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AWS、NVIDIAの牙城に「コスト」で挑む──自社製AIチップTrainiumとGravitonで描くAIインフラ新秩序

Y Kobayashi

2025年6月19日

AIの進化を支える半導体市場で、絶対王者NVIDIAの優位性にクラウドコンピューティングの巨人、Amazon Web Services (AWS) が急速にその存在感を示しているのだ。同社は、自社開発のカスタムチップ「Trainium」と「Graviton」を両輪を武器に、NVIDIAが築き上げた高性能・高価格のAIインフラ市場に対し、「優れたコストパフォーマンス」という極めて現実的な挑戦状を叩きつけているのだ。

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AIインフラの覇権を揺るがすAWSの「両輪」戦略

AWSの挑戦の核心は、単一のAIチップでNVIDIAに対抗するのではなく、「Graviton」CPUと「Trainium」AIアクセラレータという、二つの異なる役割を持つカスタムチップを組み合わせた「両輪」戦略にある。このアプローチは、AIワークロードが直面する二つの大きな課題、すなわち「データ転送のボトルネック」と「AIトレーニングの莫大なコスト」を同時に解決しようとする野心的な試みだ。

「データ転送のボトルネック」を解消するGraviton4

AWSが近くアップデートを発表すると報じられている「Graviton4」CPUは、その象徴的な一手だ。最大の注目点は、パブリッククラウド最高水準を謳う600ギガビット/秒 (Gbps) という驚異的なネットワーク帯域幅である。

AWSのエンジニアであるAli Saidi氏は、この速度を「1秒間に100枚の音楽CDを読み込む速さ」と表現している。これは単なる比喩ではない。大規模なAIモデルのトレーニングでは、膨大なデータがプロセッサとメモリ、あるいは複数のサーバー間を絶えず行き来する。このデータ移動の遅延こそが、システム全体の性能を決定づける「ボトルネック」となり得るのだ。Graviton4の超広帯域ネットワークは、このボトルネックを直接的に解消し、AIワークロード全体の効率を飛躍的に高めることを狙っている。これは、AIインフラにおけるデータ転送コストと時間を大幅に削減する、地味だが極めて重要な改善点である。

「AIトレーニングのコスト」を破壊するTrainium

もう一方の車輪である「Trainium」は、NVIDIAのGPUが独占するAIトレーニング市場に正面から切り込むアクセラレータだ。AWSは、2023年12月に発表した「Trainium2」が、当時の市場に存在する他のAI GPUと比較して最大40%優れた価格性能を提供すると主張している。

この主張を裏付けるのが、急成長するAIスタートアップAnthropicとの提携だ。CNBCの報道によれば、Anthropicの最新AIモデル「Claude Opus 4」は、AWSのTrainium2チップ上でローンチされた。さらに、Anthropicのために構築されているAIスーパーコンピュータ「Project Rainier」は、実に50万個以上ものTrainiumチップで構成されるという。これは、従来であればNVIDIAに流れたであろう大規模な発注が、AWSのカスタムチップに置き換わったことを示す決定的な事例と言える。

AWSのGadi Hutt氏(Senior Director for Customer and Product Engineering)は、NVIDIAの最新鋭チップ「Blackwell」が絶対性能でTrainium2を上回ることを率直に認めつつも、「Trainiumはより優れたコストパフォーマンスを提供する」と強調する。すべてのユーザーが最高性能を必要とするわけではない。特定のワークロードにおいて「十分な性能」を「より低いコスト」で提供すること。これこそが、AWSの現実的な市場攻略の鍵なのだ。

次の一手「Trainium3」──性能と効率でNVIDIAに肉薄

AWSの攻勢はここで終わらない。同社はすでに次世代チップ「Trainium3」を年内に投入する計画を明らかにしている。この次の一手は、NVIDIAとの性能差をさらに縮め、コスト優位性を決定的なものにする可能性を秘めている。

性能は2倍か、4倍か?錯綜する情報が示す期待の高さ

Trainium3の性能向上率については、情報が錯綜しており、Trainium2の2倍とも4倍とも言われている。

この情報の不一致は、公式発表前の期待感の表れとも解釈できる。いずれにせよ、これが大幅な性能向上であることは間違いない。この数字の揺れ動き自体が、市場関係者がAWSのカスタムチップ開発の進展にいかに高い関心を寄せているかを物語っていると言えるだろう。

50%の電力効率改善が持つ戦略的意味

性能向上と並んで見過ごせないのが、「50%のエネルギー効率向上」という目標だ。AIデータセンターの運用コスト(OpEx)の大部分を占めるのは電力コストであり、この効率改善は総所有コスト(TCO)の劇的な削減に直結する。

NVIDIAのチップが高性能である一方、その消費電力と発熱は常に課題とされてきた。AWSがエネルギー効率を戦略の柱に据えるのは、クラウド事業者としてデータセンターの運用コストを誰よりも熟知しているからに他ならない。これは、単なるチップ単体の価格競争ではなく、インフラ全体の経済性を巡る戦いにおいて、AWSが持つ構造的な優位性を示すものだ。

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NVIDIAの牙城「CUDA」は崩せるか?エコシステムを巡る攻防

この戦いの勝敗を決するのは、ハードウェアのスペックだけではない。開発者が利用するソフトウェア、すなわち「エコシステム」こそが、NVIDIAの最も堅固な牙城である。

王者NVIDIAの自信と「CUDA」の壁

NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏が、カスタムチップの脅威を一貫して軽視してきた背景には、同社が長年かけて築き上げてきたソフトウェアプラットフォーム「CUDA」への絶対的な自信がある。世界中のAI研究者や開発者がCUDAを標準として利用しており、その膨大なコード資産と開発ノウハウは、他社が容易に乗り越えられない「壁」となっている。Huang氏が「性能がすべて」と語る時、それはハードウェアの性能だけでなく、CUDAエコシステムがもたらす開発効率や柔軟性を含めた総合的なパフォーマンスを指しているのだ。

AWSの切り札「Neuron SDK」とクラウドという引力

もちろん、AWSも手をこまねいているわけではない。同社は「Neuron SDK」という独自のソフトウェア開発キットを提供し、開発者がTrainiumやGravitonを容易に利用できる環境を整備している。

しかし、AWSの真の切り札は、SDKそのものよりも、世界最大のクラウドプラットフォームという圧倒的な「引力」にある。既にAWSのサービスに深く依存している膨大な数の企業にとって、AWSのカスタムチップを試すためのスイッチングコストは極めて低い。NetflixやSalesforceのような大口顧客が、既存のインフラ上でよりコスト効率の良い選択肢としてTrainiumを導入するのは、ごく自然な流れだ。これは、NVIDIAがスタンドアロンのGPUを販売する際にはない、AWSならではの強力なクロスセル戦略なのである。

「性能戦争」から「利益率戦争」への転換点か

この一連の動きを俯瞰すると、AIハードウェア市場の競争軸そのものが変化しつつあることが見えてくる。これは、最高の性能を追求する「性能戦争」から、いかに効率よく利益を生み出すかという「利益率(マージン)戦争」への転換点なのかもしれない。

AWSのクラウド事業の粗利益率は、カスタムシリコンの採用拡大を背景に、2020年の26%から2024年には32%へと着実に上昇している。自社でチップからサーバー、ソフトウェア、冷却システムまでを設計する垂直統合モデルが、NVIDIA製チップを購入する場合に比べて大幅なコスト削減と利益率改善をもたらしているのだ。

この構造は、NVIDIAにとって深刻な脅威となり得る。AWSがコスト優位性を武器に顧客に安価なAIコンピューティングを提供すれば、NVIDIAは価格を引き下げるか、市場シェアを失うかの二者択一を迫られる可能性がある。Moor Insights & StrategyのCEO、Patrick Moorhead氏が指摘するように、市場の需要は複数の競争相手を支えるほど大きいものの、そのパイの大部分を占めてきたNVIDIAの「GPUプレミアム」が、AWSによって切り崩され始めていることは間違いない。

AIの民主化は、NVIDIAのような高性能チップメーカーによって牽引されるのか。それとも、AWSのようなクラウド巨人が提供するコスト効率の良いインフラによって加速されるのか。この競争の行方は、単にシリコンバレーの企業勢力図を塗り替えるだけでなく、AIという技術が私たちの社会に浸透していくスピードと、その未来の形そのものを決定づける、極めて重要な意味を持っていると言えるだろう。


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