を減らす追加処理が必要 | 2023年のASM資料で比較 |
| Vertosの流動性カーボン膜 | 溝を埋めながら表面も平坦化し、CMPやエッチバックの一部削減を狙う | 2026年に製品化し、量産工程への初期導入を開始 |
この表は、ASMが異なる時期の資料で示した比較対象を整理したものだ。
同じ溝形状、同じウェーハ、同じ製造条件で3方式の歩留まりやコストを直接比較した試験結果ではない。
技術自体は2023年から示されていた
今回の発表では「市場初」という表現が使われているが、2026年になって初めて原理が発見されたという意味ではない。
ASMが「初」としているのは、PECVDを使って形成する流動性カーボン膜を量産装置向けの製品として提供する点だ。
自己平坦化するPECVD炭素膜の構想自体は、同社が2023年に公開した投資家向け資料にすでに登場していた。
ASMの公開資料を追うと、開発の流れが見えてくる。
2023年には自己平坦化型のPECVD炭素充填技術を紹介し、2025年には空隙なく埋め込まれた断面像を公開。そして2026年9月、正式な製品として発表し、量産工程への初期導入が始まったことを明らかにした。
根拠となるのは、2023年の投資家向け資料69ページ、2025年の同資料10ページ、2026年9月22日の発表文だ。
2023年の資料では「自己平坦化するPECVD炭素充填」を示し、スピン塗布型カーボンとの違いを説明していた。
2025年の資料には「空隙なし」「良好な平坦性」と説明された断面像が掲載され、PECVD事業を成長させる技術の一つとして紹介されている。
ただし、いずれの資料にも具体的な量産採用先は記載されていなかった。
今回新たに明らかになったのは、「XP8 Vertos Flowable Carbon」という製品として正式に投入され、量産工程への初期導入まで進んだことだ。
もっとも、ここまでの資料はいずれもASM自身が公表したものだ。
2025年に示された断面像についても、その構造や製造条件が、すべての用途で同じ性能を得られることを証明するものではない。
量産への初期導入についても、どの半導体メーカーのどの製品で、どの程度の規模で使われているかは明らかにされていない。
ロジックとメモリの微細加工に利用
Vertosの炭素膜は、電気を流す新しい配線材料や、炭素を使ったトランジスタ材料として発表されたものではない。
ASMは、半導体の微細パターンを形成する工程で使う補助膜として位置付けている。
先端ロジックでは、ハードマスクを使う工程への適用を想定する。
ハードマスクは、上層に形成した微細なパターンを下層へ転写する際、エッチングに耐えて加工形状を保つための補助膜だ。
そのため、炭素膜で溝を埋めた後の表面が平らであることは、その上にさらに微細なパターンを作るうえで重要になる。
ASMの製品ページでは、細い溝からマイクロメートル規模の空洞までを対象に挙げている。
また、双極子や仕事関数を制御する材料のパターニングなどにも利用できるとしている。
すべての空間を完全に埋める使い方だけではない。
ASMの技術解説によると、炭素膜を必要な高さまで形成した後、同じ装置内でリセス処理を行い、膜の高さや形状を調整することもできる。
構造ごとに必要な膜厚を調整できれば、その後の加工条件を設定しやすくなる可能性がある。
ただし、こうした効果を工程ごとの数値で示したデータは公開されていない。
メモリ分野では、DRAMや3D NANDの深い構造への利用をASMは想定している。
先端パッケージングや、ウェーハレベルの集積技術への応用については、現在も検討段階だとしている。
一方、9月22日の発表で確認できるのは、製品が量産工程へ「初期導入」されたという段階までだ。
ロジックとメモリの双方で幅広く量産採用されたことを意味するわけではない。
想定される用途の広さと、実際の採用状況は分けて見る必要がある。
本当の効果を判断するには、まだ数字が足りない
ASMは、追加のCMPやエッチバックを減らすことで、工程の複雑さ、コスト、欠陥発生のリスクを抑えられるとしている。
工程を統合する価値は、同じ加工結果を得るまでに必要な装置や処理回数を、実際にどこまで減らせるかで決まる。
しかし今回の発表には、削減できた具体的な工程数や、ウェーハ1枚当たりの処理時間は示されていない。
欠陥密度や歩留まりについて、従来法と比較した数値もない。コストを何%削減できるかといった定量的なデータも公表されていない。
膜そのものについても、どの程度の幅と深さを持つ溝まで空隙なく埋められたのかが重要になる。
パターン密度が異なる領域をまたいだ際、平坦化後にどの程度の段差が残るのかという数値も必要だ。
評価する構造や測定方法が異なれば、「空隙がない」「平坦である」という言葉の意味も変わる。
ASMはこのほか、熱安定性の向上や、特定の領域へ選択的に膜を形成しやすい性質も挙げている。
ただし、温度条件や比較対象、選択性を示す具体的な数値は公表していない。
パターン転写に使う補助膜であれば、その後のエッチングにどれだけ耐えられるかも重要な性能になる。
こうしたデータがそろわない段階で、Vertosによって最終的なチップ性能やAI処理速度がどれだけ向上するかを算出することはできない。
それでも、今回の発表には明確な前進がある。
2023年に示されていた技術構想が、量産装置向けの正式な製品となり、実際の製造ラインへの初期導入まで進んだことだ。
今後、採用される製造ラインや対象構造が明らかになり、同じ条件で従来法と平坦性や工程数を比較できれば、この技術による工程統合の効果をより正確に判断できる。
さらに歩留まりやコストまで比較できれば、半導体メーカーにとってどの程度のメリットがあるのかも見えてくる。
Vertosの価値が本格的に確認されるのは、単に膜がきれいに流れ込むことではなく、それによって実際の製造工程をどこまで減らせるかが明らかになったときだ。
