カナダの非営利研究機関Nuclear Innovation Institute(NII)は2026年10月1日、宇宙探査向けの放射性同位体を研究する「Canadian Centre for Space Isotopes(カナダ宇宙同位体センター)」の設立を発表した。医療用同位体の生産で培ってきた国内の技術や産業基盤を、太陽光が届きにくい場所で探査機を動かすための熱源・電源へ応用することを目指す。

新センターは2030年まで政策研究や産業界の連携を進め、2027年初めには、カナダが宇宙用同位体の供給に参入する可能性をまとめた報告書を公表する予定だ。

ただし、原子炉で同位体を作るだけでは、探査機に搭載できる燃料にはならない。照射後の材料を精製し、安全な燃料形態へ加工し、さらに発電装置へ組み込む工程が必要になる。カナダが持つ原子力分野の経験を、宇宙機に搭載できる熱源の継続的な供給へどう結び付けるかが、今後の焦点となる。

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医療用同位体の経験を、宇宙探査向けに生かす

NIIは今回のセンター設立にあたり、将来の宇宙ミッションで必要になる放射性同位体について、世界的な供給不足が課題になっていると説明している。

センターが担うのは、原子力分野と宇宙産業の専門家を集め、政策研究や産業間の連携を進めることだ。NIIのJessica Linthorne社長兼CEOも、カナダが将来の供給国として参入できるよう、必要な関係者を結び付けることを設立目的として挙げている。

参加する専門家には、原子力発電事業者Bruce Power、原子力関連企業BWXT、技術サービス企業Kinectricsなどの関係者が含まれる。

宇宙用の熱源を作るには、原料となる核種を確保する事業者だけでなく、照射、化学分離、燃料加工、電源への組み込みまで、複数の工程をつなぐ必要がある。そのため、参加企業の顔ぶれからも、単一の研究施設ではなく、原子力産業全体をまたぐ取り組みを目指していることが分かる。

ただし、今回の設立発表では、具体的な生産量、利用する原子炉、完成した燃料の納入先までは示されていない。製造設備の稼働時期も公表されておらず、現時点で始まったのは政策研究と産業連携のための拠点づくりである。

NIIが指摘する世界的な供給不足についても、具体的な在庫量や不足量が数値で示されたわけではない。

約110Wを長期間生み出す「宇宙の核電池」

宇宙用放射性同位体がどのように使われるのかを理解する例として、NASAの火星探査車Perseveranceがある。

Perseveranceが搭載する電源は、打ち上げ時に約110Wの電力を発生する。熱源には約4.8kgの酸化プルトニウムが使われている。これは今回カナダが計画する装置の仕様ではなく、既存の宇宙用電源の代表例だ。

この装置は、放射性同位体が自然に崩壊するときに生じる熱を電気へ変換する放射性同位体熱電発電装置(RTG)の一種で、「MMRTG」と呼ばれる。

熱電素子を使って温度差から電力を取り出すため、タービンのような可動部を必要としない。また、発電に使われなかった熱は、低温環境で探査車の機器を保温するためにも利用できる。

110Wという数字だけを見ると、大きな電源には思えない。重要なのは、太陽光に依存せず、長期間にわたって電力と熱を得られることだ。

Perseveranceでは、動作中に必要な電力がMMRTGの発電量を一時的に上回る場合、2個のリチウムイオン蓄電池から補う。RTGが安定した電力を供給し、必要な瞬間の大きな電力は蓄電池が支える構成になっている。

熱源となるプルトニウム238(Pu-238)の半減期は約88年だが、これは88年間、同じ出力で発電し続けることを意味しない。

NASAが示すPerseveranceの仕様では、発電量は打ち上げ時の約110Wから年に数%ずつ低下する。MMRTG自体の設計寿命は14年であり、放射性同位体の半減期と、発電装置としての設計寿命は分けて考える必要がある。

また、太陽から遠い場所へ向かう探査機がすべてRTGを使うわけでもない。NASAは木星探査機Junoで、弱い太陽光と低温環境でも使える太陽電池を開発した例を挙げている。

日照条件、必要な電力量、太陽電池パネルの大きさ、機器の保温条件などによって、適切な電源方式は変わる。RTGは、特に暗さや寒さが厳しい場所で選択肢を広げる技術である。

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原子炉で同位体を作っても、すぐ探査機へ積めるわけではない

NIIのセンターサイトでは、Pu-238を作るための原料としてネプツニウム237(Np-237)を紹介している。

Np-237を使用済み核燃料などから化学的に分離し、原子炉で照射するためのターゲットへ加工する。その後、中性子を当てて別の核種へ変換し、崩壊を経てPu-238を得る。

つまり、原子力施設に存在する材料を、そのまま宇宙用燃料として使うわけではない。

照射が終わった後にも複数の工程が必要になる。欧州宇宙機関(ESA)が2026年6月に公表した供給網の調査では、照射後の材料を最大2年間冷却した後、化学分離・精製して目的の生成物を得る工程を説明している。

これは同調査で想定した工程の条件であり、すべての製造方法で一律に2年間冷却するという意味ではない。それでも、原料の確保から宇宙用燃料の完成までには時間と専用設備が必要になることは分かる。

米国の製造体制を見ると、この間にどのような工程があるのかがより具体的になる。

オークリッジ国立研究所(ORNL)の2023年の報告によると、同研究所で製造された酸化プルトニウムはロスアラモス国立研究所へ送られ、複数の保護材で包まれた燃料へ加工される。その後、アイダホ国立研究所でRTGへ組み込まれ、完成した電源が打ち上げ拠点へ運ばれる。

放射性同位体を製造することと、宇宙機へ搭載できる電源を完成させることは別の工程である。

燃料の形状や保護構造にも理由がある。

NASAはPerseveranceに使うプルトニウム燃料をセラミック状にすることで、事故時に細かな粒子へ砕けにくくし、放射性物質が空中へ飛散したり、体内へ取り込まれたりするリスクを抑えると説明している。

熱源モジュールも複数の保護材で囲み、地面への衝突や大気圏への再突入といった事故を想定した構造を採用している。

これは、医療用同位体を生産する技術から、宇宙向けの燃料加工と安全設計へ進む際に必要になる技術の一例だ。

したがって、カナダが宇宙用同位体の供給へ参入できるかを判断するには、原子炉や原料を保有しているだけでは足りない。

照射後の材料を精製できる施設、安全な熱源へ加工する能力、その熱源をRTGなどの電源へ組み込む事業者までつながって初めて、探査機へ供給できる体制になる。

米国、欧州、カナダでは現在の段階が異なる

米国の2023年の出荷実績、欧州の2026年6月の供給網調査、カナダの2026年10月のセンター設立は、それぞれ異なる段階を示している。

対象と発表時点 公表資料が示す到達点 将来計画との違い
米国・ORNL、2023年9月15日 同年6月に550gを出荷したと報告。酸化プルトニウムの出荷から燃料加工、RTG組み立てまでの分担を説明 1回の出荷実績。2026年までに年間1.5kgとする目標も示したが、目標達成や2026年の総生産量を示す資料ではない
欧州・ESA、2026年6月3日 既存設備を使ったPu-238供給網について、主に技術面・経済面から実現可能とする調査結果を公表 2039年までの実現経路を示した評価であり、量産設備が稼働したことを示す発表ではない
カナダ・NII、2026年10月1日 宇宙用同位体に関する政策研究と産業連携を進めるセンターの設立を発表 2027年初めに報告書を予定。生産量、利用する原子炉、納入先、設備稼働時期は未公表

この表は、ORNLの出荷報告、ESAの供給網調査、NIIの設立発表について、実際に完了した取り組みと将来計画を分けて整理したものだ。

公表時点や対象が異なるため、現在の生産能力を比較した順位表ではない。

特にカナダの発表を「宇宙用同位体の生産開始」と読むと、精製、燃料加工、RTGへの組み込みといった、その後の重要な工程を見落とすことになる。

ESAの調査では、欧州内で原料や照射設備を確保できる可能性を示す一方、関係機関の調整、供給網の構築、規制手続きの整合などを主要な課題として挙げている。

技術的に製造できることと、安定した事業として継続供給できることは別である。NIIがまず政策研究と産業連携から始める理由も、この違いを踏まえると理解しやすい。

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Pu-238以外の核種も選択肢になる

欧州では、Pu-238以外の放射性同位体を使う宇宙用電源の開発も進んでいる。

ESAのENDURE計画では、アメリシウム241(Am-241)を使ったシステムの開発を進めている。宇宙用電源の供給を考える際には、Pu-238をどれだけ増産できるかだけでなく、どの核種を使い、どの程度の効率で熱を電力へ変換できるかも重要になる。

日本でもJAXA宇宙戦略基金が2026年3月13日、ダイキン工業によるRTGの高効率化を目指した熱電素子開発を採択した。

事業概要では、Am-241の発熱量はPu-238の約5分の1で、同じ熱エネルギーを得るには約5倍の熱源量が必要になると説明している。

そこで、断熱構造や使用温度域に合わせた熱電材料を開発し、発電効率を高めることを目指す。

ただし、「5倍」という数字は必要な熱源量についての比較であり、完成したRTG全体の質量がそのまま5倍になるという意味ではない。

また、研究開発への採択は事業の開始を支援するものであり、宇宙空間での実証や完成品の実用化を示すものではない。

2027年の報告で、生産までの道筋がどこまで見えるか

NIIが2027年初めに予定する報告書は、カナダの構想が実際の製造・供給へどこまでつながるのかを判断する重要な材料になる。

原料をどこから確保するのか。どの原子炉で照射するのか。照射後の精製と燃料加工を誰が担うのか。そして、どれだけの量を、いつから供給できるのか。

政策研究によって、こうした工程と関係する事業者を具体的につなげられるかが次の焦点となる。

センター設立発表では、オンタリオ州のStephen Lecceエネルギー・鉱業相が、カナダの医療用同位体分野での実績と、2030年までにその生産量を倍増する計画に言及している。

ただし、これは宇宙用Pu-238の生産量を倍増するという約束ではない。医療用と宇宙用では、必要とされる核種も、加工方法も、最終用途も異なる。

カナダの原子力産業の経験を宇宙探査用電源へ生かすには、原料の確保、原子炉での照射、化学分離、燃料加工、RTGへの組み込みまでの役割分担を明確にし、さらに宇宙機へ供給する相手を具体化する必要がある。

継続的に供給できる量と時期まで示せるようになれば、カナダの原子力産業は、太陽光の乏しい暗く寒い環境で長期間観測を続ける宇宙探査機へ、重要なエネルギー源を供給する役割を担える可能性がある。