米半導体大手Broadcomは2025年6月3日(現地時間)、人工知能(AI)インフラの常識を塗り替える可能性を秘めた最新ネットワーキングチップ「Tomahawk 6」シリーズの出荷開始を発表した。単一チップで102.4テラビット/秒(Tbps)という驚異的なスイッチング容量を実現し、これは現在市場に出回っているイーサネットスイッチの2倍に相当する。AIの進化がデータセンターのネットワーク帯域に未曾有の要求を突きつける中、Tomahawk 6の登場は、次世代AIクラスタの設計と運用に大きな変革をもたらす狼煙と言えるだろう。
Tomahawk 6とは何か? – 驚異のスペックとAI時代の要請
Tomahawk 6は、Broadcomが長年培ってきたイーサネットスイッチ技術の集大成であり、特に大規模AIワークロードの処理に最適化された設計が施されている。その核心は、何と言っても102.4Tbpsという圧倒的なスイッチング容量である。これは、前世代の主力製品であったTomahawk 5(51.2Tbps)から一気に2倍の性能向上を果たしており、まさに桁違いのデータ処理能力を誇る。
「Tomahawk 6は単なるアップグレードではなく、ブレークスルーです」と、Broadcomのコアスイッチンググループ担当SVP兼GMであるRam Velaga氏は語る。「これはAIインフラ設計の転換点であり、最高の帯域幅、電力効率、そしてスケールアップおよびスケールアウトネットワークのための適応型ルーティング機能を単一プラットフォームに統合しているのです」。
この性能向上は、AIモデルの巨大化と複雑化に伴い、データセンター内でGPU(Graphics Processing Unit)やその他のAIアクセラレータ(XPU)間を流れるデータ量が爆発的に増加している現状への明確な回答と言えるだろう。数百、数千、あるいは将来的には100万を超えるXPUで構成される巨大AIクラスタの構築が現実のものとなりつつある中、ネットワークがボトルネックとなることを防ぐ上で、Tomahawk 6のような超広帯域スイッチの役割は決定的に重要となる。
技術的な進化の背景には、チップレットアーキテクチャの採用と、台湾積体電路製造(TSMC)の3ナノメートル(nm)製造プロセスの活用がある。前世代のTomahawk 5がモノリシック(単一のシリコンダイ上に全ての回路を集積)であったのに対し、Tomahawk 6では機能を複数の小さなチップ(チップレット)に分割し、それらを一つのパッケージ内で高度に統合する手法を採用した。これにより、設計の柔軟性が向上し、より複雑で高性能なチップの実現が可能になったと見られる。また、最先端の3nmプロセスを用いることで、性能向上と消費電力の抑制を両立させている点も注目される。
Tomahawk 6の注目すべき技術詳細
Tomahawk 6の驚異的な性能は、数々の先進技術によって支えられている。その中でも特に注目すべき点をいくつか見ていこう。
SerDes技術 – 200G PAM4と柔軟な構成
高速なデータ伝送を実現する上で欠かせないのがSerDes(Serializer/Deserializer)技術だ。Tomahawk 6は、1レーンあたり200GbpsのPAM4(Pulse Amplitude Modulation 4-level)SerDesを搭載している。これにより、1つのスイッチパッケージで最大512ポートの200Gbps接続、あるいは帯域幅を優先する場合は最大64ポートの1.6Tbps接続をサポートする。
さらに、Broadcomは1チップ上に1,024個の100G SerDesを搭載するオプションも用意しており、顧客は100Gインターフェースを持つXPUや光モジュールを効率的に活用し、銅線ケーブルでの接続距離を伸ばしたAIクラスタを展開できるようになる。この柔軟なポート構成は、様々な規模や要件を持つAIデータセンターへの対応を可能にする。
Co-Packaged Optics (CPO) – 省電力と高密度化への挑戦
Tomahawk 6は、次世代の光接続技術として注目されるCo-Packaged Optics (CPO)にも対応している。CPOは、従来プラガブル(抜き差し可能)な光トランシーバーに搭載されていたレーザーやデジタルシグナルプロセッサ(DSP)といった光部品を、スイッチASICと同一基板上に近接して実装する技術だ。
BroadcomはTomahawk 4および5のCPOバージョンで実績を積んでおり、Tomahawk 6でもこの技術をさらに推し進めている。CPOの採用により、プラガブル光モジュールで消費されていた電力を大幅に削減し、信号経路の短縮による低遅延化、そしてポート密度の向上が期待できる。大規模AIクラスタでは、ネットワーク機器の消費電力が全体のTCO(総所有コスト)に大きな影響を与えるため、CPOによる省電力効果は非常に魅力的だ。
ただし、CPOには保守性の課題も残る。プラガブルモジュールであれば故障時に容易に交換できるが、CPOの場合はスイッチ全体に影響が及ぶ可能性があり、この点の解決策が普及の鍵となるだろう。
Cognitive Routing 2.0 – 賢いネットワークでAIを加速
Tomahawk 6は、AIワークロードに最適化されたインテリジェントなルーティング機能「Cognitive Routing 2.0」を搭載している。これは、高度なテレメトリ(遠隔監視・測定)、動的な輻輳(ふくそう)制御、迅速な障害検出、パケットトリミングといった機能を備え、ネットワーク全体の負荷分散と適応的なフロー制御を実現する。
特に、Mixture-of-Experts(MoE)モデルやファインチューニング、強化学習、推論といった現代のAIワークロードでは、通信パターンが複雑かつ動的に変化するため、ネットワーク自身が状況を把握し、トラフィックを賢く誘導する能力が求められる。Cognitive Routing 2.0は、こうした要求に応え、AI処理の効率を最大化することを目指している。
Ultra Ethernet Consortium (UEC) と Scale-Up Ethernet (SUE) – オープンなエコシステムへの貢献
Broadcomは、Tomahawk 6がUltra Ethernet Consortium (UEC)の仕様に準拠していることを強調している。UECは、AIおよびハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)向けの次世代イーサネット標準を策定するために設立された業界団体であり、オープンな標準技術に基づくエコシステムの構築を目指している。
さらにBroadcomは、2025年4月のOpen Compute Project (OCP) Dublinにおいて、XPUやNIC(Network Interface Card)向けの効率的なスケールアップインターフェースに関するオープン仕様「Scale Up Ethernet (SUE) Framework」を発表した。これは、NvidiaのNVLinkのようなプロプライエタリなインターコネクト技術とは一線を画し、オープンなイーサネットベースのスケールアップ接続を推進しようという意図が伺える。Tomahawk 6は、このSUEフレームワークにも対応しており、ユーザーは特定のベンダーにロックインされることなく、柔軟なAIインフラを構築できる可能性が広がる。
Tomahawk 6がもたらすインパクト – AIインフラはどう変わるか?
Tomahawk 6の登場は、AIインフラの構築と運用に多大な影響を与えることが予想される。
大規模クラスタの実現 – 100万XPU時代へ
Broadcomは、Tomahawk 6が10万から100万XPU規模のクラスタにおけるスケールアウト(多数のノードを接続してシステム全体を拡張)およびスケールアップ(個々のノードの処理能力を高める)の双方のネットワーク要求に応えることができるとしている。これは、これまで以上に巨大なAIモデルの学習や、超並列処理による高速な推論を可能にする道を開く。
BroadcomのVelaga氏は、「数年後には、一つの物理的な建物の中に100万個のGPUが収容されるようになるでしょう」と、AIインフラの将来像を語っている。Tomahawk 6は、まさにそのような未来のデータセンターを支える基盤技術となり得る。
ネットワーク構成の簡素化と効率向上
Tomahawk 6の高いスイッチング容量とポート密度は、データセンターネットワークのトポロジーを簡素化する効果ももたらす。例えば、従来3階層のスイッチ構成が必要だった大規模ネットワークも、Tomahawk 6を用いれば2階層で構築可能になる場合がある。これにより、スイッチ間のホップ数が減り、遅延が削減されるだけでなく、必要なスイッチの数やケーブル配線も削減できる。
Broadcomの資料によれば、2階層ネットワークは3階層ネットワークと比較して、ネットワーク機器の数を半減させ、電力消費を40%削減し、遅延も低減できる可能性があるという。
コスト削減と省電力への貢献
スイッチ数の削減、配線の簡素化、そしてCPOによる省電力効果は、AIデータセンターのTCO削減に大きく貢献する。AIクラスタの運用コストにおいて、電力消費は無視できない要素であり、Tomahawk 6のような高効率なネットワーク機器の採用は、持続可能なAIインフラの実現に向けた重要な一歩となるだろう。
競争環境と市場の動向 – NVIDIAとの覇権争い
AIネットワーク市場において、Broadcomの最大のライバルとなるのは、GPU市場で圧倒的なシェアを誇るNVIDIAであることは論を俟たない。NVIDIAは、独自の高速インターコネクト技術であるInfiniBand(Quantumシリーズ)に加え、イーサネットベースのSpectrum-Xシリーズも提供しており、AIデータセンター向けネットワークソリューションを積極的に展開している。
NVIDIAのQuantum-X、Spectrum-Xとの比較
Tomahawk 6とNVIDIAの次世代スイッチ(Quantum-XのCPO版や、2026年登場予定のSpectrum-XのCPO版)を比較してみよう。NVIDIAのSpectrum SN6810 ASICは、Tomahawk 6と同様に102.4Tbpsの帯域幅と200Gbps SerDesを特徴としており、両者は非常に近いスペックを持つ。
NVIDIAの強みは、GPU、DPU(BlueField)、NIC(ConnectX)、そしてスイッチ(Quantum/Spectrum)といったAIクラスタを構成する主要コンポーネントを垂直統合で提供できる点にある。これにより、最適化されたパフォーマンスとInfiniBandに匹敵する低遅延をイーサネット上で実現しようとしている。
一方、BroadcomのVelaga氏は、Tomahawk 6のCognitive Routing機能により、特定のNICやXPUに依存することなく同様の結果を達成できると主張しており、オープンなエコシステムでの優位性を強調している。
Ethernet vs InfiniBand – 変化する勢力図
長年、HPCやAI分野では低遅延・広帯域を実現するInfiniBandが優位とされてきたが、近年その勢力図に変化が見られる。Dell’Oro Groupのアナリスト、Sameh Boujelbene氏は、2025年時点でイーサネットがInfiniBandのシェアを上回ったと推定している。イーサネットの汎用性、コスト効率、そして急速な技術革新が、AIネットワークにおける採用を後押ししているようだ。
BroadcomのVelaga氏は、「これらのネットワークはすべてイーサネットで非常にシンプルに実現できる。難解な技術は必要ない」と述べ、イーサネットの優位性を改めて訴えている。Tomahawk 6は、このイーサネット復権の動きをさらに加速させる可能性を秘めている。
Broadcomの戦略とエコシステム
Broadcomは、TomahawkおよびJerichoスイッチファミリー、Thor NIC、Ageraリタイマー、Sian光DSP、CPO、ソフトウェア開発キットなど、AIインフラ向けの包括的なエンドツーエンドのイーサネットプラットフォームを提供している。オープンスタンダードへの準拠と、SUEフレームワークのようなイニシアチブを通じて、幅広いパートナー企業とのエコシステムを構築し、Nvidiaの垂直統合モデルに対抗しようという戦略が見て取れる。
Accton、Arista Networks、Celestica、Delta Electronics、Juniper Networks、Supermicroといった名だたるネットワーク機器ベンダーやシステムインテグレーターが、BroadcomのプレスリリースでTomahawk 6への期待を表明しており、強力なパートナーシップが形成されつつあることを示唆している。
今後の展望
Bloomberg Intelligenceのリード半導体アナリスト、Kunjan Sobhani氏は、「AIクラスタは数十から数千のアクセラレータへとスケールアップしており、ネットワークは重大なボトルネックとなりつつある一方で、前例のない帯域幅と低遅延が期待されている。BroadcomのTomahawk 6は、100Tbpsの壁を破り、スケールアップとスケールアウトのイーサネットを統一することで、ハイパースケーラーにオープンで標準ベースのファブリックを提供し、プロプライエタリなロックインから解放し、次世代AIインフラへの明確で柔軟な道筋を示すものだ」と評価している。
アナリスト企業LightCountingのBob Wheeler氏も、「データセンターにおけるAIワークロードの爆発的な増加とAIモデルの急速な進化は、100万GPUクラスタとより高いシステム複雑性を推進している。ネットワークは、生成AIの推論と学習の両方をサポートし、飽くなき帯域幅のニーズを満たすように設計されなければならない。Tomahawk 6スイッチとそのイーサネットAIイノベーションのフルスタックの発表により、Broadcomは顧客とより大きなエコシステムが次世代のスケールアウトおよびスケールアップAIネットワークを開発することを可能にしている」と述べている。
Tomahawk 6の出荷開始は、AIインフラの進化における重要なマイルストーンとなるだろう。その圧倒的な性能と先進的な機能は、AIの可能性をさらに押し広げ、私たちの社会に新たな変革をもたらす原動力となるかもしれない。一方で、NVIDIAとの熾烈な競争は、AIネットワーク技術の革新をさらに加速させることだろう。今後、Tomahawk 6を搭載したスイッチ製品が市場に登場し、実際のAIクラスタでその真価が問われることになる。
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